薄幸美少女ヒロインに転生したけど、狙うのはヒーローの親友です。
なにが、どうしてこーなった。
「エスティ、どうしたの?」
「……っ」
「エ、エスティ」
カッと目を見開いて仁王立ちする私の姿に、友人のセフィリナが引くのがわかる。
だが、今はそんなことに構っていられない。
いたのだ。奴が。そして、あの人が。そして私は全てを思い出したのだ。この瞬間。
「あっ。ユリアン様ね。あなた、初めてだっけ?」
私の目線の先を追いかけて、納得したようにセフィリナが何度もうなずく。
そう。ユリアン・ルタ・ティオコール。この国の第二王子である。
この世界の私の恋人に、ゆくゆくは夫になる男だ。
「素敵な方でしょ。あなたが、見惚れちゃうのもわかるわ」
ほおっと、セフィリナがため息をつく。
わかる。確かに、3Dで見た、生ユリアンはカッコいい。
銀髪に紫色の瞳なんて、初めて見たわ。
長い手足に、端正な顔立ち。しかも王族。性格だって悪くないのだ。あの”小説”が事実なら。
だが、私は声を大にして言いたい。
その隣にいるユリアンの護衛騎士であり、友人でもある、タディアス・カタール様もカッコいいよ!! と。
「え? やだ。こっち見てない? ……まさか、勘違いよね」
セフィリナが頬を赤らめる。
いや、勘違いではないよ。友よ。
今この瞬間、あやつはこの私、エスティ・シオーノルに一目ぼれしたんだから。
まったく見る目がない。
今だから言える。
この外見に騙されんなと。
全てを思い出したエスティ・シオーノルである私は、自分でもなかなかの美少女だと自覚がある。
反感かうの分かってるから言ったことないけどさ。
漆黒の巻き毛に、青い瞳、陶器のような白い肌に、赤味を帯びたやわらかな唇。
どこか悲しげな雰囲気がつきまとい、服装が貧相なのは、愛人の子供だからだ。
貴族である父親の愛人の子供として生まれたが、母親の病死と共に、引きとられた。
当然、正妻や異母兄弟たちからの覚えはめでたくなく、屋根裏部屋で暮らしているのだ。小公女か。
一応、貴族の子供だからと貴族の子弟たちが通う学校に来て早二ヶ月。ついに出会ってしまった。
「ユリアン様は最近まで隣国に留学してたから、あなたは知らなかったものね」
知ってる。知ってる。
「お隣の王女様が、すっかり気に入ってしまって婚約というお話もでてるのよね」
そうそう。あの女、マジでしつこくてさあ。色々邪魔してくんだよね。
「……こっちを見てるだなんて。恐れ多いわ。恥ずかしい」
うん。少し恥ずかしいかもね。
見てたのは事実だけど、奴が見てたのはこの私エスティ・シオーノルだから。
……なんて、こんな事は口が裂けても言わないけど。ごめんね、セフィリナ。
赤らめたほほを手で押さえてうつむくセフィリナに、私は心の中で謝る。
セフィリナはめっちゃいい子なのだ。
彼女自身貴族の出身だが、愛人の子供であるエスティにも気さくに声をかけてくれ、今後も色々と相談に乗ってくれたり、協力してくれたりする、天使のような脇役なのである。
そう。脇役。そして私はヒロイン。
私の記憶が確かなら、これは某人気少女小説が舞台の世界なのである。
つまり、私は死んだ? これは前世の記憶か。
生まれ変わったと考えていいんだよね。自分がよく知っている世界に。
まさか、植物人間になって、夢の世界に逃避してるとかじゃないよね。
それにしては、エスティとして生まれ育ったこれまでの人生がリアルすぎる。
たかだか、十六年の人生だが、生い立ちゆえにそれなりに苦労したのだ。あれが全部夢では救われない。
「あっ。行ってしまわれるわ」
惜しむようなセフィリナな言葉に顔を上げれば、確かにユリアンたちが立ち去るところだった。
その瞬間、目が合う。
この時、エスティもまた恋に落ちるのだ。小説では。
だが、私は違う。
私はいつだって、ユリアンの隣にいるタディアス様が好きだった。
いーんだよね、彼。
実はこの時、タディアス様もエスティの事が好きになっちゃうんだけど……。どいつもこいつも、見た目重視だな、オイ。
自分の気持ちを押し殺して、身分の差に苦しむエスティを応援したり、同じくユリアンに協力したり、エスティが危機に陥った時は真っ先に駆けつけたり、まさに騎士の鏡。
寡黙で包容力があって、意外と熱血で、ちょっとシャイで笑顔が素敵な(小説ではそうだった)タディアス様は騎士だけど、武士道を地で行く男なのだ。
少数派だったけど、私は断然タディアス様派だった。
ユリアンもさ、いい男だと思うけど、ちょっとスカしてて私の好みではなかったんだよね。
「はあ~。ユリアン様も帰ってこられるし、ますます学校生活が楽しくなるわね」
セフィリナがにこにこする。
「そうね……」
この後、急速に近づき、魅かれあうエスティとユリアン。
留学してきた隣国の王女やその他大勢に邪魔されたり、騙されたり。
けなげで前向きなエスティと、そんな彼女にますます魅かれるユリアンとタディアス様。その他。
見える。分かるわ。展開が!
ついには結ばれてのハッピーエンド。
ハッピーエンドだけど、今の私はそれをヨシとはしない。
何故なら、タディアス様が好きだから。
こんな世界に生まれ変わったのも、そのためでは?
私は鼻息も荒く、ユリアンたちが消え去った空間を睨みつける。
大丈夫。私は展開を知っている。
そこをうまーく交わしていって、タディアス様とのハッピーエンドに持っていくことができるはず。
ユリアンは、そうだな。隣国の王女と、くっつけばいいや。
あの王女も話せば中々分かる奴だって、最後に分かったからさ。
「セフィリナ……」
隣にいる友の手をぎゅっと握る。
力の強さに、セフィリナがぎょっとするが、すぐににっこり笑ってくれる。
「なあに? エスティ」
「私、頑張るわ」
「え?」
「とにかく頑張るから、応援して!」
「え? う、うん」
戸惑いつつも頷いてくれる友の偉大さよ。
セフィリナは最後どうなったんだっけな。
たしか、話が進むにつれ、色んなキャラが投入されてくるから、だんだん脇の脇に追いやられていった気がするな。
最後に近況報告ついでに出てきて、またヒロインを助けてくれて……消えたわ。
「ごめん。セフィリナ」
「え? なに、どうしたの? さっきから」
「全部作者が悪いの! でも、でもっ。最初、セフィリナがいなきゃ駄目なイベントがいっぱいあるのよ! だから相談とかいっぱいのってね!」
「……えっと、よくわかんないけど困ってるなら乗るわよ」
「友よ!」
わっと抱きつく私の背中を困りながらも優しく撫でてくれた。
何れ消えゆく運命にある友人の優しさに泣きつつ、こうして脇役ゲットルートを目指す私の旅ははじまったのだった。
そのはずだった。
「……なにが、どうしてこーなった?」
これで何度目か。私は頭を抱える。
「エスティ、どうしたの?」
このやり取りももう何度目なんだろう?
「……っ」
「エ、エスティ」
「あっ。ユリアン様ね。あなた、初めてだっけ?」
何度も何度も、タディアス様ルートになろうとするたびに、またこの瞬間に戻ってしまうのだ。
それまでの苦労が泡と消えてしまうこの瞬間。
本来であれば、フォーリンラブ状態のピンク空間のはずなのに、私にとっては地獄も当然だ。
あれか? 脇役ルートは駄目なのか? そういう風にできてるの?
それでも……私は思う。
何度も何度も、この瞬間、私はタディアス様に恋するのだ。
この恋を捨てることなんてできないと。
「……セフィリナ。私、頑張るわ」
ぐすんっと鼻を鳴らしながら、今日もまた私は宣言する。
薄幸美少女ヒロインに転生したけど、狙うのはヒーローの親友です!