小学三年生編〜 第一話 そして、大堀タケルは動き出す-1
「タケル! 大変よ―――――輝夜かぐやちゃんが今日の放課後から行方不明だって……」
俺の母さんが受話器を片手に驚きの表情を浮かべる。それを聞いた俺はというと―――もはや言葉すら出なかった。身体から血が引いていくのが分かる。そして自体を理解し始めたかのように次第に心拍数が上がっていく。
胸の鼓動に急かされるかのように、俺は走り出す。
「ちょっと待ってタケル! どこに行くの?」
母さんの叫ぶ声が聞こえたが無視して家から飛び出した。
向かうべき場所は野獣の森公園、俺は力の限り走る。月野輝夜はもう少しで死んでしまうかもしれない。そんな事は許されない、絶対にそんな事にはさせない。その決意を頑固たるものにするため俺は月野との思い出を思い返す。
しかし、その記憶の終着点は決まっている。そこに到着するように出来ていた。そう、月野輝夜という少女の人生をぶち壊してしまった事件へと。
そこで、俺の足は止まってしまう。
「俺は月野を救っても良いのか?」
月野輝夜の気持ちを考えず、俺の意見だけを突き出して吐いた暴言。
白雪林檎の行動を理解出来ず、俺の世界でしか者を見ずに言った言葉の酷さ。
それらの出来事が再三問う、『月野輝夜に関わる資格がお前にあるのか?』と。
「月野を助ける資格……そんな物俺にあるわけないだろ!」
「あんたこんな所でなにやってんのよ」
俯いていた俺に、怒気をまとった声が掛けられる。
沈み始める夕日、それを背負うように佇む少女。その少女が着ている白いTシャツはリンゴのように真っ赤に染まっている。その眉は怒りを表すかのように寄っており、その唇は不機嫌に歪んでいた。
白雪林檎だ。
「まさか、輝夜ちゃんを助けにいかない気?」
たっぷりと、威圧の含まれた声で白雪は俺にそう告げる。
「あぁそうだよ。俺には月野を助ける資格がない、関わる資格がないんだ! それに、お前だって傷つけてしまった。白雪が善意でやってくれた事を……俺は……だから、ここで月野を助けに行ったってこの世界の月野を傷つけて終わるだけなんだよ! 俺に人を助ける何て事は出来ねぇんだ!!」
バチン!! という響きと共に鋭い痛みが頬に走る。
「ふざけないで!! 今、輝夜ちゃんはどういう思いでいると思ってるの! 最近のタケルおかしいと思ってたんだ。ストー……護衛してる時いつもの違かったから。まさかそんな事考えてるなんて……バカか!」
バキッと、俺と白雪の関係にヒビが入る。
「タケルさ、本気で助けるんじゃなかったの? 私にそう言って怒ったじゃない」
「……」
「私がさ、今なんであなたの前に立っているか知ってる?」
俺は答える事が出来ない。
「昔にさ……輝夜やタケルと笑いあった事、共に泣いた事、あなた達と過ごした時間を今ほど大切に思えてなかったからだよ」
「だから、私は今を大事にしたい。ここで終わらせたくない。そのためにはタケルの力が必要なの」
彼女は真っ直ぐに俺を見つめてそう宣言する。
「私は罪を犯した。それは月野輝夜を虐めに追い込んだ事。そしてそれから輝夜と二度話せなくなった。そしてタケルとも」
瞳に溜まる雫を拭いながら、尚も続ける。
「だけど私は壊れたからって治せない物はないと思う」
キッパリとそう告げる。
「幸せのためにはあんたが助けないといけないのよタケル」
「でもよ……でも」
俺は白雪のように強くない。白雪も俺と同じように過去に罪を背負ってここに来ていた。それは驚くべき事だが、俺は再チャレンジしている今でさえ罪を犯した。だから、やっぱり―――
「あんたはさ、昔しか見てないんじゃないの? 今輝夜ちゃんと話した事を思い出しなよ。今しかできない事……きっとあるよ! 過去の時間がさ、全部じゃないんだよ! ここでしか出来ない事があるでしょ!」
パキパキっと白雪と俺との関係にヒビが更に入る。
「こっちに来て月野と話した事……」
そうだ……そうだよ。俺と月野の時間はあの事件から止まっていた。でも、でも本当はタイムスリップして来てまた動き出していたんだ。俺は錯覚していた、こっちに来てからの三年間。その時間があるじゃないか。
俺と月野の時間が、閉ざされていた扉が開く。その先にあったものは―――『信じてるから』ある日の昼休み、月野から託された言葉。
「今しか出来ない事。なぁ白雪、俺にはやっぱり月野を助ける資格はないよ。関わっていいっていう資格もない。けど、だけど、お前のおかげで大事な事を思い出したよ。月野を助ける理由があった」
バキバキガリッと更に深く俺と白雪の関係にヒビが入る。
「俺はクズかもしれない助けちゃダメかもしれない。でも、あと一回だけ、最後のチャンスが欲しい」
俺は白雪があまり好きではなかった。なぜなら、月野が虐められた元を辿っていくとその根本には俺と白雪がいるからだ。
「白雪、ごめん。許してくれ、そして月野を助けるのに協力してくれないか?」
しかし、俺は白雪に手を伸ばす。
「勿論! 絶対助け出そうね!」
白雪が俺の手を掴んだ。その時、バリン! と何かが割れた音が頭の中で聞こえた気がした。
その時分かったんだ。あぁこれの事なんだって、壊れても治せるってこういう事なのかって。
「ありがとな! 白雪!」
俺と白雪は野獣の森公園へと走り出す。新たな決意を胸に秘めて。