メイク * 02
「……で?」
弥生はご飯を食べに行こう、そういった。その点では何も間違ってはいないのだ。けれど、この状態は果たしてご飯が目的だといえるのだろうか。
「ごめん、でもマジ勘弁して! 帰るとかいわないで! 藍花に断り続けんのだって大変なんだからね」
小声で弥生がそう呟き、私はため息をつく。
「ヤダ、帰る」
「古文見せてあげたじゃん! 後が怖いんだから、諦めて!」
「もう……」
腕を引っ張られながら、藍花たちが既に座っているテーブルへ連れていかれる。ほのかに天井は白い煙で充満している。確かにおかしいとは思った、女二人でお好み焼きなんて。バイトもしていない高校生の財布を考えたら、ファミレスが妥当だ。
席には藍花ともうひとり、純子という女子がいた。二人ともクラスメートだ。それから見覚えのある制服の男子が四人。中島が通う男子高のものだったな、と思う。よく見ないとなかなかわからないストライプ柄の深緑色をしたズボンは、この辺りでは珍しいモノだからだ。
見た限り、席順は適当なようだ。
「ごめん、藍花、遅くなったー」
笑って私の腕を引っ張ったまま、弥生はテーブルに寄っていく。入りたくない、私は眉を寄せてしかめっ面のまま弥生の後ろから顔を出した。
「あ、やーっと来た! もうみんな食べちゃってまーす」
「座って座って! ほらココ、俺のトナリ空いてるよー」
「こっちもねー」
示された席はどちらも端の席だった。右列の一番手前、もしくは左列の一番奥。弥生と離れる上に、必然的に隣が知らない男子になる席だ。
当たり前といえば当たり前なのかもしれない。純子も藍花も両隣を男子に囲まれる形で座っているし、これは『仲良くなる』ことが目的なのだし。
「咲、どっち座る?」
「……どっちでも」
むしろどうでもいい、そう思ったことは口に出さないでおく。
どうして高校生が合コンなんてしているのだろう。大人の真似事なのか、そんなバカみたいなことはしなくてもいいのに。
「どーしよ、」
「あー、イイ。あたしが奥行く」
「ホント?」
「んー」
弥生の顔も他の人の顔も見ないようにし、奥の席へ向かおうとした。けれど何かに引っ掛かったような気がして足を止める。制服のスカートだ、椅子の背にでも引っ掛かったのだろうか。
どこに引っ掛けたのか確認しようと振り返り、そこでようやくそれが意図的なものだったことに気が付いた。白くなめらかそうな、男にしてはやけに細い指が視界に入った。
「ちょっと、放し――」
「なんでいんの?」
「あ、」
こんなことってあるのか、私はやけに冷静な気分だった。驚いた、というよりは始めからいるとわかっていて見つけたような感覚だった。
髪を結んでいない中島なんて、久し振りに見た。ずいぶん長くなっている。肩をほんの少し過ぎた黒髪は、女の子さながらに艶がありさらりと流れている。
「知り合い?」
誰かがそういった。中島はまっすぐ私を見ている。いつもと雰囲気が違う気がした。髪の毛のせいなのだろうか。
それから、中島の隣に座っている藍花と目が合った。彼女の席と中島の席は他の人たちと比べると近い、その隣の男子は少しだけ離されているようだ。
「なんで?」
「知らない」
「知らなくはないだろ」
「……ご飯食べに来た」
中島が下を向いてため息をつく。ため息をつきたいのは私の方だ、そう思って視線を落とした。放課後に、こんな風にして中島に会うのは初めてかもしれない。
「ま、いいじゃん! 咲も座って座って!」
「あー、うん」
藍花に半ば睨まれながらそういわれ、私は形だけの返事をした。けれど動けない。
「中島?」
呼びかける、確かに聞こえているはずだ。だが中島は微動だにせず、下を向いたまま返事もしない。
「中島、手、放せ」
もう一度、中島に呼びかける。反応がない、そう思ったら急に立ち上がった。背が高いせいなのか、いきなり私の目の前は暗くなった。それから中島は席に座っている人へ顔を向ける。
「席替えしましょ! でもアタシ、咲の隣じゃなきゃ帰るわ」
私からは表情が読み取れないが、おそらく笑っているのだろう、と思った。
「えー、なんだよ祥吾。いきなり独り占めする気ー?」
「うるさいわよ、ヒロ」
中島の体のせいで何も見えなくなった私は、座っている人たちがどんな反応をしているのか気になって顔だけを覗かせた。
「ちょ、祥吾こわーい! 笑って笑って」
そういって苦笑いを浮かべている、彼がヒロなのだろう。
それから気になって、藍花へ視線を向けた。口がだらしなく半開きに開いている。おそらく中島は、今の今まであの言葉遣いを使っていなかったのだろう。純子も見てみるが、彼女も驚いているようだ。
他の男子が驚いていないところを見ると、高校ではいつもこうなのだろう。やはり中島も、女子の前では男っぽく見せたいのだろうか。私には普段の口調と一般的な男の口調を使い分けている、その意味が理解できない。
中島にとっては何か意味のあることだとは思うが、改めて聞いたこともない。気がついたら、中島は中島だったから。
「じゃ、席替えねー。女の子は今のままでいいわよね? 男は適当に座んなさい。咲の隣以外でね」
そういって、中島はさっさと私を引っ張って一番奥にあった席に座らせた。それからその隣に座っていた男子を無理矢理に立たせて、腰を下ろす。気の毒に、そう思ったけれど、その男子が立たされたせいなのか、すぐに他の二人も腰を上げた。
「っし、じゃあ男は席決めな」
「祥吾ずるいー」
「うるさいわよ、リク。キサキちゃんの隣に座ろうなんて百年早いわ」
「何、どーゆー関係なワケ?」
「ほれ、ちゃっちゃと決めっぞ」
ヒロがそういって、三人で輪を作ると何やら話し合いを始めたようだった。それもすぐに席は決まったようで、三人は改めて決まった席に座った。しばらく隣同士で会話がなされた後、藍花の目の前に座っていたヒロが咳払いをした。
「いよし、じゃあ改めて自己紹介でもしますか! えっと、じゃあ、隣の君から、時計回りね! どうぞー」
そういって振られたのは弥生だ。
「あ、えっと、西川弥生です。今日は部活、バレーで遅くなりました。遅刻しちゃったけど、仲良くしてくださいね?」
口元だけで笑みを作る、彼女の性格がよく表れたようなさらりとした、快活な表情だ。
「本庄淕でーす。さっきっから祥吾に取られっぱなしでかわいそうな俺ですが、よろしくー」
そういったのはさっき中島が席から強制的に立たせた男だ。席を取られた、その前は藍花のことだろう。確かにかわいそうな人かもしれない。
「真島藍花、です。知ってる人の方が多いから改めていうことないんだけど、みんな今日は来てくれてありがとーございますっ。楽しくご飯食べましょー」
半分聞き流しながら、やっぱり主催者はこいつだったかと内心で舌打ちした。まだ少し、中島の変化に戸惑っているらしく、ちらちらと視線が流れてくる。
当の中島はといえば、気付いているだろうに完全に無視している。顔にはニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて。だからタチが悪い。
「中島祥吾でーす! よろしくねー」
そういいながら、にこりと首を傾げる中島。始めとは打って変わってかなりのハイテンションだ。ついていけない、ため息をつきたくなった。そんな私の心情を知ってか知らずか、右隣に座っている中島が思い切り抱きついて体重をかけてきた。私は堪えきれずにわずかに左に傾いてしまう。
「んでー、この子は八巻咲、キサキちゃんって呼んでねー!」
「……暑苦しい」
私はぼそっとそれだけいって、自己紹介は終わった。中島のテンションなど気にするだけ無駄なのだ、わかっている。
少し痛いくらいにぎゅうぎゅうと抱き締められる、言葉もまともに吐き出せない、その状況に少しだけうんざりする。
知らない男に話しかけられるよりかは何倍もマシかな、と自分を無理矢理納得させるが、それはそれで虚しいものがあった。
「あ、俺は中村彰太。祥吾と名前似てるけど、間違えないでねー」
「えと、御沢純子です。よろしく……?」
「でー、俺、星野宏之です! ヒロって呼んでねー。俺今フリーだし彼女ほしーけど、今日は楽しく飯食って友達になれたらいいなーって思ってんで、仲良くしてねー」
自己紹介が終わり、意味もなくみんなが盛り上がる。中島ももちろんだ。私ひとりが雰囲気についていけず、冷めた目でテーブルを見つめた。
「で、すっごい気になってんだけどさ、祥吾と……キサキちゃんだっけ? どういう関係なの?」
私とは反対側の席に座っている、リクという男子がテーブルから身を乗り出してそう訊いてきた。お冷やを飲んでいた中島の口元がかすかに上がる。
「アタシとキサキちゃんはー、とーっても仲良しなのー! もう、その辺のバカップルよりラブラブよー」
「え、うっそ! 付き合ってんの?」
「違う、ただ、家が隣なだけ」
「んもう、また怖い顔するー」
誰がさせてるんだ、そう思ったけれど相手にするのは面倒で口を閉じた。そこを狙ってか、弥生が口を開く。
「ね、すっごい聞きたかったんだけどさ、毎朝咲のお化粧してるの中島くんって、ホント?」
弥生はそういって私ではなく、中島のことを不思議そうに見つめる。それを聞いて他の二人の女子も驚いたのか中島を見た。
それとは反対に、男子は何故かニヤリと笑い、私を見る。気味が悪い。
「ホントよー。前に、一回キサキちゃんに怒られたことあったでしょー? 弥生ちゃんに笑われたって! あれ以来薄目にしかしてないけど、いつもアタシがやってあげてるのよ」
にこりと首を傾げ、笑った。それから中島は女子から質問の的になっていた。どうして化粧なんてするのか、化粧品は何を使っているのか、そういった女の子にしかついていけないような話で盛り上がっている。
私がいつも聞かれて、答えられない類いの質問だ。なるほど、藍花は私がずっと秘密にしていると怒っていたが、これで誤解も解けるだろう。助かった。その話の中に時たまヒロとリクが入っていき、その度に小さな笑いが起きる。
私は当然話に入る気などなかったし、部活の後でお腹が空いていたので、盛り上がっている奴らを無視して割り箸を割り、手を合わせた。
「いただきます」
そういうと、目の前から笑い声がした。なんだろう、思って顔を上げると、中村彰太が私から顔を背けて笑っている。それは見た限り、私自身を笑っているようで、あまり気分の良いものではなく、睨みつけた。
「何がおかしいんですか?」
「イヤ、ごめん」
それからしばらく笑った後、中村彰太はにこりと、どこか気の抜けそうな、とてもやわらかい表情で笑いかけてきた。
「キサキちゃん、ね。よく祥吾から話聞くよ」
そういわれて、私は眉を寄せた。一体どんな話をしているのだろうか、人から自分の話を聞くのは、あまり好きではない。
人から人へ、何かを伝えることが信用できない。その人の主観と嘘が、いつしか大きな、偏屈な噂になる。私はそれを嫌っている。
これは理屈ではなく、私が今まで経験してきた事実に基づくものだ。
「思ってた通りの子だった」
「……どういう意味ですか?」
「ね、敬語やめない? タメでしょ、俺等」
私はため息をひとつ、それから目の前の男を睨むように見た。
話したくない、直感的にそう感じる。
噂や人づてに聞くことよりも何よりも、私は自分の感覚を一番信用している。
「人数合わせで来たんで、仲良くするつもりはないです。名前も覚えていただかなくて結構です」
ほとんど無表情のままそれだけいい、皿に取り分けられていたお好み焼きをつつく。
おそらく、私と弥生が来る前に先に焼いていたモノの残りだろう。
「冷たいね、警戒心が強いのかな?」
「分析だけならどうぞご勝手に」
それだけいい、私は形だけの笑みを浮かべた。それからすぐに視線を皿へ戻し、食べ始める。ソースが程よく甘く、味は良かった。残念なことに熱々ではなかったけれど。
「心配しなくても、祥吾のお気に入りを落とす気なんかないよ。でも、」
そこで中村彰太は言葉を止めた。お気に入りか、それは違うだろうなと思う。中島はわざと、そうみえるように振る舞っているのだ。
誰も近づかないように、興味も持たないように。
実際どうなのか、なんて、友達以外のなんでもない。もしくは兄妹、のようなものだろう。あくまで私の憶測で、中島がどう考えているかなんてはっきりと聞いたことはない。別に、そんなことは必要ないだろうと思う。
あまりにも長く言葉を止められ、気になって顔を上げた。おそらく睨んでいただろう。けれど中村彰太はまったくその表情を変えなかった。
「……な、にか?」
寒気がした。堪えきれず発した言葉がわずかにふるえた。中村は気付かなかっただろう。
中村彰太はその表情のまま、元々垂れ気味だった目をさらに深め、やわらかく笑いながら口角を上げる。笑窪が深くなる。効果音をつけるならへにゃりと、笑った。
「友達になりたいなって、思って」
それは他の人から見たら人好きする、やさしくて親しみやすい表情だったろう。けれど私はすぐに視線を逸らした。
私の直感は相変わらず関わり合うなと告げているが、この場合は直感に従えば従うほど、私が悪者になるのだろう。私には正当な理由などないのだから。
「……勝手にすれば?」
視線を落とし、冷めたお好み焼きを呑み込む。何かが怖い。ふと隣の中島の皿が目に入った。なぜかいくつかの海老だけが皿に残っている。大丈夫だ、いつも通りだから。
未だ話に夢中な中島の皿からひょいと海老をつまみ、口の中に放り込んだ。それからひとつ箸で掴み
「中島」と声をかける。
「はーい! なぁに、キサキちゃ――ぅげっ!」
「あんたその年になって好き嫌いとか笑えない。食え」
中島が気付かない、反応できないうちに、無理やり海老をつまんだ箸をその口の中へ突っ込んだ。口内へ入れてしまえば後は呑み込むしかない。
「うわ! キサキちゃんすげ! 祥吾がエビ食ってるー」
ヒロが感心したように目を見開き、口を開く。その隣で弥生が呆れたような表情を浮かべていた。
「なんか、あーんってしてるはずなのに……」
「咲にはムードなんて期待しちゃいけないよ、藍花」
「あ? 悪かったね。中島? 男だろ、出すなよ」
何を考えているのかと思えば、バカらしい。私は思わず鼻で笑った。それから残りの海老を自分で食べてしまう。一匹くらい食えるだろう、と暗に訴えた。
「おっとこ前だな、キサキちゃんは」
一瞬だ、体が固まった。視線だけで中村彰太を確認する。笑ってやがる、クソ。内心で毒づいた。
中島は口に含んだそれをよっぽど感じたくないのか、あごすらも未だ動いていない。しょうがない、いつもの通り鼻をつまみ、呼吸すらも制限する。
「そらどうも」
やはり睨むようにしながら、感情なんてこもっていない礼を並べた。その隣ではずっと静かにしていた純子が、何故か今はキラキラと目を輝かせていた。
「咲ちゃんはいっつもそぅだよね。カワイイよりキレイで、カッコイイの! 女の子にももてるしー」
そういう純子をあたしは呆れた目をして見た。それとこれと、今の状況にどう関係しているというのか。さっきまで静かにしていたくせに、今はうっとりと視線を絡めてくる。一瞬イヤな考えが頭をよぎったが、それは考えないことにした。
「ぅえっ! マジ? んじゃさ、レズとか同性からの告白とかあんの?」
「女子校の神秘だねー」
「んふ、なんか想像できんっ」
「あるよねー、咲とか絶対に告白されてるよ。あたし一回、咲の下駄箱に手紙入れる娘見たことある」
どこか呆れたような、冷めた口調で弥生がいう。そんな光景、私だって見たことがある。他の二人にだって心当たりがあるはずだ。
そんなことが起きるのは、何も下駄箱だけじゃない。他の誰もそれを口には出さないが、藍花も純子だって一度くらいは女同士の告白現場を見たり、その手の話題を話したりしたことがあるはずだ。
たとえばバスケ部のキャプテンで背の高い三年の先輩とか、頭がいいと噂の二年の生徒会長とか、茶道部の着物がよく似合う、まさに和風美人という言葉がぴったりの部長とか、そういった校内の有名人の下駄箱にかわいらしい封筒を置いていく女子生徒を見かける機会なんて、それなりにある。
まだ入学してから三ヶ月しか経っていないのに、という事実は忘れたことにしよう。そういえば今日も、一通もらった気がする。これで、六人目か。
「どうでもイイ。あんなの恋愛じゃねーし、ファンレターみたいなもんだろ。それより中島、息止め記録更新するのはかまわねーけど、さっさと食わないと死ぬんじゃない?」
「うぅー、」
中島は今にも口の中にあるものを吹き出してしまいそうだが、私がきっちり手で塞いだおかげでそんなことはできない。中島は涙目で嫌悪を私に訴えてくるが、そんな甘えが私に効くはずもなく、苦しさに負けてそのうちにあっさりと海老を噛み砕き始めた。
「はじめっから食えばいいのに」
気を取り直して手を離し、自分の分のお好み焼きを箸でほぐして口へ運ぶ。そこでようやく中島は海老を飲み込んだらしかった。不快そうにしわの寄った眉間、ごくりと合わせて動く喉が男のそれを感じさせた。
中島は一息ついてコップに手を伸ばし、お冷を飲んだ。それから今まで止めていた分の空気を吐き、不満を吐き出すかのように口を開いた。
「だってー、あんなの食べ物じゃないわよ! もー、ホント、なんでキサキちゃんいるのよー」
しかも海老があるときに限って、小さな声でそういったが、席に座っている全員の耳にきちんと届いていた。乾いた小さな笑い声がぱらぱらと聞こえてくる。
中島には、嫌いなものが多い。生の魚は絶対に食べないし、多分、魚介類はほぼ全滅だ。あとはトマト、セロリ、レタス、人参、じゃが芋など、挙げればキリがない。ピーマンなんてもっての他だし、こんにゃくにちくわ、梅干し、キノコ類だって嫌いだったはずだ。毎日の食事に中島の好き嫌いをまともに反映していたら、確実に死期を早めるだろう。
「るさいな、好きで来たんじゃねーっていってんだろ、」
「もー、ホントダメ! 次は絶対来ちゃダメ! っていうか遅くなるときはアタシに連絡するって約束したじゃない! しかも男! 男がいるのよ、キサキちゃんっ狼よ、狼なのよっ」
「話ずれてるし……イミワカンネ」
だんだんと血走ってくる中島の目はそれだけで恐怖だ。加えてガクガクと人の体を揺さぶり、その結果自らも頭を振ったり体を揺らしたりしてしまうので、さらさらの黒い髪の毛が着実に乱れていく。
その形相は、口調だけではなく見た目もしっかり『ヤバい人』だと思う。
放っておけばいい、そう思いつつも、普通にしていても目立つ口調と中島の体がでかいこと、大袈裟なリアクションに大きい声のせいで、近くの客や通り過ぎる店員が中島に対して怯えている、もしくは不審がっている様子が手に取るようにわかってしまう。これは私がどうにかして中島を落ち着かせるべきなのだろうか、と考えてみる。この男が落ち着いてくれないと、私も目立ってしまうのだ。確実に悪い意味で。
「わかってるの?」
ぴたりと動きを止めた中島は、むっとした表情を私の目の前に見せ、わざとらしい上目使いをしてみせる。そんな中島を少しばかり乱れた意識で見ながら、やっぱり髪を結んでいない中島はおかしい、と思った。やることも口を開けば出る言葉も変わっていないはずなのに、感じる違和感が拭えないのだ。
「へーい」
うるさいな、あえてそれは口に出さず、適当に返事を返した。それを見て中島は「もぉ……」とため息のような息を吐き出す。乱れた黒髪がおかしい。直してやろうかと髪に触れようとして、止めた。
どうして、伸ばしているのだろう。中島が髪を伸ばすと決めたのは、多分、あのときからだ。確証なんてないけれど、私のせいなのだと思う。あのとき私が決めたように、中島もきっと何かを決意して、そうして今があるのだろう。
あのときも今も、中島は肝心なことは絶対にいわないし聞かない。それは多分、私も同じだ。
「あ、中島くん?」
「なぁに、弥生ちゃん」
「あの、今日のはね、私が騙して連れてきたんだ。だから、咲、悪くないの。ごめんね?」
弥生がそういって私のフォローをした。それをどこか他人事のように聞き流す。
でも、そんなことはどうだっていい。弁解なんてするだけ無駄だし、中島だって本気じゃない。
そんなことよりも、中村彰太から逃れられて私はほっとしているのだ。
「あら、気にしないでー。どうせキサキちゃん、そんな約束なんて覚えてても守らないもの。ねー?」
「……わかってんじゃん」
「えー、何その会話! やっぱ付き合ってんじゃないのー?」
ヒロがそういって身を乗り出してくる。この人はやっぱり中島の友達だ、妙な所で納得しつつ、相手にする気も起きなかったのでお好み焼きを口へ運んだ。もうすぐなくなってしまうなぁとぼんやり思う。お腹空いた、やっぱり部活の後は疲れる。早く帰りたい、どうにかできないだろうか。
「あっれー、キサキちゃーん? 無視ぃ?」
最後の一切れを口の中へ運び、そのまま割り箸を咥えた。物足りない、まったく満たされていない。少しは胃も落ち着いたようだけれど、もう丸一枚、いや二枚は食べられそうだ。
「ヒロくん、咲はあれ、お腹空いてるんだと思うよ」
「キッサキちゃーん、お箸銜えるとか、お行儀悪くなーい?」
「そっかー、部活の後だもんねー。んじゃ、なんか頼みますかー! 俺もち入ってんの食いたいなー」
確かに、これは行儀が悪いか。中島に指摘され割り箸を置いた。物足りないなぁと思いながら頼むつもりでいるのか、メニュー表を持っているリクを見た。するとそのメニュー表の先をヒロが掴んで上から覗き込んでいる。
「やだーリク、ここは牛すじっしょ! うしーうしー!」
「えー、もちだよー! もちもちっ」
そこでリクとヒロの餅か牛かという睨み合いが始まった。どちらも頼む、という選択肢は二人の中にないのだろうか。やっぱり中島の友達だ、と納得する。
「っるせーてめぇら。ここは女の子に選ばせんのが常識だろーが! メニュー表渡しやがれっ」
中島が睨み、低い声で唸った。こんなくだらない争いにそこまで怒らなくても、と思いつつも中島が相当怖かったのだろう、なぜか青ざめているヒロとリクの顔をじっと観察する。そんな三人の様子を見ながら、藍花と弥生と純子は顔をほんのり赤くさせて笑っている。
中島は固まってしまった二人の手からメニュー表を奪うと、ふんと鼻を鳴らした。
「ま、祥吾のいう通りだね。キサキちゃん、何食べたい?」
「うあっ、彰太!」
中島が盗ったメニュー表をさらに中村彰太が奪い、ぱっとあたしの顔の前に差し出した。一番目についたものをとりあえず口にする。
「……エビ?」
なるほどね、ここのお店のオススメは海老なのか。初対面同士で始めに頼むものとしては無難だろう。
「キサキちゃん、それはイヤミかしら?」
「ダイジョーブ、おいしいよ?」
「あたしおもちがいいなー、藍花は?」
「うーん、なんでもいいよ? そんなにお腹空いてないし。純子はどうする?」
「あ、えと、なんでも……私もお腹空いてないから、」
「じゃー、エビ嫌いな中島くんは?」
「もう、弥生ちゃんまでっ!」
笑い声がどこか遠い。スクリーンの向こう側のように、そこに馴染めない自分。確かにこの喉から出る私の声までも、どこか遠いのはどうしてなのか。
どうしたらいいかわからなくなったから、なかったことにした。いなかったことにした、全部。自分を映すものが嫌いになって、それと同時に髪を切った自分に対して妙ないとしさを感じるようになった。
中村彰太の目が、嫌いだ。
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