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10 「言わない気持ち」


(えーと、聞き間違いかな?)


気のせいだろうか、不思議なあだ名で呼ばれた気がする。


端から見ていた悠紀生は、フリーズしてしまった万里の様子に苦笑いしながら言葉をかけた。


「うん、大丈夫。万里ちゃん、聞こえた言葉は聞き間違いじゃないから。」


「えーと…」


先ほど勢いで返事を返したまでは良かったが、それに続く言葉が出てこない。

戸惑う万里を余所に夕香はマイペースに言葉を続けた。


「あ、そーだ!確か名前は万里ちゃんよね?いっつも悠紀生君から名前聞いてるのについつい忘れちゃって。」


夕香は小さく万里の名前を何度も呟き、うん!覚えた!と言って万里に笑いかける。


現在のミュージカル女優の中でもトップレベルに名を馳せる女性の微笑みだ。

万里は彼女の後ろに薔薇の花とか百合の花とか咲くのが見えたような気がした。


どうやらあの「叶本夕香」さんに自分は名前を覚えて頂いたらしい。数秒前まではただ憧れていた相手に、こうしてお話ししてもらえるのはとても光栄だ。

というか、なんかさっき重要な事を聞いた気がする。


「悠紀ちゃんから聞いてた?」


「あれ?聞いてないの?悠紀生君ったら気付くといっつも「あー!あー!あー!万里ちゃんお腹空いてない?劇場の地下の喫茶店でケーキでも食べよっか?」


「え?でも休憩一時間でしょ?」


「いーのいーの!僕は幕間での衣装替えはないし!」


いきなり言葉を挟んだ悠紀生はやけに明るく万里を喫茶店に誘う。


「でも、悠紀ちゃん、まだ夕香さんとお話の途中…」


「夕香さんどうもありがとね、また二幕よろしくお願いします!」


慌てた様子の悠紀生は何とか万里をこの場から逃そうと背中を押しだした。

その端から夕香が羨ましそうに声をかける。


「えー、私もケーキ食べたいなー。万里ちゃんと仲良くなりたいし。」


「また今度差し入れ入れますからっ!」


「んー、まい泉のカツサンド。」


「……夕香さんってホント食いしん坊ですよね。」


普通、このタイミングは何か甘いものじゃないですか?

そう呟いた悠紀生に夕香はニコニコと微笑みながら言葉を続ける。


「亀十のどら焼きも食べたいなー。」


「ほ、ほら!万里ちゃん急がないと休憩終わっちゃうよ!」


「10分前には帰ってきてねー。」



そうして怒濤の勢いに押し流されるように、万里は喫茶店へと連れて行かれた。





***********





二人は連れだって劇場地下の喫茶店に入った。

古風なカウベルの音色が店内に響き渡る。

二人は席について、立て掛けられていた年代を感じさせるメニューを手にして注文をした。


「アイスコーヒーひとつ。万里ちゃんは?」


「えっと、チョコレートケーキ!と、ミルクティーで。」


とりあえず、注文を済ませた二人は一息ついた。

しかし、慌てて出てきたはいいけど、

休憩時間は一時間もない。


「…悠紀ちゃん、大丈夫?」


「うん、ちょっと忙しくなっちゃうけど、大丈夫だよ。」


「ん、そか。」


悠紀生の言葉に、万里はケーキは早めに食べきろう、と思った。

注文が届くまで手持ち無沙汰なので、万里が手元の水をチビりと飲んでいると、悠紀生は、「あーー」と声を出しながら広げたお手拭きを顔にあてた。


「やだ、悠紀ちゃんちょっと親父臭いよ。」


「ごめん、でも汗が凄くて。ほら、慣れないことしちゃってるから。」


「ああ!ふふふ、ダンスかっこよかったよ!」


「ホントに?せめて観客の人達には笑われないように練習してたんだけど。中々難しくて。」


「お疲れ様!………ところでさ、悠紀ちゃん。」


「ん?どうしたの?」


「いや、何かさ。距離……遠くない?」


そうなのだ。テーブル席に向かい合って座っているのだが、何故か悠紀生は机との間に50センチくらいの隙間を空けている。


「え?うん、ハハハ」


「いや、ハハハじゃないよ悠紀ちゃん。」


万里は悠紀生の側に行こうとズリズリと椅子ごとにじり寄る。

しかし、


ニコニコニコニコ

(ズリズリズリズリ)


「悠紀ちゃん……何で離れるのかな?」


「いやぁ、ハハハハ。」


ズリズリズリ


ニコニコニコ


ズリズリズリ


ニコニコニコ


「「・・・・・。」」


今日は公演日ではないので劇場地下にある喫茶店は閑散としている。

しかし、店内に人が全くいないという訳ではない。


悠紀生は仮にもファンクラブを持つミュージカル俳優だ。

立って追いかけっこをして注目を浴びる訳にも行かず、二人は静かに攻防を繰り広げる。


そうして万里が更に近づこうと椅子寄せた瞬間、悠紀生の方から店内の暖房の風がふわりと香った。

スンとした独特の匂い。それは、


「・・・湿布?」


「・・・・・・・ばれちゃったか。」


悠紀生はいたずらがばれた子供の様な顔で舌をチラリと出して笑った。


「え、でもいつもはそんな湿布貼ったりなんかしてないよね?!」


「いやー、流石に普段踊らない人間が踊ろうとしても上手くいかないみたいで。」


ま、でも大丈夫だから心配しないで。




「……………悠紀ちゃん。」



「万里ちゃんには、ちゃんと格好いい姿を見せたかったんだけどな。」


そうして悠紀生は頬をかきながら恥ずかしそうに笑った。

それを見て万里はうつむく。



(……ああ、もう。敵わないなぁ。)



気にしなくてもいいのに。

幼い子どもとした約束を律儀に守ろうとしてくれている。

「王子様だからね。」のその一言を。


少し胸の奥が締め付けられる様な気持ちになった。


「……悠紀ちゃんのバカ。」


それを聞いた悠紀生はまたハハハと笑う。


「……言われちゃったな。」


「カッコいいよ!」


「え?」


「悠紀ちゃんはいつもカッコいいよ。」




当たり前でしょ。




「・・・・・。」





いつだって、真剣に作品に向き合っている。

きっと自分には言わないだけで沢山努力もしているだろう。


(だから…。)




「悠紀ちゃんはカッコいいよ。」







「…………そっか。」







ありがとう。



優しく響いたテノールボイスに、万里はうつむいたままでも、

今、悠紀生がどんな顔をしているのか分かるような気がした。





ユニーク1,300 ありがとうございます。

今回は、ミュージカル「ブラッド・ブラザーズ」より

作中のナンバーをサブタイトルにお借りしました。

細かいことはまた活動報告で。

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