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第六十八話 羽崎京華の優勝 小さな結末・その三

 説明しよう。宇宙開発局ネガリアン対策本部副司令官にして、元ゼツボーグ2号、羽崎京華。その原点は、彼女の学生時代に遡る。

 コート上の即死魔法、ザキ。カナガワ県内で彼女の異名を知らぬテニス部はもはや存在しなかった。あらゆる試合をサービスエースで締めくくる高校生最強の女子テニスプレイヤー。それが羽崎の輝かしい青春時代だった。

 羽崎は幼少から、ひたすらにテニスが好きだった。実力いかんは関係ない。球を打ち合う中で、相手の思考を読み合う中で、互いの心を知っていく。彼女にとってテニスとは、最も自身に適したコミュニケーション手段だった。

 自分の好みと才能がこれほど一致する人間が、この世にはどれだけいるだろうか。羽崎のテニスの才能は、彼女を最高の舞台へと連れていくにふさわしかった。当然、周囲の者もそんな彼女を見逃すはずがなく、瞬く間に最高の環境と最高の仲間が揃えられた。

 だが、それらは決して彼女が望んでいたものではなかった。ただ楽しくテニスがしたい。テニスを通して人と心を通わせたい。彼女の願いは、気付かぬうちに実力という輝きに塗りつぶされていった。

 それでも、テニスは楽しかった。楽しいから続けられた。いつしか即死魔法と恐れられるようになってからも、飛んでくる球から敵意と恐怖心しか感じられなくなっても、心を閉ざしてただ上位を目指すようになってからも、楽しいから継続できた。

 そしてある日、即死魔法は誰もが予想しなかった方向に牙をむく。

 高校3年生の夏。カナガワ県代表としてカントウ地方の大会に臨んだ羽崎は、圧倒的な実力で優勝を手にした。以前から全国大会優勝候補としてその名が叫ばれていた彼女は、表彰台の頂上に上ってもさして驚かれなかった。

 そして、大会の役員から大きな花束を授与された直後、羽崎はそれで役員の顔を叩き倒した。

 いくら花といえど、茎を束にすればそれなりの重さと強度を持つ。大怪我には至らなかったが、即死魔法とも呼ばれる羽崎の腕力から繰り出された一撃は、役員の体を薙ぎ倒すのにじゅうぶんな威力を伴っていた。

 無意識ではなかった。羽崎はこの時、自分の怒りが、悲しみが限界に達しているのを確かに実感していた。だからこそ、そうなるまで何もしなかった自分を許せなかった。

 輝かしい未来を約束されたはずの天才少女による不祥事。この出来事は、羽崎の人生を大きく狂わせた。大会の優勝は当然取り消し。全国大会への出場権は準優勝者に譲られた。所属していたテニス部は退部させられ、スポーツ推薦で入社するはずだった一流企業のテニスチームも契約取り下げ。いつしか公園で誰かと球を打ち合うこともできなくなり、テニス以外に大した才能も努力もなかった羽崎の人生は完全に閉ざされた。

 それでも彼女は、ラケットを手放すことだけはしなかった。やがて大学3年生になった彼女は、ある運命の出会いをする。

 自宅近くの公園で壁打ちに勤しんでいた時、同じ公園を使っていた男に声をかけられた。

「綺麗なフォームだね」

 羽崎の才能は、彼女を再び輝かしいテニスの世界へと、今度は愛する彼と心を通わせる方法として導いた。

 男が羽崎に勝つことはほとんどなかったが、それでも彼が羽崎から離れていくことはなかった。そればかりか、彼は羽崎の強さではなく美しさを強く評価していた。羽崎は彼のそんなところに心を寄せていくようになった。

 しかし、別れは唐突にやってくる。

 男は、ネガトロンだった。

 ある夜、男は羽崎とのデート帰りに自分の正体を明かした。その目的はひとつ。羽崎の負の感情が最も高まったタイミングで捕食するためである。彼は言わばジュニアと同じタイプの美食家だった。

 まだネガリアン騒動の深刻さが知れ渡る前。羽崎は男の言うことを理解できなかった。ただ底知れない恐怖は感じた。

 男が羽崎を押し倒す。羽崎のラケットやボールが袋から飛び出し、地面に散らばる。そして男は両頬が裂けるほど大口を開けて目の前の人間に食らいつこうとした。

 羽崎の恐怖が限界に達した。彼女は走馬灯のような何かを思い出す中で、指先にラケットの柄が当たる感触に気づく。そして男の体が自分を覆い隠さんとしたその瞬間、彼女はそのラケットを握り、渾身の力で振り抜いた。

 形を変えた男の頭部が吹き飛び、残された体が地面に横たわる。

「あぁっ、ごめん! 私そんなつもりじゃ……」

 焦って謝ろうとした時、羽崎は男の体が砂のように崩れていくのを見て、自分のしたことの重大さを認識した。

 羽崎の方にも異変が起こっていると気付かれたのは、彼女が警察に事情を説明した後だった。

 人の体は当然として、ネガトロンの体もラケットで叩いた程度では崩れたりしない。おかしいのは、羽崎が使ったラケットだった。

 ラケットの先には、花が咲いていた。

 そして後に、それがゼツボーグの能力であると羽崎は知らされることとなる。


 ゼツボーグ2号、羽崎京華。その能力は、特定の成分を栄養とした植物を対象に生やすこと。ヒーローとしてはネガリアンを養分としていたが、彼女の力はそこだけに留まらない。

 彼女はオリジンに取り込まれる直前、最後の力で自分の体に細い草を生やしていた。そしてそれが【はンドメイド・ノヴァ】を阻むかと思いきや、むしろオリジン全体を炎に包む薪となった。

「なっ……!」

 オリジンが思わず驚きの声を上げる。

「ばかな。どうして抵抗するんだ! これは君の願いでもあったはずだろう!」

 オリジンは炎に包まれながら、自分に、わずかに残留する羽崎の意識に向かって叫んだ。

 ネガリアン感染者を全滅させる。感染者さえいなければ、ネガトロンも、それによる悲劇も起こらない。それは、羽崎の無意識の願いだった。そしてオリジンこそが、今の状況こそが唯一、彼女の願いを叶える力だった。

「なぜだ、自滅するようなまねをするんだ!」

 一方で、羽崎はこの状況に別の期待も乗せていた。それは、ネガリアンウイルスのみの全滅。オリジンがすべてのネガリアンを支配した今、このオリジンさえ止めることができれば全ネガリアンの機能を停止させられる。彼女はオリジンの力に便乗しながら、後者の願いをツクモに託す形となった。ネガリアンが存在する限り無限に等しいエネルギーを発するオリジンを止めるには、ゼツボーグ99号の超火力しかない。それが、羽崎の判断だった。

 つまり、今の状況は羽崎の意思。オリジンが単独行動を起こした場合を想定して、彼女は自分とツクモを引き離さないようプログラミングしていたのである。

 だが、オリジンの出力は羽崎の想定をも上回っていた。

 結果として、オリジンは羽崎の想定した軌道に乗る前に牧谷を殺害し、羽崎とツクモだけを動物園に転送した。そして今なお、自らの全身を植物に変える羽崎の能力を、オリジンの自己再生力が上回り、【ハンドメイド・ノヴァ】の火力を克服しつつある。

「まだまだぁっ!」

 すでにオリジンの全身に回った炎に向かって、ツクモがさらに両腕からレーザー糸を注ぎ込む。自身とオリジン、どちらの修復時間をも許さない追加攻撃。もはや死力とも呼べるそれによって、炎は次第にその色を赤から青へ、そして白へと変え、温度を上げていった。

 牧谷がもういないこと。その現実はツクモを止める者がいないこと以上に、彼女の絶望をより増幅させる燃料となった。ゼツボーグの出力は、本人の絶望の強さに比例する。ツクモのそれは、もはや落涙態と呼んでもいいほどに火力を上げ、オリジンの再生力を抑え始めた。

 ツクモの火力上昇に加えて、羽崎の残存意思がオリジンの体から植物を生やし続けたことで、オリジンの火傷は部分的に体の芯へと迫っていた。

「もう……やめろ!」

 しかし、ここでオリジンが叫ぶ。その瞬間、オリジンの意思が、体内に残る羽崎の意思を食い潰した。同時にその体からは激しい衝撃波が放たれ、ツクモの炎を吹き飛ばす。

 だが、これは賭けでもあった。一瞬でも他にリソースを回せば、再生が火力に押し負けで修復不能な傷を負ってしまう。事実、オリジンの体の数箇所にはまだ青い炎が残ったままだった。しかし少なくとも、オリジンはこの賭けに勝利した。自己再生をかなぐり捨てて両手両足を焼き消したツクモを吹き飛ばし、自身は瞬く間に火傷を修復していく。

 ツクモの体が力なく地面に落ちていく。しかしその先をオリジンが見ようとした時、視線の先にツクモの姿はなかった。代わりに、その背後から新たな糸がオリジンの体にまとわりつく。

 先ほどまでのレーザー糸とは違い、低温の弱々しい糸。しかしそれは、オリジンの体を焼き壊さない代わりに四肢を拘束した。

「……この糸、思うように曲がってくれなくてね」

 その声にオリジンが振り向くと、背後ではツクモが糸を放ち続けていた。しかしその体はすでに下半身が焼き消え、瞬時に再生することが難しそうなほど小さくなっていた。

 ツクモの糸は、簡単には曲がらない。だが逆に言えば、一度強引にでも曲げてしまえば、戻すことも難しい。その性質を利用し、彼女は背後からオリジンを拘束したのである。

「君まで、何を考えているんだ。これでは時間をかけて死ぬだけだぞ!」

 オリジンの言う通り、ツクモは糸を維持するために残り少ない体を燃やし続けている。至近距離にいるとは言え、先ほどのような超火力はもう出せない。動けなくともオリジンの再生力が上回っている今、ツクモは時間と共に消耗していく一方だった。

「まったく。ジュリオといいアンタといい、みんなヒーローの王道ってのを知らないんだから」

 だが、ツクモの瞳にはまだ勝利を確信する光が残っていた。その希望が、ゼツボーグの火力をオリジンが傷つかない程よい出力に抑制した。

「ヒーローってのはね、仲間を信じるのよ!」

「何を言ってるんだ。仲間なんてどこにも……」

 オリジンが言いかけた直後、ふたりは急接近する気配を察知した。いや、ツクモはもはや何も感じられない体になっていた。それでも、彼女はなんとかしてそれが来ることに賭けていた。信じていた。

「ツクモーーーーーーーーーッッ!!」

 オリジンの頭上から、その首元を狙って漆黒のゼツボーグが、【ネガティヴ・スパイラル】が直撃した。

豆知識 羽崎京華の引退後、更木ザラキという強力サーバーが台頭した。権利的に危ない。

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