第11話
そんなことを思いつつ、私はキッチンに向かった。
久しぶりの実家だ、やはりここは母親である恵と並んで台所に立つのが一番しっくりくる。
「お母さん、私も手伝うよ」
「あら、じゃあ一緒に作りましょうか」
恵と一緒にキッチンに立つ。
並んで包丁を持つだけで、心が温かくなる。
恵が冷蔵庫を開け、食材を探していると、
「そうだ! いいお肉があるよ」
私は収納魔法から、ラキナで狩った暴れ牛の肉を取り出す。
新鮮で、霜降り状態の美しい切り身だ。
「うわっ、何その肉! 美味しそう!」
理依奈が目を輝かせる。
「いいでしょ? 魔の森の奥の方に居たやつだから、結構自信あるのよ。しかも、収納魔法の中だから鮮度抜群!」
そう言いながら、私は収納魔法の存在を隠すことなくさらりと披露する。
案の定、颯斗と理依奈は驚きの表情を浮かべたが、恵は凄さが分かっていないのか平然と受け入れている。
「収納魔法って言うの?便利ねぇ」
「でしょ?」
笑い合いながら、二人で調理を進めていく。
「この肉、どういうふうに切ろうか?」
私が恵に尋ねると、少し考えて答えた。
「そうねぇ、今日は麗奈が帰ってきたんだし特別にすき焼きにしようかしら、薄めに切ることってできる?」
「任せて」
自信ありげに微笑むと、収納魔法から一本の包丁を取り出す。
それは、かつて私が何度も改良を重ねた、オリハルコン製の包丁だった。
「おぉ……!」
颯斗が目を見開いて声を上げる。
刀身は鏡のように磨かれ、刃先は鋭く研ぎ澄まされていた。
その圧倒的な存在感に、理依奈も旭も見入っている。
「そんな包丁、見たことないよ……」
旭がごくりと唾を飲み込む。
「私が昔作って今でも愛用している物よ」
照れくさそうに言いながら、私は手際よく肉を薄切りにしていく。
すっと刃が滑るように入り、均一で美しい断面が現れる。
切れ味はまるで豆腐を扱うかのようで、一切乱れない。
「おぉ……お見事!」
恵が思わず拍手をする。
「さすがね、麗奈。あっちでどれだけ修行してきたの?」
「ずっと料理は作ってたからね」
私はさらりと言いながらも、内心では誇らしかった。
200年近く、毎日のように料理を続けてきた成果だ。
フォノンの屋敷では大勢の子供たちや精霊たちのために食事を作ることが日常だったし、冒険中は限られた素材でいかに美味しく栄養価の高いものを食べられるか試行錯誤したものだ。
そのとき、ガチャリと玄関のドアが開き、父・浩一の声が響いた。
「ただいま」
続いて、浩一の後ろから穏やかな声が続く。
「ただいま。今日はちょっと遅くなっちゃった」
「ただいま~」
兄・啓介と義姉・晴奈も帰宅したようだ。
三人が廊下を歩いてくる音が聞こえてくる。
リビングの扉が開くと同時に、皆の視線が一斉に私へと集中する。
颯斗や理依奈とは異なる反応だろうと思ったが、やはり彼らの表情も同じく凍りつく。
「え?」
「どなた……?」
という戸惑いの呟きが漏れる。
しかし、すぐにその背後にいる恵の表情から、それが危険な人物ではないと理解したのか、ほっとしたような空気が流れた。
「ただいま。で……この人は?」
啓介が首を傾げる。
「あー……」
恵が、いたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。
「麗奈よ。生きてたみたいなのよね」
「……は?」
一瞬の沈黙。
「え? 麗奈? 」
「……冗談だろ?」
浩一と啓介が、信じられないという顔で立ち尽くす。
晴奈も目を見開いたまま、言葉を失っているようだ。
その空気に耐えきれなくなったのか、恵がくすりと笑った。
「本当なのよ。ついさっき、帰ってきたの」
その言葉に、ようやく現実味が沸いたらしい。
「な、なんだって……」
浩一が震える声で呟く。
ゆっくりと視線を私に戻すと、その目に涙が浮かんだ。
「……本当に、麗奈なのか……?」
私は静かにうなずいた。
その表情には、少し戸惑いもあるが、それ以上に深い愛情と感謝が溢れている。
「ただいま、お父さん」
次の瞬間、浩一は駆け寄り、強く抱きしめた。
20年ぶりの再会だ。
胸に去来する感情ははかり知れない。
ただ、「生きていた」という安堵と、「会えた」という喜びが、その大きな背中に滲んでいた。
「おかえり……本当によく帰ってきてくれたなぁ……」
声を震わせながら囁く浩一。
私もまた、その腕の中でそっと目を閉じ、肩越しに感じる体温と鼓動を噛みしめていた。
「うん……ただいま」
次に前に出てきたのは啓介と晴奈だ。
二人は一瞬、言葉を失ったように立ち尽くし、啓介がゆっくりと口を開いた。
「麗奈……本当に麗奈なのか?」
「お兄ちゃん……晴奈さんも……元気そうでよかった」
啓介の目にはすでに涙が光り始めている。
晴奈もまた、唇をぎゅっと結び、泣くまいと必死に耐えている様子だった。
20年の月日は二人にとってあまりにも重く、長い時間だったのだろう。
「ああ……本当に、帰ってきたんだな」
啓介が声を絞り出すように言う。
「信じられないけど……でも、あのときのままなんだね」
晴奈が微笑みながら付け加えた。
その声には安堵と歓迎が混ざっている。
「ちょっと違うところもあるけどね、でもちゃんと生きてるよ」
私は笑い、二人を安心させようとする。
啓介と晴奈は麗奈の屈託のない笑顔は、かつての妹と何も変わっていないように見えた。
お互いに目を合わせ、そしてどちらともなく大きく頷いた。
これは幻覚でも、都合の良い妄想でもない、確かに、麗奈が生きているのだと。
そして、それを実感するにつれ、啓介の目からはとうとう堪えきれなかった涙がひとすじ零れ落ちた。
「ほんとに……帰ってきてくれたんだな……」
啓介の声は震え、喉が詰まってうまく出ない。
それでも、その声には深い感情が込められている。
「うん……ただいま、お兄ちゃん、晴奈さん。」
私もまた、その声を出しながら少しだけ鼻をすすってしまう。
しかし、彼女は決して弱さを見せないよう、笑顔を保ち続けた。
これが、みんなを安心させる一番の方法だと思っているから。




