河原で殴り合って仲良しな二人と、輪廻転生な婚約者
シャーペン転落事件もあり、上履きが濡れてる?! なんて古典的なイジメも覚悟したんだけど、スマホになぜか流れ出したBLラジオのおかげなのか、とりあえず被害はない。
残念。新作も持って来たのに。コーヒーBL。ブルーマウンテンとキリマンジェロの叶わぬ恋だよ? 結構オススメなんだけど。
私は無事だった上履きを履いて、ひとつため息をついて教室に入った。
当然だが、隣の席には海田さん。鞄をかけて、椅子に座る。
私を一番嫌っている海田さんが隣の席というのは、かなり厳しい。
真横で完全無視。びしびし感じる『嫌いのオーラ』は凄いけど、後ろに琴美がいるから頑張れる。
お昼休み。琴美と私は食堂に向かった。また水かけられると困るので、オープンキッチンの真ん中は止めて、窓際に席を取る。
「ねえ、どうして朝陽さまが電車で来ていたんだろう」
私は注文を聞きに来たウエイトレスさんに今日はハンバーグを注文して、琴美に言った。
「自分で聞けば?」
琴美はパカリと小さな弁当箱を開いた。
「近づきたくないよ、地雷原に裸で踊りにいくようなものだよ。裸踊りだよ」
チラリと近く席の子が私を見る。
鳳桜学院で裸踊りと叫ぶのは不味かったな。私はオホンと咳をして姿勢を正す。
「昨日は別邸にいらしたようです」
振向くと華宮さんが立っていた。
「おつかれ」
琴美が軽く右手を上げる。
「お隣、よろしいですか?」
「いいよ」
琴美の隣に華宮さんが座った。
「え? なんか二人仲良くない? いつの間に?」
教室であんなににらみ合ってたのに。私なんて今日も海田さんに完全無視されてるのに。
「面白いよ、この人」
琴美はサラリと言う。
「上っ面ばかり人たちより信用できますわ」
華宮さんは注文を聞きに来たウエイトレスさんに豆腐サラダを頼んだ。
「……君たちは河原で殴り合ったボクサーか?」
私は運ばれてきたハンバーグを食べながら二人を睨む。言葉で殴り合って仲良しって、何なんだ?
でも、初等部から鳳桜学院の人に話を聞けるのはありがたいし、敵ばかりの教室で友達が増えるのは嬉しい。
「別邸って?」
私は華宮さんに聞く。
「鳳桜学院の駅の上に、ホテルがあるのはご存じですか」
「ああ、あの古城みたいな建物ね。あれホテルなんだ」
鳳桜学院駅は古城のような作りになっていて、上はかなり大きい。
駅にしてはでかいなーと思ってたけど、上にホテルが付いてるのか。
「あれは朝陽さん個人の持ち物です」
「ひいー……」
私は顔を歪めて言った。
個人の持ち物が駅と直結のホテル?
「でも、あれは鳳桜学院の持ち物でしょ? どうして松園グループの物になってるの?」
琴美が冷静に聞く。
「鳳桜学院が松園グループに売却したのです。鳳桜学院が持ちかけた話なのか、松園グループから始まった話なのかは、わかりませんけど」
華宮さんは届けられた豆腐サラダをフォークとナイフで丁寧に食べ始めた。
「……? だったらそのホテルは朝陽さま個人の持ち物じゃなくて、松園グループのものでしょ?」
私は疑問に思う。
「所有者は、朝陽くんですから」
……? よく分からないけど、持たされたら個人物ってこと? 金持ちの理論はよく分からない。
「噂をすれば、朝陽さまだよ」
琴美が窓の外を見て言う。
目の前の道を、朝陽さまが取り巻きを連れて歩いているのが見える。
右手を軽く上げると、取り巻きが離れる。
入って行く先は……図書棟だ。図書棟は一人で入ると決めているのだろうか。
私は昨日屋上で朝陽さまに会ったことを華宮さんに話す。
「屋上にテラス? 存在も知りませんわ」
初等部から通っていて、知らないなんて。やっぱりかなりマニアックな場所だ。
デコチューされた部分は誤魔化しつつ、朝陽さまが誰かと待ち合わせていた風だったことを話す。
「それはきっと美玲さまですわ」
「美玲さま?」
私はオレンジジュースを飲んで、聞き返した。
「鳳桜学院大学部に所属されている柏木美玲さま。ホテル王の柏木一族の娘で、朝陽さまの婚約者です」
「婚約者!」
私は身を乗り出した。
やっぱり婚約者がいるじゃないか!
「へー……、すごい、綺麗な人だね」
食事を終えた琴美はスマホを取り出して検索して、美玲さまの写真を出した。
髪の毛は真っ直ぐなストレートで、それを高く結っている。真っ直ぐな瞳は気品の高さを感じさせる。
こんな美しい婚約者が居ながら、私のデコチューして気に入っただと?
私のデコチューも安く見られたものだ。
私はなんとなく自分のオデコをこする。昨日あんなに興奮して損してしまった。
でも私は妄想サイトに『性格が悪い婚約者と、婚約破棄!』なんて書いてしまったけど、この写真を見る限り、妄想はやはり妄想だ。
こんな気品溢れる人と別れて、私のようなハリボテお嬢様と結婚するなんて、あり得ない。
「婚約って……私たち、まだ十五歳ですけど」
琴美は呆れるように言う。
「私たちの世界では常識ですわ。朝陽さまのお兄様も先日ご結婚されましたし」
「あ、それネットニュースで見たかも」
先日ネットで騒がれてたな。松園グループの人が結婚したって。
「それこそ、生まれた時から結婚相手が決まってることも、あり得ますから」
「え……でも、その人を全く好きになれなかったら……?」
「結婚に感情は必要ありません。無いほうが上手くいく場合が多いと、私は思いますが」
華宮さんは、食事を終えて丁寧に口元を拭く。
「えーー、好きな人と結婚したいよーー」
私は空になったグラスの氷をカラリと回す。
「好きという感情が永遠に続くのですか」
「とりあえず、今は好きだから、良いんじゃん?」
私はあっけらかんと答えた。
それ以外にどうすれば良いのだ。
「……そうですか」
華宮さんは何度か瞬きをして、答えた。
「あははは、桐子は普通に戦って勝てる相手じゃないよ」
琴美は弁当箱を丁寧に片付けて笑った。
「結婚前に好きだという感情は、結婚後に家庭を続ける中、邪魔になることが多いと私は思うので」
「あー、分かる。好きだとね、期待するからね」
琴美が頷く。
「いっそ楽しんじゃえば、なんとかなるよ。人間の本質なんて簡単に変わらないし」
二人がキョトンとした顔で私を見る。
何か悪いことを言っただろうか。
「ね、勝てないでしょ」
「見習いたいお気楽ぶりですわ」
二人は真顔で言う。
何なんだよ!
「でも、生まれた時から結婚相手が決まってるなんて、輪廻転生……僕球みたい」
私は両手の指を組んでアゴを乗せた。
「……何なんですの、それは」
華宮さんは心底不思議そうに言う。
「僕球を知らないなんて、華宮さん、人生損してますよ」
私は宣言する。
「僕球って、輪廻転生して金持ちになる話だっけ……? なんかもっとロマンチックな話じゃなかった?」
琴美が頭を掻く。
「輪廻転生といえば、僕球でしょ」
「イティハーサじゃない?」
琴美はドヤ顔で言う。
「あーー、捨てがたい」
「八雲立つ」
「健生さまキター!」
「天よりも星よりもは?」
「赤石 路代先生って、今何書いてるの?」
私もスマホを取り出して調べ始めた。
「お二人が何を話してらっしゃるのか……全く分かりませんわ」
華宮さんが呟く。
「図書館にありましたよ、まず僕球から行きますか」
私は宣言した。
「イティハーサでしょ」
「いーや、僕球」
私たちは昼休みが終わるチャイムが鳴り響くまで、延々と輪廻転生少女漫画について語った。
華宮さんは完全に呆れているが、立ち去らない。
鳳桜学院漫研部、部員一号にスカウトしたい。その前に漫研がないけど!