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6 「王子様が歌ってくれた。(前半)」



「ねぇ、悠紀生君。私ガンになっちゃったみたい。」


余命、三ヶ月だって。


ある日、彼女はいつものように微笑みながら、彼女の終わりを告げた。


「…愛子さん?」


「入院して治療すれば、余命は長くなるわ。でも、どうせ家族のそばにいられない。」


だから私、これからもいつも通り家で過ごそうと思うの。




だから、よろしくね。




何を、とは聞けなかった。

残りの日々の生活のことか、それとも万里のことなのか。

それとも、その両方だったのだろうか。

ただ彼女はその後もいつも通り過ごしていった。


彼女が余命を告げた年の瀬から、一月、二月。


彼女の旦那と、愛する娘と。


刹那を惜しむように、最後まで家族を慈しみ、微笑んだ彼女は、


桜が咲く三月の末日。

眠るようにこの世を去った。







************







そして、満開の桜から花びらがヒラヒラと舞う4月の頭。

今日は愛子さんの告別式だ。


悠紀生は万里の姿を探すが何処にも見当たらない。

見渡すと響一郎の姿を見つけたので声をかけてみた。


「響一郎さん、万里ちゃんはどこに今いますか?」


「あの子は…多分、自分の部屋だろう…………なぁ、悠紀生君。」


「何ですか?」


「万里が、愛子が亡くなってから部屋から出てこないんだ。元気付けてくれなんて無茶を言うつもりはない。ただ、今日は愛子に会える最後の日だ。」


「…そうですね。」


いつでも笑っていた愛子さん。

あの笑顔にもう会えないのが何かの冗談のようにしか思えない。


「ちゃんと、最後にお別れをさせてやりたいんだ。どうにかして部屋から連れ出してきてくれないか?悠紀生君なら、あの子もあるいは……。」


分かりましたと頷いて、悠紀生はその場を後にした。

しかし、母親を亡くしたばかりの女の子に何て言えばいいんだろうか…。

大人の自分ですら身近な人の死は、辛い。

ましてや、あの子はまだ小学生だ。


どう話をすればいいのか、考えすら浮かばないままに悠紀生は万里の部屋の前にやって来た。


「万里ちゃん。」


扉のノックしながら声をかけるが、返事はない。

ただごそごそと身動きをする気配だけが届いた。


「万里ちゃん……今日は愛子さんの告別式だよ。お母さんに最後にお別れ言ってあげよう?」


「…………。」


返事はない。

無理もない、小学生の女の子がいきなり母親を亡くしたのだ。こうなるなというのが無理な話だ。

それでも、万里には告別式に出てもらいたかった。愛子さんのために、そして何よりも万里のために。

このまま、お別れもせずに愛子と別れると、きっと万里は後悔する。

悔やんで、悔やんで、きっと一人で泣く。

万里はそういう子だ。


万里のことを幼い頃からずっと見てきた自分だからこそ、それがわかるし、彼女にそんな思いはさせたくなかった。


悠紀生が今まで見守ってきたお隣の女の子は、引っ込み思案で幼いけれど、でもその実、気は強い。

引っ越してきたばかりのころはなかなか懐いてくれず、それでも段々と距離を縮めて、笑ってくれるようになった。

そのころから彼女の隣にいるのは自分の役目だった。


彼女が泣かなくてすむように、


彼女の笑顔が一瞬でも増えるように。


そうだ。そして、約束をしたのだ。今は亡い彼女と……







************






その頃、万里は部屋の中にいた。

お気に入りのぬいぐるみを抱き締めて、ベットに横になって。

服はお父さんに何とか言いくるめられて着せられた真っ黒いワンピース。

服が寝巻きなら、まるでいつもの休日のようだ。

こうしていれば、ひょっこりお母さんがやって来るんじゃないかと思える。


万里だって分かってはいるのだ。

ただ、別れを告げる勇気が湧かない。

ずっとそばにいてくれると思っていた。

なのに、いなくなってしまった。

絶対の存在だった母親が亡くなって、万里は気づかされてしまったのだ。


どんなに大切な人も、こんなに唐突にいなくなってしまうのだ、と。


いつでも笑っていた母。


でも、もういないのだ。


万里は再びあふれた涙をぬいぐるみの頭に押さえつけて拭った。その時だった。


「万里ちゃん」


悠紀生だ。

部屋から出てこない自分を迎えに来たのだ。

きっと困った顔をしているんだろう。

そんなことを思いながら、ふと思い出した。

確か、前にもこんなことがあった。

自分がご機嫌斜めで部屋に籠って、そして悠紀生がやって来て。


万里は愛子がまだ元気だった頃のことを静かに思い出した。





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