第12話
その後、家族全員が揃ったところで、すき焼きパーティーが始まった。
テーブルには、私がラキナで狩ってきた暴れ牛の肉も並べられている。
普段よりも豪華な食卓に、子供たちの目は期待に輝いていた。
「さて、今日は麗奈が帰ってきたお祝いね」
恵がそう宣言すると、家族全員が手を叩いた。
すき焼き用の鍋の中に、順番に材料が投入されていく。
ネギ、豆腐、春菊、椎茸、そして最後に、例の暴れ牛の肉だ。
「さぁ、焼けるぞ~!」
颯斗が楽しげに声をかける。
牛肉はすぐに色を変え、黄金色の脂が滴り始めた。
「うわっ、なんかすごくいい匂いがする……!」
旭が目を輝かせながら箸を構える。
「これ、本当にすき焼き用?」
理依奈も緊張した面持ちで鍋を覗き込んだ。
普通のスーパーで買ってくるような肉とは明らかに違う。
表面は柔らかく芯はしっかりと弾力がありそうで、脂の輝きが違う。
「いただきます!」
全員が声をそろえて箸をつけた。
一口食べた瞬間、リビングに広がるのは驚愕の声だった。
「うまっ! なにこれ、こんな美味しいお肉初めてかも!」
旭が目を丸くする。
「本当に! 口の中で溶けるっていうか、旨味が爆発してる!」
理依奈も興奮気味だ。
「これは……すごいな。高級レストランでもなかなか出会えないレベルだよ」
啓介が感嘆の声を漏らした。
「うん、美味しいわね。ラキナの暴れ牛ってこういう味なのね」
晴奈も満足そうな笑みを浮かべている。
「でしょ?ダンジョンの下層の方に出てくるぐらいの牛だと思うんだけど、なかなかの逸品でしょ?」
私は得意げに微笑んだ。
「下層の方……?」
理依奈がぽつりと呟き、目を丸くする。
「あれ、下層なんて簡単に行けるの?」
旭も思わず問いかけた。
この年代の子供たちにとっては、ダンジョンの『下層』というのはまだ未知の領域に過ぎないのだろう。
ましてや、そこに出現するモンスターの肉を持って帰るなど、想像もつかないことだ。
「んー、まぁそこまで難しいわけでもないわよ。」
軽い調子で答える私に、子供たちは唖然とした表情を浮かべる。
「す、すごい……」
理依奈が驚きと憧憬の入り混じった眼差しを向けてきた。
颯斗も尊敬の眼差しを送っている。
「そういえば、2人とも探索科に行ってるんだったわよね?」
私はすかさず話を振った。
2人の反応を見る限り、この暴れ牛の肉がかなり衝撃的だったことは容易に想像できる。
ならば、ここで話を振っておくべきだろう。
「うん! 私たち、将来は探索者を目指してるんだ!」
理依奈が嬉々として答える。
目がキラキラと輝いている。
一方、颯斗も落ち着きを取り戻しつつあり、うなずいた。
「俺も将来は探索者になって、いろんなダンジョンに行ってみたいなって思ってる」
その言葉を聞いた私は、ふと疑問が湧いた。
「そういえば、さっき下層って言葉に引っ掛かったでしょ? もしかして、学校とかでそういう話が出るの?」
私は颯斗と理依奈に問いかけた。
どうやら、ダンジョン探索において『下層』と呼ばれるエリアがあるということは、探索者の間では常識になっているらしい。
だが、実際にどの程度の難易度なのか、どのような環境なのか、詳しいことは知らないというニュアンスを感じ取る。
「そうなんだ! 学校でもちょくちょくダンジョンのこと習うんだけど、特にダンジョンの階層分けについては、結構詳しくやってるよ」
颯斗が箸をおいて熱心に話し始めた。
「基本的には、ダンジョンは階層ごとに分かれていると言われてるんだ。浅い階層ほどモンスターのレベルも低くて安全だって言われてる。でも、当然、深くなるにつれて危険度も増してくる」
「だから、初心者はまず表層あたりで練習するのが一般的なんだよね」
理依奈が補足する。
「私たちも何度か潜ったことがあるけど、やっぱり表層のモンスターはそんなに強くなくて……でも、油断してたらすぐ怪我するし」
「そうだね。僕たちの班は今のところは大丈夫だけど、他のクラスメイトで負傷した人も結構いる。だからこそ、安全管理が大事なんだ」
颯斗もうなずきながら続ける。
「そうそう。先生たちもよく言ってるけど、無茶するのは絶対ダメだって」
「なるほどねぇ」
私は納得するように相づちを打ちながら、内心でふと思った。
「ダンジョンの構造や特性についての知識はあるんだ……」
しかし、それはあくまでも表層部までの範疇。
もっと深く潜る場合の具体的な注意点や、下層に出現するモンスターについての情報となると、おそらく学園では詳しく扱われていないのだろう。
それでも、こうして基礎的な知識をきちんと教え込まれているのは、現代の教育システムとしては意外と充実していると言えるかもしれない。
「でもさ、それってやっぱり……安全に潜るためには、ある程度経験が必要だよね?」
私がふと疑問を投げかけてみると、2人は微妙な表情でうなずいた。
「まぁね。だから僕たちもまだまだ勉強中だよ」
「実際、上の階層でさえ油断したら命に関わることはあるっていうし」
颯斗が少し緊張した面持ちで続けた。
「例えば、表層のモンスターは強くないとはいえ、連携して襲ってくることもあるし、不意を突かれることも多い。それに、環境によっては罠もあるって言われてるからね」
「あと稀にイレギュラーモンスターっていう通常その階層に現れない強いやつが現れる場合があるとも習ったね」
「そっか……ちゃんと勉強してるんだね」
私は納得したように頷いた。
ダンジョンのリスクについてしっかり理解していることは大切だ。
いくら強い力があっても、無知ゆえに命を落とすことだって十分にある。
「それで、下層についてはほとんど習ってないんだ?」
再び確認するように尋ねると、颯斗と理依奈は互いに顔を見合わせてから、頷いた。
「下層に関しては、資料があまりなくてね。学校の先生も、『実際に潜ってみないとわからないことが多い』って言ってた。そもそも、下層までたどり着いた探索者が少ないから、情報自体が貴重なんだ」
「それに、下層で戦うには相当な準備が必要だってことも、聞いたことがあるよ。モンスターが強いだけでなく、地形や環境も複雑で危険が多いらしいから」
理依奈が補足し、颯斗も同意する。
どうやら下層については、彼らにとっては未知の領域らしい。
少なくとも、一般の探索者がおいそれと挑める場所ではないというのは確かだ。
「へぇ……それだけ慎重になるべき場所なんだね」
私は改めて思った。
自分自身は下層どころか、ダンジョンの奥深くまで何度も潜ってきた身ではあるが、それがいかに特殊な経験であるかを痛感する。
もし自分と同じ境遇の人間がここにいたら、きっと同じように驚いているに違いない。
「そうだね。だからこそ、これからどんどん情報を集めていかないと」
颯斗が前向きに答える。
「うん。実績があれば、良いクランにも入れるかもだし」
理依奈も意欲的に言葉を続けた。
「なるほどね……」
私は考え込むように腕を組む。
今の時代、探索者のキャリア形成において探索経験がどれほど重要視されているのか。
それは、単なるお金稼ぎ以上の意味を持つようだ。
「つまり、君たちもいつかは下層を目指したいと思っているってこと?」
問い返すと、二人は真剣な表情で頷いた。
「もちろん! 絶対にそこまで行きたいと思ってる」
颯斗が熱意を込めて答える。
「そうだよ! 中層に潜れるレベルになり実績を積んだら、大きなクランにも入ることができるかも。そしたら……」
理依奈も目を輝かせながら言葉を続けた。
「そしたら、私もいろんなダンジョンを回ったり、もっと強いモンスターと戦ったり……夢が膨らむよね!」
二人の言葉からは、未来に対する希望と期待がひしひしと伝わってくる。
まだ若い探索者候補でありながら、ここまでしっかりと考えを持っていることに、私は素直に感心した。




