じゃない方と通訳見習いの仕事
いつも読みに来てくださってありがとうございます!
未亜が働き始めてから1ヶ月が経とうとしていた。やっとそれぞれの位置関係や単位に慣れ始め、少しずつ自分の仕事に自信がつき始めていた。
しかし、勝手に翻訳されてしまう力は未だにコントロールができず、単位や文の言い回しで何語かを推測するというよく分からない状況になっていた。
(もう少し使いこなせるようになるといいのだけれど...このスキルはいわゆる異世界転生の特典だろうけど...。それ以外のスキル、例えば魔法とかはレベルアップするって聞いたことあるけど、このご都合主義のために存在するスキルがレベルアップするなんて聞いたことないんだよなぁ。しかも元の言語が分かるようになるって言うのは、レベルアップと言えるのだろうか...)
そんなことを考えながら、今日も眩しい光を反射している方へ未亜はてくてくと歩いて出勤する。潮風が未亜の髪をすいて気持ちよかった。
「おはようございます。」
いつも通り事務所に入るとそこにはすでに先客がいた。
「お!来たか!」
「会長。おはようございます。」
未亜が雇われてから数える程しか会っていない会長に会うのはまだやっぱり少し緊張する。未亜の能力を買ってくれたのも彼なので、失敗できないと余計な気合いも入る。
「ミア、成果をあげていると聞いている。ディオゴから自分よりもミアの方が事務作業が早いと言っていたぞ。」
いえいえ。と未亜は伝える。謙遜というより本当にまだ知識が足りていないと思うし、彼女は通訳・翻訳者として雇われているはずでその仕事ができないうちは半人前であることに間違いはない。
「それでだ。今日、サヘル国の商人との交渉があるのだが、その場にいて欲しい。通訳は別につけるから、ミアがする必要はない。けどどうやって行われるかを見て学んで欲しい。」
未亜はうなづいた。
「でだ。ここから、ちょっとお願いになるんだが...」
会長はちょっと気まずそうに目線を外す。
「あー、なんだ。今日の通訳は俺たち専門ってわけではなくて、今日のために雇ったやつなんだが、あんまり俺たちがミアを専門に雇おうと思っていることを知られたくはなくてな...。通訳見習いと言うよりかは、お茶を給仕する役としてそこにいて欲しい。お茶を出したあとは、ディオゴの少し後ろにつく感じで見学していてもらいたいんだが、構わないか?」
未亜は目をぱちぱちさせた。なんだか良く分からないお願いだ。
「はぁ。まぁ、構いませんが...」
「わりぃ。通訳連中はあんまり人に教えるのが好きじゃなくてよ。ミアが学びに来てるって知られると厄介なんだ。」
「それは、なんと言うか盗み見る感じであまりいい気持ちはしないのですが...」
「ミア、お前は給仕係だったが、この交渉の後にその才能を見出されて通訳になった。今日はたまたまお茶を出す係だった。」
分かるな!と未亜の肩を叩きながら凄みをきかせて言われると未亜も何も言えなくなる。
「は、はい!」
「それから、何か気がついたことがあれば、すぐにディオゴに知らせろ。こっそり服の袖を引っ張るなどしてあいつの注意を引け。小さな違和感でもだ。」
未亜は少し首を傾げたあと、肯首した。
「よし!それでは交渉しに行くぞ!」
そう言って未亜たちはオフィスを出た。
****
未亜は、会長と小さなキッチンで別れたあと、そこで本物の給仕係に会い、彼女の制服を貸してもらった。何故か会長から「髪を隠せ!」と言われたのでさっとまとめてお団子にし、メイドキャップの中に隠した。その後、さっと着替え、15分ほどしてから、彼女に入れてもらったポットと茶器を乗せたカートを押し、応接室へ向かった。応接室へ着くと扉をノックする。中から、ディオゴがドアを開けてくれ、他の人からは見えないようにちょっとイタズラっぽい笑顔を向ける。それに応えるようにぎこちなく微笑むと、未亜はカートを押して中に入っていった。
中に入ると応接室の豪奢な右手のソファーに会長が座っており、左手のソファーにサヘル国の商人らしき人が座っていた。会長と商人の後ろにはそれぞれ人が立っており、彼らがそれぞれの通訳であるようだった。会長の後ろについているのは小綺麗な格好をしたひょろりとした色白の男で、交渉の通訳で緊張しているのか、はたまたもとの性格なのか神経質そうな様子だった。
(まぁ、あの人なら、給仕係に扮してくれって言われるのも分かるかな?)
未亜は横目で眺めていると、会長と目があった。会長は目で未亜にお茶を出すよう指示をすると向こうの方に向き直った。
未亜は慌ててかちゃかちゃと音を立てながらお茶を用意する。ポットに入ったお茶はちょうどいい感じに蒸され、カップに注ぐと芳醇な香りがその場に広がった。未亜は商談の邪魔をしないよう、さっと商人と会長にお茶を出した。
会長は、未亜がカートとともに下がり、ディオゴの後ろについたのを確認する。向こうの商人は未亜が出ていかないのをいささか不審に思ったのか片眉を上げたものの何も言わなかった。
「さて。サヘル国随一のバハール商会のサリム様。本日はどのような商品をお持ち頂けましたか?」
会長の後ろにいた通訳が会長が言ったのとほぼ同じように通訳する。
サリムと呼ばれた男は、通訳の顔をチラッと見ながらも、会長から目線をはずすことはない。
「こちらが今日お持ちした商品です」そう言って懐から木の箱が出てくる。婚約指輪でも入っていそうな箱だがそれより蓋周りほど大きい。
「手に取ってみても?」
そう会長が言うと通訳は「手に取ってみてもいいでしょうか?」と少し丁寧に訳した。
(なるほど、話し手の意に添いつつ、問題を起こさないように、なるべく丁寧に、ってところかしら?)
未亜は心の中でメモを取る。サリムさんは、少し大袈裟なジェスチャーでどうぞ。と示した。ニヤリと笑っているところを見るとかなり自信があるらしい。
会長が箱を手に取り開けると、そこには大きな赤いクリスタル石が入っていた。赤いと表現したが、赤とピンクの間の色だろうか。息を飲むほど美しいその石はその場の全員の注目を集めていた。一瞬の静寂の後、会長は
「これはまた、純度の高い魔石で...」
訳された言葉を聞いた瞬間サリムさんは、笑みを広げた。
「そうでしょうとも。こちらは最近サヘル国で見つかった新たな魔石の鉱脈から取ってきたものです。その鉱脈にはこの純度でこれよりも大きな魔石がごろごろと採掘されておりまして、私どもはその販売の優先権を勝ち取ったところなのですよ。私どもとしましては需要が高いリュシエール国の皆様にお買い求め頂けると思っております。」
サリムさんの捲し立てるような交渉に、会長は動じることなく「はっ!」と言い放つ。
「それで、なんでうち、リオ・ソラルなんだ?もっと大手との取引も引くて数多だろう、これなら。魔石は魔物避けの効果で知られてはいるが、純度が高いものは装飾品として加工されることもある。近頃は、酔狂な貴族様がこぞって買い漁っているとも聞くぜ?」
向こうが売り込む側なので腰が低くなるのは分かるが、会長のこの態度はちょっと横暴すぎやしないだろうか。未亜はヒヤヒヤしながら成り行きを見守る。通訳の人はなるべく丁寧なサヘル語に直してはいるが、そうするとこの会長の態度と何かチグハグな印象を受ける。
(通訳ってこんな感じで本当にいいのかな?)
「いえいえ。私どもと致しましては、魔石を中心に取り扱っていらっしゃるリオ・ソラル商会が一番魔石の取り扱い方についてご存知ですし、この価値を一番正当に判断してくださると思っております。」
そう言ってサリムさんはにっこり笑う。未亜はその笑顔がなんとなく嘘臭く感じてしまう。
「それでですね、私共と致しましては、御商会と専属契約を結べないかと思っております。」
「ほう?」
会長の態度は興味半分、疑い半分と言ったところだ。
「同じ鉱脈から産出される魔石に限りで構いません。私どもから買っていただく、他のところとの販売契約をしないお約束して頂ければ、通常の販売価格より3割引での売買をお約束します」
「ほう。それでバハール商会さんにはどのようなメリットが?」
「私どもはその鉱脈の販売優先権を有しているだけで、独占販売ができるだけではありません。しかし、優先権がある際に高い販売実績があれば、それだけ次の優先権引いては独占権に繋がりやすいです。先行投資ですよ、これは。」
未亜は、その話を聞いてそう言うもんなのかな?と思う。確かに先行投資すると言うのは分かる気がする。このリオ・ソラル商会にその話を持ってくるのが妥当かどうかの判断は未亜にはつかなかったが...
会長も何か不審な点があるのか。「ふむ」と言ってしばらく考え込んでいた。その様子を見ると
「何も今日お返事をください。と言っているわけではありません。私どもは2週間はこちらの町に滞在する予定ですのでその間に条件などの交渉ができれば、と。実は、叩き台として契約書をお持ちしております。もちろん、じっくり精査して頂いて構いませんし、条件なども交渉して頂けます。」
そう言って懐から丸まった羊皮紙を取り出す。
それを会長が受け取り広げて見る。上から下まできっちり眺めた後、それを通訳の人に渡す。通訳の人は神経質そうにそれを眺めた後
「書式も正式なものですし、内容自体に不備は無さそうです。後ほど、正確に翻訳いたします。」
その紙を一度会長に返した。会長は今度それをディオゴに渡す。ディオゴはそれを見る振りをして、そっと後ろの未亜にも見えるようにした。
(ふむふむ、なるほど?優先権のある分の7割をリオ・ソラルに3割引で売ろうと....ん?あれって?)
未亜はその紙の模様のようになっている部分に目を向けた。
そして、ディオゴの袖を小さくつまんで引っ張った。
未亜の本領発揮です!
切る場所がなくて長くなってしまいました。
通常の2話分あるということで、来週の月曜日の更新はお休みさせてください。もしよければブックマークをしてお待ちください。
次回の更新は来週の水曜日午後7時です!




