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7 「王子様が歌ってくれた。(後半)」



まだ、愛子が元気だった頃のことだ。


万里は学校から帰るなり部屋に閉じ籠った。

偶然家に遊びに来ていた悠紀生が部屋の前に来てご機嫌を伺うが、なかなか万里の機嫌は治らない。


部屋の扉の向こう側から座り込んだ悠紀生が根気よく万里に語りかけ、お姫様の機嫌が治ったのは一時間後のことだった。


ご機嫌斜めの原因は、なんてことはない。

よくある友達同士のささやかな諍いだ。


曰く、



同級生の子達がね、悠紀兄ちゃんのことを言ってたんだよ。



「まるで王子様みたいだねって!」



「………それは、大変光栄だね。」



それがどうして不機嫌な万里に繋がるのだろうか。

いぶかしむ悠紀生の隣で愛子は楽しそうに笑う。


「あら、悠紀くんは王子様なの?」


「…………。」


愛子は部屋から出てきた万里を後ろから抱き締め、彼女の頭を撫でる。

それに気を良くした万里は、躍起になって「悠紀生王子様説」を唱えた。


「友達にね、いいなーって言われたの。」


どうやら、悠紀生は万里の同級生の間でいつの間にか注目の的だったようだ。


「それでね、自分達も会いたいって言われたの。」


「えっ?」


思わず息を飲んだ。

まさかの展開だ。


「でもね、悠紀兄ちゃんは忙しいから駄目だよって言ったの。」


悠紀生はほっと胸を撫で下ろす。

小学生女子に囲まれる災いは避けられたようだ。


「…そしたら、喧嘩しちゃった。」



そうして言葉を紡いだ瞬間、その友達との喧嘩を思い出したのか万里の瞳に涙が滲んできた。

その表情を見て、悠紀生は万里の手を握り万里に語りかけた。


「僕のこと気遣ってくれたんだよね、ありがとう。」


そうして悠紀生は微笑んだが、万里はその瞬間顔をくしゃりと滲ませ更に泣き出した。


「…違うの。」


「え?」


「違うんだもん……っ!」


そうして絞り出すように言葉を紡いだ万里はホロホロと涙をこぼし始めた。

どうしていいか分からず慌てた悠紀生は、愛子に視線で "S・O・S" のサインを送る。

この場で唯一全てを承知している彼女は、静かにため息をつき、万里の背中を優しく撫でた。


「やれやれ、王子様が朴念仁だと考えものね。」


悠紀生は取り敢えず後から後から零れる涙をどうにかするべく、万里の目元をティッシュで出来るだけ優しく拭った。

しかし、彼女の瞳は本人の意志に反して泣くと決めたらしい。

どうにか止めようと歯を食い縛る万里の頬を涙が止めどなく伝っていった。


さぁ、どうすればいい?

未だ状況は掴めてはいないが、とにかくこの少女を泣かしたのは、自分だ。多分。


悠紀生は未だかつて考えたこともなかった「女の子を慰める方法」というものを脳内の思考回路を総動員して考えた。





一方、万里はそんな悠紀生を見上げて、何とか涙を止めようと頑張っていた。

万里にだって分かっているのだ。



これは、ただの子供の癇癪だと。



ただどうしても、頷けなかった。


「王子様に会いたい。」


なんて言うあの子たちの言葉に。


だって頷いたら、悠紀生は優しいから付き合ってくれるだろう。

きっとみんなに優しくするだろう。


でもそれは、自分が嫌なのだ。



(どうしよう、悠紀兄ちゃん困ってる。)


呆れられるかもしれない。

せめてどうにかして泣き止まないと。

それでも涙は止まらない。いや、一層視界は滲むばかりだ。


どうしよう、どうしよう、どうしよう……っ。


そんな時だった。






~~~♪♪♪…♪♪~



(……歌?)


歌声だ。

見上げると、悠紀生が万里を見つめながら歌っていた。

いつか二人で見たプリンセスストーリーのアニメの曲だ。

ねえ歌ってとねだっても、恥ずかしがった悠紀生はなかなか歌いたがらなかった。

いつだって、「また今度ね。」と言って…。


悠紀生は涙が止まった万里の姿を見て微笑み、更に優しく、柔らかく、綺麗なテノールで小さな愛の歌を綴った。


その姿はまるで……。




「……王子様みたい。」





思わずぽろりと零れた言葉に悠紀生はクスリと微笑んだ。


「そうだよ、僕は」





万里ちゃんの王子様だよ。






そう言って悠紀生は、万里のために暫く歌い続けたのだった。






****************






扉の外から、歌声が聞こえる。

あの時と同じだ。

泣いてる万里を笑顔にしたくて、悠紀生は歌を歌っている。


あの時と同じ、優しい、優しい悠紀生の歌声だ。




「………悠紀兄ちゃん。」




視界が再び柔らかく滲んできた。

もう一度、ぬいぐるみで涙をぬぐって鼻を小さくすすったその時、扉の外から悠紀生が静かに語りかけてきた。


「万里ちゃん、あの時約束したよね。」



僕が君の王子様になるよ。って



「だからずっと一緒にいてあげるって、あの時、愛子さんの前で僕は約束したんだよ。」




そうだ、約束をしたのだ。悠紀生と、万里と、愛子の三人で。

あれが、愛子とした最後の約束だ。




「もう一度、約束するよ。ずっと万里ちゃんの傍にいるから。」



だから、一人で泣かないで。




それを聞いた瞬間、何かが万里の大きく空いた心の空洞をふわりを少しだけ埋めてくれたように思った。




そうして、部屋から出てきた万里は、告別式に二人で参列した。

愛子が荼毘に付されて煙になるまで、二人はずっと手を繋いでいた。



約束通り、ずっと悠紀生は傍にいてくれた。



それから、あの約束のことは二人とも一度も口にしていない。

でも、ずっと二人で静かに、大事に守ってきた。


それが、今も続いている。


あれから6年たった、今もなお。







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