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13 「あんな人が」



もうすぐ、二幕が始まる。

舞台上には人が集まっていた。万里は遠くの客席からそれを眺める。

一幕の反省や変更点等を話して、それもどうやら終わったようだ。

二幕開始に向けて、キャストもスタッフも慌ただしく動き出した。

万里はとりあえずおとなしくしていようと意味もないのに客席で小さく縮こまってみる。

せめて快く観劇を許可してくれた関係者の方々には邪魔にならないようにしないと。

それに、このミュージカルが初日を迎えれば、公演が終わるまでにもう一回は観に来ることがあるだろう。

終演後に楽屋にお邪魔した時に嫌な印象を持たれていたくないなという気持ちもあった。

悠紀生の関係者という建前上、そういった所は本当に大事だ。


ただ、目立たないようにというのはどうやら無理らしい。

なんだかさっきからチラチラと視線を感じるのだ。

誰とは言わないけど、アンサンブルのキャスト方々とか、スタッフさんとか、後はさっきの三人もだ。


こちらが眺める側のはずなのに何故だか自分が見世物になっているような気分だ。


(あ、久我さんと目があった。)


流石イケメン。つけまつげを装備しても格好いいのは驚異的だ。

ウィンクと共に投げキッスが飛んでくる。

どう反応するべきか分からなかったので取り合えず笑顔を返しておいた。


すると、その様を見ていたらしい夕香が大きく手を振ってくれた。


(夕香さん、可愛いなー。)


何気に彼女のことはCDを買ったりするなどして密かに注目していた。

なので今回知り合いになれてすごく嬉しかったりする。


周囲のアンサンブルの人達も、こちらに向かって大きく手を振ってくれていた。

彼らの中には何度か話したことがある人もいる。広いようで狭い業界だ。悠紀生が出演した他作品で共演歴のある人が何人かいたのだ。


そして、その隣には悠紀生がいた。

ふわりと優しい眼差しをしてこちらに笑いかける。


(……もー、悠紀ちゃんは!心臓に悪いっ!)


万里は準備が整っていく舞台上を眺めながら、数年前を思い出した。

元々はただ悠紀生を観に行くだけで満足だったのだ。

しかし、観劇の回数を重ねれば重ねるほど共演者にも目が行くようになった。

だって素敵なのだ、しょうがない。

嗚呼、この方の演技素敵だなと思うと、その方が出る次回作も気になるようになる。チケットが増える。

こうして観劇貧乏が始まるのだ。

但し、万里には悠紀生という最強の奥の手がある。

彼が事務所や共演者のツテでどこからかチケットを取ってくれるのだ。

いや、万里から悠紀生にねだったりしたことはない。

ただ、彼は自分の好みを恐ろしいほど正確に把握しているのだ。


チケットもしっかり準備された状態で見たい公演に誘われて、断るという選択肢はないに等しい。


優しくて、頼りになって、何時でもそばにいる。

こんな人は他にいない。


だから、なかなか手を放せないでいる。

でも悠紀生も良い年だ。

本当は自分なんかに構ってる暇なんかないはずだ。


(いつかは、離れないといけないよね。)


悠紀生にだって恋人ができるだろう。

ずっと一緒にいると言ってくれたけど、約束にも時効がある。

だから、後ちょっと。

もう少しだけ。


隣にいるのを許して欲しい。






******************







二幕が始まって暫く。

舞台上では物語が佳境だ。


さっきから悠紀生演じるビリーは、マリーに会うためにとんでもないことをやらかしている。

その度に堪えきれない笑いがクスクスと溢れる。

普通ならあり得ないと突っ込む所だがこの話はコメディだ。

このくらいが丁度良い。


そして漸く二人が出会う。

悠紀生演じるビリーと、そして


「マリー!やっと君に会えた!」


切ない表現で台詞を叫ぶ悠紀生に思わずドキッとした。

マリーと万里。

何気に名前が似ているのでその気が無くとも自分に言われたような気持ちになってしまう。


(カッコいいな、悠紀ちゃん。)


舞台上では二人がデュエットナンバーを歌っている。

そしてキス。


(……やっぱりあるんだキスシーン。)


キスシーン自体はとても素敵だ。夕香も素敵だ。

でも、なんか引っ掛かる。

いつからだろう。前はそんなに気にしてなかった事が流せないようになってきた。


(別にいいんだけどねっ。)


悠紀生もこの仕事をする以上、キスシーンは避けて通れない。

それこそ男女問わず数えきれないほどキスをしている。

仕事だ、仕事。


万里は改めて舞台上に集中した。

物語はもうすぐ終幕を迎える。

ラブコメディの最後はハッピーエンドだ。


そして最後に歌われる曲は、





「…………"Always with you ".」





あの曲だ。

シンプルなアコースティックギターの音色に乗って聞こえてくるのは悠紀生の柔らかいテノールボイスだ。



もし、もし

君がいてくれるなら

なにもないけど

愛だけあげる


もし、もし

明日が君とあるのなら

僕はきっと

なんでも出来るよ


笑って

恋して

喧嘩しよう


最後は僕が謝るから

きっと君は笑って許す


そんな素敵な日々





優しい、優しい、悠紀生の声。

この声が万里は一番好きだ。

そして、迎えるハッピーエンド。


( あー、楽しかった!)


最高のキャストで、楽しいミュージカルを誰よりも先に独り占めできた。

ここまで連れてきてくれた久我さんには感謝しないと。


始まったアンコールはたった独りの客席でスタンディングオベーションをして、手が痛くなるくらい大きな拍手をして迎えた。





ミュージカル「ジキル&ハイド」より。

ミュージカルナンバーの曲名をサブタイトルにお借りしました。

この曲はとってもロマンチックで大好きな曲です。

この曲について詳しくは活動報告で説明してます、是非。


この一週間でタイトルを変更してまた戻すということをしてしまいました。

変えたのに結局戻すという……。

びっくりされた方すみません。

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