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第六十四話 一度死んだくらいで

 説明しよう。人は、境目というものに不安を覚える。季節の境目、物語の境目、場所や人との境目。だから、人は境目に対策を設けた。人との境目にはコミュニケーションを、物語の境目には章や段落を、そして季節の境目には祭りを。節分や正月、ハロウィンなどはそういった不安定な時期を楽しく過ごすための対策だという説もある。

 ここにひとつ、物語の境目がある。宇宙開発局がその秘匿性を失い、ヒーローの秘密が晒された。これからネガリアンと戦い続けるには、新しい対策が必要になる。小堀はリーダーとして、この端境期に祭りを提案した。


 1月も末。ヨコハマ地区K区域にある中華街では、旧正月を祝う祭り、春節が行われる。小堀の提案した祭りとはまさにそれだった。彼の意見により半ば強制的に参加させられたのは、羽崎、那珂畑、鳴島、ツクモ、牧谷の5人。志村の隔離と監視には小堀本人があたることとなり、残りの局員は外部への対策と復旧作業に取り掛かった。

「……本当に、ボクに留守を任せてよかったの?」

 地下6階の隔離部屋。志村は分厚いガラス越しにどこで作ってきたのか温そばを啜る小堀を睨みつけた。

「そんなこと言って、君こそ今がチャンスなんじゃないか。あれほどの大ごとを起こした君が、なんの目的もなく縮こまっているとは思えない。そうだね、例えばもう一度うちの粗探しをしたいとか」

 小堀はひと通り言ってから、もうひと口そばを啜る。

「仮にそうだとして、キミの体でボクを止められるとでも?」

 ここで、小堀の箸が止まった。

「よく知ってるね。もうそこまで調べ上げちゃったか。たぶん君の予想通り、無理だ。今の私なら、たとえじゃんけんでも君に負ける自信がある」

 開き直ってか胸を張って見せる小堀に、志村はため息をついた。この会話で何か行動を起こす気を削ぐ作戦なのかも知れないが、志村にはもともとそれほどの気力は残っていなかった。

 ゼツボーグ・アルファはネガトロンと同等の大出力を要するため、変身するだけでもかなりのアンチネガリアンを消費する。万全の体調と最悪の精神状態でなければ、使いこなすことはできない。

「君は戦いすぎた上に、経験が足りないんだよ。志村君」

 小堀はパイプ椅子に腰掛けたまま、まだ食べかけの碗を床に置いた。

「私がみんなを祭りに連れ出したのはね、一般人との接触を増やしたかったからなんだ。こういう時だからこそ、平和な世界とか、守るべきものに対する意識を高めてほしい。何のために戦うのか、今一度実感してほしいんだ。そしてあわよくば、何人かのカウンセリングも含めてね」

 小堀の伏せた目線は、何を見据えているのかを悟られないかのように深い何かを宿していた。

 小堀誠、ゼツボーグ1号にして、宇宙開発局ネガリアン対策本部総司令官。彼の性質について知る者は少ない。

 羽崎ら新人ゼツボーグの加入後、彼は研究のために自分の体からアンチネガリアンを摘出している。しかし、当時の技術では人体からアンチネガリアンのみを正確に摘出することは不可能であり、彼は元から備わっていた免疫機能の多くを損壊。一般人以上に虚弱な肉体となってしまった。

 研究のためとは言え、そこまでする必要があったのかというのは、ごく自然な疑問である。だが、戦いに疲れた小堀にとって、もはや自分の価値はそれしかなかった。ネガリアン拡大の当事者、その唯一の生き残りとして、彼はその責任を果たすことにしか存在意義を見いだせなくなっていた。

 このことを知るのは、彼からヒーローの座を直接受け継いだ羽崎、情報を盗み見た志村、そして摘出手術を請け負った黒金林檎ネガトロン・イヴだけである。そして未熟な技術で乱雑に摘出されたアンチネガリアンは、今も宇宙開発局の地下で小堀の絶望を燃やし続けている。

 言わずもがな、彼の絶望とはネガリアンの存在そのもの。ネガリアンが人々に悪影響を及ぼすたび、そのことを知るたび、彼は己に絶望し続ける。そして肉体を切り離すように摘出したアンチネガリアンは、いつしか本体の感情とリンクするようになっていた。

 根源たるアンチネガリアン、ネガリアンを映す鏡。アンチネガリアン・オリジン。ネガリアンに呼応するように激しく燃えるそれを、小堀と羽崎はそう名付けた。


 小堀と志村の静かな睨み合いを知ってか知らずか、羽崎は中華街に到着するなり引率係の任を早々に放棄した。

「それじゃ各自自由行動! 時間になったらここに再集合ね。私は他に行きたいところあるから」

 そう言うと、羽崎は我先にと中華街を出て行ってしまった。

 取り残されたゼツボーグ4人。最初に動き出したのは、牧谷だった。

「マ……姉ちゃん、行こ!」

 彼はツクモの手を引いて、そのまま人混みへと消えていく。

 日本のいわゆる夜祭ほどではないが、白昼の祭りも賑やかでそれなりに人の心をオープンにするものだ。無邪気な牧谷に釣られてか、那珂畑も鳴島の方へ意識を向けた。

「ま、俺たちも行くか」

「そ、そうだね」

 思えば、ふたりきりになるのはあの夜以来。鳴島が突然ショック療法を提案して以来だった。そのせいか、ふたりの間にはどこかぎこちない空気がまだ残っていた。


 ツクモの手を引いて颯爽と駆け出した牧谷だったが、那珂畑たちからしばらく離れた路上でツクモはその手を振りほどいた。

「姉ちゃん?」

「……やっぱ、ごめん」

 牧谷が振り向くと、その先でツクモが顔を曇らせていた。

「アタシ、やっぱりアンタのマヤ姉ちゃんには戻れない。無理」

 ふたりの間に、冷たい風が吹き抜けた。それはただの風だったが、何か弱い残り火をかき消すような、ふたりにとって決定的な風だった。

 戸倉麻耶乃は、死んだ。ここにいるのは、いわば戸倉の亡霊、あるいは転生先であるツクモ。ゼツボーグ99号。彼女はもう、戸倉として生きることのできない存在だった。

「だから、アンタと一緒には歩けない。マヤ姉ちゃんは、もういないんだから」

 拭き続ける風に、僅かに熱風が混じる。ツクモの強い絶望が、ゼツボーグとして漏れ出している。そのことが、牧谷に彼女の感情を理解させた。

 しかし、理解と了解は違う。理解できたからといって、子供がすがり続けた存在をはいそうですかと簡単に捨て去れるはずがない。

「……わかったよ」

 だからこそ、幼いなりに牧谷は割り切った。

「じゃあ、これからよろしく!」

「……は?」

 牧谷は別れの宣告を受けた直後とは思えないほど、明るい表情で、まるで新しい友人を見つけたかのようにツクモに手を差し伸べ握手を求めた。

「そういう強がりなところ、一度決めたらまっすぐなところ。やっぱり僕の好きな姉ちゃんだ。それに、何度も僕を守ってくれた。守ろうとしてくれた。そんな人を手放せるほど、僕は強くないよ」

「いやでも、アンタ……」

 ツクモは自分の体を止めた牧谷のゼツボーグ100号を思い出すが、牧谷はその続きを阻んだ。

「だから、僕はツクモ姉ちゃんと一緒に行く、一緒に歩く。マヤ姉ちゃんがいないのは寂しいけど、それでもみんなと一緒に戦うよ」

 牧谷は明るい顔を維持して見せたが、その声は言葉を重ねるごとに孤独に震え、差し伸べた手のひらからは僅かにゼツボーグの針が露出していた。

 牧谷樹里央は、戸倉麻耶乃を失い、ツクモと出合い直した。彼の歪な姉離れの物語は、こうしてひとつの区切りを迎えることとなる。

 だが、彼らの未来は誰にもわからない。未来に生きる希望と違い、絶望は何度でも遠い過去から顔を出す。人が人である限り、人が人と出会う限り、絶望が途切れることはなく、彼らもまた、この再会、いや、戸倉麻耶乃との決別に絶望を募らせていくのであった。


 未来と言えば、那珂畑と鳴島はそれに近いものに関心を寄せていた。

「占い?」

「そう。解析官としては駄目かもしれないけど、その、逸がこれからどうなるのか、どうしても気掛かりで……」

 鳴島は近くの占い館を指差しながら、少し顔を曇らせる。何を隠そう、那珂畑の体は自身のゼツボーグによって繋ぎ止められている状態。戦いの中で死ぬ確率こそ下がったが、戦いが終わればほぼ確実に死ぬ。それが彼にとってどれほど過酷な運命なのか、鳴島は知ろうとせずにはいられなかった。

「まあ、俺は別にいいけど」

 対して、那珂畑は自分の命にたいして興味がない。それどころか、これからの決定的な死に対して願ったりという立場でいる。強いて言えば、それまでの生命線の長さが気になるといったところだろうか。

 ともあれ、こうしてふたりは近くの占い館に入った。

 そこにいた占い師は、主に手相とダウジングによる占いを専門としているらしい。SF作品において占いほど胡散臭いものもそうないが、彼らや作者に関心がまったくないと言えば嘘になる。

 問題があるとすれば、那珂畑の手相の方だった。ゼツボーグで再現された皮膚とは言え、手相はしっかりと残っている。問題はその内容である。特に生命線を見てほしいと注文した那珂畑に対し、占い師の女性は不思議そうな様子で彼の掌を眺めた。

「突拍子もない質問だけど、あなた、最近大事な人や物を失ってない? それもひとつじゃなくて複数。2、3個くらい」

 那珂畑にとっては大いに心当たりのある話だった。それどころか、彼にとってはゼツボーグになる少し前から失ってばかりの人生である。彼は当たり前といった表情で占い師の言葉を聞き流した。

 が、彼が驚くのは占い師の次の言葉である。

「しかも、そのうちの何かを最近取り戻した。あなたは今それに支えられて生きてる。心当たりない?」

 心当たりがないわけではない。が、占い師というのは誰にでも当てはまる内容を個人的な問題のように語るもの。そう考える那珂畑は、驚きこそしたがあまり真に受けることはなかった。

 そんな彼をよそに、いや、彼のような疑り深い客を何人も相手してきたであろう占い師はさらに続ける。

「手相っていうのはね、神仏だとか霊的なものを見るものじゃないの。まあたまにスピリチュアルな話もするけど。例えばほら、大工の手がごつかったり、医者や料理人の手が細く繊細だったりするでしょ? そういうのは、その人が生活する上で勝手にできた手の『くせ』なの。同じように、掌とか指のしわもその人の手の握り方、心の持ち方、健康状態とかで勝手に『くせ』がつく。私たち手相占いが見るのはそこなの。これは私の持論だけど、手相ってその人の人生の履歴書なのよ。そこからその人の行動の傾向とかを考えて、未来を予想するの」

 そして、占い師は繰り返す。

「あなた、手のここに爪の痕がある。最近ついたものね。この位置は手を握りしめた時、悔しかったり悲しい時につくもの。それに加えて運命線が所々で鎖みたいに混ざってる。感情の起伏が激しくなることがあったのね」

 物理的な証拠を示されると、人はなかなか反論できなくなるものだ。那珂畑も、疑う気持ちは持ちつつ占い師のトークに少しずつ引き込まれていた。

「で、不思議に思ったのはこっち。あなた、こっちの手の生命線が途中で途切れてる。この位置は過去を表すから、最近、1年以内くらいに命に関わる何かが起こったと思うんだけど」

 おそらくハコネ山での一件だろう。占い師はそこまで言い当てて見せた。

「ただその後、新しい生命線がまるで別人みたいに違う形で伸びてる。それも古い生命線の途中から割り込むように入り込んでる。きっと考え方が変わる……ほどの出来事だったのね」

 変わる、と言った後、占い師は少しだけ言い淀んだ。その後いくつか占いやアドバイスを受けたが、那珂畑はそれだけが最後まで気になった。

 確かに、ハコネ山で瀕死の体験をしてから、色々と変わった。考え方も自覚はないが変わったかもしれない。そう思って那珂畑が指摘された掌を見直すと、不可解なことが起こった。

 掌が一瞬だけぼやけたようになり、彼が目を擦って見直した時には直っていた。そして、途切れていると言われたはずの生命線が繋がっていた。

 この瞬間、那珂畑の思考がかつてないほどのスピードで動いた。一瞬で無数の可能性の中から想定外だったひとつを選び取った。

豆知識 中華街名物唐辛子のお守りは、見ているだけで目が痒くなってくる

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