幼馴染
カツカツ……
靴の音を響かせながら、リオルは一人自室への廊下を歩く。
廊下の両脇には、何代も前の伯爵時代からあると言われる繊細な模様を持つ花瓶や動物の置物、それに前伯爵ーリオルの父親が好んだ数々の風景画が、絶妙なバランスで配置されている。
普段なら、慣れ親しんだそれらをゆっくり見渡しながら通ることもあるのだが、朝からの出来事のせいで、そんな余裕はなかった。
「リオル」
自分を呼び止める声が背後からする。
この屋敷で、彼女の名を呼び捨てにするのは、兄と、もう一人のみ。
「おはよう、ザイン」
努めて冷静に見えるよう、リオルは振り返った。
屋敷の侍従の服に身を包み、腰に剣を履き、穏やかな笑みを浮かべる男は、目を引く逞しさと端整な顔立ちを持ち合わせている、リオルの乳兄弟兼、幼馴染である。
「レイド様、帰られたんだってな」
何も知らない彼は、気軽にリオルの兄の名前を口にする。
ようやく、話せる相手が現れたとばかりに、リオルは安堵のため息をつく。
「そう、ご無事で何より…なんだけど、」
リオルが朝食の時にレイドから叱られた件を話すと、ザインはへえ、と少しばかり顔つきを変えた。
「まあ、レイド様が心配するってのも分かるが… お前、危なっかしいし」
ニヤニヤとザインはその身長差でリオルを見下ろす。
おそらく彼が暗に言っているのは、過去の自分の鈍臭さとそれが起因した数々の失敗だろう。
ムッとしてリオルがザインを睨みつけたが、彼の失笑を誘うだけであった。
「でも、ザインといれば、そこまで危なくないと思うんだけど」
つぶやきに近い不満を漏らす。
ニヤついていたザインは、あー…と天をあおいだ。
「…まあそこは…そうとも言い切れないのかもな、レイド様にとっては」
ん?
同じくボヤいた幼馴染の顔をじっと見つめると、大きな手がおりて来た。
その手はリオルの頭をわしゃっと掴む。
「まあお前は気をつけた方がいいだろ…色々と」
腰をわずかに屈めたザインに、顔を不意に覗き込まれ、リオルはビクッとする。
はっきりいって、ここ最近のザインには、妙に意識させられることがある。
ここ数年で、彼は見た目に男らしくなっただけでなく、不意に接近したときには、見慣れない熱の籠った目つきを見せるようになった。
そんなとき、リオルは、これは別人じゃないか、と思ってしまう。
ザイン様、と離れた位置から声がかかり、ザインは顔を上げる。
何事もなかったかのように、別の侍従から報告を受けている彼に、リオルはますます困惑するだけだった。