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第五十九話 ゲームオーバー トレードゲーム・その三

 説明しよう。志村が単独行動を進めている間、水上は独自にSIMsのアップデートを続けていた。その結果として得られた新機能が、ナノマシンの流動性を利用した変形合体、SIMsジャイアントである。

 しかし、ジャイアントには決定的な弱点がふたつあった。片方は志村が看破した動力不足。そしてもう片方は、ジャイアントが人型であること。

 とある兵器製造会社の社長はこう言った。破壊のみを求める場合、人型では効率が悪い。それが人の形をしている場合、人への執着など特別な理由があるはずだと。

 人を捨ててまで勝利を求めた水上が、最後まで捨てなかった人への執着。それはただ一点、自分が利用した志村の暴走を止めるということにあったのかもしれない。


 SIMsジャイアントは、胴体を大きく破壊され、動きを止めた。しかし、亀裂から流れ落ちるのは機械的な破片ではなく、血液のような赤黒い液体だった。

「ふふ。これで終わりです」

 すべては自分の手の内、そう伝えるような水上の声。そしてその直後、ジャイアントの巨体が一斉に崩れ落ちた。

 SIMs22機分、鉄人22人分の重量が、一斉に志村に襲いかかる。正面戦闘では対処できた志村でも、津波のように覆いかぶさるナノマシンの大群から逃げることはできなかった。

 激しい轟音と振動、衝撃の中で、志村は意識を失った。


 気がつくと、志村は例の白い空間にいた。どうやら気絶したまま、夢を見ているらしい。志村はすぐに、そこがトレードのいる場所だと気がついた。

 トレードの姿は見当たらないし、そもそもあの夜以来、彼は一度も夢に現れなかった。しかし、あの夜の感覚。脳内にネガトロンが住み着いているという恐怖にも似た感覚が、志村の記憶を呼び起こした。

「ヤァ。随分と派手にやったね」

 声の方を振り向くと、そこにいたのは志村の記憶と一致しない姿のトレードだった。以前会った時はイヴをデフォルメしたような外見だったが、今回は志村自身を真似たような、デフォルメでもない見た目をしていた。口調はトレードらしい生意気さを感じさせるが、声も志村に似ている。

「トレード? その姿は……」

「アレ、まだ気づいてないのかい? オマエはもういないんだ」

 もういない。トレードがそう言った意味を理屈ではわかっていても、志村の理性が理解を拒んだ。

 もういないという発現、そしてトレードの姿が変わっているということは、志村は彼のルールを破って体を奪われたことになる。しかし意識はここにあるし、トレードの力で誰かを傷つけたような覚えもない。

「まあ、オマエもここまで頑張ったんだ。状況くらいは見せてやるよ」

 その言葉を最後に、志村は目を覚ます。だが体は仰向けのまま動かない。ナノマシンに埋もれているわけではないが、どうやら本当にトレードに体を奪われているらしい。

 それでも、目を開けたまま眠る人がいるように、眼球は脳からの指示で正確に動き、見える景色を志村に送る。

 志村のすぐ横にあったのは、水上の遺体だった。志村自身、信じられないことであったが、彼はそれがすぐに遺体である時がついた。腹に大きな穴が開いていることや、床の血だまりを見る前に、トレードが知らせたのだろうか。志村は自分が冷静にその光景を眺めていることに驚きながら、ひとつずつ状況を整理する。

 ジャイアントを攻撃した時、その傷口からは血が流れていた。それは、中にあったのが発電機ではなく水上だったから。彼はジャイアントが現れる際、建物のどこかに避難したのではなく、動力として中に隠れていたのだ。

 水上が自らの弱点、計画の欠点をどこまで理解していたか、それを知る術はもうない。だが少なくとも、彼は自らの命までも計画に組み込んでいた。志村とSIMsの決戦において、彼は初めて自らを戦場に投じた。

 ジャイアントが全力を発揮するには、内部に動力となる人間が乗り込むことが最も効果的である。しかし志村のいない科学衛生局に、それができる勇者はいなかった。ただひとり、開発者である水上を除いて。

『ソイツはよくやったよ』

 志村の脳内にトレードの声が響く

『自分が死ぬことまで想定して、最期にオマエを押しつぶしたんだ。ただ想定外だったのは、それでもオマエが死ななかったこと。これだけならオマエの勝ち。でもソイツはオレのことを知らなかった。オマエはソイツのことを知らなかった』

 そう、ジャイアントに隠れる水上を殺した時点で、志村はトレードのルールを破ったことになる。水上は命を賭した戦いに失敗しながらも、トレードによって結果的には成功を収めたのである。

『ソイツはオマエを止めた。オマエはソイツを止めた。でもどっちも死んだね』

 志村の体が、手足の末端から黒く変色していく。トレードの感染が本格的に始まったのだ。

『喧嘩両成敗だ! オレのひとり勝ちだ! アハハハハハハハハハ!!』

 トレードの甲高い笑い声。しかしそれは志村の脳内からではなく、彼の口から出た。もう動かないはずの声帯から、確かに声が出たのである。

 水上はトレードの存在を知らなかった。志村は水上の居場所を知らなかった。だがトレードだけが勝ったわけではない。

 トレードは、志村の絶望を知らなかった。

 志村はただひとり、ゼツボーグ以外のヒーローであるため、ゼツボーグの性質を別の視点からよく理解していた。だから、彼は自分の身に何が起こっているのかすぐに理解できた。

 ネガリアンは、憎悪や不満といった人間の負の感情を栄養とする。しかし、食べきれない絶望は抗体となり、ネガリアンを滅ぼす。

 これまでトレードに食わせていた志村の憎悪は、ついに自分が負けるという絶望となって、トレードの許容量を上回った。

「あははははははははは!!」

 自分の体を奪われる絶望の中にありながら、彼はその感情が増していくことに興奮していた。人はそれを狂気と呼ぶ。

 後に志村は、この時のことを「まるで抗がん剤治療だった」と振り返る。少しのミスから体内に住み着いた悪性の新生物。その増殖スピードは計り知れず、通常の免疫機能では抑えられない力で全身を蝕んでいった。だが、自分の体が他の何かに変わっていく感覚と同時に、さらに別の何かで塗りつぶす感覚もあった。それが、トレードには食い尽くせない量の絶望。理屈を理解しているからこそ、志村は感覚でこの塗りつぶしを全身に波及させることができた。

 こうして志村は、絶体絶命の体にあってまったく新しいゼツボーグとなった。


 少し時は経ち、宇宙開発局付近、那珂畑宅。

『差し切ってタワーオブブルー! 重賞を連覇し、次の大塚杯にますます期待です!』

 特に何か賭けているわけではないが、加山の影響か那珂畑はタワーオブブルーを中心に競馬をよく見るようになっていた。いつしか、その日の競馬や新聞の予想記事などが羽崎との共通の話題にもなっていた。

 朝、那珂畑は録画していた競馬番組の視聴をドアホンの呼び出しで止められる。

 ドアホンに添え付けられたカメラの映像を見ると、玄関前には鳴島がいた。スマホのメッセージ機能を使わないということは、何か個人的な用でもあるのだろうか。思い当たるところのない那珂畑は、ゆっくりと扉を開ける。

 鳴島の話は単純かつ意外だった。

「那、……逸、テレビの音量を下げてくだ、欲しいのだけど」

 まだこの喋り方に慣れないのか、要望を伝えるのがはばかられるのか、鳴島はたどたどしく言った。

 しかし、那珂畑の部屋にテレビはない。彼は先ほどまで自分のスマホで番組を見ていた。それも隣の鳴島の部屋まで響くような大音量ではなかったはずである。

「……わかった、気をつける」

 鳴島の聴覚が異常なほどに鋭いのは小堀から聞いていたが、その範囲が想定以上だったと那珂畑は驚かされた。あまり言えたことではないが、彼女はこういった集合住宅での生活に向いていないのではないだろうか。

 ともあれ、隣人に迷惑をかけているのならば、それは修正しなければならない。彼女との良好な関係を保つためにも、那珂畑はそれ以降部屋ではイヤホンで番組を視聴することにした。

 鳴島はその後、局でのミーティングがあるとだけ伝えて先に去っていった。

 ミーティングの内容は、主にふたつ。指定監視ネガトロンとツクモについてである。

 まず、指定監視ネガトロン。個体名はエンジン。あらゆる機械の駆動部に潜り込み、その性質を強化させる能力を持つ。逃げ足が速く、また討伐には物理的破壊力が求められることから、現在まで見逃されてきたネガトロンである。以前に那珂畑が戦ったネガテリウム・マンションの小規模版だと考えていいだろう。

 このエンジンが話題にあがった理由は、ここ数日、その活動範囲内に他のネガトロンと思わしき強力な反応が付きまとうようになったからである。基本的にネガトロンは、食料の取り合いを避けるために互いの縄張りに侵入しない。しかし、数日にわたってエンジンが他のネガトロンに接触しているとすれば、そのもう片方がエンジンと和解、あるいは洗脳、ともあれ他のネガリアンに影響を及ぼす例の成功作である可能性が高い。

 このことから、那珂畑にはエンジンの活動範囲であるサクラギ町へ偵察に行くことが命じられた。最悪、戦闘に近い状況になることは予想される。しかし、エンジンと那珂畑の相性からしてどちらかが再起不能になるような戦闘にはならないとの結論から、彼単独での先行調査となった。

 そしてもうひとつ、継続的な課題であるツクモの件である。牧谷が加入して以降、彼女は再び外部との接触を拒むようになってしまった。送ったメッセージに既読マークこそ付くものの返信はなく、依然として引きこもりの状態が続いている。

 ハリケーンとの戦いを通して彼女の自信を取り戻させるのが那珂畑の作戦だった。しかし、期せずして牧谷を戦いに巻き込んでしまったことが、彼女をさらに戦場から遠ざけた。

 もしもエンジンや新たな敵との戦闘になった場合。ツクモの存在が人類の勝利を決定づける鍵となる。この日の会議では結局革新的な案は出ず、宇宙開発局が戦力面で彼女に依存している状況は変わらなかった。

 ツクモとの連絡は牧谷に一任することとして、ゼツボーグとしての代理は鳴島が務めることが予定されている。まだ調整中だが、ハコネ山の一件で暴走したクロスボーグの実戦訓練は順調との報告だった。

 人類とネガリアンの戦い。その歴史に終止符が見えたような気がした小堀だったが、まだ少し回り道をする必要がありそうだ。そう感じざるを得ないのは、彼もまた非効率的な人類のひとりだからかもしれない。


 一方その頃、リーヴス特使は羽崎にハーディの遺体を渡すよう交渉を進めていた。交渉は困難を極めると予想していたリーヴスだったが、羽崎は簡単にそれを受け入れた。ただし、ひとつだけ提案を付けた。

「確か、君たちは科学衛生局から無害なネガトロンを連れ帰る予定だったね?」

 ノゾミの件である。牧谷が加入した際、宇宙開発局には彼女に関する一連の計画が伝えられていた。

「もしも、私たちの力でネガトロンを無力化できたなら、ノゾミの代わりにならないかな?」

 リーヴスは羽崎の提案にそこまで驚きはしなかったが、しばらく考えてからそれを受け入れた。

 米国本部との連絡を経て、宇宙開発局は半年という猶予を得た。その間に、攻撃力を奪ったネガリアンを捕獲し、ハーディの遺体と共にリーヴスに提供する。エンジンの一件とは別に、この捕獲計画も同時進行で展開されることとなった。

豆知識 トレードの元の感染者は、サークルクラッシャーだった。

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