朝食
ここ、伯爵家のメインダイニングは、時に近郊の貴族・時には王族を迎えて正餐が行われるため、特に広い。当主であるレイドルートはその主席にゆったりと座っていた。
リオルが姿を見せると、淡い金の髪を揺らして微笑む美形の威力に、一瞬怯みそうになる。
「お帰りなさいませ、兄上。お帰りになられたとは存ぜず、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ございません」
リオルは、平静を保ちながら、ゆっくりとレイドルートのまえに進み出た。
「いいんだよ、リオル。とりあえず食事にしようか。ークルド、用意を」
ひと月前と変わらぬ笑顔で、レイドルートは妹に食卓に着くよう命じ、執事のクルドに合図を送る。
50の齢を超えたにもかかわらず、それを感じさせないクルドの凛とした後ろ姿に、 普段は滅多に見せない彼の気持ちの昂ぶりを感じリオルはわずかに心が弾んだ。
特に、父親がわりといっても差し支えないほど伯爵兄妹に親しい存在であるクルドは、ずっとレイドルートの無事を案じていた。
侍女のマイリカも、レイドルートの乳兄妹ということもあり、口にはしないが心配していたことだろう。今日は心なしか嬉しそうだったように思う。
それにしても、今朝も思ったのだが、この優雅にティーカップを口に運ぶ兄から、妙に色気が増幅している気がするのは気のせいだろうか?時折兄の顔を盗み見ると、目の色が妖しく揺れているような錯覚に陥る。
「ウェグナー伯爵領は如何でした?北方ですからこちらよりも少し寒いのでしょう?」
無難に話題を切り出し、敢えて兄の雰囲気を無視する。
「うん、かなり冬の気配が迫ってきていたね。食料品の行商と頻繁にすれ違ったよ、さらに北の道が雪で通れなくなるからだろうね」
「ウェグナー伯もお変わりなく?シーナ様もお元気でしょうか」
リオルは数年前に王都で顔を合わせた、温厚でいて明るい壮年の貴族と、その可憐な娘を思い起こす。
シーナはリオルと同い年で、話も弾んだのが記憶に新しい。
「そうだね。ウェグナー伯は少しお風邪を召されたようだったけど、シーナ殿の看病のおかげで、私が着いた時は、かなり回復されたと言われていたよ」
そうか、よかった、と満面の笑みで、好物のヴィシソワーズを口に運ぶリオルに、レイドルートは堅い瞳を向ける。
「僕が不在の間、ザインと街に降りてたんだって?」
一段低音になった兄の声に、リオルはスプーンを危うく取り落としそうになった。
ーもうばれてるって…なんで?
「…え、ええ、公立事業の進捗確認に…」