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第六十五話 確認の時間・再び

 説明しよう。タワーオブブルーは、年末の有田記念を3着で惜敗。その後は春シーズンに向けて長い休養に入っていた。事件はその時に起こる。

 左前足に屈腱炎が発症。かつて不治の病とも言われた負傷に一部報道は、復帰は絶望的とも言われている。

 有田記念からひと月。屈腱炎の発表があってから数日で、人々の関心はタワーオブブルーから去っていった。

 だが、一部の熱心なファンはその限りではない。羽崎もそのひとりであった。彼女は本来そこまで競馬に関心がなかったが、加山の死後、彼の足跡を追うように同じ馬を応援するようになった。そこへ来てタワーの負傷発覚は、彼女の絶望を募らせるのにはじゅうぶんなニュースだった。


 羽崎は、中華街の最寄駅改札前で立ち止まっていた。ここから電車で数駅移動すれば競馬協会の施設があり、今日もタワーの同期やライバルたちの熱戦を放送している。羽崎は迷っていた。もう存在しない加山の思い出を引きずるのはやめて、他の馬を応援するべきか。それとも、あの日加山の死を飾った大勝利を信じるべきか。

 そこへ、那珂畑が現れた。

「……逸ちゃん」

「約束通り、来ましたよ」

 那珂畑は息を切らし、季節に見合わないほどの汗をかいている。その様子は、少なくともこの場所まで走ってきたとは思えないほどに疲労と焦燥を感じさせた。

 少し遅れて、那珂畑を探したように鳴島が追いつく。

「すぐ、那珂畑さん。本気で言ってるの!?」

 那珂畑ほどではないが、鳴島も冷静ではない表情をしていた。那珂畑が嘘を言うような性格でないことは羽崎も知っていたが、鳴島の様子が彼の真剣さをさらに引き立てる。

「ああ、本気だ。羽崎さん、俺を精密検査して、その上で俺を……」

 那珂畑はそこで額の汗を上着の袖で拭き取ってから、あらためて羽崎の目を見た。

「殺してください」

 それは、自殺願望からヒーローを始めた那珂畑が、ついぞ誰にも言わなかった言葉だった。


 時は数分遡り、ふたりが占い館を出た少し後。那珂畑は人気のない路地裏に駆け込んでスマホを取り出した。

「逸……?」

 慌てて後を追った鳴島が声をかける。何か占いで気になるところでもあったのだろうか。だとしたらあの占い師に直接聞けばいいし、調べ物をしようにもわざわざ隠れるように路地裏へ入る必要がない。何か普通でない雰囲気を感じ取った鳴島は、それ以上何も聞けなかった。

「ニコ、悪いけど少し黙っててくれ。これから電話する」

 那珂畑は言葉通りにスマホを操作するが、その両手は震えているのか、いつものように素早く動かない。その状態に苛立ちを示すように、彼は歯を食いしばっている。時間が経つほどにその顔は日常的な色を失い、額からは冷や汗のようなものが滲み出てくる。

 やっとのことで操作を完了した那珂畑は、何かにすがるように追い詰められた表情でスマホを耳に当てた。

「もしもし羽崎さん、那珂畑です」

「副司令?」

 鳴島からは羽崎の声は聞こえないが、那珂畑の話から会話の内容はおおよそ想像できた。しかし聞こえたからといって、理解できない話もある。彼の言葉は、鳴島の想像を遥かに凌駕していた。

「俺、ネガトロンになったかもしれません」

「ちょっ、何言ってるの!」

 鳴島は慌てて那珂畑からスマホを取り上げようとするが、その手は避けられ、那珂畑は通話を続ける。

「やっとわかったんです。近くじゃない、俺の中に奴がいる」

 那珂畑はこの手相占いで、その直後の異変で、すべて理解した。

 ハコネ山で自分のドローンが空中停止したなら、それは自分が瀕死ではなく確実に死んでいたということ。そして一瞬でも命が途切れていたのなら、たとえゼツボーグ98号の自動防御でも蘇生は不可能。

 では、なぜ存在しないはずの首の皮が一枚繋がったのか。彼の知る範囲にそれが可能な方法が、可能な人物がひとりだけいた。

 三森沙紗、ネガトロン・ジュニアである。


 那珂畑の仮説を、順を追って解説しよう。

 まず、ジュニアはいつかのタイミングで、おそらくは死の間際にある実験をした。それは、ゼツボーグへの擬態。彼女は水族館や公園で、自分がそのままでは那珂畑に接触すらできないことを把握した。そこで次に、どうすればゼツボーグの自動防御を破れるか考えた。それが、那珂畑のゼツボーグと同じ性質に擬態することだった。

 きっと彼女にとってそれは賭けだったに違いない。たとえ擬態に成功したとしても、その過程で彼女の体は大きなダメージを負うことになる。例えば擬態の途中で体の半分だけがゼツボーグになった場合、ゼツボーグとネガトロンは同時に存在できないため、両者が激しい拒絶反応を起こしてしまう。

 だが、最後の最期、ほんの一部だけそれは成功した。ジュニアが那珂畑に抱きついた一瞬、彼女は接触面だけをゼツボーグに擬態し、自身の体から切り離したのだ。そして、独立した部分を那珂畑の体内に潜り込ませた。いわば寄生である。

 彼女にとって失敗だったのは、それがジュニアとしての意思をほとんど持たないただの擬態細胞であるということ。那珂畑に侵入した部分は、彼のゼツボーグに擬態したまま誰にも見つかることなく潜み続けた。

 そして、ハコネ山での戦いが始まり、那珂畑は死亡した。

 寄生生物は宿主が死亡すると、基本的にある程度の時間をおいて栄養不足に陥り死ぬ。しかし中には、そのわずかな時間を使って宿主の蘇生を試みる生物も存在する。ジュニアの擬態細胞は、意思を持たずとも生存本能からその性質が飛躍した。ゼツボーグ98号としての擬態を維持したまま、あくまでもその能力の延長線上に見える形で蘇生させた。その擬態精度と那珂畑の肉体への順応度は、宇宙開発局の精密検査をもってしてもネガトロンと特定できないほどだった。

 ここまでは、那珂畑の想像。言ってしまえば被害妄想でしかない。羽崎に連絡するほど彼がこのことを確信するためには、もうひとつ理由があった。

 那珂畑のゼツボーグは、落涙態を発現した。落涙態の能力はゼツボーグの性能を飛躍させる代わりに、使用者の心身に修復不可能なほどの反動をもたらす。那珂畑はジュニアとの戦いの後、自滅前提でこの能力を使い続けてきた。しかし彼は話に聞いていたようなダメージを負うことなく、これまでの戦いを乗り越えてしまった。

 その理由は、本来那珂畑が負うはずのダメージを他の何かが肩代わりしていたから。すなわち、ジュニアの擬態細胞がダメージの一部を引き受けていたからである。

 那珂畑はこれらの可能性を以前から意識していたわけではない。あの手相占いの直後、手相が変化した時にふとジュニアの姿が思い浮かんだ。まるで途中から他の誰かに化けたような手相。それが可能なのは、人間から生まれ変わったネガトロンであり、他の何者にも擬態できるジュニアにしかいない。

 これまで、ジュニアはひと時も欠かさず擬態し続けることでその姿を隠してきた。しかし、手相占いの直後、あるいはその以前から、何らかの理由で擬態に不具合が生じた。おそらく少ない細胞をやりくりし続けてきたために、擬態精度が落ちてきたのだろう。


「そんな……」

 宇宙開発局、地下6階。精密検査の結果を見た羽崎は言葉を失った。

 結果として、那珂畑の仮説は部分的に正しかった。彼の体細胞からは、那珂畑逸とは別の、まるで彼に寄せたようによく似た反応が検出された。しかしそれは、本来の持ち主がジュニアかどうか特定できないほどの、返り血のように小さい反応だった。

 現在、このことを知っているのは那珂畑本人と検査を担当した羽崎、そして同行した鳴島のみ。

「このこと、みんなには内緒にしてください。俺はあくまでも感染死したことに……」

「無理だ!」

 宇宙開発局の秘密が世に晒された上に、リードのような選局を揺るがす存在も現れて戦いは佳境。このタイミングで身内に不安要素は抱えたくないと那珂畑は考えたが、さすがに重要戦力の一角を失踪扱いするのは無理があるらしい。それ以上に、羽崎は感情的に那珂畑の申し出を断った。

 一方で、那珂畑にとって今の状況はある意味願ってもないといった具合である。ネガリアンに命を支えられているなら、そのネガリアンを誰かのゼツボーグで攻撃すればいい。98号の自動防御という課題は相変わらずついて回るが、加山のようにネガリアンのみを攻撃する特殊能力があれば不可能でもない。その加山がジュニアの手で殺されてしまったのは皮肉な話だが。

 こうして、那珂畑の目標に向けてひとつ新しい道筋が示された。そしてこのことが、羽崎をある決断へと導く。

「……決めたよ」

 羽崎は、もう何も失いたくはなかった。加山を失ったあの時から、それだけは彼女の中で揺るがぬ決意となっていた。

「私は、意地でも君を救ってみせる」

 人類はそう簡単に仲間を諦められない。ラスボスとは、意外と身近なところから現れるものである。

豆知識 タワーオブブルーの好物は、リンゴと角砂糖。

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