12 「プリンスとおじさんとあの子」
いつまでもあの子の隣にいれないことは、久我に言われなくても分かってる。
それでも、約束したから。
あの子と、あの子の母親と。
そして、他の誰でもない自分自身でそう決めた。
だから、せめて隣にいれる間は今のままで。
それから先のことは……
(…どうしようって言うのかな、僕は。)
とりあえず、もうすぐ幕が上がる。
"Show must go on."なんて、昔の人はよく言ったものだ。
「よしっ!やるか!」
気持ちを切り替えて。
悠紀生は歩幅も大きく舞台袖まで急いだ。
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一方、時は同じ頃。
久我は舞台袖に降りてきていた。
まだ姿は見えないが、悠紀生もそのうち来るだろう。
久我は先程の悠紀生の様子を思い出す。
思わず、突っ込んだ話をしてしまった。
もうすぐ、二幕が始まるタイミングでする話じゃなかったなと反省をするが、まぁ大丈夫だろうと思い直した。
あれくらいでどうにかなるほどやわでもない。
(ま、ちゃんと出番には何食わぬ顔でやって来るだろ。)
舞台上では公私は分ける。あいつはちゃんとそれができる役者だ。
久我は、自分の次の出番に集中しながら袖幕の裏まで歩いていったが、そこにはジト目で睨む夕香の姿があった。
「うわー、いじめっこ登場だ。」
「……聞いてたの?夕香ちゃん。」
久我は罰の悪そうな顔をして夕香の正面まで歩み寄った。
久我自身も悪いことをしたとは思っている。
ただ、内容が内容だけにあまり他の人には聞いてほしくなかったのだが。
「悠紀生君も可哀想だよ。こんなおじさんに気に入られちゃったばっかりに苛められて。」
「いやいや、まだお兄さんでいけるから。おじさんとか言わないの。」
久我は夕香のおじさん発言に思いの外真剣にリアクションを返す。彼の珍しい反応に夕香はクスクスと小さく笑った。
まぁ、夕香も彼が悠紀生と万里の関係に首を突っ込む気持ちも分からないではない。
「……久我さんがほっておけないのも分かりますよ。」
なんだか気になる二人ですよね。
夕香はそう独り言ちて客席を振り返った。
その視線の先に誰がいるのかは言わなくても分かる。
「可愛いだろ?万里ちゃん。将来美人になったら俺がお嫁さんに貰おうかな。」
「うわ、久我さん台詞がおっさんですよ。」
「……夕香ちゃん、地味に傷つくわ。」
おじさんとお兄さんの境目は三十路のデリケートゾーンなのだから、そっとしておいて欲しい。久我はため息と共に肩を落とした。そしてその久我の様子にもう一度クスクスと夕香が笑う。すると、そんな二人の肩越しに舞台袖に降りてきた悠紀生の二人を呼ぶ声がした。
「どうしたんですか?二人とも。」
「お、悠紀生君。今ねぇ、このおじさんが不純異性交遊をしようとね!」
「夕香ちゃん、オニーサンいい加減怒るよー?」
久我はそんなことを言いつつ夕香の頭を撫でた。彼の顔は張り付いたような笑顔だが瞳が全く笑っていない。
今、舞台袖にたどり着いたばかりの悠紀生には二人の話の筋が読めなかったが、久我が珍しくムキになってる様は見ていてとても愉快な気分だ。
「お兄さん??久我さん貴方、ご自身のことお兄さんって自称されてるんですか?」
「ゆ、悠紀!お前いつからそんな可愛いげが無くなった(泣)」
「さっき、苛められましたからね。おあいこです。ま、とにかくっ!」
お遊びもとりあえず中断だ。
物語の幕が上がる。
なにより大事なお客様が客席で待ってるのだ。
「準備は良いですか?」
「私はバッチリだよ!オニーサンは?」
「誰に聞いてるんだ?何時でもGoよぉ。」
「あ、オカマになった。」
「役に入ったと言いなさいっ。」
嗚呼、また漫才が始まった。
こんなにふざている二人だが、幕が上がると別人のように目付きが変わるのを悠紀生はよく知っている。
そろそろ二幕を通す前のミーティングが始まる時間だ。
「行きますよ!お二人共。」
これから、始まるのはラブコメディだ。
客席のあの子におもいっきり笑ってもらえるように。
最高のハッピーエンドを届けよう。