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エピローグ 鳴島ニコの体験

 説明しよう。アンチネガリアン・オリジンは、小堀によって全てのネガリアンと再連動させられた。すなわち、オリジンの撃破がそのまま人類の完全勝利につながることとなる。

 牧谷が犠牲となり、羽崎が連動を組み、ツクモが傷を負わせ、志村が隙を作り、そして小堀が決定打を与えた。おそらく、この結末は誰が欠けても成り立たないものだったのだろう。

 そして今、致命に近い傷を負ったオリジンの周りには、銃を構えた特殊部隊。

 戦いの終わりは、近い。


『撃てぇっ!』

 オリジンを完全に包囲した上での一斉射撃。排煙と轟音を撒き散らしながら続けられたそれはしかし、そう長くはもたなかった。

 オリジンが仕掛けた術は、感染の加速。当然それは特殊部隊も例外ではなく、オリジンに近づいたことで隊員たちは次々と気絶していった。

「この……よくも!」

 その中から数名、感染度合いの低い隊員が振動警棒を取り出してオリジンに接近する。しかし彼らはオリジンの影すら踏むことなく、地面に倒れた。

 小堀が総力出動を命じたのだろう。まだ周囲には多くの隊員が控えてはいるが、次第に彼らの士気は下がっていく。近づくだけで倒されてしまうと知ったからには、その場で動けなくなる隊員も少なくはなかった。

 これが、普通の人間。普通の反応。一般人の限界。だがそれを見た那珂畑は、一種の感動を覚えていた。

 自分と共に生き、戦い、恐れる人がいる。この最終局面において、那珂畑はようやく気づいた。自分が死にたかった理由、それでも生きてしまった理由に。

 共に同じ方を見て、生きる仲間が欲しかった。だから、ジュニアとの時間に幸せを感じた。志村との共闘が清々しく感じた。ツクモを助けたいと感じた。思えば、ヒーローになったのも、加山と共に生きたかったからなのかもしれない。だが、彼らはもういない。失って失い続けて、名前も知らぬとるに足らない一般人を見て、那珂畑はようやく気づいた。

 その時、那珂畑は右手のドリルが少しだけ軽くなったように感じた。ドリルが、那珂畑の表皮から浮くように少しだけ離れたのである。そして同時に、右手以外のゼツボーグが一斉に解除された。

 ゼツボーグの部分変身。那珂畑が最初から求めていたそれは、実に簡単なことだった。絶望を纏って身を守るゼツボーグを解除するなら、絶望を弱めればいい。クロスボーグから学ぶべきだった事実に、彼は死を求めるあまり気づいていなかった。

 いける。那珂畑がそう確信したのを察知したように、オリジンも動き出した。那珂畑から離れる方へ。反対側の鳴島の方へ。

 だが、憶えているだろうか。現実は、起こりうる可能性の中で最もつまらない方向に動く。そして本当につまらないことに、オリジンはつまずいた。路傍の小石につまずいて、体勢を崩した。しかしその現象は偶然ではなかった。

 小堀によって重傷を負わされていなければ、オリジンはこんな失敗をしない。そしてその石もまた、ゼツボーグによって動かされていた。

「ニコ! 動けええええええっ!!」

「はあああああああっ!!」

 鳴島が、四肢を拘束されながらもごく微量のナノマシンを地面に這わせ、石を動かしていたのである。そして那珂畑のひと声によって、彼女は完全に制御を取り戻す。ナノマシンはクロスボーグの形に戻り、鳴島の意思で巨大な両腕の形を成したそれは、がっしりとオリジンの体を掴んだ。

 仮に、この状況で【ネガティヴ・スパイラル】を命中させたとしても、オリジンの自己再生能力を上回ることはできない。しかし、オリジンは焦っていた。羽崎の体を取り込んだことで、彼女の短気さが反映されていた。

 ゆえに、オリジンは判断を誤った。

「待て、待つんだ逸ちゃん! 私はまだ何もしていない! これからなんだ。これから平和になるんだ! 悲劇の起こらない世界に……!」

「もう、じゅうぶんやったよ。羽崎さん」

 オリジンの自己再生が、ゼツボーグ98号の出力に劣っていたわけではない。オリジンが焦ったことで、ツクモに負わされた火傷の傷口が再び開いた。完全に押さえ込んでいたはずのそれは、小堀の一撃によって均衡を崩し、那珂畑が刺しうるだけの隙を作った。

「アンタは、俺を救ってくれた」

 【ネガティヴ・スパイラル】。那珂畑の放った最後の攻撃は、彼の右腕を骨折させるまでもなく、オリジンの全エネルギーを放出させるに至った。


 多くのヒーローが犠牲となった戦いから、半年が経った。

 小堀や水上の代わりとなってネガリアン対策の先頭に立ったリーヴスによって、世界はだいぶ変わった。

 まず、政府主導によるロックダウン内の大規模検査が解禁された。ロックダウンの完全解除はまだ先になりそうだが、ごくわずかな軽症者を除いてほぼ全員の回復が確認されている。

 ネガリアンが無力化したことで、抗体であるアンチネガリアン、そしてゼツボーグも次第に使えなくなっていった。鳴島はクロスボーグのナノマシンを扱えなくなったが、科学衛生局の技術班と連携して医療分野への利用に献身している。

 ヒーローの秘密と、ゼツボーグ、ポジトロンの戦いのすべてが公開された。絶望を糧にして人を戦わせたこと、希望をうたいながら破壊活動に走ったこと。多くの人々がヒーローへの責任追求を叫ぶ一方で、残された若者ふたりにそれはあまりにも荷が重いと擁護する意見もある。

 ネガリアンがいなくなっても、人々は変わらず困り、悩み、そして絶望し続ける。結局のところ、この5年間で起こった一連の問題は、どこまでも記録の中の、紙と画面の向こう側の出来事なのである。

 ちなみに、タワーオブブルーはなんか都合よく復活した。


 変わったことがあるとすれば、鳴島を含むナノマシン開発チームが医療業界から表彰されるという出来事があった。鳴島がこのことを那珂畑に報告するためサガミハラ市F区域に戻ったのは、その翌日のことである。

 その日は、午前中から気温が30度を上回り、照りつける蒸し暑さが白いワンピースを貫いて肌に突き刺さった。

 鳴島はハンカチで額の汗を拭いながら、那珂畑の部屋のインターホンを押す。

 ピンポーン。

 しかし、反応はない。外出の可能性も含めてそう珍しいことではないのだが、このめでたい時に留守とはどういうことだと彼女は少し腹をたてた。そして、彼女は鞄からひとつの鍵を取り出す。

 何を隠そう。ヒーローはいざという時のために互いの部屋の合鍵を持っているのである。これまでその出番は一度もなかったが、記念すべき第一回が今日だと、鳴島は意気揚々と他人の部屋の扉を開けた。

「逸―! いいニュースが……」

 鳴島は、廊下の奥で首を吊っている那珂畑の姿を見て、言葉を失った。

 吐き気がした。

豆知識 鳴島ニコは、その後母親と再会した。

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