11 「その場所の名は」
久々の投稿です。
あれから暫くして休憩時間も終わり、開演10分前。
悠紀生は楽屋の鏡前に戻って二幕にむけて準備をしていた。
すると後ろから紫色のオーラを放つ怪しい影がやって来た。
「ケーキ美味しかったぁー?」
「・・・・・久我さん。」
後ろからじっとりと彼の手が首にまとわりついてきた。生暖かい感触にぞわりと悪寒がするが、あえてそれを表には出さない。
嫌な顔をしたらそれはそれで彼が喜ぶのは目に見えている。
「その顔で迫ってこないでください、物凄い迫力なんですよ。」
「美しいだろ?キスしてもいいぜ。」
「久我さんとのキスはまた今度の共演の時まで取っておきます。」
実際、この仕事をしていると男同士のキスもよくあることだ。
因みに自分の男相手のファーストキスはこの男に奪われた。
意外と柔らかいなんて一瞬でも思ったことは一生の秘密だ。
「それにしても…。」
「なんです?」
「いや、万里ちゃんだよ。1年ぶりに会ったけど変わってて驚いた。」
「そうですか?近くにいるとなかなかそういう変化に鈍感になっちゃいますね。」
「大人っぽくなったよ。」
「…まだまだ子どもですけどね。」
そうだ、子どもだ。やっと春から高校生になる。
まだまだ保護者がいる年頃だ。
「そーかな。案外早いぜ?女の子は。あっという間に大人になる。」
「なんですか?いきなり。」
「きっかけがあったら一瞬だよ。いきなり大人の顔をするぞ。」
「だから、なんなんです?」
「いーや、これからお前ら二人を眺めるのが楽しそうだなーってこと♪」
「……言っときますけど、期待するようなことは何もないですよ。」
ずっと一緒にいると約束はした。
ただそれは保護者としてだ。
優しいお隣のお兄さん位のポジションで十分だ。
但し、久我はそうじゃないらしい。やけにしつこく絡んでくる。
「だって、お前。あの子、春から高校生だろ?彼氏とか出来ちゃうかもしれないぜ?」
「…いいんじゃないですか?久我さんも彼女位いたでしょ?」
「男に泣かされちゃったりとかあるかもな。」
「そしたら、保護者として相手の男はシメます。」
「……ふぅーん。」
久我の眼差しがなにか言いたげに見つめてくる。つけまつげもバッチリの濃い顔で見つめないで欲しい。この至近距離だと、彼のことだ。本当にキスされるんじゃないかと別の意味でドキドキしてくる。
暫く悠紀生を見つめていた久我は、ひとつ小さくため息を溢すと体を華麗に翻し、舞台袖に向かって歩き出した。
そうして身体越しに一言語りかけてきた。
「便利だよな、保護者って。」
「……便利もなにも。名実ともにそうです。」
「もうそろそろ、無理なんじゃないか?相手は女子高生だ。保護者が必要な年じゃなくなる。」
「……そうですね、いいんじゃないですか。」
「じゃ、お前はそうなったときどんな立場であの子の隣にいるつもりだ?」
「……それは、お隣の」
「お兄さんとしてか?それはお隣さんの領域を越えてるよ。」
なぁ、悠紀生。どんな名前をつけるんだ?その場所に。
悠紀生は久我に投げ掛けられたその問いに答えられないまま、呆然と立ち尽くした。