表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/57

第五十三話 白いヒーローにあこがれて

 説明しよう。ゼツボーグ100号、牧谷樹里央。彼の能力は、全身から針状の合金を出し、それで刺した物を自由に操れるというものである。ゼツボーグとは本人の絶望を皮肉に反映するもの。何者にも縛られたくないという彼の願いが、他のすべてを縛り付ける針と糸として発現した。

 しかし、不定形ゆえの自由さ。彼はその力をすぐに自分のものとして理解し、あの日見た白いヒーローを、ポジトロンをその身に再現した。


 SIMsブラボーに同化し、科学衛生局からの脱走を試みるノゾミ。それに対し牧谷は、同じくSIMsチャーリーの破片をゼツボーグで集めることで。同等の戦力を示したかに見えた。

 だが、同じSIMsを使ったからと言ってそのすべてが同じ性能をしているわけではない。特にブラボーとチャーリーはそれぞれの役目において指揮系統を担っているため、主にプログラミングが大きく異なる。

 ブラボーは戦闘特化型。志村の命令を受けて、そこから状況にふさわしい陣形を他機に伝達する機能がある。当然、その陣形には自らも含まれ、攻防における主軸となる。ちなみに個体識別の腕章は黒。同様に戦闘向きのSIMsは腕章の色がモノクロで統一されている。

 一方でチャーリーは避難支援型。空間把握に長け、危険の排除よりも安全ルートの模索を得意とする。戦闘用装備自体はすべてのSIMsが同じものを持っているが、チャーリーの率いる部隊はそれらを先制攻撃に使うようプログラムされていない。戦闘においては防御一辺倒。背後に一般人がいることを前提として、彼らを守ることが最優先となっている。そしてこの部隊の腕章は暖色系で統一され、チャーリーはオレンジ色になっている。

 そもそもSIMs同士を戦わせるという発想がなかったのだが、この両者が衝突した場合、チャーリーは圧倒的に不利。その上ブラボーにはノゾミの力が上乗せされ、チャーリーはそれに一度破壊されている。牧谷が破片を集めたこととナノマシンの自動修復機能で形は復元したが、この時点で内臓電源を大きく消耗。ふたりはこの性能差を知る由もないが、先にブラボーを利用したノゾミが優位に立ったまま、ふたりのにらみ合いが続いた。

『監視システムが一部停止しました! そちらから状況は視認できますか!?』

 屋内のスピーカーから、水上の声が響く。おそらく彼らはSIMsに出動命令を出しただけで、ふたりがそれを利用していることまでは気づいていないのだろう。

「水上さん、僕です、牧谷です。SIMsの黒い方がノゾミに乗っ取られました」

『牧谷さん、その発信源……あなた、SIMsに乗っているのですか? それにノゾミも?』

 SIMsの無線通信を介したためか、水上から直接見ることはできなくとも牧谷がチャーリーに乗り込んでいることはこれで知れ渡った。だが、2機のSIMsがネガトロンとゼツボーグの能力で操られていることを説明する余裕はない。

「詳しいことは後から話します。とにかく、ノゾミは戦う気みたいです。僕はどうしたら……?」

 牧谷は判断を水上に委ねたが、何が返ってくるかは予想がついていた。おそらくは対抗戦。ただ彼は、それがノゾミを駆除する命令でないことを願って、水上に確認した。せめて捕獲命令であってくれと。

 ノゾミをブラボーに拘束したまま移送できれば、まだネガリアンの研究に貢献する余地がある。そして何より、自分の手でノゾミを殺したくない。幸せな生活はとうに瓦解した。いや、初めから時限付きだった。ならばせめて、別れの時くらいは穏やかであってほしい。だが、牧谷個人の願いなど、人類全体の脅威を前にすれば限りなく小さいもの。その脅威を知る水上は、ためらわず命令を下した。

『監視部屋の外側の壁に、緊急時用の用具庫があります。そこからケーブルの付いた警棒を取って、近くの電源につないでください。それで……』

 志村のようにナノマシンを自由に操れる者であれば、そうまでする必要はない。剣の振動を適切に加減し、ネガトロンを無力化できる。しかし、現状唯一の戦力である牧谷には、それとは別の、誰にでもできる対策を命じるしかない。

『振動警棒で、ノゾミを殺してください』

 これまで誰よりも人間としてノゾミと接してきた牧谷にこの命令を下すことは、さすがの水上にも少しだけためらう部分があった。だが、もはや他に選択肢はない。宇宙開発局に連絡してゼツボーグの出動を依頼したところで、彼らの到着までノゾミを足止めできる見込みもない。水上はただ、伝えなければならない唯一にして最悪の命令を伝えただけだった。

 以前、水上は宇宙開発局の局員から悪魔と罵倒された。もちろん、彼自身が悪魔のようなことをしている自覚はある。しかしそれでも、人間として何も思うところがないというわけではなかった。通信を切ったことでそれは誰にも聞こえなかったが、SIMsのぶつかり合う音が聞こえる中、彼は無力な拳で机を叩いた。


 牧谷は、振動警棒について事前に説明を受けていた。一般人がネガリアンに対抗しうる新たな武器であると。彼は命令通り2本の警棒を手に取り、壁面の電源にケーブルを繋げるが、再びノゾミと対峙したことで、起動スイッチを押そうとした指が止まった。

 警棒を起動し、ネガトロンに当てれば、相手はその部分から細胞を破壊され重傷を負う。普通の人間サイズであればほぼ即死レベルの範囲を破壊できる。まるで伝家の宝刀のようなその高性能さが、牧谷を思いとどまらせた。

 しかし、ノゾミに牧谷を思いやる感情は残っていなかった。彼女は何も言うことなく、ブラボーの機動力を活かした殴打を繰り出す。牧谷は起動していない警棒で防御したが、激しい連撃にその片方を手から落としてしまった。

「やめてよ母さん! こんなの母さんじゃないよ!」

 少し距離が開いたところで、牧谷が呼びかける。しかし、ノゾミからの返事はない。

 牧谷は万が一ノゾミがネガトロンとして目覚めた場合に起こりうる状況を、いくつか局員から聞いていた。現状はそのうちのひとつ、上書き。人間として育てていた自我を、ネガリアンの本能に上書きされる状態。この場合、人間の言葉で呼びかければ、部分的に元の人格を取り戻せる可能性がある。牧谷はその一点に賭けた。

 実際、ブラボーを乗っ取ってからのノゾミは、人間的ではない。何も言葉を発することなく、ただ外を目指して障害物を排除している。これはネガリアンの本能だけで動いている状態を表している。このままネガトロンとしての人格形成が始まる前に、元の人格に呼びかける。それが、ノゾミを殺さない唯一の希望だった。

 だが、感情を介さない本能だけの攻撃というのは、実に的確で素早い。行動選択というラグが極めて短いためである。さらに使っているSIMsの性能差も相まって、チャーリーの装甲は少しずつ剥がれ落ちていった。

 当然、牧谷も自分が時間と共に追い込まれていること、振動警棒を当てればノゾミの死をもってこの状況を解決できることは理解していた。彼の願う両者の平穏な生存が、もはや絶望的であることも。

 しかし、子供というのは自己中心的と言うかわがままな生き物である。生きてきた時間が短いから、見てきた世界が狭いから、自分の力が遠くまで及ぶと考えてしまう。それは、長い時間を生きて広い世界を見てきた大人にはない発想である。

 では、そんな子供が大人のように遠くまで及ぶ力を手に入れたらどうなるだろうか。

 牧谷はそのわがままな発想と柔軟な力で、状況を打破した。チャーリーの装甲に完全に穴が開いた瞬間、彼はその破片を動かしていたゼツボーグを一斉に解除。チャーリーを脱ぎ捨て、再び全身からゼツボーグの針を放出。今度はその先端をノゾミの入っているブラボーに向けた。

 普通のポジトロンやチャーリーのように、中に人間の体が入っているわけではない。今ノゾミの体は、ブラボーと同化している。しかし、そのブラボーをチャーリーのように破壊できれば、どこかからノゾミを引きずり出せるかもしれない。その可能性に賭けて、牧谷は針をブラボーの各所に突き刺し、それぞれを引きちぎるように外側へ動かした。

 ブラボーを刺した時に牧谷が覚えた感触は、チャーリーのそれとは違っていた。ゼツボーグがネガトロンに触れることで起こす消毒作用。じわじわとノゾミの体を侵食していくのを、牧谷は感じていた。

 同時にブラボーからは、金属の擦れ合うような高温が鳴り出した。おそらくゼツボーグの攻撃を受けたノゾミの悲鳴。それを聞いた牧谷は、自分の判断が間違っていないと確信し、さらに力を込める。

 ブラボーには電源が入っていないため、ポジトロン特有の水色の光がなかった。代わりに、その隙間を埋めるようにネガリアンのよどんだ色が流れている。それは牧谷に四肢を引っ張られることで大きな隙間となり、やがて全身をばらばらに分解するに至った。

「母さん!」

 同化していたものを引きちぎったのだから、ノゾミ自身にも相当のダメージが入ったはずである。おそらくは致命傷。それでも牧谷は、室内のどこかへと飛ばされたノゾミの中枢部に呼びかけた。ネガトロンはその能力を持って様々な姿に変形するが、基本的には元となった人間の姿をしている。この危機的状況でノゾミが他の物質と同化するためには、一度自分の破片を集めて人間の姿を再構築する必要がある。

 いや、もう彼女にはその余力もなかったのだろう。牧谷が辺りを見回す目を止めた先では、ノゾミが上半身だけの姿で転がっていた。

「母さん、もうやめて!」

 牧谷は何度も呼びかけたが、返事はない。ネガトロンの生存本能が激しくはたらいた結果、望月聡美の人格は完全に消されてしまったのだろう。ノゾミは胸のあたりからウイルスの死骸を垂れ流しながら、ブラボーの残骸に手を伸ばしていた。再び同化して、少しでも体の安定を目指すらしい。

 しかし、ノゾミの行く手を牧谷の針が阻んだ、針は彼女の目の前で床に突き刺さり、さらに周囲を取り囲むように次々と集まっていく。

 ゼツボーグに触れれば、ネガリアンは死ぬ。その関係を本能的に理解してか、ノゾミはそれ以上動こうとはしなかった。彼女は諦めたように腕を床に降ろす。

「母さん、そこにまだいるなら教えてよ」

 針の包囲を維持したまま、牧谷はノゾミの方へと歩み寄る。

「どうして、こんなことになったの?」

 まったく具体性のない質問。仮にノゾミが万全な状態だったとしても、すぐに答えることはできなかっただろう。しかし、牧谷が聞けることはそれしかなかった。あまりにも多く複雑な疑問を短く聞くには、その言葉しか思いつかなかった。

「……コっ、あ……」

 すでに発声器官にも甚大なダメージを負っていたノゾミは、呻き声のようなものを上げることしかできなかった。だが、牧谷にはそれでじゅうぶんだった。この質問に彼女が声を出して答えてくれたということは、まだそこにノゾミの人格が残っていたということ。ただの雑音という可能性もなくはないが、牧谷はそうと信じて疑わなかった。

 そして直後、破壊したブラボーの中からアンチネガリアンが流出。それがノゾミの傷口に触れたことで、彼女の体はついに限界を迎えた。


 貴重なサンプルの喪失。その責任を取るという名目で、牧谷とリーヴスはしばらく科学衛生局に軟禁されることとなった。実際にはノゾミを失った牧谷のメンタルケアという目的がある。

 ノゾミの死亡を確認した時、水上は牧谷をゼツボーグとして宇宙開発局に渡さず、一般人として家族と同じ避難所に移送することを提案した。この衝撃的な体験を受けて、牧谷が落涙態になる可能性があったからである。しかし、牧谷はこれを拒否。局内での静養の後、ゼツボーグとしての活動を始めると言った。

 そしてその時、牧谷は水上にこうも言った。

「あの白いヒーローも、こんな気持ちだったんですか?」

 白いヒーロー。牧谷はアツギで見たそれがポジトロンであることや、その中に志村がいることを知らない。ゆえに、水上は少しだけ答えに迷った。

「……私には、わかりません」

 しかし、大人として、ヒーローを巣立たせる者として確実に言えることはある。

「ただ、ネガトロンはこのように人の心に訴えかけます。ただ生き残るため、悪意なく私たちを貶めます。私たちの戦う敵は、時に限りなく人間に近い存在でもあります。それでもあなたがヒーローを志すなら、くれぐれもほだされないように」

 牧谷は、志村とシネマの戦いを詳しく見ていたわけではない。ただ空を飛ぶ白いヒーローを見て、彼が自分を解放したヒーローだと信じているに過ぎない。だから、牧谷は信じた。その白いヒーローが自分と同じ気持ちで、それでも多くの人を助けるために戦ったのだと。

 ポジトロンパイロット、志村正規。ゼツボーグ100号、牧谷樹里央。ただ一瞬のすれ違いから始まったふたりのヒーローの物語が再び交わるのは、まだ少し先のことである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ