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第五十七話 親方、空からヒーローが! トレードゲーム・その一

 説明しよう。どんな分野にも破滅的、終末的な論があり、それを支持する人間も一定数存在する。そして、彼らはほとんどの場合においてその分野から除外される。良いことと正しいことが同一的に扱われることを基本とする人間社会に、悪いことを指し示す論者はいてはならないからである。

 だが、決して彼らの提唱する終末論が間違いばかりというわけでもない。あらゆる存在はあるがゆえにいつかは壊れ、滅びる。そういった意味では、終末論は最終的にはすべて正しいのかもしれない。問題は、その終末がいつどのようにして訪れるかという点にある。

 未来に正しさなどない。未来とは曖昧さである。明日にはすべてが終わっているかもしれないという可能性は、常に残されている。


 ネガリアンとは、本来協調的な寄生生物であった。しかし絶滅の危機に瀕し、地球で生きるため人間の性質を模倣する上で、その複雑な感情を学習した。結果、一部のネガリアンはネガトロンやネガテリウムといった独自の生存戦略を導き出した。しかし、彼らの存在が人類とネガリアン両者の調和を妨げている。人類に可及的速やかな変化が期待できない以上、私たちはネガリアンの統率者が現れるのを待つしかない。

 志村が持ち去ったイヴのノート、4年目の末尾に書かれていた内容である。


 イヴの討伐作戦中、志村は彼女の複合的な能力によってポジトロンを操作され、はるか遠くに飛ばされた。そしてしばらく飛行した後、志村はポジトロンの制御権を失い、落下する。場所は、トウキョウ都タマ地区R区域。とあるキャンプ場に隣接する水路に、彼は墜落した。

 ジャックの能力によって急速に感染が進んだ志村は、空中で意識を失う。しかし、ポジトロンのパイロット保護機能によって落下の衝撃は緩和され、また真冬の夜の水路という致命的な寒さの中でも生命は維持されていた。

 どうにか陸に上がって周囲を見回した時、志村は未知の感覚に襲われる。

 臭わない。

 ネガリアン騒動が始まってから、周囲の人々から妙な臭いや気配を感じるようになった。ポジトロンのパイロットになった際、それがネガリアン特有の悪臭であることを知った。だが、ほとんどの人にはその臭いがわからない。なぜなら、彼らは感染しているから。またゼツボーグに至ってはそれを克服しているから、自分と同じ臭いがわからないのである。

 例えば、納豆など臭いの強いものを食べた時の口臭は、本人よりも周囲の人間に強く影響する。これと同じように、ネガリアン騒動初期は謎の悪臭が問題視されていた。しかし、誰もが同じ臭いを持つようになったことで、誰もそのことに気づかなくなったのだ。

 その変化の流れにおそらくただひとり、志村だけが取り残されていた。パイロットに選ばれる前から、違和感は覚えていた。だが、それが自分の異常性によるものだとは気づかなかった。そして、そもそもヒーローという肩書自体が普通ではないのだが、ヒーローになった時、彼は自分が普通ではなかったのだと確信した。

 そして今、志村正規はようやく普通になった。

 プレート状にまとめられたナノマシンを胸に当ててもポジトロンが起動することはなく、彼はついにヒーローの肩書きを失った。

 しばらく水辺で立ち尽くした後、彼は自分が孤独であることに気づく。ヒーローになる直前、家族や親戚の多くを失った。科学衛生局に拾われてからは、ヒーローとしての交流しかしてこなかった。そしてイヴとも別れ、彼女が今どうなっているのかもわからない。

 もはやどこへ向かって歩けばいいのかもわからない志村に対し、意外にも世界は普通の人間に優しかった。


「いやあ、それにしても驚いたぜ。あの状況で生きてるなんてな」

 翌朝、山道を走るキャンピングカーの中。運転席で振り返ったのは、とある大学のキャンプサークル『モミジ会』のリーダー、野田という男だった。

 モミジ会は男女合計20人ほどのサークルだが、今回は志村が墜落した付近のキャンプ場に男子4人で泊まりに来ていたらしい。志村が陸に上がった時にはすでに消灯時間を過ぎていたが、激しい着水音に起こされたメンバーのひとりが彼を発見。ポジトロンに守られていたとは言え、全身ずぶ濡れの不審者を無視できるはずもなく、彼らは志村を一時的に預かることに決めた。

 そしてひと休みした後、モミジ会の車は帰りがてら志村を近くの町まで乗せていくことにしたのである。

「いやほんとに、ボクを拾ってわざわざ送ってくれるなんて。ありがとうございます」

「気にすんな。旅は道連れが俺たちのポリシーだからな」

 ミラー越しに後部座席の志村を見る野田に同調するように、他の面々も頷く。

 言わずもがな、彼らは志村がヒーローであったことを知らない。ポジトロンを起動できない以上、志村にも自分がヒーローだなどと名乗ることも難しい。だが、モミジ会と志村には奇妙な共通点があった。そのことを、野田は確認するように言う。

「どうせ終わるこの世界だ。最後まで楽しく健康的に過ごさないとな」

 冒頭に説明した終末論者。野田こそがそのひとりだったのである。彼だけではない、モミジ会はキャンプという共通の趣味でつながった終末論者の集まり。衝動的な行動こそしないものの、息をひそめながら残された自由を謳歌する集団。それがモミジ会の正体だった。

 集団意識とは恐ろしいものであり、野田たちは20人という同意者を抱えたことで、自分たちの考えが世間一般の共通認識であると思い込んでいる。それが誤解かどうか証明することはできないが、彼らは志村に何のためらいもなく自らの終末論を説いた。

 以前の志村であれば、到底受け入れられない異常者の集まりだと突き放したかもしれない。だが今となっては、頼るあてがないこと以上に、イヴの味方をした自分が彼らと同じだと、志村は感じたのである。

 モミジ会の言う終末とは、ネガリアンによって人間社会が崩壊すること。現に志村は無自覚ながらアツギ市の破壊に手を貸し、人類の敵であるイヴと手を組んでいる。ヒーローという立場でありながら、志村は社会をその終末に近づけている側の人間なのだ。一度でもその行為に手を染めた以上、もう後戻りはできない。ヒーローでなくなった自分が向かうべき終末を、志村はモミジ会と共に考えることに決めた。

 そして、志村の行き先はこの時すでに決まっていた。

 それは、彼がモミジ会に保護され、彼らのテントで眠りについた時のことである。


 志村は、夢を見ていた。

 いや、夢と呼ぶにはあまりにも現実的で鮮明な記憶なのだが、言葉で説明するには夢としか言いようのない出来事なので、夢ということにしておこう。

 夢の中で志村は、広大な白い空間の中にいた。壁も天井も見当たらない、どこまでも続くような真っ白の空間を、彼は彷徨っていた。

「ヤァ。無事みたいだね」

 聞き覚えのある声に志村が振り向くと、その先にはイヴがいた。

 正確に言えば、イヴの姿をした何かである。声や外見的特徴は彼女と一致しているのだが、その姿は3等身程度にデフォルメされた着ぐるみのようになっており、口元から覗かせる歯は、漫画の悪役のようにぎざぎざと嚙み合っていた。そして何より、小さい。志村の身長と比較すれば、その身長は1メートルに届かないくらいだろうか。結論を言うと、イヴをそのままマスコットキャラにしたような姿がそこにあった。

 無限に感じられる白い空間とその姿を見て、志村はこれが夢の中の出来事であると確信した。その上で、彼は声を返す。

「イヴ……なのか? キミは、その……」

「違うよ」

 食い気味の即答に、志村は言葉を失った。彼はイヴの能力で感染したのだから、例えば悪夢のような形で彼女と再会できると一瞬だけ期待したが、どうやらそう都合のいい流れではないらしい。

「そうか、オマエにはオレがそんな風に見えるのか」

 イヴのような何かは、明らかにイヴが使わない言葉で話した。この時点で、志村はそれがイヴ本人ではないことに気づく。

「オレはトレード。ネガトロンだ。説明すると長くなるけど、説明したいからオマエはそこに座ってな」

 言われた通りに、いや、志村は気がつくとその場に座り込んでいた。まるでトレードと名乗るそれに意識を支配されているような感覚がした。

 トレードの話によると、ことの成り行きはこうである。

 まず、イヴが志村に使用したジャックの能力。その正体は自分の感染細胞を相手に直接注入することで強制的に感染させるというもの。本来であれば、この能力で感染した者は、感染が進んだとしてもジャックと同じ状態になるはずだった。

 しかし、志村に注入されたのは、無数の可能性を持つイヴの細胞。イヴはこの能力で自分の可能性が他者の手に渡ることを知らなかった。こうして、彼女が抱えていたトレードの感染細胞が志村に引き継がれたのである。

 トレードはイヴの中にいる間は未成熟だったが、彼女の研究によってその能力を解明され、志村の体内で開花した。つまり、トレードはイヴと志村の脳内を経由してようやく成熟した存在。ゆえに、志村からはその姿がイヴの特徴を引き継いだように見えるのである。

 そして、肝心なトレードの能力。彼は自身をネガトロンと名乗ったが、まだ志村が死亡してトレードになり替わったわけではない。彼の能力は、その過程にこそある。

 まず、トレードは自身の細胞を感染者に貸し付ける。そして何らかのルールを一方的に決め、それを破った瞬間、感染者の全身を奪って新たなネガトロンになるというものである。

「で、オレはイヴの気持ちを汲んで、こうルールを設定した」

 トレードが志村に課したルール。それは、強靭な肉体を貸し付ける代わりに、その力で人間を攻撃してはいけない。というもの。どこかで人間とネガリアンの共存を模索していたイヴの願いに応えるような形だと、彼は言った。

 そして、モミジ会と出合うことで、志村は力の使い道を決めた。

 目的地は、ユウラク町T区域、科学衛生局。手に入れた力をもって、すべてのSIMsを破壊する。SIMsを用いた対特区計画は、確かに人類の勝利に貢献しているかもしれない。しかし、それはモミジ会の望む健康的な終末とは真逆のものである。

 例えば、一定数の老人が「ころっと死にたい」と言う。死ぬことは決定しているのだから、せめて苦しまずに一瞬で死にたいというのが彼らの望みである。

 ならば、人類全体がころっと死ねるように、混乱の原因になるものをなくそう。都合のいいことに、SIMsは人間ではない。いくら攻撃しても、トレードのルールに抵触することはない。


 志村は普通の人間になったが、結局最後まで普通にはなれなかった。人生に役割や運命が決められているのなら、彼は相当振り回される役にあるらしい。

 他者の手の上で踊らされながら、その他者の力に自分の意思を上乗せして使う。複雑な人間社会で誰もが当たり前に行っているそれが、たったひとりの力で人間社会を瞬間的な破滅に導こうとしていた。

 こうして、志村は一夜にしてヒーローから人類の敵に変貌したのである。

 ちなみに、終末論者サークル『モミジ会』の出番は今回で終わらないことを先にことわっておこう。

豆知識 エマ・ハーディは、無類のアクション映画好きだった。

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