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第六十三話 昨日の敵はなんだっけ

 説明しよう。何事も、はじまりは些細なことである。ただなんとなく死にたいとか、死にたくないとか、別れたくないとか。仰々しく絶望と定義するにはあまりにも平凡で、しかし大きな感情から物語ははじまった。

 だが、彼ら彼女らには、それが確かに生きるエネルギーとなっていた。人生を一本のろうそくに例えるなら、死に向かうエネルギーで命を燃やす彼らは、誰よりも明るく輝いていただろう。

 彼らの物語は、その炎たちが強すぎたがための火災と言えるかもしれない。


 ツクモの命と精神を燃やした攻撃は、彼女の頭上からの衝撃に止められた。

 衝撃の正体は、後ろから投げつけられた野球ボールほどの瓦礫。投げたのは牧谷である。

「ジュリオ! アンタいいところで何を!」

「姉ちゃんこそ、何馬鹿みたいなことやってんだよ!」

「ばっ……」

 普段の牧谷からは絶対に飛び出さないような暴言に、振り向いたツクモは思わず言葉に詰まる。

「僕は、ぜんっぜん嬉しくないんだからね!」

 喜びか怒りか、あるいは悲しみか。牧谷は涙目で顔を真っ赤に染めていた。

「みんなして生きるとか死ぬとか、殺すとかなんとか! もうさんざんなんだよ! そりゃ姉ちゃんが来た時は助かったって思ったさ。でも来たのは僕の知ってるマヤ姉ちゃんじゃなかった。変な無茶ばかりするツクモだった!」

 牧谷は続けて、ツクモの向こう側にいる志村にも叫ぶ。

「君だってそうだ。真っ白だと思ったら真っ黒なヒーローで、しかもヒーローの敵だった! もうめちゃくちゃだよこんなの!」

「キミ、さっきから何を……」

「ゼツボーグだろ!」

 志村が口を挟もうとするが、牧谷はそれを許さなかった。

「同じ絶望のヒーローだろ、どうして一緒に勝とうって思わないんだよ!」

 そのひとことに、ついに志村までもが動きを止めた。

「みんなで勝とうよ! みんなで強くなろうよ!」

 まるで運動会の標語のような、子供のわがまま。しかし、その言葉に確かな力が込められていることに、志村とツクモはゼツボーグだからこそ気づくことができた。

 それは、牧谷の本心から、親友を失いたくない彼の絶望からの言葉だったからである。同じゼツボーグの絶望という波長に、彼らは反応せざるを得なかった。

「だから、ごめん……っ!」

 経緯はどうあれ、牧谷は命を賭したふたりの戦いに決定的な隙を作ることに成功した。そしてその時間は、彼がふたりに直接針を突き刺し、体を操作して気絶させるにはじゅうぶんなものだった。

 はじめての挑戦だったので、牧谷にも不安はあった。これまで無機物にしか使ってこなかった針を、人間に刺したらどうなるのだろうか。もし、これまでと同じように刺した相手を操作できるなら、この戦いを強制的に終わらせることができる。彼のゼツボーグは、そんなわがままを叶える力を宿していた。いや、正確には牧谷の絶望が、ツクモをも失うかもしれないという不安が、ゼツボーグの力を伸ばした。

 本来、ゼツボーグは本人の絶望を意図せぬ形で反映する。死にたい人間に不死の体を与え、戦士には宿敵と同じ姿を与える。しかし、牧谷のゼツボーグは未定着の不安定なものゆえに、絶望以外の不純物も取り込んだ。すなわち、願い。あるいはわがまま。それらをわずかに叶える形でゼツボーグが成長した。結果、牧谷の針は刺した相手の動きを制御することに限定し、生物にも効果を発揮するようになった。

 ともあれ、突如として宇宙開発局を襲撃した志村、それに命を賭して立ち向かったツクモ。牧谷は両者の拘束に成功した。


 再び時は戻り、場所は動物園。志村の襲撃によってゼツボーグと局の通信が途絶えたまま、野田がリードを人質にとったことで事態は硬直していた。

 那珂畑はこの時、次の行動に悩みながらも、同時に自分のことを振り返っていた。

 死ぬためにヒーローになったのではなかったのか。

 ことの成り行きとはいえ、死ぬための戦いがいつの間にか守るための戦いになっていた。いや、正確にはハコネ山でほとんど死んでいたのだ。それがゼツボーグ98号の性能ゆえ、首の皮一枚で生きながらえてしまった。きっと流れがおかしくなったのはその辺りからだ。

 それが何を間違えたか、今は人質にとられたリードを救おうとしている。その事実にあらためて直面した時、那珂畑は次に何をすればいいのかわからなくなっていた。

「さあどうする! お前たちの目的がこいつだってことはお見通しだ。このまま穏便に済ませたいなら、おとなしく俺に従ってもらう!」

 だが、現実は待ってはくれない。野田のひと声が、那珂畑の意識を現在へと引き戻した。

「従うって、何をするんだ?」

 那珂畑は仕方なく、ことを交渉の方向に運ぼうとする。

「お前たちにはヒーローをやめてもらう。俺たちの目的はひとつ、人類同士が争わない平和的敗北だ!」

 いわゆる週末論者の暴論。どの分野にも存在する彼らがしかし、ここまで計画性や情報を手にすることはなかった。那珂畑と鳴島には、この野田という人物の背後にさらに大きな組織と、おそらくは志村がつながっているとこの時点で想像がついた。

「あっそ」

 そして、最初に動いたのが鳴島だった。いや、彼女は状況が膠着したあの時点ですでに動き出していたのだ。

 鳴島の気の抜けた返事の直後、野田の背後からナノマシンの塊が襲いかかった。そしてそれは瞬く間に巨大な手に形を変え、野田の上半身をがっしりと拘束した。

 鳴島はこの状況を想定こそしていなかったが、流れを引き寄せる力を持ち合わせていた。彼女のクロスボーぐ、その半分を構成するナノマシンは、いわば砂や水のような流体。ある程度の質量を維持したまま、好きなように形を変えられる。彼女はその性質を利用し、自身のナノマシンを少しずつ地面に移動させていた。そしてそれは地面を這うようにして野田の足元まで伸び、細い線を伝うようにして移動させられたナノマシンの大群は、彼の背後で巨大な手の形に再構成。現在のこの形に至ったのである。

 しかし、想定外は野田が拘束される寸前に起こった。ナノマシンの気配を察知してか、野田は持っていた包丁をリードの首元に突き刺した。そして拘束される力に任せるように、それを勢いよく引き抜いた。

 おそらく野田は、もしも敵側に志村のようなナノマシンの使い手がいたらという状況を想定していた。このような形でリードを殺害すること。そして自分は殺されずに拘束されること。少なくとも、ヒーローがステージ1の一般人を手にかけることはありえない。つまり、那珂畑たちよりも一歩上を行っていたのだ。

 一瞬でリードの首を往復した包丁は、人間で言えば致命的な傷を与えていた。しかしそこはネガトロン。首を半分切り払われた程度では重傷だが死にはしない。この場の誰もがそう考えた時、その体は修復能力を失い、末端から崩れ始めた。

 クロスボーグのナノマシンが、僅かにその体をかすめたのだ。

「くくっ。あはははは!」

 リードの死亡を確信した野田は、鳴島の巨大な手の中で盛大に笑い声を上げた。

 リードに突き刺された包丁は、確かに致命傷には至らなかった。しかし、首の皮一枚程度までその命を追い詰めていた。この時、リードの力は負傷した部分の再生にほぼ全てがあてられることになる。つまり、この隙にどこか一箇所でも有効打が入れば、それが致命傷になるという無防備状態にあった。そしてそのタイミングで、野田を拘束するためのナノマシンが僅かにぶつかった。

 志村のポジトロンでは、触れただけではダメージが入らない。ゼツボーグ91号では、ナノマシンを扱えない。両方の性質を分けたクロスボーグだからこそ起こった事故である。ゼツボーグの消毒作用を持った鳴島のナノマシンが触れたことが、リードへのとどめの一撃となった。

 リードの体はその崩壊に再生が間に合わなくなり、瞬く間に崩れ落ちた。その能力や感染者の詳細すらわからず、今やエンジン本体がどこへ消えたかも知れないまま、事態は決着へと至った。

 捕獲作戦、対象の死亡により失敗。

 鳴島はミスの自覚からかしばらく目を伏せて歯を食いしばったが、彼女の性格がそれを許さなかった。

「……撤退するよ。きっと本部もやばい」

 彼女はふれあいコーナーにあったロープで付近の街灯に野田を縛りつけると、ゼツボーグの変身を解除して駅の方向へと走り出した。

 那珂畑は、常に何かの目標を見据えたような彼女に黙ってついて行くしかできなかった。


 那珂畑と鳴島が本部に帰還した時には、志村とツクモは地下6階の隔離部屋に拘束されていた。ふたりの力を考えれば隔離を突破することは容易いが、牧谷による静止とそれ以上にふたりにそれなりの気力が残っていないことから、脱走の可能性は低いと判断された。

 野田については、那珂畑たちの帰還後、志村と接触させないように局員が別施設に移送することになった。

 志村を含めたゼツボーグ全員が集まったところで、小堀と羽崎も合流し状況の整理が行われた。

 那珂畑がハコネ山に行く直前、志村の仕掛けたナノマシンによって宇宙開発局の情報が一部流出。ヒーローに決定的な不信感を持った志村は、第一次ハリケーン討伐作戦で行方をくらませた後、野田らモミジ会に出会う。そして彼らと共謀し、今回の宇宙開発局襲撃及びリード討伐の妨害を実行。

「志村、野田両名の拘束によって事態は収束するが、結果として彼らの作戦は成功。私たちは勝利の鍵となりうるリードを失い、この地下施設の存在も明るみに出されるわけだ」

 最後に羽崎がそうまとめた。

 前者は代替となるネガトロンを探せばいいとして、後者は秘密を多く抱えたヒーローにとってかなりの痛手となる。

 ゼツボーグが現れてからこれまでの5年間、宇宙開発局がヒーローの拠点であるとの噂こそあれど、確信を持って直撃してくる人物は現れなかった。徹底したメディア対応と、政府も協力しての情報統制の結果である。不安定な要素の多いゼツボーグたちにも、情報を漏らすような者はいなかった。

 しかしそこに、志村というイレギュラーが現れた。ヒーロー制度は、初の裏切り者を輩出してしまったのである。

 局員たちの間で、一気に不安の渦が巻き起こった。機能が回復したとは言え、もはや丸裸も同然の司令本部。またいつ一般人からの襲撃を受けるともわからないし、好戦的なネガテリウムに狙われでもしたら、いくらゼツボーグを擁していても対策しきれない。5年間守り続けてきた城が半壊となった今、局員たちは路頭に迷っていた。

「……よし」

 だが、こういう時こそ指導者が折れてはいけない。小堀はしばらく考えた後、珍しく大きな声を上げた。

「祭りに行こう!」

豆知識 ツクモは、何にでもワサビを付けて食べることにはまっていた時期がある。

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― 新着の感想 ―
ゼツボーグの設定がいいですよね。絶望の痛みを伴うヒーローってかっこいいですね。 絶望の理由も父親からのものだったり、近年のニュースにあるものなので親近感がありました。 個人的にツクモが好きなので今回の…
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