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第七話 怪物はいつも孤独の中に マンション・その二

 説明しよう。宇宙開発局ネガリアン対策本部は、政府の協力により様々な映像、記録媒体への介入が可能になっている。これによりネガリアンの観測やゼツボーグとの通信回線確保が可能となっている。

 また、ゼツボーグに支給される小型ドローンも頑丈に作られた特注品であり、持ち主の生体データのみならず、付近のネガトロンの情報解析にも役立てられている。


 マンション内部は、那珂畑と加山が到着した時にはすでにその大半がウイルスに覆われていた。

 マンションは地上14階、地下1階で、その部屋数は100をゆうに超える。またファミリー向けの集合住宅ということもあり、外出している人数を考慮しても残された住民は相当な数になる。ネガテリウムが上空から攻撃を開始し、ふたりが最初に入ったロビーまで被害が拡大しているとなれば、上階の住民はもはや無事ではないだろう。

 そして何よりふたりを悩ませたのが、ネガテリウム本体の位置。まず上階にいることは簡単に想定できるが、このウイルス拡大範囲。どこかの室内や外壁に潜んでいてもおかしくはない。ただでさえ巨大な集合住宅に、最新の電子式ロック。この防犯システムをすべて解除しようにも時間がかかるし、すべての部屋を確認して回っていては、その間に建物の外まで被害が拡大しかねない。ロビーに入ったはいいものの、ふたりは次の行動に迷っていた。

『ふたりとも、作戦指示だ』

 インカム越しに小堀の声がする。

『加山君は最上階へ。そこが最も被害規模が大きいはずだ。エレベーターは極力使わないように。制御システムが破壊される可能性が高い。那珂畑君はまず地下へ、そこには災害時用の避難拠点と備蓄庫があるはずだ。そこを確認した後、下から見回るように。本体の位置はこちらで推定する。ふたりはとにかく現場の状況確認を!』

 被害現場の広さに対して、今はあまりにも情報が少ない。ふたりは互いに目で合図すると、走って逆方向に分かれた。那珂畑は地下への階段に、そして加山は建物の外に。

 階段で上階を目指すのではないのか。加山の予想外の行動に那珂畑は一瞬立ち止まったが、彼の行動は訓練時にそれとなく予告されていた。

 加山のゼツボーグは、全身から生成する刃物。破壊力はないが、ネガリアンにはよく刺さり、よく切れる。これを両手両足に細かく生成すれば、ネガテリウムに覆われたマンションの壁をクモのように登っていけるということだ。体力的にかなりの疲労を伴うが、この一刻を争う状況において、階段を使うより外壁を登った方が効率的だ。何より各階を見て回るなら、那珂畑が下から攻め込む必要性に欠けてしまう。

 つまるところ、小堀の提案した作戦は上下両方からのローラー作戦。運が良ければ、マンション本体を挟み撃ちにできるかもしれないということだ。


 那珂畑が見た限り、被害は地下には及んでおらず、ウイルスの拡大は階段の途中で止まっていた。地下まで電気系統がやられたのか照明が時々ちらつくが、人のいない場所にまで相手は手を伸ばさないということだろう。となると、マンションがここの住民を食い尽くしたとして、次に襲うのは屋外の人々。あるいはより多くの人を求めて他の建物が狙われるかもしれない。那珂畑の判断は初戦にしては早かった。

「小堀さん、今のところ地下は無事です。ただ地上に被害が拡大する恐れがあるので、避難指示を広く出してください。あと救急隊の人にも建物に近づかないよう指示を」

『わかった』

 小堀の短い返事を聞いて那珂畑がロビーに戻ると、大きな玄関口から見える外ではすでに規制線が広く敷かれていた。駆けつけた救急隊も、建物から距離を置いた場所で待機している。那珂畑はその様子を確認してから、階段を上った。

 2階、3階。廊下をひと通り走った限りでは、壁や天井の変色以外に異常は見られない。

 しかし、異変は那珂畑が4階に到着した時彼を襲った。壁の変色した部分がいきなりせり出し、彼の体を反対側の壁まで突き飛ばした。

 ウイルスの増殖による攻撃ではない。もしそうであれば、那珂畑の防御力で防ぎきれたはずだ。おそらく相手はゼツボーグの侵入を察知して、物理攻撃を展開し始めたのだろう。那珂畑を襲った壁もマンション本来のコンクリート壁であり、相手は壁内からそれを押し出す形で攻撃に利用したのだ。これでは、那珂畑の防御力を活かしきれない。

 壁や床の変形は、上階に進むにつれて激しくなっていった。まるで建物全体がネガテリウムになってしまったようだ。いや、すでに4階まで壁内を侵略しているのだから、あながち間違いでもないだろうか。

 そして生き迷宮のような廊下を7階まで登ろうとした時、階段の上から加山の声がした。

「うううおおおおおあっ!」

 攻撃の掛け声と言うよりは、まるでジェットコースターにでも乗っているかのような驚きの声。そして声の直後、加山は階段下の那珂畑と激しく衝突した。

「加山さん!?」

 那珂畑は押し倒される寸前で踏みとどまると、まず加山の姿を確認した。多少汚れてはいるが、目立った傷はない。あの物理攻撃を、しかも特に激しいであろう上階から凌いできたのだろう。さすがとしか言いようがない。しかし、今度ばかりは避けようがなかったらしい、加山がやって来た方を見ると、7階への階段がスロープのように変形していた。おそらく彼はここを滑り落ちてきたのだろう。まるで忍者屋敷のようなトラップだ。

「ああ悪いな坊主。あの野郎どこに逃げたか知らねえが、こっちの位置を完全にわかってやがる」

 言葉ははっきりしているが、加山の息遣いはかなり荒い。外壁を12階までよじ登って、ここまで戦いながら降りて来たのだから当然、と言うより息切れ程度で済んでいるなら超人的と言えるほどの体力。戦闘慣れもここまで来ると恐ろしいものがある。

「それより、住民は?」

 那珂畑は慌てた様子で聞く。何を隠そう、彼がここに来るまでの間、誰ともすれ違わなかったのだから。下階の住民はすでに避難が完了していたのだろうか。上階からの避難民にも出くわさなかったのは、すでに襲われたからだろうか。

「見た感じ、上の方はみんな感染してやがる。手当たり次第に切ってきたが、たぶん部屋の中に重症患者が残ってる」

 加山は悔しそうに状況を説明すると、今度はその怒りをぶつけるようにインカムに叫ぶ。

「おい小堀! ロック解除はまだか!」

『まだだ。奴は建物の電気系統も掌握したらしい。ただでさえ最新の強固な防犯システムなのに、コードが次々に書き換えられている。まるで防犯システム自体がひとつの生き物みたいだ。監視カメラもつながらない。那珂畑君と合流したのなら、君たちは本体を探す方に集中してくれ。奴の姿や攻撃方法に、何かヒントはなかったかい?』

 そう言われても、集合住宅を乗っ取って多数の住民を感染させることは、ネガリアンとして当然の行動原理。そこに固有の特徴など見当たらなかった。何より戦闘経験のない那珂畑には、何が特徴なのかすら知り得ない。

「そもそも、相手はどうしてこの建物を狙ったんでしょう」

 那珂畑が初心者なりに質問する。

「決まってんだろ。人がたくさんいるからだ。人のいねえところにはネガリアンも来ねえ」

「いや、そうじゃなくて」

 加山の答えは、那珂畑も知っているネガリアンの基礎知識だった。しかし、彼の疑問は建物の方にあった。

「この辺、他にもマンションたくさんありますよね。今は昼間だから、人の多さなら近くの駅とかショッピングセンターを狙ってもおかしくない。たまたま俺から逃げた先にこの建物があっただけかもしれませんが、何かここを狙う理由があるとしたら……」

 那珂畑が考え始めたところで、ふたりはとりあえず自らの安全のために下階へと歩いた。マンションは脅威が去っていくと判断したのか、壁や床を利用した攻撃をしてこなくなった。

 道中、加山も那珂畑の疑問を考える。

「言われてみりゃそうだな。他にでけえ建物も多いし、ここが襲うのにちょうどいいサイズだったとか?」

 加山の答えに、那珂畑は否定するようなうなり声で答える。手ごろな建物を狙ったにしては、マンションは下階まで掌握しきれていなかった。敵を排除するための攻撃なら、ロビーに入った時点で仕掛けたり、自分を地下に閉じ込めることも考えられたはずだ。つまり、マンションにとってこの建物は手に余る規模だったと推測できる。

「何か他の建物にないもの、ネガリアンの行動原理……」

 那珂畑はそれまでの少ない経験から、必死にヒントを探った。その中で特に印象的だったのは、やはりネガトロン・ジュニアとのやり取りだった。最後に会った時、彼女は殺されないために仲良くすると言った。ネガテリウムの姿は感染者の感情が形を成したもの。相手はこのマンションに何を求めていたのだろうか。

 あくまでもあてずっぽうだが、試す価値はあると那珂畑は小堀に聞いた。

「小堀さん、この建物に会議室とか、人がたくさん集まる場所ってありますか?」

『建物の見取り図は確認できるけど、どういうことだい?』

「駅でも店でもない、住宅には人が多く長く留まっています。きっとマンションは、それが狙いだったんじゃないでしょうか」

 それだけのことなら、他の手ごろな集合住宅を選ばなかった理由までは説明できない。しかし、この建物にそれがあるとすれば……。

『1階、中庭方面に住民用のパーティールームがある。今日は誰も使っていないはずだけど……』

「ありがとうございます。そこに向かいます!」

「おい坊主!」

 加山の制止を振り切って、那珂畑は下階へ走った。パーティールーム。その存在は彼の予想以上に好都合だった。ネガテリウムも元は人間。目的がどうあれ、仲間や友達を求める心があって然るべきだ。それがネガテリウムなどという怪物になってしまえば、その孤独感は計り知れない。仮に今誰もいなかったとしても、多くの人が、家族や友達が集まる場所。そういった場所をマンションは求めていたのかもしれない。

 那珂畑は最初に地下を確認した時のことを思い出す。ウイルスの侵略自体は小規模とは言え、1階まで伸びていた。そして彼が地上階に戻った時、救急隊は待機中で脱出した住民を保護している様子もなかった。さらに、6階まで誰ともすれ違わなかったこと。マンションの孤独感が本物だとすれば、相手は感染者をパーティールームに集めているかもしれない。上階ほど攻撃が激しかったのは、侵略開始地点だったこともあるが、敵の目を上に集中させるための罠かもしれない。相手が建物の壁内まで侵略しているなら、監視システムに見つからず建物中を移動することだって不可能ではない。

 すべてはただの独りよがりな予想に過ぎない。しかし那珂畑が1階に近づくごとに、彼の脳裏にジュニアの存在が強く想起される。ネガリアンの気配を感じるからだろうか。それとも彼女の存在が今の彼を突き動かしているからだろうか。考えたところで答えなどない。とにかく那珂畑はパーティールームへ急いだ。


 ロビーから中央エレベーターを避けた中庭側。いかにもといった雰囲気の大扉を押し開けると、那珂畑の予想した通り、その先ではネガリアンが大挙していた。具体的な人数はわからないが、部屋のキャパシティから考えて、およそ50人。対してこちらは戦闘初心者の那珂畑と、外壁を12階まで登ったことでかなり消耗した加山のふたり。マンション本体の切除のためにも、ネガリアン全員を相手にできるほどの余力は彼らには残っていなかった。

「悔しいが坊主、お前の当たりみてえだな。こっからは俺が突破口を開く。お前はその隙に本体を探し出せ。切り離しさえすればこれだけの人数、エネルギー切れで一斉に倒れるだろうよ」

「わかりました」

 確かに対多数なら、仮に同じ実力でも攻撃的で武器の多い加山が適任だ。感染者を傷つけないためにも、那珂畑が現状使える体当たりや格闘術はなるべく使いたくない。もし必殺技が、武器の生成ができたなら状況はもっと有利に傾いていたかもしれないのに。那珂畑はガスマスクの下で唇を嚙んだ。

「行くぞ!」

「はい!」

 加山が部屋に一歩踏み入ったのを合図に、ネガリアンたちが一斉に飛びかかってきた。加山は彼らの体に一撃ずつ切り込みを入れ、ウイルスを弱体化させていく。完全な治療にはもう数発入れる必要があるのだが、今はその余裕がない。切られた感染者は治癒こそしないものの、床に這いつくばって動けなくなっている。那珂畑はまるで屍の道をかきわけるように、加山の背に密着する形で前進した。

 しかし、限界は想定よりも早く訪れた。

 加山の攻撃が、次第に通らなくなっていく。彼の疲労からか、刃物の生成力と切れ味が弱っていたのだ。ついには最後に切った感染者がまるで平気な様子で加山に襲い掛かる。

「くそっ……!」

 加山が初めて防御態勢をとろうとした時、那珂畑が彼の後ろ襟を掴んで後方へ投げ飛ばした。そして勢いよく飛びかかるネガリアンの腹に、最低限の力で掌底を叩き込む。漆黒のゼツボーグがウイルスと反発し、相手は那珂畑の攻撃力以上に後方へ吹き飛ばされた。

「選手交代です」

 この時、初めての戦場に対して那珂畑の思考は冷静だった。なぜなら、必殺技のイメージがこのタイミングで具体化してきたからだ。

 真偽はともかくとして、マンションがパーティールームを拠点にネガリアンを集めたのは、感染者本人の孤独感が原因。そしてその行動は破滅的であり、ネガテリウムになってしまった以上、ゼツボーグの介入がなければ時間と共にエネルギーを失い自滅してしまう。そうなれば、巻き込んだ住民やこの建物自体も無事では済まない。たったひとりの孤独が、これほどの悲劇を呼ぶのだ。

 そう。不安は、絶望は人を動かす。しかしたいていの場合、その行動は不安を解消できるものではなく、結果的にさらに大きな不安をもたらすことになる。運勢に波があるように、禍福があざなえる縄の如しであるように、不安は渦のように広がって、やがて一点に消える。その一点が解決か破滅かはさておき。

 そしてこの渦が、那珂畑のゼツボーグを動かした。ボディスーツが右腕から肘にかけて大きく歪み、その歪みは手元で集束しひとつの形を成す。それはまだ小さく、しかし敵の密集した部屋に適した形をしていた。

「道を、開けろおおおおおっ!」

 那珂畑がそれを前方に突き出すと、正面に集まっていたネガリアンたちが一斉に吹き飛んだ。そして、彼らによってドローンにも映らなかった右手が露わになる。

『ドリル……?』

 小堀が思わず声を漏らす。那珂畑の右手は、ちょうど手が入るほどの小さな円錐に変形し、周囲には螺旋状の突起が渦巻いていた。エスカレートする絶望の渦、そして状況を打破するという那珂畑の強い思いにゼツボーグが反応して、初めて定着した彼の武器。それはまさに、眼前の敵に風穴を開けんばかりのドリルの形をしていた。

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