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夜九時のシンデレラ

 授業終了のチャイムが鳴り、私は鞄に荷物を詰めた。

 今日は速攻で家に帰る。なぜなら九時からリアルタイムで見ながら中継したいアニメがあるからだ。昔のアニメをネットで流しているだけなのだが、実況が楽しくてたまらない。

 だからそれまで宿題も夕食もお風呂も終わらせて、ピカピカな体で迎えたい。

 いや、本音を言おう。ダラダラ実況して、そのまま寝たい。ソファから動きたくない!

「気合い入ってるね」

 後ろから琴美が言う。

「九時にネットで待ち合わせね。ラインも繋ごう」

「オッケー」

 琴美も鞄の中に教科書をしまう。

 私はグイ……と琴美に近づいた。

「今日はちょっと色眼鏡で見せてもらいますわよ」

「絶対に変なこと言わないでよ」

 実はネット実況には、いつも中学の漫研部の子も居て、そこに増田先生も来る。

 まあ単純なオタクでもあるのだろう、増田先生は。

 今まで気にしてなかったけど、琴美とそういうことがあったと聞いたら、眼鏡の色も変わりますわ。

「よし、帰ろう!」

 教室を出ようとすると、橋本先生に呼び止められた。

「薔薇苑、あと松園。ちょっと良いか」

「はい」

 朝陽さまが片付けの手を止めて言う。

「はい……」

 私は渋々止まる。

 正直嫌な予感しかしない。

 私と朝陽さまが前に呼ばれる。背中に視線が突き刺さるー。

 私は日常生活で、なるべく朝陽さまとの接触はしないと決めている。何故かって? 女の嫉妬が面倒だからさ!

「急なんだけど、これから時間あるか」

 まったくありません。心の中で即答するが、声には出せない。

「大丈夫です」

 朝陽さまがサラリと言う。

 私だけ帰れない……よなあ……。

「大丈夫です……」

 私はため息を隠して、笑顔を作る。

「じゃあ、お先に失礼します」

 琴美は小さくお辞儀をして、教室から出て行った。この裏切りものおおおお!

「月末に市で行われる生徒議会があって、そのための事前学習に出て貰ってもいいか」

「はい、わかりました」

 朝陽さまは当然のように頷く。

 何だかよく分からないけど、聞きながら思ったことは、ただ一つ。……めっちゃ面倒そう……。

 

 生徒会準備室に入ると、まず悲鳴。

「朝陽さま、今年もよそしくお願いします」

「朝陽さまがいらっしゃると、安心ですわ」

 複数の女生徒が寄ってきて、我先に話しかける。

 私は椅子に座った。二年生、数クラスの役員が呼ばれているようだ。

 一年生で呼ばれたのは、私たちだけ。まず話をまとめろということだろうか。

「じゃあ、始めます」

 男子生徒が淡々と去年あった生徒議会の事を話しはじめた。

 イジメ対策、環境対策、鳳桜学院と市の関わり方について、提案していく場所のようだ。

 ようするに去年の話をまとめて、新しい提案をする……というのが仕事のようだ。

 ダラダラと会話は続いていて、朝陽さまは、ノートにメモを取っている。

 これを聞いて、メモを清書して、話し合って……余裕で九時を回りそうだ。

 それは困る。今日はどうしても九時には帰りたい。

「……朝陽さま、よろしいですか」

 私は小声で朝陽さまに言った。

「うん? 何?」

 朝陽さまが小さく微笑んで私に言う。私はもうその天使のようなスマイルにダマされない。

 婚約者がいるのに、私にデコチューするなんて! くそう、ときめきを返してくれ!

 確実にドライに仕事をさせてもらう。

「あの、私がメモしてもいいですか」

「……? うん、良いけど」

 私は鞄からポメラを取り出した。これは文字しか打てない小さなパソコンのようなもので、私は常に持ち歩いている。

 思いついた時に漫画のシナリオを書けるから……なのだが、あまりにオタク臭いアイテムなので、隠していた。

 でも時間が無い。今日は絶対実況に参加したい。増田先生と琴美のやりとりを見たい!

 私はポメラを起動させて、上級生が話している内容をリアルタイムで書き込んでいく。

 会話に隙間があったら、朝陽さまが今まで書いたメモも入力する。

 メモを見ると、朝陽さまの文字はとても綺麗だった。まるで書道の先生みたい。字が綺麗な人に悪い人は居ないって聞いたけど、どうでしょうかね!

「……すごくタイピングが早いんだね」

 朝陽さまは、私の手元をみて言う。

「ありがとうございます」

 私は小さくお辞儀してお礼を言う。

 深くは語らないが、たまにアニメのイベントに参加して、リアルタイムで会話をメモすることがあるからね!

 トークショーはメモが命! ガチなオタク女子を舐めないでほしい。タイピングの速さと正確さには、自信がある。

 一時間半以上、上級生は語り、やっと一段落したようだ。

 話は雑談に移行している。ここまでの文があればいいか。

 私は書いたデータをスマホに転送。さて議事録はどうしようか……と生徒会のサーバーに入ると、あるじゃないか、スクリプト。

 スレッド、リスト形式……色々あるのに、誰も使っていない。

 なんて勿体ないんだろう。私はリスト形式のスクリプトを使い、議事録を上げた。

 制限は、生徒会のIDで誰でも入れるようにして……と。

「よし、出来ました。これを今晩は読み、今年の案を各自かき込むということで、どうでしょうか。他の一年生の学級委員と副委員にもメールを出しておきます。次回までに各自案を出し、自分の名前でツリーを立てて、コメントは許可したので、そこに感想を書く。次回はこれを見ながら案を詰めましょう」

 私はサーバーにあった一年生の学級委員と副委員でメーリングリストを作り、一斉に発信した。

 自分のメールに来たのを確認してアクセス。よし見える。

「あ……ああ、すごいね」

 朝陽さまは完全にひいているが、これで家に帰れる。

「では、失礼します!」

 会議というより、朝陽さまと話したい様子の生徒会役員や、他のクラスの委員長たちを置いて会議室を飛び出した。

 時間は、七時! よし、今すぐ帰れば間に合う。

 私は家に電話した。

「今日は車をお願いしても良いですか?」

 すいませんナンチャッテお嬢様で。

 すいません使いたい時だけ使って!


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