ヒマラヤの塩アイスとラーメンアイスは仲良く出来ますか
社宅の前に向えに来た車に乗って、私は帰った。
「桐子お嬢様、お帰りなさいませ」
家に帰ると私専属のお手伝いさん、紀元さんが、鞄を持ってくれる。
紀元さんは、私のお母さんと同じくらいの年齢で恐ろしく無表情。きっと中にはメカが入っている。笑ったのを見たことが無いのだ。
相変らず妄想病の私は、このお年で成金薔薇苑家に住み込みで働くって、どんな人生だろ? 生まれついてのメカで売りに出されてひとりぼっち、よし私がKURE5-50をさしてあげようと買ってくれたご主人は犬……。知ってた? KURE5-50って呉工業て会社が出してるからKURE……単純……と一人で盛り上がるが、そんなこと絶対口には出せない。
「あ、すいません、お願いします」
私は鞄を預けて部屋がある二階へ向かう。
鞄を持った紀元さんが私の後ろを付いてきて、一緒に部屋に入ってくる。
着替えを手伝うためだ……けど
「あの、一人で着替えられますから」
私は両手を合わせて、退出して貰った。
「あ、でも制服が少し汚れてしまったのって……どうしたら良いですか」
「制服の予備は沢山ごさいますので大丈夫ですよ」
部屋を出て行こうとして紀元さんが、丁寧に頭をさげて言った。
制服に予備が?!
これで何度水かけられても問題ないね。なんちゃって。悲観的すぎて泣けてくる。スマホにもっとBLラジオ入れておこう。
サササっと制服を脱いで、用意してあった部屋着が……なんでスカートなの?
家でスカートなんて落ち着かないから履きたくない。五年履いたスエットは……引っ越しで捨てられたっけ。
せめてパンツにしてほしい、と引き出しからそれらしい物を引っ張り出して着る。
そして濡れてしまった制服を部屋の外で待っていた紀元さんに渡した。
「すいませんが、よろしくお願いします」
「分かりました。何かありましたら、お呼びください」
紀元さんは丁寧にお辞儀をして、廊下を歩いて行く。
時間は夜の九時を過ぎている。
私が家の外でウロウロしてると、紀元さんが仕事を終える時間も遅くなるのかな。そりゃそうだよね。
もっと早く帰ってくるべきだよね。
「はー……」
私は無駄に大きなソファーに転がった。
人に気を使うのが疲れる。私ひとり、誰も気にされない日々が恋しい。
ここで余裕で眠ることが出来るカウチソファーで、私はここに転がるのは気に入っている。
だからこのソファーの周辺に読みかけの漫画に、小説、見たいDVDも全部置いてある。
ソファー横のテーブルにパソコンを置いたので、そこでDVDを見ながらゴロゴロしている。
部屋自体は20畳以上あるのに、私はこのカウチソファーから、ほとんど動かない。
宿題もここで済ませている。無駄に動くのが嫌いだだし、遠くに物を置くのは非効率的だ。
隣の部屋にあるベッドに移動するのも面倒で、たまにソファーで寝ているくらいだ。
あまりに私がこのソファー周辺に物を置くので、紀元さんが気を使って、ソファー周辺に棚やお菓子も準備してくれるようになった。
読みかけの本は付箋紙をつけて本棚に。食べかけのお菓子は個別にジップロック。
ああああ……全部やってもらって、人生がぬるま湯に満ちていくーー……。
私は正直、この成金ライフがいつまでも続くと思えない。
だって見てよ!
ソファーから見える駐車場を覗くと、そこにはベンツからアウディーからポルシェまで、高級車がずらずらと並んでいる。
ついでにドゥカティのバイクまで並んでるけど、お父さんバイクの免許持ってたっけ?
あれはすべてお父さんの持ち物だ。
車なんて一台あれば十分なのに、お金持ちになると、どうして何台も乗り物を買うのだろう。
「成金の見本市だよ……」
私はポッキーを食べて言った。
昨日半分食べて放置してたのに、今日はジップロックに入って乾燥剤まで入ってる。だから今日もカリカリだー! ありがとう紀元さん。
「って、ダイエットはどうした」
私は最後のポッキーを口に入れて、ランニングマシンを起動させた。
桐子は部屋に何が欲しい? とお父さんに聞かれて、唯一買ったのがこのランニングマシンだ。
起動したままのパソコンに録画しておいたアニメをつける。三十分もの一本みる間、走ると決めた。
「かしこま!」
私は宣言して走り出した。そしてお菓子を食べる! ガソリン入れたまま走る車みたいだね!
「桐子、昨日は遅かったみたいじゃないか」
朝食は、絶対に家族で食べると宣言したお父さんが、スーツ姿で私に言う。
朝からスーツ……ずっとジャージだったのに……。
まあ仕方ない、朝食を食べている時も給仕さんがいるのだ。
前みたいにヨーグルトにバナナの輪切り入れてコーンフレークで混ぜる……なんて適当朝食、もう無理なんだもんな。
朝からナイフとフォークで目玉焼きを切るとか。
この生活始まって一年くらいだけど、今も慣れない。
「桐子、松園朝陽くんと、同じクラスらしいじゃないか」
「へっ?!」
油断していたら朝陽さまの名前が飛び出してきて、私は小さく叫ぶ。
「桐子、大声は止めなさい」
朝からサテンのワンピースを着ているお母さんに窘められる。
「すいません……」
私は柔らかくなっているバターをパンに塗って、口に入れた。ふあーん……毎朝焼きたてパンが食べられるのだけは、お金持ちになって良かったと思うよ-。
「この前、松園くんのお父さんに会ったよ。我が社の工場が、地元の活性化に役立っているらしく、今度パーティーに来ないかと誘われた」
「ぐふ」
私はパンを喉に詰まらせた。
お母さんはもう注意もしない。私を軽く睨むのみ。
うう……すいません……。コーヒーに砂糖とミルクを入れて、飲み込む。
「松園家のパーティーなんて、すごいね、お父さん」
すっかり成金ライフを楽しんでいる弟の伸吾は、鳳桜学院中等部の制服に身を包んで、ハキハキと話した。
松園家のメインはキンユーという巨大スーパーだ。初代は金と油を扱っていた小さな店で、アメリカで流通を学んだ松園朝陽のおじいさんが、キンユーを立ち上げた。
何より強いのは物流。造船会社を持っていた親戚の力を借りて、世界中の名産品が素晴らしい鮮度で手に入るのが、キンユーの強さだった。
安売り路線より、世界の珍しい商品と、鮮度。実際キンユーで売っているチーズは10gからの量り売りで、これがまた美味しいの。
関東から近畿、全国に店舗があり、年商数兆円。
パーティーに呼ばれたい小売り店の社長は星の数ほどいる。
けど、どうしてお父さん?
「どうやらラーメンアイス、キンユーのアイス売り場で取り扱ってくれる可能性があるんだ」
「本当?!」
お母さんが叫ぶ。
キンユー店内にはアイス売り場があって、世界中のアイスが売っている。
私もあそこでヒマラヤの塩アイス食べたなあ。美味しいんだよね、あれ。
「どうあら我が社のアイスはラーメン専用なのに、そのまま食べても美味しいと評判らしい」
「良かったじゃない!」
お母さんは嬉しそうに微笑んだ。
「桐子からも、松園くんに一言頼むよ。キンユーにおいて貰えるのは名誉なことだから」
「はい……」
と答えたが、朝陽さまが売り場に置くか置かないか、決めるわけじゃないし、言う必要は全く感じない。
何より、もうあまり近寄りたくない。
おでこにふれた感覚を思い出す。
デコチューされたなんて聞いたら、お父さん大喜びだろうな。
でも、何か違う。
そう、違うんだよなあ。
「はあ……」
私は誰にも聞こえないようにため息をついた。




