表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百と九十九  作者: 橘立花
3/5

××ストーリーは突然に

いつもと変わらぬ通学路。時間も時間なだけあって学生の姿はあまり見られない。黒いジャージを扮してジョギングするおじさんと、団地の前で井戸端会議を開いているおばさんの3人だけが今視界に映っている。時間は今4時ぐらいだろうか。夏の日差しはまだ衰えを知らないらしい。歩くたびに汗が噴き出す。汗が額から顎に伝わって無機質なアスファルトの地面に落下する。おまけに額に髪の毛が張り付く始末だ。額の汗を拭ったYシャツの袖が透明に透ける。背中は尋常じゃないほど汗をかいており、Yシャツがしっかりと張り付いている。このまま涼しいところに入ったら気持ち悪いんだろうな、と想像しながら僕は足を進める。珍しく今日の僕はヘッドフォンを耳に掛けていない。首からぶらぶらと下げているだけだ。ついでに言うと、今日は一人での帰宅ではない。


聞いてくれ。ありのままに今起こった事を話すぜ。『僕はさっきまで学校の中庭で車椅子の女生徒と話していたと思ったら、いつの間にか僕が彼女の車椅子を押して下校している』な…、何を言ってるかわからねーと思うが、僕もなにが起きているかわからかった…。頭がどうにかなりそうだ。催眠術とか記憶喪失だとか、そんなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。


…という風に、怪奇的な何かによってこうなったと言い訳したかったがもちろんそんな訳はない。僕は自分の意思もろくに持てず、彼女に流されて結果的に一緒に下校している。そして僕が後ろから彼女の車椅子を押している訳だが、どうもぎこちない。こうやって車椅子を押す経験がないのもたしかなんだが、これは緊張によるものだった。何度も言うようだが僕はあまり人と会話をしない。こうやって女子と二人きり帰宅する事なんて初めてだ。物心がついてない時はそういうことがあったかもしれないが、ノ―カウントだろう。さっきから歩き方すら危うくなってきている。僕からどうにか話しかけてみようと思ったが、うまく喋る事ができない。結局彼女の話を一方的に聞くような感じになっている。そしてその話から色々な事を知った。

どうやら彼女は友達と喧嘩をしてしまったようだ。放課後一人でいたのはそのせいだそうだ。喧嘩をした詳しい理由はあまり話してはくれなかったが、簡潔に説明すると休み時間にその友達とちょっとした口論になって、それが喧嘩に発展してしまったそうだ。よくありがちな原因だ。いつも仲良く彼女に付きっきりであるため、友達がいないと何かと不便だそうだ。ようするに今の僕はその代理。駅まで帰り道が同じという事なので、僕はそこまで一緒に帰る事になった。普通に歩けば学校から10分程度の道のりだが、今日は車椅子を押しながらでの帰り道のためどのぐらいかかるかはいまいち検討がつかない。学校のHPにも、『駅から徒歩約10分。また車椅子引率の場合〇〇分』とそんな都合よく書いてあるはずもなく、いつもの倍ぐらいはかかるだろうと見立てをたてた。

そしてこうやって一緒にいる事で彼女の不便さが良く分かった。ちょっとした段差であったり坂道であったり、普通に歩く分なら全く気にならないような些細な事が車椅子では問題になる。彼女の話によると、一人で大体の事はどうにかなるそうなのだが、車椅子を押してくれる人がいると幾分も楽だそうで安心感があるそうだ。下駄箱の所で靴を履き替えさせるといった召し使い的な事をしたが、今思えば履き替える事自体は一人でも出来たんじゃないか?と思った。その時はまだ軽く暴走状態であったために、そこまで頭が回らなかった。段差がある場所は持ち手をクイっと動かして前輪を浮かせる。初めてやることのため、前輪を浮かす際に車椅子を自体を大きく振動させてしまっていた。最初はそういった動作がボロボロであったが、次第に慣れていった。


なんの木だかわからないが、2車線の車道に沿うようにして定間隔で木が植えられている。風が吹くたびに葉がざわざわと音をたて揺れる。ついでにジョギングをするおじさんの、ふくよかなお腹も揺れている。歩くたびにたぷたぷと。

今まで彼女からばかり話を振ってもらってばかりいたので、そろそろ僕も話しかければいけないなぁと思い、咄嗟に口を動かした。

「ご趣味はなんでか?」

…なんでこうなる。妙に爽やかだった気がしたが、今このタイミングで聞く質問ではなかった。僕は自分のボキャブラリーの少なさに呆れた。

「趣味ですか?…ちょっと待ってください」

車椅子に座る彼女は、頭に手をやって考える。この間も僕の足は着実に駅に向かっていて、車椅子を推し進めていた。

「散歩ですかね…って言っても歩く訳じゃないですよ。あ、あと空を見る事です」

彼女は笑顔を顔に広げて言った。僕の位置から顔は見える訳ではないけれど、なんとなく分かった。それにしても、趣味が空を見ることって。他人の趣味を僕みたいな奴がとやかく言うのはあれだけど、他にやることがないものかな。軽く電波さんなのだろうか。

「空を見る事?」

僕は顔を上に傾けた。そこには絵に描いたような夏空が、どこまでも青く広がっていた。近頃意識して空を見ないためか、とても澄んだ色に思えた。

「はい。…やっぱりおかしいですよね。趣味が空を見るなんて。もっと他にないのかッ、って思いますよね」

「そんな。おかしいなんて」

彼女の自嘲気味な返事を慌てて否定するが、それは嘘だった。内心では少しおかしいと思っている。要するに世間一般で言う所のお世辞というやつだろう。あれ使い方間違ってる?

間を埋めるようにして、彼女が「ぅんッ」という声を漏らしてぐっと伸びをした。その手が僕の胸のあたりぐらいまで伸びてくる。

「私、中学校の頃ほとんど病院にいたんですよ。それでほんとにやる事がなかったから、毎日窓から外を見てたんです」

「入院してたの?」

「はい…その、中学の最初の方にちょっと事故に遭っちゃって。ほとんどベットで寝たきりでした。テレビとかもあったですけど、なんかだんだん飽きてきちゃいまして。結局最後の方はお空ばっかり見てたような気がします」

彼女は少し寂しげにそう語った。

その話を聞いた僕は、さっきの趣味の意味が少し理解できた。つまり、趣味がないんじゃなくて何も出来なかったという事だ。だから、空を見ることが好きっていのも頷けるような気がした。事故の事は…あまり詮索しない方がいいだろう。今の僕では支える事はできない。そう判断した。

「大変だったんだね…。退院したのは高校に入るぐらいかな?」

「えっ…と、中学校が終わるくらいですかね。けど私あんまり学校行ってなかったら卒業式とか出てないんですよね。あ、でも、勉強自体は病院でそれなりにしてたのでこうやって高校生になれましたよ」

彼女は僕に背を向けた状態で、腕を天に伸ばしてVサインを作ってみせた。

「けどまだ完全に退院した、っていう訳じゃないんですよ。通院中っていうんですかね、今もまだ月に1、2回ぐらいのペースで通ってます」

「へぇ、それって検査とかそういうための?」

話合っていると、さっきまでジョギングをしていたおじさんを追い抜いた。滝のように流れる汗を首にかけた真っ白のタオルで拭き取っているが、汗は一向に出続けている。おじさんの周りだけ温度が確実に上がっているような気がした。

「検査もあるんですけど、基本的にはリハビリですね。で、お医者さんが言うには、そのリハビリ次第でまたちゃんと歩けるようになるみたいなんです」

「リハビリかぁ…。やっぱり大変?」

彼女は急に首をぐるんとこちらに向けた。びっくりして車椅子を押す体が止まる。

「大変って…そりゃもう、つらいってもんじゃありませんよッ。なにかに摑まりながら立とうとするのだって、腰とかがほんと痛くって。えっと…そうだ、病院でリハビリのための施設があるんですけど、そこで補助用の2本の木の手すりに捕まって歩く練習とかしたりするんですよ。その専門の人がついたりとかして。あれとかほんとに拷問ですよ?お父さんとかお母さんが『頑張って』って言って励ましたりしてくれるんですけど、ふざけるなッ!、って感じで。けど期待されるとやっぱり頑張らなくちゃいけないから…つらいとも言えないんですよね」

さっきまで元気にお日様を浴びていた向日葵が急に首をうなだれたように、彼女はため息をついた。

「なんか急に愚痴を言ってすいませんね。でも、それが自分のためだっていうのは分かってますよ。私だってこのまま車椅子でいるのは嫌ですから…」

彼女の性格がおとなしそうと思ったのは間違いだったかもしれない。いい事があったら笑う、イライラしたら怒る。そんなどこにでもいる普通の女の子で、心の強い()のようだ。

「あー…けど誰だってそりゃイライラするよ。もしそれが僕だったら『どれだけ辛いか知らないからそう言えるんだよ!』とか言って直接怒っちゃいそうだけどね」

僕は車椅子を再び発進させた。この時僕の心は憑き物が落ちたみたいにすっきりしていた。なんだかとても久しぶりに笑えているような気がした。

「…やっぱり優しいですね。そうやって言ってくれる人初めてです」

「だから違うって。けど初めてって、他に言ってくれる人いなかったの?」

最初ほどその言葉に不快感は感じなくなった。むしろ少し嬉しかった。

「中学校とかほとんど学校行ってないせいで、友達少ないんですよ。今その友達とも喧嘩しちゃってますけど」

なるほど。僕とは『友達が少ない』のベクトルが少々違うようだ。僕の方は自業自得と言えるが、彼女のは可哀そうという方が正しい。

「僕も友達少ないよ。喧嘩した友達はまたすぐ仲良くなるって」

「ハハッ、自分で言います?…って自分が先に言ったのか。なんか私たち似た者同士ですね」

「そうかもね」

二人で友達の少ない事を笑った。段々と車椅子を押すのも慣れてきたようだ。ぎこちなさが解消されつつある。つまり僕の緊張がほぐれている事を意味する。帰宅するときにこんなに笑ったのは初めてだった。いつもだったらヘッドフォンで周りの音を遮断しながら家路を進むだけである。毎日毎日それの繰り返し。普遍的で変わらない日常だったが、今日は特別違うようだ。

「私たちって友達なんですかね?」

彼女が何気なくそう口にした。

「どうなんだろうね。良く分からない」

僕は少し意地悪をしてみた。彼女は頬をぷくっと膨らませ、怒ったような表情こちらに向けた。しかし彼女の表情はすぐ笑顔に変わった。なんだかそのやり取りとてもうれしく感じた。

友達の定義ってなんだろう。とも-だち【友達】親しく交わってくれる人。友人。…つまり仲がいい人っていうことだろうか。それは当り前か。ちょっとの顔見知りとかだと除外なんだろうな。友達っていうのは、どこからが友達に入るのか境界線が曖昧で定義なんてつけようがないんだろう。僕は深く考えない事にした。

「けどこうやって話してて赤の他人っていう事はないと思いますよ」

「たしかにね。これで他人ってのはおかしいね」

こうやって話している間にも車椅子は着実に駅に向かって進んでいる。一人で歩いて帰る時より時間は大幅にかかっている。しかしこうやってゆっくりするのもいいのかもしれない。今日の通学路の景色はいつもと違って見えた。

「友達って事で思ったんですけど、親友はどこからどこまでの事を言うんですかね」

今度はそうきたか、と思いつつ僕は答える。

「親友かぁ…漠然としてるけど、なんでも言い合えるような人の事じゃないかな。ほら例えば、『この人にだったらなんでも話せるなぁ』っていうような。そんな事言うと僕は親友いないんだけどね…」

「そんなこと言わないで下さいよ。私が親友になりますよ?なんて、なろうと思ってなれるようなもんじゃないんですけどね。…でもたしかに親友ってそういうものなんですかね。だったら私は一人いますね」

「お気づかいありがとね。その親友ってもしかして喧嘩中の?」

「はい。その喧嘩中の人です」

珍しく僕の予想が的中した。今は喧嘩しているとはいえ、彼女が自分で親友と言える人なのだろうからきっとすぐに仲良くなるだろうと安心できた。

「大丈夫だよ。すぐ仲良くなるって」

「だといいですね」

ここで一端沈黙が流れる。今まで途切れずに会話が続いたのが奇跡だなぁとその時思った。同時に、ほとんど僕が彼女に対して質問していた事に気づく。

目の前の彼女はぼんやりと上の方を向いていた。今も空を見ているのだろうか。つられて僕も空を見上げた。空には無造作に作られた真っ白い雲がぷかぷかと空に浮いていた。ぼぅっと僕も眺めてみた。しかしすぐに手元が狂って車椅子が右に逸れたので、すぐに視線が前方に戻る。

「お空きれいですね」

彼女がぼそっと呟いた。僕はそれに軽くうなずく。彼女に見えている訳でもないのに。

「知ってます?空って、太陽からの光が大気の中の色んなものにぶつかって散乱して、青く見えるみたいですよ。あんまり詳しくは知らないんですけど」

「あぁ、たしか青は一番波長が短い光だから強く散乱されるってやつだったかな」

ここで僕は容量の少ない脳みそから、滅多に使わないような知識を引っ張りだした。

「わぁ、なんか詳しいですね」

「いや。たしか授業でこんなような事をやって、たまたま憶えてただけだよ」

「へぇ2年生になるとそんなことやるんですね。なんかちょっと楽しみです」

彼女は嬉しそうな声でそう言った。

「もしかして勉強好きなの?」

「そうですねぇ~…どっちっかって言われれば…そうですね、好きな方ですかね。病院の方でも結構自主的にやってましたし」

「僕は嫌いだな…。そういえば空ってどういう所が好きなの?」

彼女は空の話をしている時が一番活き活きと話している気がした。僕はそこはかとなくその話題を振ってみる。そこはなとなくの意味を履き違えている感が否めないけど。

「空はいいですよ。見てるとリラックスできます」

彼女は柔らかい口調でそう言った。それに感化されてか、僕の口調も柔らかくなる。

「ふ~ん、普段はあんまり意識して見たりしないからなぁ…」

「その日その日で、表情が違うんですよ。今日はきれいだな、とか。…けど、その時の私の気分とかも関係してると思うんですけどね」

焼き鳥を売っている屋台の前を横切った。今日も白いタオルを頭に巻いた元気なあんちゃんが、屋台の中から「っらしゃい!!」と威勢のいい声を上げている。そしてそれに便乗するかのように、やきとりのいい匂いが漂ってきた。そしてその匂いが鼻腔をくすぐり、胃の空腹を知らせる。ここはこうやって釣られた高校生が、ついつい学校帰りにお金を使ってしまう《誘惑ポイント》なのだ。

「病院にいた時もそんな事を考えたりして空を見てたら、あっという間に退院できました。結構時間も忘れられますね」

「ずっと空を見てたらいつの間にかお婆ちゃんになってるかもしれないね」

だんだんふざける余裕が僕も出来てきた。なんでこうやって今まで話したり出来なかったのだろうかと、自分に疑問を投げかけてみる。

『…わかりません』。妥当な返事が返ってきた。

「そんなにボーっとしませんってぇ」

彼女がぷくっと頬を膨らませた。そしてさぞおかしそうにくすくすと笑った。

駅のすぐ近くの所まで来た。学校の周りとは違い、やや人通りが増えている。そんな中でもやはり僕達は目立った。汗をかきながら車椅子を押す男子高校生と、それに座る女子高校生。傍から見ればカップル同然と言ったところだろうか。

「もうそろそろ着いちゃいますね」

「そうだね」

バス停やタクシー乗り場が見えてきた。タクシーの運転手が、自分の商売道具に背中を預けて煙草をふかしていた。この時間帯はあまり乗る人がいないのだろうか。とても気だるそうに見えた。それに引き換え、バス停にはまだバスが来ていないのにも拘らず、4、5人ほどの人が行儀よくまっすぐ並んでいる。買い物袋をさぞ重そうに持っているおばさんが目につく。漫画とかによくいそうな、時代の流行に乗り遅れたようなパーマをかけている。きっと過去の輝いていた頃に縋るように、今もこうしているんだなぁとか想像できた。

車椅子はそんな人たちを横切り、どんどん駅に近づいていく。いつもなら階段を上って一直線に行くところだが、今日は車椅子同行のため階段下のエレベーターを使う事になる。そういえば一度もエレベーターを使った事がなかった。僕はそう思いながら、階段を通過してエレベーターの前まで向かった。

「えっと…なんか急にすいませんね。『一緒に帰りませんか』なんて」

「いやいや。元はと言えば、僕が色々失敗したせいだからね」

僕は間違って甘酒を購入した事を思い出して、少し気分が下がった。そしてその甘酒は学校から今まで彼女の膝の上に置かれていた。

「あ、そろそろ渡しときましょうか」

そう言って彼女は、僕に黒歴史の塊を差し出した。僕はそれを受け取る。…また一つ負の遺産が増えてしまったようだ。

エレベーターの前まで来た僕は、壁に設置されている『↑』のボタンを押した。ランプが点滅すると、すぐさま上の階からエレベーターが降りてきた。ピンポンという電子音と共に、扉が開く。僕は段差に気をつけながらゆっくり中に入って行った。

「大丈夫ですか」という彼女の問いに短く返事ををして中に入ると、すぐさま扉が閉まり密室空間が完成する。ん~…あれだ。暗闇だったり、密室で男女が二人きりになると、ちょっとそういった感情が生まれるというのも今の僕には頷けた。

音をたてて上昇するエレベーターは、1階分しかないためすぐさま到着した。その間わずか4.8秒。

乗る時と同様に、段差に気をつけながらエレベーターから降りると、すぐ右側は改札がいくつも並んでいた。

「なんかあっという間に着いちゃいましたね」

彼女が少し寂しそうにそう言った。

「ほんとあっという間だった。話してると時間が早く感じるね」

「そうだ。もしよかったらまたこうやって帰りませんか?迷惑だったらいいんですけど」

「えっと…」

ここで首を横に振ってしまうと一体どうなるんだろう。僕は少し考えて結論に至った。

「うん。…また今度」

そう言った直後のの彼女の顔はとても可愛くて、今まで見た中でとびきりの笑顔だった。満面の笑みというより、そこから2割増しの笑顔だった。

少し幅の大きい改札に向かって、まず初めに彼女が改札を通過する。それに続くように僕が改札を抜けた。その横では、ブザー音と共に改札に阻まれている男の人がいた。少し焦ってるのが面白い。

僕が車椅子から手を離すと、彼女は器用にすいすいと車椅子を動かした。

「じゃあ私2番線なので、ここで」

彼女が少し大げさに手を振った。その手はやっぱり小さくって、とても細かった。

「うん。じゃあ…またね」

手を振って僕は自分の乗り場へと足を運ぶ。すると後ろから「また今度」と聞こえたので、後ろを軽く振り向くと、彼女がまた手を振っいた。僕はそれに応えるように手を振り返した。


またね…か…。右手に甘酒という負の遺産を握りしめている僕は、そんな事がちっぽけになるくらいドキドキしていた。言葉では言い表せないような不思議な感情だった。

階段を下りる僕は、何故か少し足早だった。さっきまで慣れない車椅子をずっと押していたせいもあるだろうが、これはきっとそれとは違うのだろう。

駅の構内にはそこそこ人がいて、僕はいつも通り階段を下りて10mほど進んだ所で電車を待った。向かいのホームを見渡すと、まだ彼女の姿が見られなかった。車椅子のため時間がかかるのだろう。そしてタイミングのいい事に、僕の乗る電車はすぐに来るみたいだった。この路線はあまり本数が少ないため、考えないで行動すると結構な時間を待つ事がある。しかし今日は運がいいようだ。そう。今日の僕は今まで溜めこんでいた運を一気に使ってしまいそうな、そんな勢いだった。

僕は今までの自分を思い浮かべた。

学校でもあまり誰とも関わらずに、ほとんど一人で過ごす自分。家に帰っても、どこか他人行儀な家庭。思い返してみると、僕の今までの人生はA4のレポート用紙一枚で書き表せられるような、そんな薄っぺらい人生だった気がする。僕の人生はとても密度の低い、色褪せたものだった。しかし今日はどうだろう。今まで生きてきた人生を全て足しても勝るような、そんな濃い時間を過ごしたと言っても過言ではないのではないか?まるで真っ白だったキャンパスに、原色の絵具を塗りたくったようなそんな気分だ。僕はこんな時間が明日も、そのまた明日も続けばいいと思った。いや、思ってしまった。


すぐ近くの時計に目をやる。どうやら電車はもうすぐ来るようだ。その前にと僕は右手に持っている甘酒に手をかけて、プシュっと栓を開けた。買った時より冷めてしまっていたが、僕にはそれが何故か温かく感じられていた。そしてそれを口に運ぶ。

口の中でころがすように飲む訳でもなく、すぐさま嚥下(えんげ)した。

「…まずい」

その味はなんというか、とても僕にはおいしいとは感じられなかった。しかし、その味が妙に嬉しかった。


線路の脇に置いてあるランプが点滅し、電車が来る事を知らせる。それと同時に、向かいのエレベーターから彼女がゆっくりと出てきた。ホームの縁までやってくると、彼女が僕に気づいてまた手を振った。僕はそれを繰り返す。

線路で群れていた鳩達が一斉に空に飛び立った。どうやら電車の接近を察知したようだった。僕がちらと横を左を向くと、電車がすぐそこまでやってきていた。

こんなちっぽけだけど幸せな時間が少しでも続けばいいと考えた瞬間に、どうやら今まで溜めこんだ運を使い果たしてしまったようだ。





________________ドン。






短くて鈍い音が僕の耳に飛び込んできた。というより、僕の体がそう感じた(・・・・・・・・)



音に合わせるようにして、僕の体が前につんのめった。慌てて体を元に戻そうとしたが、その勢いに負けて僕は踏みとどまる事が出来なかった。そこからの時間はとてもゆっくりで、一瞬がとても長く感じられた。


僕の体が線路に向かって投げ出された。それはとてもスローモーションのように感じられて、長い浮遊感を感じた。さっきまで持っていた甘酒の缶は、僕の右上辺りを舞っていて、中の液体を中空に飛沫(ひまつ)させていた。周りで悲鳴のようなものが上がったような気がした。なんとなく僕は向かいのホームに目を向けた。そこには呆然とした彼女の姿があった。彼女は両手で口を覆っていた。その時僕の頭には、今日の彼女の色めいた表情が走馬灯のように駆け巡っていた。


鳴らされる鮮やかなクラクション。僕にその危険を伝える。全ては一瞬だった。





僕がまた横を向いた時には電車はすぐ目の前にいて、僕にはもうどうする事も出来なかった。






という訳で、完結でございます。橘立花の次回作にご期待ください。






…とまぁ、冗談ですよ?

まだ起承転結の『起』にすら入っていない状態ですし。


それで今回のお話なんですけど、簡潔に言えばただの『帰宅』ですね(笑)

それと彼氏さんが車椅子の彼女を押して下校…。なんかちょっとロマンチック(?)ですよね?


軽く裏話で。この話を構想し始めたのが、たまたま車椅子の女の子を見かけたからなんですよ。

で、最初はそんな二人の淡い恋心。…みたいな感じで書いていたら、なんか超展開になりました。





えっと…、あとがきとかがグダグダとかで申し訳ありません。

今後もおそらくこんな感じなので、読み終わった際に軽く目を通してもらえれば幸いです。


そもそもこのお話を読んでもらえる事自体がありがたいです。

出来るだけ早い執筆を心がけますので、どうか今後もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ