第六十九話 私を月に連れてって 小さな結末・その四
説明しよう。ゼツボーグ98号、那珂畑逸は、ジュニアの擬態によって繋ぎ止められた体の各所を、ハーディの肉片と交換することで人間の体を取り戻した。
しかし、別のゼツボーグの一部を取り込んだことで、新たな異変が彼を襲うことになる。
時は少し遡り、宇宙開発局からツクモたちが消えた直後。鳴島は科学衛生局にいる小堀と連絡をとっていた。
『とにかく、3人はそこから動かないことだ。これから何が起こるかわからない。とにかく単独行動だけはだめだ。なるべく固まっていること。羽崎くんはツクモ君が守ってくれると信じよう』
「わかりました。聞きましたねふたりとも……」
確認のために鳴島が振り返るが、すぐ近くに那珂畑と志村の姿はない。ふたりは同じ地下室にはいたが、鳴島から20メートル以上離れた位置にいた。
「ん? 何か言ったか?」
通信は聞いていたのだろうが、那珂畑は不思議そうな顔で答える。彼のすぐ隣にいる志村も、鳴島を見て口を開けていた。
「いや、今言われたじゃないですか離れないように……」
鳴島が那珂畑の方へ駆け寄ろうとした時、異変は起こった。確かに彼女の足はふたりの方に向かっていたのに、踏み出した瞬間、彼女はふたりから遠ざかっていたのである。
何を言っているのかわからないと思うが、鳴島にも何が起こっているのかわからなかった。催眠術だとか超スピードだとか、そんなちゃちなものでは断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を彼女は味わっていた。
さすがに目の前で起こった異変を見逃すほど、那珂畑も疲れてはいなかった。彼は慌てて志村の方を見る。すると先ほどまですぐ近くにいたはずのその姿が、視線のはるか先に移動していた。
瞬間移動。これを見て、鳴島は思い出した。
「那珂畑さん、しばらく目を閉じていてください」
鳴島の指示通り、那珂畑が目を閉じる。そして数秒待ってから、鳴島と志村が顔を合わせ、ゆっくりと彼の方へと近づいていった。今度は何も起こらない。
そしてふたりが最初の位置まで戻ったところで、鳴島がもう一度指示を出す。
「……目を、開けてください」
そして那珂畑が目を開けると、やはりふたりは少し離れた位置にいた。
「やっぱり。小堀さん、聞いてください」
鳴島はインカム越しに小堀へ状況を説明した。
結果的に、鳴島の想像は正しかった。那珂畑はハーディの肉片を移植されたことで、見たものを瞬間移動させるという彼女の能力を身につけてしまったのである。しかし、小堀によればそれは一時的なもの。時間が経てば、相対的に弱いハーディの能力は那珂畑の能力に飲み込まれて消える。よって、焦って行動を起こすようなことではない。というのが小堀の返答だった。
「逆です。これはチャンスです!」
次に鳴島が提案したのは、この瞬間移動を利用しようという作戦。彼女はハーディと直接の接点はなかったが、落涙態の研究をする上でその戦闘面での活躍を熟知していた。
ハーディの主な活躍は、瞬間移動を利用した現場への急行。仲間のゼツボーグを視界内の遠い場所へ移動させるだけでなく、自身も鏡越しに自分の姿を見て、同じように移動していた。これを繰り返すことで、より遠く複雑な場所へも、自分を含めた数名を瞬時に移動させることができた。
今なら、那珂畑がハーディの能力を使える今なら、この方法でツクモと羽崎を助けられるかもしれない。それが、鳴島の提案だった。
『……だめだ』
しかし、小堀はその提案を却下した。
『ツクモ君の火力以外、オリジンをどうにかする勝算がない。那珂畑君のドリルでは奴のエネルギーを散らす前に腕が壊れる。鳴島君の単純格闘は強いけど、肉弾戦で壊せるような相手じゃない。志村君も、固有振動のわからない相手では手の出しようがないだろう』
小堀の指摘は、3人を的確に黙らせた。
『今は、ツクモ君を信じるんだ。3人は、自分の身を守ることを考えて』
「お言葉ですが」
その時、地下室の沈黙を打ち破って、志村が強く反論した。
「ボクらの身を守るためならば、やはり戦いに行くべきです。確かに独力では勝算がない。それでも、このまま黙ってツクモに全てを任せるなんて、ヒーローのすることじゃない。ボクひとりなら瞬間移動を使わなくても現場に急行できます」
勝算以前にヒーローとして。その言葉が、鳴島の心を動かした。
「……そういうことなら、私も同行します。ゼツボーグの先輩として、こんな初心者を単独で危険な戦場に飛ばすわけにはいきません」
「初心者って、これでもボクは唯一の」
「あなたはもうポジトロンではない。自己修復にも限度がある。そうですよね?」
そう言われて、志村は牧谷との戦いで修復した顎をさする。ナノマシンの模倣で修復したとは言え、ツクモのようにいくらでもそれができるわけではない。ナノマシン技術の限界は、志村と同じものを使ったクロスボーグである鳴島のみが知る。その鳴島に睨まれては、志村も返す言葉がなかった。
「まあ、俺は勝手にすっ飛んでいくつもりだったけどな」
最後に言い出したにしては、那珂畑が誰よりも自信に満ちた表情をしていた。
「小堀さんはああ言ったけど、要は俺が壊れる前に【ネガティヴ・スパイラル】の逆回転を叩き込めばいい。瞬間移動と組み合わせれば、いくらでも不意打ちができる。おっと止めても無駄だぜ。今の俺は移動だけなら最強だからな」
妙に格好つけた言い方に、鳴島と志村は少し引いていた。しかし、那珂畑の言ったことに間違いはない。3人は瞬間移動を利用した強行突入の一手で同意した。
「そういうわけです。オリジンと、ふたりの位置を!」
鳴島の言葉に、ついに小堀の心が折れた。
「やるぞ、ゼツボーグ!」
「変身、クロスボーグ!」
「アルファ、起動する!」
3人が、それぞれの掛け声で変身した。
若者を動物園に連れて行くのは、いつの時代も大人の役目である。
こうして那珂畑、鳴島、志村の3人は動物園へと移動した。作戦のため、接敵直前に鳴島と志村は別行動となる。そして那珂畑が、小堀に伝えられたオリジンの座標上空へと飛んだ。
その時那珂畑が見たのは、限界まで糸を出し続け体を焼失したツクモの姿だった。そして、オリジンと思わしき人物が彼女の糸に拘束されている。
ツクモとオリジンの戦いが始まってから、どれほどの時間が経ったのだろう。那珂畑は想定よりも出遅れていた。現状を把握するのに時間を使った。作戦会議に時間を使った。瞬間移動とはいえ、視界内での移動を繰り返すので局から動物園まで数分は使った。この時間がなければ、ツクモの消耗は減らせた。彼女が再起不能になるまで燃えずに済んだ。その自責の念が、彼女を失う絶望が、那珂畑の【ネガティヴ・スパイラル】を制御しうる最大出力で逆回転させた。
「ツクモーーーーーーーーーッッ!!」
オリジンの首元に右手のドリルを叩き込むが先か、那珂畑は叫んだ。
「……もう。遅いのよヒーローはいつも」
【ネガティヴ・スパイラル】逆回転の、対象のエネルギーを拡散させる衝撃によって、ツクモの糸による拘束が解除される。那珂畑の急襲作戦が功を奏し、オリジンは力を奪われて動けなくなった。
しかし、やはり彼は出遅れた。すでに胸元までを焼失したツクモの体は延焼を止められず、傷口から糸が解けるようにばらばらになって宙に消えていく。
「あとは、頼んだからね」
そして、ツクモは燃え尽きた。
「うううおおおおおおおおおあああああああっ!!」
ツクモの最期を見届けてなお、那珂畑は叫び続けた。右腕がミシミシと音をたて始めてもドリルの回転を緩めず、オリジンのエネルギーを周囲に散らしていく。
しかし次の瞬間、那珂畑はオリジンと目が合った。それと同時に、【ネガティヴ・スパイラル】を維持していた集中力が途切れ、ドリルが粉々に砕けた。
「お前、それは……」
オリジンが羽崎の体を利用しているであろうことは、曲を出る前に3人とも小堀から聞いていた。しかし、那珂畑はこの戦場に来て初めて、オリジンの顔を、羽崎だった者の顔を見た。
すべては偶然だったとしか言いようがない。那珂畑が最後に瞬間移動したのは、オリジンの直上。そこからの不意打ちであったため、彼はオリジンの変わり果てた金髪しか見ていない。その変化が、相手が羽崎であるという認識を曇らせた。そして、オリジンが那珂畑の方を確認するために上を向いた時、ふたりの目が合った時、那珂畑はあることを思い出した。
「それは反則だろ……!」
落下と同時にオリジンから距離をとり、那珂畑は怒りか悲しみか、やりきれない感情を言葉にしてぶつけた。
相手の見知った顔を見せて、精神的な隙を作る。オリジンが意図していたわけではないが、結果としてそのやり方はジュニアのそれと一致していた。最初からジュニアを殺すよう那珂畑に命令し、最後までふたりを引き離した羽崎の体でそれが行われたことが、何よりも那珂畑の逆鱗に触れた。
そして、この隙こそが那珂畑たちの作戦を瓦解させた。
「……那珂畑!?」
那珂畑が吐き捨てた直後、オリジンの死角、斜め背後の物陰から志村が飛来する。
事前に立てた作戦では、このタイミングまで【ネガティヴ・スパイラル】を当て続け、オリジンのエネルギーを少なくとも3割は奪う。さらに志村と鳴島による不意打ちで次の隙を作り、もう一度那珂畑の攻撃を当てるという算段だった。
しかし、那珂畑の初撃が中断されたことで、オリジンは死角から迫る志村の気配に勘づいてしまった。最大限まで加熱された志村の双剣は、オリジンの体を捉えることなくその両手に掴み止められる。
「状況が違うじゃないか! どういうことだよ那珂畑!」
志村が叫んだことで、那珂畑は一瞬だけ冷静さを取り戻した。しかし時すでに遅し。志村に次いで攻撃する予定の鳴島が物陰から姿を現している。
「っ! まだだ鳴島、一旦立て直す! 移動するぞ!」
だが、咄嗟に叫んだその判断もまた悪手だった。那珂畑が叫んだことで、その先から迫る鳴島の存在にオリジンが気づいた。
「……そうか。そういうことか」
オリジンが志村の剣を止めながら、口の端でにやりと微笑んだ。そして、聴覚の鋭い鳴島にだけ聞こえるように、囁くような声でこう言った。
「そこで止まれ、『ニコ』ちゃん」
それは、3人の連携が最も崩壊しうる致命的な弱点だった。
豆知識 ツクモの小さい頃の夢は、ジュリオと結婚すること。




