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4 「僕とあの子の"Reprise"」

ユニークやPVが段々と増えてとてもうれしいです。

面白く読んでもらえるように頑張ります。


悠紀生は久我の手の中にある紙袋を丁寧に(・・・)ひったくり、久我に詰め寄った。


「なんでここに万里ちゃんがいるんですか?!貴方いたいけな少女を誑かしたんですか?」


「人聞きが悪いなぁー。俺、今日途中から「入り」だったでしょ?いつものように楽屋口から入ろうとしたら、目の前に可愛い女の子がいるじゃん。」


「それで?」


「どうしたの?って聞いたら、どっかのおっちょこちょいが万里ちゃん特製の大事な大事な糠漬けを忘れていっちゃったから、わざわざ届けに来たって言うじゃん。」


その言葉を聞いて悠紀生は出かけのやり取りを思い出し、苦虫を噛んだような顔をした。


(そうだ、そういえば何か言いたげな様子だったような…)


久我はその表情を見て「してやったり」と言いたげな顔で悠紀生の鼻先に人差し指を突きつけた。


「だから、通りがかりの親切な王子様その2が、舞踏会に招待してあげたんだよ♪」


「だーれが王子様ですかいい年して。貴方もう36でしょう。しかも久我さんは役どころ的にはいいトコ魔法使いか、もしくは悪のラスボスでしょ。」


「まあねー♪」


実際に、過去に共演した某ヨーロッパ王朝がモデルのミュージカルでのキャスティングが悠紀生が王子、久我が魔王だったりするから笑えない。

ニヤニヤと笑みを浮かべていた久我だったが、次の瞬間、彼の表情が少し真剣になる。


「悠紀、おまえ最近、万里ちゃんに構ってあげられてないだろ?年明けからタイトなスケジュールだったのは、ここ数か月の活躍を聞いてれば想像できるよ。」


「……久我さん」


「だから今日は魔法使いからお姫さんへ、少し早いお祝い(・・・)のプレゼント。」


久我は悠紀生の額に人差し指をトンと当てた。


「お前も、あの子がいるんだからせめて髪ぐらいセットしろよ。俺の魔法は女の子オンリーなんだから野郎の世話までは引き受けないぞ。」


そうして久我はウインクだけを残し、おどけたふりをしながら自分の楽屋に向かっていった。

彼はいつもそうだ。ふざけるふりをしながら誰よりも周りのことを気遣っている。悠紀生はいつもこうやって久我に背中を押されては、「かなわないな」と思わされるのだ。


「……久我さん、ありがとうございます。」


悠紀生の言葉に、久我はひらひらと背中越しに手のひらをひらめかせて楽屋に消えていった。


悠紀生はそのまま久我の背中が消えるまで眺めていたが、ふとあることに気が付く。


「ヤバイ、通し(稽古)って40分後だっけ。」






悠紀生は紙袋を丁重に抱えて自分の楽屋に速足で戻った。

鏡前(化粧台)に座り、急いで髪をセットしながら万里が持ってきてくれた糠漬けを摘む。

相変わらず、いつも美味しい。


久我の話から察するに、彼のいう「舞踏会」とはこの後の通し稽古のことだろう。

明後日がゲネプロということもあり、今日の通し稽古はほぼ本番通りで一度通してみると演出の加賀美が言っていた。

舞台メイクを施さない以外は殆ど本番と一緒だ。


悠紀生はほとんどセットが終わった髪を調節しながら、またひとつ糠漬けを摘む。

ミュージカルの公演中や稽古の時など、いつも摘めるように糠漬けをタッパに入れて持ってきているのだ。

塩分補給と称しているが、ただ単に自分が彼女の糠漬けがないと駄目なだけだ。

お隣からもらうこのお裾分けを、昔は毎日家で食事の傍らに摘んでいた。

この生活になってからは、いつも彼女にタッパで貰っている。


今、あの子は客席にいるんだろうか。

思いもよらず、「自分にとっての初日」がやってきたのに少し動揺が隠せずにいる。


今日はあの子を笑顔に出来るだろうか。


鏡に向かい、悠紀生は自分の顔とにらみ合う。

彼女が客席にいるときの関心ごとはいつだって一つだ。


彼女が笑えて、泣けて、幸せになれる時間をつくること。


甘え下手なあの子が唯一素直になれる場所がここ(劇場)だから。


髪のセットが終わり、舞台袖に移動しながら悠紀生は物思いに耽った。


もうすぐ、あれから六年が経つ。


あの子の母親が亡くなって、六度目の春だ。







作中でたまにでる「ゲネプロ」とは公演本番前にするお客さんがいない以外は本番通りの通し稽古のことです。簡単に言い換えるとリハーサルみたいな感じです。

ご存知の方も多いと思いますが一応補足までに。

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