じゃない方とサヘル国の契約書
すみません。少し遅くなりました!
未亜の袖くいっに気づいたディオゴは、羊皮紙を会長に返しつつ小さく耳打ちした。会長はそれを聞き、改めてサリムに向き直り、
「それでは、この交渉の続きは、3日後ということで。こちらも契約書とその条件を精査させてもらうぜ。」
そう会長が言うと向こうもそのつもりできたのだろう抑揚にうなづくと、
「はい、では3日後にまた参ります。シイラの神に幸が多からんことを」
そう言って、サリムとその通訳は応接室から出て行った。
未亜は二人の背中を見送った後、ドアが閉まってからふぅと小さくため息をつく。ディオゴは横目でその様子を見て小さく笑っていた。
会長は残った通訳、ディオゴ、未亜をぐるりと見渡した後、
「さて、まぁ、俺の感想は後にして、ひとまず、簡単にでいいからこれを翻訳してくれないか?」
そう言って通訳さんに渡す。通訳さんはそれを受け取ると
「ここにはバハール商会とリオ・ソラル商会のサヘルで新たに見つかった魔石の鉱山の取引について書かれています。」
「鉱山の場所は具体的に書かれているか」
会長の問いに、通訳さんは、スーっと何行かを目で追って
「いえ。今回新たに発見された、としか書かれておりません。」
「ってなると、もし条件を詰めるならそこからだな。『今回』がいつのことになるか分かりゃしねぇからな。後から別のを当てがわれても困る。」
そう会長が言うとディオゴは心得たように懐からメモを取り出し書き留めていく。
「それからサヘル国の新しい鉱山についても情報が欲しい。客観的な判断材料が少なすぎるからな。誰か聞けそうな奴いるか?」
そうやってソファからディオゴを振り替えって会長が聞く。ディオゴはしばらく考えて
「サヘルにいる奴らにも連絡してみるが、3日ではとてもじゃないけど返信まで返って来ないぜ、会長。」
会長はふむっと考え込み
「確か、行商人のレオたちがもうそろそろこの町に立ち寄るはずだ。礼金を渡していいから、話を聞いてこい。」
ディオゴは無言でうなづいた。未亜はこの二人の息のあった掛け合いが見ていて心地いいと思った。ツーカーと言うか打てば響くと言うか。お互いが信用しあってお互いのやりたいことがわかっている感じに圧倒される。
「続きも翻訳してくれ」
会長が促すと通訳さんは今度はさっと目を通した後、
「先ほどバハール商会のサリム様がおっしゃっていたことですが、同じ鉱脈から産出される魔石に限り他との販売契約をしないと言う条件付きで、その産出量の7割を通常の販売価格より3割引での売ると言うものです。」
「俺は翻訳してくれと言った。それは、本当に間違いなく翻訳か?」
会長がジロリの睨むと通訳さんはピリッとした緊張感を纏いながらも
「はい。」
「『同じ鉱脈』と書いてあるんだな?」
通訳さんはもう一度契約書に目を走らせ
「はい、『同じ鉱脈』と書かれています」
どう思う?今度は会長は目でディオゴに尋ねた。
「『今回新たに発見された鉱脈』、『同じ鉱脈』それがどれかは俺らには知らせない、と。なんだかちょっときな臭くねぇか?」
ディオゴがそう言うと、会長は同意見と言わんばかりに首を縦に振った。その時、通訳さんが
「あの差し出がましいようではありますが、彼の国は、詩的な表現で契約を結ぶのが最上の契約とされています。今回のもあえて鉱山の名前を入れないことで、契約書の文言の美しさを保ったのではないかと...」
が言いながら自信がなくなってきたのか通訳さんの声はしりすぼみになる。そんな通訳さんの方を目でチラッと見ながら会長は「ふむ...一理あるか...」そう言って納得しそうな雰囲気を出す。
(いいのかな、私がここで出しゃばっても...でもこのままじゃこの流れになっちゃうし...)
未亜はおずおずと手をあげる。
「あ、あの。」
「なんだ?」
会長が不満そうなテンションで返す。未亜は声をあげた今も本職の人の前で指摘するべきかちょっと悩んでいた。しかし、商売は時間が勝負とも言う。未亜の懸念を伝えなかったことで商会に損失が出ることになれば、他ならぬ未亜が罪悪感に駆られるのが目に見えていた。未亜は、大きく息を吐いて心を落ち着ける。
「今、話していたことですが、個人的にはサヘル国にしては直接的過ぎる表現かと思います。」
一気に思っていることを言ってしまう。
「な!?」
と通訳さんは、「給仕風情が何を言い出す!」と今にも掴みかかりそうなオーラを出す。一方で会長は「ほう。」とちょっと面白がるような声を出し、未亜の続きを促した。
「彼の国であれば『今回新たに発見された鉱脈』は『月に照らされた星々に導かれし光輝く宝石箱』ぐらい言います。」
「な、何を根拠に!」
通訳さんは食ってかかる。その通訳さんに向かって未亜はへにょっと眉を下げながら、
「残念ながら根拠という根拠はありません。しかし、何度もサヘル国の契約書を見る機会があり、その経験に基づくと今回の書き方は違和感しかありません。」
「そら、見たことか!お茶汲み係のお前がどこで契約書なんて見たのかは分からないが、その数はたかが知れている。そんな浅い知識に基づいた主張なんて誰も信じやしないさ。」
通訳さんは先ほどまでの丁寧な話し方とは打って変わって、口調を変え、未亜を見下し始めた。一方、未亜はこの1ヶ月間何度も何度もサヘル国との書簡のやり取りや契約書を見てきたため、自分の発言には自信を持っていた。そしてその様子を見てきた会長もディオゴも自分の発言を給仕係の戯言として扱わないのも知っていた。そこまでの信頼は得てきたつもりだ。
(サヘル国の契約書は、ほんとおおおに読みにくかった...文字は読めているのに意味が理解できないってこういうことなんだって思うくらいだったんだから...数字の書きた方や単位も違うし、商品名も詩的に書かれていたから帳簿のして精査が大変だった...)
未亜は当時のことを思い出して白い目をする。
そんな未亜を他所に会長は
「ならやはり尚のこと。裏付けが必要だな。もし、これがサヘル国式の書き方でないのであれば、そもそもあいつが本当にバハール商会の者なのか、というところから疑わなければならないかもしれん。」
会長は腕を組み、考え込んだ。
「ひとまず、ディオゴ、お前はレオに声をかけてくれ。そして、他の奴らにもバハール商会のサリムについて調べさせろ」
ディオゴはうなづく。そして会長は通訳さんの方を向き、
「今日は助かった。今日の通訳の代金は店の方に用意してあるから、もらって帰ってくれ。」
「あ、はい。でも、契約書の翻訳は...?」
「大丈夫だ。それはこちらでなんとかする。」
通訳さんは少し青ざめた顔をしたあと、
「あ、あの...せっかくなので翻訳の方もできますが...」
「いや。こちらにも少し考えたいことがあってな。また必要であれば声をかけるから」
「は、はい」
そうやって会長は通訳さんを部屋から出した。
足音が聞こえなくなってから、会長は立ち上がり振り返って未亜を見た。
「それで、何に気付いたって?」
面白そうな顔を隠しもせず。
そうなのだ。未亜が気づいたのはあの詩的表現かどうかではない。未亜はこの契約書に隠されたもっと重要なことにも気づいていた。
「それはー」
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