第10話
そうして二人で楽しく昔話に花を咲かせていると、玄関のドアが勢いよく開いた。
「ただいまー! お腹すいたー!」
元気な声が飛び込んできた。
中学生らしき少年がスクールバッグを担いだままリビングに入ってきた。
「あら、旭。おかえり」
恵が声をかけると、少年は初めて気づいたように私に目を向けた。
驚いたように目を丸くする。
「……誰?」
純粋な問い。
無邪気な視線が、銀色の髪と瞳を映している。
「えっと、初めまして」
私が柔らかく微笑むと、少年――旭は一瞬たじろぎ、それから慌てて視線を逸らせた。
頬がほんのり紅潮しているのがわかる。
(あらあら、これはまた……)
恵がくすりと笑う。
その視線に気づいた旭は、ますます照れたように俯いた。
「あの……その、キレイなお姉さんは誰なの……?」
恵が答える。
「亡くなったと思ってたけどね、実は生きてたのよ。この人があなたのお父さんの妹の麗奈よ、あなたにとっては叔母さんね」
「麗奈叔母さん……?」
旭が再び私を見る。
その目にはまだ戸惑いが残っていたが、好奇心の方が勝っていたようだ。
「僕、旭です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、すぐに興味津々といった様子で質問を投げかけてくる。
どこに行ってたのか、どうやって戻ってきたのか、その髪や目はどうしてそんな色なのか。
止まらない質問の嵐に、私は思わず苦笑してしまった。
(子供って、やっぱりこういうところはどこでも一緒ね)
ひとつひとつ、できるだけ簡潔に答えていると、ふと気づく。
ケイ……私の義娘で現在12歳の彼女の年齢と旭がちょうど同じくらいだ。
(もしかすると、いい友達になれたりするのかしら)
そんなことを思いながらも、旭の質問に答え続ける。
恵はその様子を微笑ましく見守っていた。
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しばらくして、玄関のドアが開く音とともに、二人の足音が聞こえてきた。
「ただいまー!」
元気な声と、落ち着いたトーンの挨拶。
リビングに顔を出したのは、制服を着た少女と少年だった。
「あら、颯斗と理依奈。おかえりなさい」
恵が二人を迎え入れる。
と、私の方へ視線を向けた颯斗と理依奈の表情が、旭とまったく同じように硬直した。
「え? だ、誰……?」
「すご……きれいな人……」
口々に戸惑いの言葉を漏らす二人。
その視線は銀色の髪と瞳に釘付けになっていた。
私は困ったように笑いながら小さく会釈した。
「こんにちは。はじめまして、風花麗奈です」
自己紹介を終えると、恵が優しく笑った。
「旭にも言ったけど、亡くなったと思ってたけどね、生きてたのよ。この子があなたたちのお父さんの妹……つまり、叔母さんね」
「えっ!?」
「お、叔母さん!?」
驚愕の声が重なる。
特に理依奈は目を丸くしたまま、私を上から下までじっくり観察している。
おそらく私の容姿……つまり、叔母さんというには見た目の年齢がかけ離れすぎているのだ。
「嘘でしょ……!」
「叔母さんにしては若すぎるでしょ……!」
混乱と興奮が入り混じった声に、私は苦笑するしかなかった。
どうやら旭の時と同じパターンらしい。
(これが家族なんだな……)
自然と家族らしいやり取りを見せられることに、胸がじんわりと温かくなった。
気を取り直して自己紹介してくる。
「理依奈と双子で兄の颯斗です」
「妹の理依奈で~す」
「ねえ、麗奈叔母さん!」
理依奈が身を乗り出して言った。
目を輝かせ、期待に満ちた眼差しを向けてくる。
「その……叔母さんって呼んだ方がいいと思うんだけど……なんか、イメージと合わなくて」
(ですよねー)
私は心の中で同意する。
これでも一応236歳なのだ。
年齢がどうあれ20歳ぐらいにしか見えない『叔母さん』は違和感が大きいだろう。
「好きなように呼んでくれればいいよ」
やさしく笑いかけると、理依奈の表情がぱっと明るくなった。
「じゃあ……麗奈お姉ちゃんって呼ばせてください!」
その呼び方は予想外だったが、理依奈の嬉しそうな笑顔を見るとこちらまで心が弾む。
私は満足げにうなずいた。
「いいわよ、じゃあそう呼んでもらおうかな」
そんなやり取りを見ていた颯斗が、ふとなにかを思い出したのかスマートフォンを取り出した。
画面を慣れた手つきで操作し、数秒後に見つけた画像を私に向けてくる。
「あれ?この人……どこかで見たような気がするなぁって思ってたんだけど……」
颯斗が見せてきたのは、昨日兼六園ダンジョンの探索者ギルドで撮られた写真だった。
カイトとマリ、そして私が並んでいる場面が鮮明に写っている。
「これ、確か昨日ネットニュースで流れてた……『Sランク探索者の美男美女と謎の美女、日本に現る?!』みたいな記事のやつ」
「うわぁ! ホントだ! すごい!」
理依奈が画面を覗き込み、興奮気味に叫ぶ。
「麗奈お姉ちゃんのこと、ニュースになってるんだ!」
私は思わず額に手を当てた。
まさか、自分がSNSでバズっているとは夢にも思わなかった。
「え、えぇ……」
困惑と照れが入り混じった声が出てしまう。
「いつの間に……?」
理依奈がさらにスマートフォンを操作し、表示されたページを見せてくれる。
そこには
『#ラキナ美女』
『#カイト様推し』
『#マリ様』
といったハッシュタグが踊り、兼六園での写真だけでなく、私たちが行ったスーパーマーケット周辺で撮られたと思われる他のショットもいくつか投稿されていた。
コメント欄には
『異世界からのお客様!』
『マジで綺麗!』
といった驚きの声とともに、
『カイト様かっこ良すぎ!』
『マリ様美しすぎ!』
と称賛の嵐。
その一方で、
『この美女は何者?』
『オーラが違いすぎる!』
といったコメントも多く寄せられていた。
Sランクのカイトとマリはどこからか名前が漏れてしまったらしい。
(まさか、ここまで拡散されているとは……)
私は唖然とした。
これまで異世界暮らしで、こういったSNS文化にはほぼ触れてこなかった。
そもそも、自分が誰かの目に留まるということ自体、ほとんど意識していなかったのだ。
ラキナでは、
『フォノンの魔女』
として有名ではあったが、それは尊敬される対象であり、このような好奇の目で見られることは稀だった。
「うわぁ……ものすごい書き込み!」
理依奈が興奮した声でスマホを握りしめている。
「麗奈お姉ちゃん、もう有名人だね! 超かっこいい!」
純粋な賞賛は嬉しい反面、少し複雑だ。
この調子で注目を集めたら、日常生活に支障が出るかもしれない。
(とりあえず、外出時には少し変装を考えたほうがいいかもね……)
そんなことを思いつつ、私はキッチンに向かった。




