第六十一話 もう全部あいつひとりでいいんじゃないかな
説明しよう。ヒーローものにおいて、主人公が臨死体験の末に最強装備を手に入れて戻ってくる展開は定番である。
だが、これは何も主人公に限った話ではない。死の淵から戻ってくる可能性は登場人物の誰にでもあり、問題はその体験から何を学ぶかである。
「本部との通信が切れた! 何か知らない? 知らないなら言わなくていいけど!」
エンジン軍との戦いのさなか、横槍によって状況が停止した一瞬で鳴島はまくし立てるように聞いた。どうやら那珂畑に起こった通信途絶は、鳴島が本部を出た後のことらしい。そして彼女が代わりの通信手段を持ってきていないことから、本部の方に何か問題が起こったのだと推察できる。
が、それ以上に那珂畑が気になったのは、鳴島が普段の彼女からは考えられないほどよくしゃべっていることだった。
落涙態の一件で那珂畑も話だけは聞き、ハコネ山でその片鱗を目撃してはいたが、あらためてそれを目の当たりにするとやはり新鮮というか、衝撃的なものがある。那珂畑は状況の変化以上に、そのことでしばらく茫然としてしまった。
「なにぼーっとしてんの。敵を追うんでしょ? さっさと行くよ!」
鳴島は、ゼツボーグを使う時に性格が変わる。
ゼツボーグのすべてに通じる特徴として、使用中は常に精神が絶望に晒されるというものがある。当然、それらは常人に耐えられるものではなく、多くのゼツボーグがこれによって精神を崩壊寸前まで追い込まれ引退した。
鳴島も、どちらかと言うと精神的に弱い方だった。が、そんな彼女が現役当時、最高戦力とまで呼ばれたことにははっきりとした理由がある。それは、彼女が無意識に身につけた性格の変化。乖離的な二極化と言えば正しいだろうか。普段は控えめで静かな鳴島が、ゼツボーグの絶望に晒されている間は、その絶望に逆らうように激しい性格になる。ハコネ山でツクモに当たり散らすように攻撃していたのは、この性格を制御しきれなかったことが原因と考えられる。
だが、性格が変わるからと言って、人格や記憶が入れ替わるわけではない。変身中は鳴島の意思で動くし、解除した後も変身中の記憶は残る。鳴島はこの変化に不安を感じつつも、どこか清々しい快感を覚えていた。平時にため込まれたフラストレーションと過去回想によるストレスを、戦闘で発散する。それが彼女なりの絶望対策であり、戦場に戻りたい理由でもあった。
ゼツボーグの性質は、使用者の絶望を反映する。そしてこれは誰にも知る由のないことだが、変身中の鳴島の性格は、彼女の絶望の原点である父親によく似ていた。心のどこかでそのことを自覚していた鳴島は、戦うことでストレスを発散しながら、一方で父親に近づいて行く自分に嫌悪感を抱いていた。これが、絶望以外の精密な精神制御を必要とするクロスボーグの妨げとなっていた。
改善のきっかけは、那珂畑の声を利用したショック療法だった。荒療治ではあったが、名前を呼ばれることで、自分は父親ではなく自分なのだと、その時だけ確実に認識できた。性格が変わっても、自分が父親になるわけではない。どちらも同じ自分なのだと、自分に集中できた。那珂畑の声が、クロスボーグにわずかながら安定をもたらしたのである。
エンジンが大量発生していると通信を受けて、鳴島は自ら援軍を名乗り出た。ツクモは引きこもり、牧谷はその対応に手を焼いている。もうハリケーン戦のような無茶はできない。そして同時に、那珂畑に恩返しがしたい。その感謝の心が、激しい絶望を押しのけて鳴島をクロスボーグとして戦場へ導いた。
まるでヒーロー、まさにヒロイン。窮地に現れた鳴島は、ナノマシンの発光以上に輝いていた。
鳴島の登場によって、状況は明らかに好転した。自らの体に触角を刺すことによるフィジカル強化は、エンジンたちの攻撃を完全に上回り、鳴島はたったひとりで場を支配した。
一方でエンジンたちも彼女の実力を察したのか、少しずつ撤退のそぶりを見せ始める。これも誘導なのかもしれないが、那珂畑には流れに乗る以外の選択肢がなかった。
「通信が切れてるなら言わせてもらうけどよ、頼んだぜニコ。俺はリード本体を探す。こいつらは奴の能力でエンジンもどきに変えられてるんだ」
さりげなく呼ばれた名前に拒否反応を示すことなく、鳴島はしっかりと頷いて答えた。
そして那珂畑が走り出そうとしたその時、彼らはエンジンたちの首元から伸びるリードがかなり近くで集束していることに気づく。本体が先ほどより近づいている。と言うか、角度からして目視圏内に入るほどの距離だった。
が、リード本体を見つける前に、ふたりの動きは止められる。
「そこまでだ。止まれヒーロー!」
リードの先から聞こえる拡声機の声。その先を見ると、背の小さな男が、別の男に捉えられ包丁を突き付けられていた。わかりやすい人質の形。
そしてそのふたりが何者なのか、初対面の那珂畑たちにも気配ですぐに理解できた。捕まっている方が今回のメインターゲット、リード。そして捕まえている方はネガトロンでもゼツボーグでも、ましてやポジトロンでもない。ごく普通のステージ1感染者。リードが先頭に集中している隙をついて拘束したのだろうが、普通の人間がネガトロンを人質にとってヒーローを足止めしているこの状況が、何よりも謎だった。
「おい、そいつは重度の感染者だ。離して俺たちに任せな」
「わかってる!」
那珂畑の声を遮るように、男はさらに続けた。よく見ると、男は首元にピンマイクを着けて、腰にスピーカーをぶら下げている。あたかもこの状況を初めから予知していたかのような装備に、那珂畑は彼が誘導の主犯かと考えた。
「俺はモミジ会代表の野田。今からこのネガトロンを倒して、お前たちの邪魔をする!」
「何言ってんだ!」
なぜ野田が自ら名乗ったのか、なぜ関係のない一般人がネガトロンという名前を知っているのか。謎は深まるばかりだが、それよりも鳴島はこの状況が不利だと言わんばかりの苦い表情をした。
「まずいね……」
「どうした?」
すかさず那珂畑が聞く。
「本部を出る時、あわよくば敵の細胞サンプルを持ち帰るよう言われたんだ。でもあいつ自体に大した攻撃力がない以上、あの野田って人でも簡単に殺せちゃう。そうなったらサンプルは台無し、作戦は振り出しに戻るってわけ」
那珂畑が驚いて再び野田を見ると、まさにその通りと言わんばかりに得意げな顔で返された。
「なんか色々と知ってる風だけど、その辺の話、誰から聞いたの?」
考えるための時間稼ぎも含めて、今度は鳴島が問いかける。
ゼツボーグやネガリアンの情報は、政府による厳重な統制によって守られている。しかし、戦場に直接の目撃者がいる以上、どれほど内緒の約束をしても情報は漏れていく。結果、ネット世界にはヒーローの正体に関する憶測や政府の狙いなどが都市伝説のようにささやかれているのが現状である。
当然、野田もその情報を掴んでいるひとりだった。しかし彼は、それ以上に強力な情報源を有していた。
「虫を飼ってる友達がいてね」
羽虫ほど面倒な存在もそういない。
時は少し戻り、那珂畑からエンジン大量発生の知らせを受け、鳴島が本部を出た数分後のこと。宇宙開発局の中庭では、いつも通りに緊急出動用のハッチが閉じられようとしていた。
が、その隙間から入り込むようにひとりの人影が現れた。
直後、激しい轟音と鳴り響く非常ブザーの音。そしてほぼ同時に局の大部分が停電に襲われた。
「停電!?」
司令本部では数名の局員が立ち止まる中、やはり小堀と羽崎の対応は早かった。
「いや、それだけじゃない。外部からの攻撃と考えた方が早い。一般局員に避難指示を! 被害区画にはゼツボーグを出す!」
一瞬だけ浮ついた空気が、小堀のひと声で緊張を取り戻した。
「非常電源に切り替わります」
「被害区画のモニター、回復します」
局内の電気系統が自動診断によって被害部分を特定。すぐさまモニターに付近の監視カメラの映像が表示された。
被害があったのは、やはり緊急出動ハッチ内。閉じる前に外部からの侵入を受けて、すでに地下には火の手が上がっていた。
自動診断によれば火災それ自体や崩落の心配はほぼないが、侵入した何者かの攻撃がこれだけで終わるとは考えにくい。羽崎は研究資料を隔離スペースに移動するよう指示し、その間に小堀は牧谷に緊急出動を命じた。
以前から本部がネガリアンに攻撃される可能性は視野に入れていたが、よりによってこのタイミングを狙ったように攻撃してくるとなれば話は別。十中八九志村が噛んでいると小堀は読んだ。
科学衛生局が襲撃され、水上が死亡したことは宇宙開発局も把握していた。そしてその前後における志村の単独行動。これらは、大人たちに利用され続けた志村の反逆行為と推定できる。ただ、彼のポジトロンはパイロットが強い悪意や害意を持つ場合、じゅうぶんに力を発揮できない。つまり、反逆行為にポジトロンを利用するのは難しい。よって、志村が今回のような激しい攻撃に出る可能性は低いと小堀は考えていた。
しかし、現実は予想通りには進まない。
『みんな早く避難した方がいいよ。ボクはこれからここを攻撃する!』
被害区画から無線で本部に届いたのは、ノイズ混じりの志村の声。こうなっては彼が何らかの新しい力を手に入れたと考えるしかない。これ幸いとポジトロンの攻略法は那珂畑が看破したし、水上によれば牧谷はSIMsを使った戦闘の経験がある。
緊急出動の知らせを受け、牧谷はツクモを置いて被害区画へと向かった。
牧谷には、まだ敵の正体がわからなかった。
彼が志村と初対面であるとか、そういう話ではない。彼は、なぜヒーローがヒーローと戦わなければならないのか、ヒーローがヒーローを説得しなければならないのか、理解できなかった。彼には、この戦いがどう進むべきかわからないのである。
ただ、彼にはひとつだけ心当たりがあった。
「母さんを、倒せますか?」
それは、彼がヒーローの素質を持つと知らされた時、ふいに発した言葉。しかし、確かな本心だった。この力で人を守るために戦いたいという気持ちも嘘ではない。しかし同時に、己の成したいことに力を使いたいという欲望もあった。前者と後者が一致した時、初めて人は本当のヒーローになるのだろう。一致しないから、ヒーローはすれ違うのだろう。
牧谷は走りながら、ひたすら考えた。自分が何のためにこの力を手に入れたのか。この力を使って何をするべきなのか。
答えは、きっと最初からあった。ノゾミと戦ったあの時、ハリケーンを止めたあの時、言葉にはしなかったが牧谷のヒーロー像がそこにはあった。ただ、それを意識して再現するのは簡単なことではない。
それでも牧谷は、正義について考えることをやめなかった。
牧谷が到着した時、緊急出動ハッチは天井の一部が崩落し、わずかに外の光が差し込んでいた。そして、その光を遮るように彼は立っていた。
「キミが、新しいヒーローか。ボクもちょっと前はそう呼ばれてたよ」
志村の姿は、話に聞くポジトロンによく似ていた。しかし、その色だけはまるで逆。全身を覆う装甲は漆のように黒く、体の各所にはピンク色の線が光っている。あの日アツギで見た白いヒーローを冒涜するような、黒い破壊者。そんな第一印象が、牧谷から冷静さを奪った。
「変身、ゼツボーグ!」
牧谷は即座にゼツボーグを発動。黒い針で崩れかかった天井の一部を突き刺し、強い遠心力を加えて志村へと投げ飛ばす。
正確に志村の首元を狙った投擲。しかし志村は一切避ける素振りを見せず、拳ほどの大きさのコンクリート塊がその顎を砕き散らした。
防御か反撃を想定していた牧谷は、その光景にこの上ない恐怖を感じた。志村の下顎がなくなり、口腔が露出している。逆光になってよく見えないが、血や肉片が床にへばりつく音はその様子を克明に知らせた。
そして次の瞬間、牧谷はさらに一段上の恐怖を知ることになる。下顎を失ったはずの志村の影が、ゆっくりと動き出し、何かを喋るような動きを見せたのだ。
「ひっ……」
牧谷は思わず両手で口を塞いだ。興奮していたとは言え、全力の攻撃で人を傷つけてしまった。自分の力と目の前の光景に、吐き気を抑えられなくなった。
「不死身じゃないさ」
次に聞こえたのは、確かに志村の声だった。牧谷が声の方を見ると、顎を砕かれたはずの志村が、まるで何もなかったかのように立って喋っている。失ったように見えた顎が、確かに再生しているように見えた。
「手足は切り離せば戻らない。折れた骨は簡単には繋がらない。キミたちが相手にしているのは、どこにでもいる普通の人間なんだよ。だからこれはボクの……」
志村は元通りになった顎を手で撫でながら、ひと呼吸置いた。
「ゼツボーグだ」
豆知識 エンジンとリードは、別に仲がいいというわけではない。




