小学三年生編〜 第三話 いつまでも、白雪林檎は幸せの意味を見つけ られない-1
午後九時過ぎ、大堀タケルはパソコンの前で待機していた。
「白雪のやつ、連絡遅いな」
頭をボリボリ掻いたり、貧乏ゆすりをしてみたりとタケルはせわしない様子だ。
「来た!」
タケルは慣れた手つきでパソコンを操作し、メールを開く。
【件名】分かったよん♪
『タケル! 初めてのメールです。よろしくね! 輝夜ちゃんと遊んだんだけどね、輝夜ちゃん良く【野獣の森公園】で遊ぶらしいよ張っておくといいんじゃない?』
「野獣の森公園か」
野獣の森公園とは、珍しい生き物を放し飼いにしている公園の事で、その近くは薄暗く事故などが起こりやすい。
「じゃあテキトーに返信しておくか」
タケルはパソコンをポチポチ打ちながら、考える。
「月野は事故でも起こすのか? 記憶にないな」
野獣の森、事故、月野という単語を頼りに記憶を遡っていく。しかし、最終的に行き着く先はやはりあの事件であり、それから先に記憶は進まない。
否、タケルにとってそれより先の時間は存在していない。月野輝夜の人生を破壊してしまった事を思い出し、タケルの表情は強張る。
そして、一つの答えへと導かれていく。
「そもそも、俺は月野を守る資格があるのだろうか」
そう、それは月野輝夜と関係を持つ事。彼にはその権利があるのかということ、月野輝夜の命の危機に自分という人間が関わる事が許容されるのか。
タケルはその答えを知らない。
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午後九時過ぎ、白雪林檎は携帯電話を眺めながら、頭を抱えていた。
指の隙間から覗く瞳は赤く腫れていて、数分前まで涙で濡れていた事を意味する。
「タケル、私じゃ無理だよ。やっぱり輝夜ちゃんと遊ぶなんて出来ない」
過去を思い出し、あせる心臓の鼓動が彼女の思考を更に掻き乱す。
「私は幸せを祈っているの」
そうして、彼女は自分に暗示をかけるかの様に呟くと、這うように携帯電話に手を伸ばす。
そして文字を打ち始める。
月野輝夜と遊んべていないと大堀タケルに伝えるべきか、はたまた遊んだと嘘をつき、事件が起こる場所をあたかも聞いたかのように教えるか。彼女は自分がどちらの行動をとれば良いのか分からない。
前者を選べば、まずタケルは事件に間に合わない。そして、後者を選んだとしたら、タケルが自力で月野を救い出したとはならない。
「私の求める幸せ、彼らが求める幸せ、どっちが優先されるのかなんて分かってる」
薔薇で締め付けられる心の叫びを無視して彼女はメールを打ち始める。
「野獣の森公園、ここだと伝えていいのかな」
彼女のその姿からはいつもの活発さなどは微塵も見て取れない。
それでも、彼女はメールを打ち続ける。結果として、彼女は野獣の森公園に張っておくと良いとメールで送った。
「ごめんねタケル、輝夜。私は幸せを祈っているからさ……」
彼女は自分の言う幸せの意味を見失っていた。