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第六十六話 バラバラフェスティバル 小さな結末・その一

 説明しよう。ゼツボーグ98号・那珂畑逸は、ネガリアンによってその命を繋ぎ止めていることが発覚した。

 しかし、来たる人類の勝利のためには、ネガリアンは全滅させなければならない。それはすなわち、ヒーローたちの活躍が間接的に那珂畑を殺すことにつながるということである。これに対し宇宙開発局はある解決法を持っていた。


 宇宙開発局、地下3階。それまでゼツボーグの訓練に使われていた大部屋の端には、一部の研究員しか知らない極秘の研究室がある。羽崎はその前へゼツボーグの4人、小堀、志村、そしてリーヴス特使を案内した。

「私を連れてきたということは、そういうことと考えていいんですね」

 リーヴスがそれまでにないほど真剣な面持ちで問う。羽崎は小堀と目を合わせてから、ゆっくりと頷いて答えた。

「正規ちゃんの攻撃で、私たちは秘密を隠し通すことが難しくなった。そこで、私と誠ちゃんでこっそり相談した結果、私たちは切り札を使うことにした」

 羽崎は壁の小さなひびに指を当て、パスワードのようなものを打ち込んでいく。するとコンクリートの壁が手前にずれてから左右に開き、奥の研究室をあらわにした。普段から使っていた場所の知られざる秘密に、志村を除いたゼツボーグたちが驚きの顔を見せる。

「ボクも、正直こんなところに隠してるとは思わなかったよ」

 一方で志村も襲撃前に知っていたとは言え、怪訝な表情になった。彼が緊急出動ハッチを攻撃したのは、そこが司令本部への最短ルートだったこともあるが、地下6階の研究スペースを丸裸にする目的があった。実際に重要機密のいくつかはそこにあったのだが、地下3階という浅い場所は心理の外。考えてみれば地上と司令本部の両方から最も遠いその場所に、最重要機密は隠されていた。

「……あまりもったいぶっても仕方ない。皆に紹介しよう」

 開かれた扉の先には、人が4人ほど入れそうな小部屋。その中心では、大きなガラス管の中で何か肉片のようなものが機械に繋がれた状態で保管されていた。

「ゼツボーグ51号、エマ・ハーディだ」

 羽崎の言ったことを、小堀を除いた一同はしばらく理解できなかった。だが、なんとなく状況を察した牧谷が、最初に両手で口元を押さえ顔を背けた。

「……地下6階じゃ、なかったのか……」

 しばらくの沈黙の後、リーヴスが震える口を開く。

「ああ。表向きにはそういうことにしている。でもそっちにあるのは偽物だよ。まさかこんなことをしてるなんて、誰にも知られたくなかったからね」

 羽崎がハーディとして紹介したそれは、とても人間とは思えない形をしていた。正確には、どれを指して彼女と紹介しているのかわからないほどに、ばらばらに分解された状態で保管されていた。ガラス管の中には、最低限人の形になるよう配置された皮膚片たちの間に、血管の代わりであろう管が無数に繋がり、心臓や脳、眼球などが並べられていた。

 それらすべてがかつてひとりの人間として生きていたものだと理解した瞬間、ゼツボーグたちの間に背筋が凍るようなものが吹き抜けた。

「何を、やってんの……」

 ツクモが牧谷の前に立ち塞がるように移動してから、明らかに敵意の目線で羽崎に問いただす。しかし羽崎はそれが予想通りの反応だったかのように、冷静な表情で答えた。

「まあ、みんなそう思うよね」

 研究室の前で立ち止まる一同をよそに、羽崎は室内の機械に手をかけて話し始めた。

「酷い話だと思うだろうけど、私たちがこれまで戦ってこれたのは彼女のおかげなんだ。少し、彼女の話をしよう」


 エマ・ハーディ、アメリカ出身。ゼツボーグ唯一の外国人。彼女の存在はひとつの国際問題でありながら、同時に宇宙開発局の最重要機密でもある。その秘密とは、彼女の能力にあった。

 彼女の、ゼツボーグ51号の能力とは、瞬間移動。視界内にある人や物体を、同じ視界内の別の場所に移動させることができる。生前、この能力はそこまで重宝されてはいなかった。

 ハーディは、英語教師になるためヒーロー活動の傍らで研修生としてある学級の副担任を担当していた。しかし、その任期中に生徒のひとりからネガトロンが発生。これを機に彼女のゼツボーグに落涙態が発現する。

 落涙態によってゼツボーグの能力が飛躍。彼女の瞬間移動能力は通常の視界内にとどまらず、複数の映像を介しても通用するようになった。しかし、この能力が活躍することはほとんどなく、間もなくしてハーディは脳死に至る。

 外傷による戦死でない上に、本国への送還まで時間を要するという点から、彼女の遺体は重要な研究材料として保管されることになった。その中で、ある実験からゼツボーグ51号の真価が判明する。

 ハーディの脳と眼球に外部の映像を電気信号として送ることで、彼女の瞬間移動能力を再現することができた。

 このことは、ロックダウンおよび人類の勝利のため不可欠な力であると、政府にも特例として遺体の利用を認められた。ロックダウンから出ようとする感染者や指定監視ネガトロンを、範囲内に瞬間移動させるという手段として、ハーディの遺体はこの戦いを支え続けた。

 しかし、人間の遺体を脳死状態で保存させることは不可能に等しい。当初は地下6階に安置されていたハーディは、保存できる最低限の状態に分解されて3階へと極秘に移送された。これが、現在の状況である。


「……すでにだいぶ信じられないんだけど、それでこれから何をするのよ?」

 しびれを切らしたツクモが羽崎に苛立ちをぶつける。

「彼女を使って、逸ちゃんの中にあるネガリアンを引き剥がす」

 再び、その場にいる全員に衝撃が走った。

「でも、それでは那珂畑さんの身に何が起こるか……」

「わかってるよ」

 この中で那珂畑本人以外に唯一状況を知っている鳴島が、声をあげた。

 ジュニアによって那珂畑の命が支えられているというのは、那珂畑自身の仮説でしかない。しかし、ネガリアンの細胞が彼の細胞と複雑に絡み合っていることは検査で発覚した。

「だから、これはあくまで摘出手術だ」

「ちょっと待ってください。それじゃ、俺の体は!」

 次に声をあげたのは那珂畑だった。いくら特定の相手を瞬間移動させるハーディの能力でも、映像に出せない体内の細胞ひとつひとつを的確に移動させることは不可能。下手に引きずり出せば、自身の重要器官をいくつも傷つけることになりかねない。いくら自分が死を望んでいるとは言え、そのような結末に周囲が納得できるはずがない。彼はこの方法に反対意見を示した。

 だが、その程度のことは羽崎も想定済みだった。

「代わりなら、ここにある」

 そう言って彼女が指差したのは、背後のガラス管。細切れになったハーディが保存されているものだった。つまり羽崎は、ハーディの遺体を那珂畑に移植することで彼の感染細胞を取り出そうと言うのだ。

 しかし、それではまだ問題が残る。那珂畑の身代わりになったハーディの代わりを、誰が取り持つのか。ハーディの活躍は、いわば偶然の産物。成り行きの事故で開花した能力であり、仮に同じ能力を持つ者が現れても、意図的にその人物を脳死状態にできるはずもない。

「そして、これをもって私たちの戦いを終わりにする。そのためにみんなにはここに集まってもらった。正規ちゃん、君を含めてね」

 憶えているだろうか。羽崎が人をちゃん付けで呼ぶ時は、その相手と良好な関係を結びたいという意志の表れ。この時点で、彼女は志村のことを戦力として、仲間として認めていた。逆に言えば、彼女の想定するこれからの展開は、それほどに切迫しているものだった。

「私たちはエマちゃんを失う瞬間に彼女をアンチネガリアン・オリジンに接続し、、最大エネルギーをもって監視内にあるすべてのネガリアン、厳密にはレベル2以上の感染細胞をこの地下施設に集めさせる。それを、みんなの力で全滅させる」

 みんなの力で全滅させる。それ以上のことを羽崎は言わなかった。言えなかった。これからどのようなネガリアンが送られてくるかわからない。少数精鋭かつ先制攻撃権を持っているとは言え、どこまで戦えるかもわからない。だから、今の羽崎には彼らゼツボーグの力を信じることしかできなかった。

「……質問、いいでしょうか」

 全員が黙り込む中、リーヴスが挙手した。

「なぜ、今までその切り札を使わなかったのですか。それに、どうして今なのですか。那珂畑が感染していることは確かに危険ですが、それと総力戦を始めることに関係性が見出せません」

「もっともな意見だね」

 羽崎は言い負かされたかのように、リーヴスから目を逸らした。実際のところ、那珂畑ひとりを見殺しにすれば、こんな無茶な作戦を発動する必要はない。そうでなくとも、那珂畑の対処法はまだ時間をかけて模索する余地がある。

「ひとつ。今まで総力戦を仕掛けなかったのは、こちらに勝算がなかったからだ。今でも正直わからないけど、広域制圧の強いツクモちゃんをはじめ私たちには戦力が固まりつつある。仕掛けるなら今しかない」

 かと言って、今の戦力で勝てるとも言い切れない。羽崎の言うことは、どこまでも屁理屈の域を出なかった。

 ただ、彼女はもう何も諦めたくないだけだった。仲間の危機に何かできることがあるとわかって、何もせずにいられる性格ではなかった。要するに、羽崎はこの状況において、あまりにも短気だったのである。

 しかし、短気でなければ決断できないこともある。ゆえに、小堀は羽崎の瞬発力を信じてこの作戦を任せた。

 小堀と羽崎の考えた最終的な勝算は、志村の存在である。地下6階に拘束中、小堀は彼の襲撃時の戦闘記録と肉体の詳細を徹底的に調べ上げた。ポジトロンと同等かそれ以上の単騎戦力に加えて、【スーサイド・バイスタンダー】を超える分身能力。SIMsが一瞬でアツギ市を壊滅させたことから考えても、彼はひとりで戦局を支配する能力があると判断した。

「そしてひとつ。私はみんなを信じてる」

 その言葉を最後に、羽崎はハーディを操作する機械に手をかけた。

 最終作戦、発動。

豆知識 エマ・ハーディの苦手な日本語は「だいたい」。

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