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第五十八話 アタック! トレード日和 トレードゲーム・その二

 説明しよう。志村はネガトロン・トレードの能力によって強靭な肉体を手に入れた代わりに、その力で人間を攻撃してはいけないというルールを定められた。志村は人類の苦しまない敗北のため、この力を科学衛生局のSIMs破壊に使うと画策する。

 人類の勝利のために人類を切り捨てた科学衛生局、対して人類の敗北のために科学衛生局を攻撃する志村。果たして正義はどちらにあるのか。そして、勝利の女神はどちらに微笑むのか。今、勝負のゴングが鳴る!


 ……と、意気揚々に戦いの準備をしたはいいものの、志村は攻撃を仕掛けるタイミングに迷っていた。SIMsの強さについて、彼自身が誰よりも熟知しているからである。

 そもそもSIMsは、志村のポジトロンから得られた運動データをもとにプログラミングがされている。トレードの強化を受けたとは言え、ポジトロンもない志村が実質ポジトロン10機に無策で挑むのはいささか無謀と言える。

 そこで志村は、自身の訓練とトレードの力を把握することに時間を費やした。以前のようにネットカフェ生活を続けながら、モミジ会から得た情報をもとに付近のキャンプ場を利用して戦闘訓練。結果として、彼は純粋な肉体強化を受けたのみで、ポジトロンやゼツボーグのような特別な力を得たわけではないということがわかった。

 最初の夜以来、トレードの夢を見ることもなくなった。どうやら彼は本当にルールを破らない限り手を出す気はないらしい。

 結局、SIMsへの有効策は思いつかぬまま半月が過ぎた。そしてある日、志村は決断のきっかけを手に入れる。いや、正確には決断せざるを得ないニュースが飛び込んできた。

 シンジュク地区で、竜巻を起こすネガリアンがヒーローに倒された。

 志村には、この見出しとわずかな情報だけで、イヴがゼツボーグに敗北したのだと理解できた。彼女が主として使ってきた風の能力と、特殊部隊が追っていたという条件。アオヤマ地区での戦いで志村が強制離脱させられた後に何が起こったのかはわからないが、こうもはっきり報道されるということは、アオヤマでは生き残ったイヴが、あらためて倒されたということだろう。

 そしてこの時、SIMsへの対策などたてるまでもなく、志村の怒りが限界を迎えた。イヴ討伐にSIMsが関わっていたかどうかは関係ない。ただ、人類のために命を賭した稀有な彼女をここまで追い詰めたヒーローたちへの憎悪が、彼を突き動かした。

 志村は気づいていないが、仲間を奪われた際に発生する憎悪は、ネガリアンにとってかなり重要な栄養となる。特にこれまでネガリアンへの餌を持っていなかった志村の体は激しく変化し、トレードの強化につながった。そして無自覚ながら、それが志村自身の強化となり、科学衛生局に殴り込むには絶好のタイミングとなったのである。


 無計画な志村の攻撃は、実に単純。正面突破に始まった。T区域にある大型倉庫、かつて彼自身が拠点としていた場所の搬入口。そのシャッターを破り、単独へ中へと飛び込んだのである。

 が、志村の行動を誰も予測していなかったはずがない。むしろ彼をよく知る水上からすれば、この反逆行為はかえって想定内。ゆえに、倉庫内は罠のように反撃の準備が整えられていた。

 突入直後は誰もいなかった倉庫内に、四方八方の扉からSIMsが現れる。誰か指示役がいるのか、それらは低空に浮遊した状態で素早く志村を取り囲んだ。

 ここまでは水上の想定内。不確定要素があるとすれば、志村がいつこの行動を起こすかであった。ゆえに、科学衛生局はSIMsを拠点の防衛に集中させ、二度にわたる新ネガトロン討伐作戦に投入しなかった。

 そして現在、準備を重ねたSIMsは稼働可能数22機。志村から得たデータをさらに研究したことで、ある程度複雑な作戦も自動的に遂行できる段階まで成長していた。そのことを示すように、それぞれが違う動きで志村に飽和攻撃を仕掛ける。

 一方で志村は、それまでの訓練でコンクリート塊程度なら拳で壊せることを把握した。ナノマシンの集合体であるポジトロンやSIMsなら、防御態勢を固められない限りは簡単に粉砕できる。その想定通り、飽和攻撃の第一波で突撃した5機を、彼はいともたやすく薙ぎ払った。

 志村に殴られたSIMsは、殴られた範囲以上の大穴を開けられ、真下に落下する。そして続く第二派の7機を対処しようとした時、彼の拳が一瞬止まる。

 第一波が捌かれる間に、第二波は剣を構えていた。斬撃ではない、ポジトロン特有の固有振動の剣である。これがもし人間の固有振動に調整されているなら、剣に触れただけでその部分が崩れ落ちる。体で受け止めることは不可能として、攻め続けても剣で攻撃を防がれたら結果は同じ。志村はそのことをよく知っているがゆえに、反射的に一瞬動きを止めてしまった。

 そして、コンピューター制御で動くSIMsがこの隙を見逃すはずもなく、7機の双剣、計14本のうちのひとつが、正確に志村の右腕を捉えた。

 が、その剣は弾かれた。

 途中で何らかの衝突が起こったわけではない。振動する剣が別の固有振動に触れたための反発。明らかにそういう類の弾かれ方だった。

 この時志村は気づいていないが、彼の体は現在トレードによって強化されている。正確には外見を保ったまま、トレードの性質を借りたどっちつかずの状態。つまり現在の彼の固有振動は人間でもネガトロンのそれでもなく、両方が混じり合った特有のものとなっていた。ゆえに、特定のターゲットにしか効果を発揮しないSIMsの攻撃が通用しない状態になっていたのである。

 むろん、剣の振動をさらに重ねて加熱状態にすれば、固有振動に関係なく攻撃は通る。第二波の攻撃が失敗した場合を想定して、第三波の10機は加熱準備に入っていた。

 しかし、それも遅かった。状況把握を放棄した志村の猛攻はすでに第二波を突破し、加熱途中の第三波まで到達した。そしてまさに彼の拳が包囲網に穴を開けようとした、その時である。

 激しい勢いで振り上げられた拳が、止まった。今度は志村の意思によるものではない。後ろから肘のあたりを掴まれるような形で、腕ごと止められたのである。そしてその一瞬で、志村は同じように四肢を拘束され、再び包囲網の中心に引き戻された。

 自分の身に何が起こったのか、志村が理解したのはその後のことだった。最初の攻撃で破壊されたSIMsがさらに細かく分裂し、まるでスライムか水飴のような流体に変化。複数機が集まって巨大な拘束具のような形を成したのである。ナノマシンの特性を利用すれば不可能なことではないが、まさか自分の動きを封じるまでの力を持つとは。SIMsの総合力、対応力は志村の想定をはるかに上回っていた。

 三段撃ちかその応用か。SIMsの作戦は圧倒的だった。まず第一波が尖兵として突撃。すぐに突破されると、その場で行動不能になったふりをする。その隙に第二、第三波が振動と加熱を開始。加熱よりも短時間で準備の終わる振動を第二波として利用。さらに第三波の攻撃を確実なものとするべく、動けないふりをしていた第一波が第二波の攻撃中に志村の背後に回り、拘束の準備を整えていたのである。

 巧妙だったのは、この作戦においてSIMs全機が浮遊していたこと。低空を飛ぶことで相手の視線を上に集中させ、また落下したものは再起不能になったと錯覚させる。この作戦において重要なのは攻撃役である第二、第三波ではなく、丸腰で使い捨てられたように見せかける第一波だったのである。

 己の体ひとつ、一点突破のみを考えていた志村はこの作戦に対応できず、状況は一瞬でSIMsの有利に傾いた。

 だが、第三波の高熱剣攻撃を覚悟した志村に対し、SIMsは攻撃の手を止めた。代わりにそれらは志村の正面に道を開け、向こう側の人物と対面させるように整列した。

「どうやら、何か身につけて来たようですね」

「……まさかのご本人ねえ」

 戦いの間に現れたのか、その向こうにいたのは水上。その頭には、脳波を送信する輪のようなデバイスが取り付けられている。おそらくSIMsに指示を出したであろう張本人だった。そうでなくとも、今志村が最も会いたい、怒りをぶつけたい相手である。

「第一次討伐作戦の後にあなたの反応が消えたこと、そして対ヒト用の固有振動が通用しなかったこと。あなたがネガリアンに感染したことは確かですが、経緯が特殊なためか、何か特別な状態にあるようですね」

 SIMsの拘束力に相当の自信があるのか、水上はゆっくりと志村の眼前まで歩み寄る。実際、志村は四肢を拘束されたまま身動きひとつとることができない。

「あなたの状態についてあらためて知っておきたいところですが、おとなしくしていただけない以上、私はあなたを見限ることにしました」

 そこまで言うと、水上は踵を返してSIMsの後方へと下がっていく。

「……ただ、今のあなたにSIMsの通常攻撃が通用するか、私も少し不安でしてね。少しもったいない気もしますが、こちらも隠し玉を披露いたしましょう」

 そして水上が頭のデバイスを数回タップすると、再びSIMsが動き出した。しかし今度は、先ほどのような集団戦の陣形ではない。水上と志村の間に立ちふさがるように集まり、両腕から形が崩れていく。

 剣を持っていた17機が崩れ、先の拘束具と同じようにひと固まりになった。直後、志村を拘束していた第一波の5機も彼の元を離れ、集団に合流していく。

 何か、想像以上のことが起こる。直感でそう察した志村は、22機分のナノマシンが何か形を作る前に、真正面から殴りかかった。

 しかし、その拳はどこにも当たることなく空を切る。ナノマシンの塊が、拳を避けるように変形したのだ。このことに志村が驚いている間も変形は続き、今度は巨大な手が志村の上半身をがっしりと鷲掴みにして持ち上げた。

『SIMs22機分の合体モード、SIMsジャイアントです!』

 どこから発せられたのか、水上の声が倉庫内に響く。直後、志村の体が凄まじい遠心力で壁面に叩きつけられた。

 コンクリートの壁を割り、背中がめり込む。衝撃による頭痛と目まいの中で志村が見たものは、単純に言えば巨大なSIMs。高さは目測でも10メートル以上はある。

 おそらく、理屈は先の拘束具と同じ。SIMsをナノマシンの塊として分解し、細かく組み替えた姿。破壊された5機を使った拘束具だけでも驚愕に値するものだったが、22機をまとめてひとつにする発想、さらにそれを実現する技術の進歩には、志村も言葉を失った。

 そして同時に、志村は自分の行動が正しいものであったと確信もした。ポジトロンの振動剣は、ナノマシンの集合変形で作られる。つまり、あの巨人のようなSIMsも当然同じ力を持つ。これが外に解き放たれたら、対特区計画は凄まじい加速を遂げてしまうだろう。方法はまだわからないが、SIMsを破壊するという判断は正しかった。彼は頭を振って無理やり意識を正常に戻すと、叩きつけられた壁からゆっくりと床に降りる。

 ジャイアントはその巨体ゆえに一瞬だけ志村を圧倒したが、この時すでに水上は致命的なミスを犯していた。

 それは、ジャイアントがいまだSIMsであると紹介してしまったこと。SIMsである以上、どんなに形を変えてもその性質は同じ。そこに弱点がある。そもそもSIMsの元となった志村は、開発者である水上らよりもその性質に詳しい。SIMsジャイアントという名前を聞いた時点で、彼の脳裏にはその攻略法が浮かんでいた。

 SIMsの弱点、それは動力、すなわちバッテリーの少なさである。ナノマシンのひとつひとつを流動的に動かす以上、たとえそれが人型に固定されていても、関節部などに使われる動力は計り知れない。ポジトロンの場合はその動力源を中のパイロットに依存し、またコントロールもパイロットの脳波によるものなので、ナノマシン自体の消耗は少ない。しかし、内部に動力源を持たないSIMsは非常に燃費が悪く、作戦時には常に誰かが補給用のバッテリーを持参しなければならない。

 今回の場合、稼働可能22機すべてが戦闘に用いられ、またそのすべてが合体してジャイアントになった。となれば、ジャイアントの中で2機分程度のナノマシンが発電機の代わりを補っていなければ、その巨体は維持することさえ難しい。

 そして、人型という外見上、発電機の場所は容易に特定できる。すなわち胴体。手足などの末端部では、大型発電機を隠す場所がない上に、常識の裏をかいてそこに隠していたとしても致命的な弱点を晒すことになる。外部からの供給がない以上、内部電源は人間の臓器と同じように胴体に隠すことが理想的と言える。

 ジャイアントの弱点を看破した志村はすぐさまその足元に潜り込み、手の届きにくい下腹部から拳を突き上げた。

 巨大な腹部が大きくへこみ、またその奥の亀裂から中身が露出する。先ほどまでの戦闘でSIMsを破壊する感触を憶えていた志村は、攻撃が成功したと確信した。

 しかし、想定外の事態はその後に起こった。志村の頭上でうつむき気味に動きを止めたジャイアント。その腹部の亀裂から流れ出るように床に落ちたのは、赤黒い液体だった。発電機の破片や再起不能となったナノマシンではない。明らかに生物的な、具体的に言えば血液のようなものが流れ落ちていた。

「ふふ。これで終わりです」

 轟音の直前に聞こえたのは、力の抜けた水上の声だった。

豆知識 牧谷樹里央は、クラスメイトからはジュリと呼ばれている。知らない人からは女子だと思われている。

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