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第五十五話 リアルタイム・アタック 最悪の再会・その二

 説明しよう。ネガトロン・ハリケーンとは、小堀が隠していたネガトロン・イヴが自らの能力で変化した姿である。使われている能力は、分裂と気圧操作。これによりハリケーンは自身を細かく分裂させ、気圧操作で発生させた竜巻の中にばら撒いたのである。

 これに対し、宇宙開発局の勝算はただひとつ。ツクモのレーザー糸を風に乗せる広範囲攻撃である。しかしこれも半ば賭け。現在ツクモは那珂畑の計画によって、非常に不安定な状態で単独行動に出た。そうでなくとも、彼女のレーザー糸がハリケーンにどこまで通用するか、想定が難しい。おそらくは竜巻に強い上昇気流をもたらし、上空に浮いた破片は焼き切れるだろう。その後、地表近くに残った部分を彼女が計画的に対処できるか。

 この一か八かの作戦とも言い難い作戦に、多くのアツギ市民の命がかかっている。


 シンジュク地区U区域。ツクモがハリケーンに接触したのは、那珂畑の到着よりも少し前の出来事だった。

 晴れ渡り空気の澄んだ冬の空、そこにひとつだけ異様な竜巻があれば、遠くからでもそれがネガトロンだと推測できる。何より、竜巻に近づくほどネガリアン特有の気配とゼツボーグの反応が増していくことが、ツクモの進行方向に間違いがないことを示していた。

 そして、ツクモが緊急走行する護送車よりも早くその場所にたどり着いたことにも、彼女ならではの理由がある。

 ハコネ山での戦いの前、ツクモは羽崎や鳴島と共にレーザー糸の威力や方向をコントロールする訓練をしていた。その中で彼女は、攻撃や防御とは別の使い道に気づく。

 ほんの一瞬、一か所に集中してレーザー糸を放出することで、その部位から爆発的な熱を放つ。これを足裏から放つことで、高い跳躍力を身につけたのである。しかし、それだけではアスリートの走り幅跳び程度。一般人にしてはすごいという領域である。そこで彼女は今回初めて、この技術をさらに高出力で応用した。足裏からの放出で、膝のあたりまで焼き消すほどのレーザー糸を放ったのである。レーザー糸そのものの物量と圧倒的な熱により、ツクモの立っていた場所には大きな穴が開いた。対してツクモの体はロケット花火のような勢いで跳躍。両足を膝下まで失った状態で宙に浮いた。

 【ファールアウト・ブロウ】。ツクモ自ら名付けたこの技は、連続技である。空中に高く跳んだ分、落下までの間に足を再生できる。これを斜め上方向に繰り返すことで、彼女の体は段階的に加速。緊急車両を追い越すスピードで、疑似的な飛行をも可能にした。

 以前、ロマン砲で何度も両腕を焼き消したことで、末端が焼ける感覚と、それに比例するレーザー糸の量、そして再生速度を感覚で把握することができた。もし彼女が膝下ではなく、例えば下半身を丸ごと吹き飛ばすような爆発で飛翔すれば、更なる加速がかのうかもしれない。しかしそこまでしてしまうと、激しい苦痛により再生に支障をきたしかねない。そのため、加速と再生を程よく両立できるのが膝下までの爆発。ツクモの行動は、彼女自身も驚くほどに計画的だった。しかし、客観的に言えば自然なことなのかもしれない。

 なぜなら、ツクモは戦いを拒否する前に、すでにゼツボーグの基礎的な部分をほとんど習得していた。そして引きこもる間、彼女はかつて失敗した自殺のことを考えていた。もし次に焼身自殺するとしたら、どれほどのレーザー糸が必要だろうか。恐れるほど、独りよがりに考え込むほど、彼女の思考は激しく動いた。その結果、副産物のような形で自殺や後遺症にならない出力を導き出したのである。

 むろん、実際にこの技を使うのは今回が初めてなのだが、連続技ということもあり、回数を重ねるごとにその精度は増していき、竜巻の風を感じる範囲に入る頃には、全身を完璧に再生させた状態で着地できた。

「……乗ってやるよ、ナルシマ」

 竜巻のふもとで、ツクモは次の技の準備に入る。

 目の前の激しい風と、その中に撒き散らされたハリケーン本体。鳴島があれほど言葉を尽くして戦場に引きずり出したことからも、ツクモは次に自分のするべき行動を簡単に導き出せた。

 自分にしかできないことを、すればいい。

 そしてその行動は、鳴島や那珂畑が作戦に組み込んでいた通りだった。なぜなら、彼らの知る「ツクモにしかできないこと」など限られている。その中でこの状況に見合ったものと言えば、ひとつしかない。

 ロマン砲の際に使った毛糸玉。レーザー糸を手元で丸めるように集中させ、一定以上の熱が蓄積されたところでそれを一気に解き放つ。前回もそうだったが、ターゲットが人間の姿をしていないことが幸いして、ツクモが精神面での操作ミスを起こすことはなかった。

 そして今回の発動を機に、ツクモはこの技にも名前を付けた。

 【ハンドメイド・ノヴァ】。小さな星が爆発するような熱の膨張は、竜巻の進路を少し押し曲げながら、風の中に巻き込まれていった。


 那珂畑が護送車を降りて連絡要員の任務に入ったのは、ツクモの【ハンドメイド・ノヴァ】が竜巻の上半分を消し去るのとほぼ同時であった。

 しかし、竜巻は想定していた状態よりも大部分が形を保ったまま。むしろレーザー糸の熱による上昇気流で破壊された上側も瞬く間に回復していた。

 風が止んでいないということは、ハリケーン本体をじゅうぶんに破壊できなかったということ。那珂畑は期待の眼差しで竜巻のふもとを見るが、そこには両腕を肩のあたりまで焼き消したツクモの姿があった。首元を異様な汗で濡らし肩で息をする彼女の後ろ姿は、この一瞬で全力を尽くしたことと、それによる消耗、同規模あるいはそれ以上の追撃が不可能であることを表していた。

『那珂畑君、作戦はどうなった? ツクモ君は無事なのか!?』

 護送車を降りたところで立ち尽くす那珂畑をよそに、無線からは小堀の声、同時に護送車の中から複数のドローンが竜巻に向かっていく。今の距離では目視でツクモの様子が見えるが、ドローンの映像では判断がつかないらしい。

 那珂畑は耳に着けたインカムにそっと指を当て、力のない声で現状を伝えた。

「……ツクモは、おそらく全力攻撃で両腕を焼失。しかし竜巻は健在。ツクモの消耗具合を見るに、追撃は不可能と判断。作戦は……失敗です」

 各員の許可のもととは言え、鳴島に無理な役を演じさせ、ツクモをここまで引きずり出し、わずかな可能性に小堀らを巻き込んだ。那珂畑は自責の念で半ば茫然。たいして考えもせず、その足だけがゆっくりと竜巻の方に進んでいた。

 例えば那珂畑の自動防御をもって竜巻に突撃すれば、外縁部から削るように竜巻の低空部分を消せるかもしれない。だが、彼の最大の弱点である面の攻撃、言わばその極致が風である。ツクモのような後半以降撃や、鳴島のような運動能力を持たない那珂畑では、竜巻に突っ込んだところでその風に煽られ、無力に吹き飛ばされるのが関の山である。

 つまり、この時点で那珂畑は思考を放棄していた。ハリケーンに対して最も不利な自分が連絡要員に徹したことを忘れ、彼はゼツボーグの反応に導かれるまま、竜巻へと近づいて行った。

 この時彼は気づいていなかったが、竜巻の中には道中で巻き込んだであろう砂塵や瓦礫が大量に舞い上がっていた。そしてそれらに、ツクモの攻撃による焼き痕が付いている。ジュニアの波動砲と同じ、他の障害物を巻き込むことで、ゼツボーグの攻撃から身を守っている。考えてみれば竜巻の中がどうなっているかなど簡単に思い至るし、ツクモもその上で攻撃を実行したが、那珂畑だけがそのごく自然な現象に気づけなかった。彼が立案した今回の作戦、その最大の欠点がまさにこの点にある。彼は一度イヴとの戦いを経験したこととツクモを利用することに目を奪われ、かつての教訓から目を逸らしていた。あの時、加山がどのようにして敗北したか。その末に彼がどのような結末を迎えたか。那珂畑は無意識にそのことを無視していた。あるいは、心のどこかで気づいておきながら、今度はなんとかなると思い込んでいたのかもしれない。

 そして、那珂畑の甘い読みがこの結果となって彼自身に襲いかかる。

 新たな熱風と同時に、ツクモの声が無線越しに届いた。

 自暴自棄で飛び出した彼女がなぜこの期に及んで無線などを使うのか、この時は誰にもわからない。しかし、もしそこに明確な理由があるとしたら、それはきっとこの時のためだったのだろう。

 全体通信で伝えられたツクモの言葉は、この上なく簡潔だった。

『あたし、ちゃんと頑張ったよね。もう、いいよね……?』

 この直後、ツクモからの無線が切断される。その理由は彼女の様子をはっきりと目視できる那珂畑だけが気づくことができた。

 ツクモが、燃えていた。

 まだ全身を再起不能なほどに焼いているわけではない。しかしその体はレーザー糸から発生した炎に包まれ、装着していたインカムはとうに焼き壊されていた。

 ハリケーンへの追撃。それも今度は取り返しのつかないほどの自損をいとわない威力。おそらくツクモはあの無線の時点で覚悟を決めていたのだろう。この場で命を落としてでも、ハリケーンを止めると。

 強大なネガトロンを倒すのに、払う代償はヒーローひとりの命。人類の危機に比べれば賞賛すべき大勝利だが、それは那珂畑にとって最悪の結末だった。

「やめろよ……」

 ふたりの距離と激しい熱風に阻まれる小声。しかし、那珂畑はその言葉が口をついて出るのを止められなかった。

「もう、たくさんなんだよ……」

 これまで、果たして何人が自分の自殺に付き合って身を滅ぼしただろうか。

 たったひとり、取るに足らないごく普通の友人の自殺から始まった物語。その中で、この国に起こっている真実を知った。

 最初に死んだのは、加山だった。彼に限っては妥当な寿命とも言えるが、それでも彼は那珂畑の目の前で力を使い果たし、消えた。那珂畑を自身の夢に近いヒーローの世界に引き入れ、そしてヒーローの生き方を教えた男が、最初に消えた。

 その加山を殺した沙紗も、自らの矛盾に決着をつけるため、那珂畑を利用して自殺した。ジュニアの飢餓的暴走から始まった戦いだったが、沙紗はきっと自分が死ぬことを計算の内に入れていたのだろう。そうでなければ、彼女が最期にあれほど嬉しそうな顔で那珂畑に抱きついた理由が説明できない。

 結局は互いに利用しあう関係だったが、そこにふたりの好意が含まれていたのも事実である。ゆえに、たとえ相手がネガトロンでも、失う悲しみ、残された寂しさは確かにあった。

 今目の前にいるハリケーン、イヴも、小堀とそのような関係にあった。正面衝突とどちらかの死を計算に入れながら、それでもうまく仲良くやっていたのだ。

 そして今、ハリケーンと共にツクモが消えようとしている。初めてできたゼツボーグの後輩。自分の教え子となるべき人物。そして一度救えなかった命。それらに対して、那珂畑はまだ何も為せていない。ツクモにしたことと言えば、名前を付けたことと、ゼツボーグの残酷さを刻み付けたくらい。かつて加山が先輩として示したものを、那珂畑は何ひとつとして伝えられてはいなかった。

 そう、まだ途中なのである。彼はいつも、途中で失ってきた。友人を、先輩を、恋人を。そして今度は、後輩をも途中で失うというのだろうか。そうしてまた自分だけが生き残ろうというのだろうか。

 それだけは、もう絶対にしたくない。たとえそれがツクモにとって望まぬ生存であっても、那珂畑は失いたくなかった。せめて生き続ける苦しみを、共に分かち合いたかった。だから、あの時橋の上で届かなかった【スーサイド・バイスタンダー】の手を、より早く、より遠くへと伸ばした。


 地球には多くの生き物がいるが、自殺をするのは人間だけという常識がある。だが、何らかの目的のために死を選ぶのは、本当に人間だけだろうか。

 森が広く大きく育つまでには、小さな芽や枝が若いうちに枯れ落ちていく。オオカミの群れは、役目を失った仲間を見捨て、またその仲間は見捨てられることに抵抗を示さないまま孤独に死んでいく。

 結局のところ、多くを生かすための自殺は人間に限った話ではなく、世界にありふれている。自殺者は生きる辛さや誰かへの恨みを叫ぶが、そういった暗い人間が減ることは、少なからず社会やリソースの維持に対する貢献となっている。

 なれば、命をかけた戦いで自らの命を差し出す選択は、それらありふれた自殺よりも自然なことではないだろうか。もちろん、感情を持つ人間の何人かはそれに拒否反応を示すだろう。だが、不特定多数と自分の命を天秤にかけた時、不特定多数の方に傾けられる人間を人は勇者と、ヒーローと呼ぶ。

 そもそもヒーローは常に命がけ。一般人以上に意味ある死を求められる存在である。対して那珂畑は自分しか見ていなかった。もう誰も失いたくないなどとのたまう程度には、ヒーローとして未熟だった。

 だが時に、そんな子供のような自己中心的思考が世界を救うこともある。

「【スパイダー・ストレングス】!」

 聞き覚えのない叫び声と同時に、無数の瓦礫が竜巻に吸い込まれた。

 突然風向きが変わったわけではない。いや、戦いの風向きは変わったと言うべきだろうか。集まった瓦礫はいずれも大きなトタン板や鉄板など範囲の広いものであり、それらは竜巻全体を覆い、そして風邪を抑えるように小さく固まった。

 那珂畑にもツクモにも、何が起こったのかはわからない。だが、少なくともこの一瞬で竜巻は収まった。そして瓦礫で作った小屋のような箱の中に、ハリケーンの本体が押し込められている。この機を逃す手はない。

「ツクモ今だ、焼き尽くせーっ!」

 インカムを焼き壊したツクモに、那珂畑は大声で伝えた。そして自らも【スーサイド・バイスタンダー】をツクモに向けた勢いそのまま、箱に突進させる。

 自身を燃やすことに夢中だったツクモは、一瞬反応に遅れた。しかし那珂畑が箱の一部に穴を開けたことで、そこから漏れだす風で意識を取り戻す。そして同時に、焼き尽くせと言われたことに気づいた。しかし、何を焼き尽くせばいいのかわからない。目の前に竜巻はなく、あるのは瓦礫の山。いつの間にか戦いは終わっていたのか。ツクモは一瞬そう考えたが、風に乗って飛んできたハリケーンの気配で、ようやく状況を把握した。

「うぅあああああああああっ!!」

 この大きさで、強風も閉じ込められているのなら、もう全身を燃やす必要もない。ツクモは先ほどよりもやや控えめな【ハンドメイド・ノヴァ】を、箱の穴に放り込んだ。


 箱が内側からはじけ飛ぶと同時に、那珂畑はゼツボーグを解除。【スーサイド・バイスタンダー】へのダメージを最小限に留めた。そして数秒の沈黙の後、ネガリアンの反応が感じられないことから、彼はようやくインカムに手を当てる。

「……反応消失。ネガトロン・ハリケーン、討伐完了と推測」

 イヴの討伐作戦の時のように、まだどこかに再生可能な量の破片が逃げのびていないとも言い切れない。しかし少なくとも、竜巻が避難施設に直撃するという最大の危機は免れた。

 ことが片付いたのを悟ってか、ツクモは全身の再生を完了させるとすぐにゼツボーグを解除した。攻撃と再生の両方を全力で繰り返したのだ。ハコネ山の時以上に疲労が溜まっていてもおかしくない。

 だが、この判断が、自殺したはずの戸倉麻耶乃の姿を晒したことが、彼女にとって最大の失敗だった。戦場では常に予想を超えた何かが起こり得る。それは決して敵とのやり取りの中に限った話ではない。家に帰るまでが遠足と言うように、敵を倒した後でも、油断は許されないのである。

 那珂畑がせめて介抱だけでもしようと、ツクモに駆け寄った。その時である。

「マヤ、姉ちゃん……?」

 箱のあった焼け跡、まだ立ち上る煙の向こうから、少年のような声がした。

 何気ないそのひと言。喜ばれるべき新たな展開が、ツクモを再び絶望の淵に叩き込むことを、まだ彼女以外の誰も知らない。

豆知識 羽崎京華は、宇宙開発局の動画チャンネルを勝手に開設して怒られたことがある。

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