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第四十八話 ポジトロンvsゼツボーグ アオヤマ包囲網・その二

 希望のヒーローは、立ち上がった。宿敵を守るために。

 絶望のヒーローは、踏み留まった。仲間を討つために。

 説明しよう。誰もが、自らの信じた正義に則り戦っている。その戦いに、悪役も悪意もない。命と希望、正義と絶望。それらはあらゆる場所に乱立し、そしていつしか衝突する。戦いの灯は、悪以外のすべてが擦れ合った火花から起こるものである。

 人々が助けを求める時、ヒーローは必ず現れる。ただし、それが正義と希望のヒーローとは限らない。


『ポジトロンの離反行動を確認! 対処班はただちに戦力を集中せよ!』

 志村が窓を突き破って那珂畑に激突するまでの一瞬で、特殊部隊の陣形が整えられた。4人の隊員が那珂畑を守るように周囲を囲み、振動警棒を構えている。その警棒はポジトロンの使う固有振動を、対ポジトロン用に再調整したもの。攻撃の際はナノマシンのみを破壊し、それ以外には通常の警棒として機能する。つまり、対処班の目的は志村の命ではなく、あくまでもポジトロンの無力化。

 だが、志村はそこまで穏便に済ませるつもりはないらしい。彼はジェット噴射による加速を落下の勢いに上乗せし、4人の警棒が振り下ろされるよりも早く、両手の剣を那珂畑に突き立てた。

 志村の攻撃は、両方とも正確に那珂畑の胸元を捉えた。しかし、彼は冷静ではなかった。那珂畑の鎧に、刺突や斬撃など、点や線の攻撃は効果がない。広範囲を叩く面の攻撃でなければ、本体に傷を与えることはできない。志村はそのことを頭で理解こそしていたが、彼の怒りが適切な判断を阻害した。

「イヴを見捨てるのか、宇宙開発局!」

「もう先輩って呼んでくれなくなったか。寂しいなあ!」

 短いやり取りの間も志村は剣を押し込み続けたが、全力でも効果がないことを悟ってか、周囲の隊員の頭上を通り抜けるように、宙返りで距離をとった。

「見た感じ、志村の狙いは俺です。ここは俺ひとりで止められます。特殊部隊はターゲットを最優先に!」

 作戦上、那珂畑には強力な指揮権が与えられている。彼の指示と志村の攻撃が通らなかったところを見て、対処班はアパートに強襲する部隊へと走り出した。

 イヴという名前が出たこと、そして志村の激しい怒り。おそらく彼はイヴと小堀の関係を知った上で、この暴挙に出ている。那珂畑はそう予想した。だとしたら、志村がイヴのノートを知らないはずがない。

「協力しろ志村。こっちも色々と思うところはあったけどな、もう特殊部隊は止められない。今は奴の持つ情報が最優先だ。それに、たぶんあいつらではイヴを殺せない」

「そんなこと知るか。ボクはキミたちを許さない。イヴにだって誰ひとり殺させるものか。ボクはボクの意思で戦うんだ!」

 那珂畑の説得が志村の冷静さを取り戻した結果、志村の攻撃はさらに激しさと正確さを増す。彼は斬撃ではなく、加熱した剣の腹を叩きつける攻撃に切り替えた。

「問答無用で沙紗を殺した奴が、よく言うぜ。ちょっと見ないうちにキャラ変したか?」

 面と熱、鎧の弱点を確実に突いてくる攻撃に、那珂畑はさすがに防戦一方となる。そこで彼は、言葉による挑発で志村を乱す作戦に切り替えた。攻撃そのものは時間と共に威力を増してくるが、志村の精神状態が乱れれば、ナノマシンへの信号伝達が阻害されポジトロン全体の性能が落ちる。

 しかし、志村の意思は那珂畑の挑発で揺らぐほど軽いものではなかった。

「キミこそ、ネガトロンに同情するタイプだと思ってたのに、ずいぶん酷いことをするようになったじゃないか!」

「悪いな、ちょっと状況が変わったんだ」

「だったらボクも変わるさ!」

 自分を信じる戦いに、疑いの余地などない。志村の怒りは彼の脳内に負の感情を増幅させることなく、純粋に彼本来の力を引き出しつつあった。

 斬撃から打撃へ切り替えたことによる攻撃速度の低下を、志村はジェット噴射の突進で距離を詰めることでカバーした。本来、至近距離での戦いは武器を使う志村よりも肉弾戦を得意とする那珂畑の方が有利となる。しかし、ここまで徹底的なインファイトでは、那珂畑も反撃の隙を見出せなくなっていた。

 その中でも、特殊部隊からの通信が那珂畑に届き続ける。

『討伐対象からの反撃が想定を上回っている! ゼツボーグに合流を求める!』

 隊員の必死さからくる声の大きさと距離の近さが災いして、その声は志村の耳にも入った。

「そうはさせない!」

 志村は剣の連打を一瞬止めると、少し距離の空いた那珂畑をアパートから離すように飛び蹴りで突き飛ばす。ポジトロンの脚力にジェット噴射の加速が上乗せされ、那珂畑の体は遠くの植え込みまで飛ばされた。

 アパートまでの距離はじゅうぶん稼いだ。志村は那珂畑に背を向け、特殊部隊への反撃に向かおうとする。そして彼は、その隙に植え込みの反対側から回り込む足音も見逃さなかった。

「やっぱりそう来るよね、キミはっ!」

 志村の死角を正確に狙った【スーサイド・バイスタンダー】の突進攻撃。しかし、死角から来るとわかっていれば、振り向く必要すらない。彼は真上に跳び上がることで、正確に攻撃を回避した。

 シネマとの戦いで、志村は那珂畑の戦い方を学んだ。中距離以上の武器を持たない那珂畑は、相手が射程距離の外にいる時【スーサイド・バイスタンダー】を繰り出す。そしてその攻撃に相手が対処する間に、本体が接近する。このパターンさえわかっていれば、無防備になった本体を叩くのは容易である。

 志村は跳び上がった位置から、那珂畑の姿が消えた植え込みに向かって急降下する。彼の予想通り、志村は無防備の状態で植え込みから飛び出し、鎧に戻ろうとしていた。狙うべきは、本体と鎧の間。両手の剣で両者を威嚇すれば、那珂畑は動けなくなる。

 そうでなくとも、本体を気絶させる程度に攻撃すれば、追撃される心配なく特殊部隊への反撃に向かえる。志村は左の剣を大きく右に振りかぶり、横薙ぎの構えに入った。

 立ち回りを読まれ行く手を塞がれた那珂畑は、とっさに素手で剣を受け止めようとする。しかし、生身ではポジトロンの攻撃を受けきれない。志村の剣は、那珂畑の胴体を守る右腕を完全にとらえた。

 そう、生身では受けきれない。しかし、ゼツボーグ98号の防御力なら、その限りではない。

「……さすがに痛いな」

 那珂畑の腕が、志村の剣を完全に止めた。しかし、その衝撃で彼の着けていた長手袋がはじけ飛ぶ。そして、手袋の中からは黒曜石のように変色した腕が露出した。

「なっ……!」

 衝撃と動揺で志村が止まった隙に、那珂畑は左手で剣を掴もうとする。しかし、さすがにスピードで志村に勝ることはできず、彼の後ろ跳びで回避された。

 志村は状況が理解できない様子で、周囲を再確認した。鎧はまだ那珂畑から離れている。ならば今の那珂畑は無防備のはず。ゼツボーグを部分的に分離して身代わりにするなど、そんな器用な能力ではなかったはずだと、立ち止まる志村の姿が素直に物語っていた。

「言ったろ、状況が変わったって」

 その隙に、那珂畑は鎧を自分の体に装着し直した。

 那珂畑の体は、その半分がゼツボーグに置き換えられた。それが彼の生成する固有の合金である限り、その防御力も鎧と同等のものになる。しかし、さすがに剣の直撃を受け止めるとなれば、その衝撃は生身の部分にまで届く。変身中ほど完璧な防御ではないが、少なくとも志村の猛攻に決定的な隙を作ることには成功した。

 だが、それだけでは初見殺しにしかならない。実際、那珂畑は志村への反撃を一度もできないまま、手の内を明かすことになった。そしてふたりの状況は振り出しに戻っている。いや、アパートから引き離された上に手の内を見せてしまった那珂畑の方が不利に傾いだと言うべきだろうか。志村は那珂畑の防御に驚きながらも、彼の腕に変色していない部分があることを見逃さなかった。次はそこに攻撃を当てれば、先ほどのようにはならない。

 ゼツボーグやポジトロンの戦いにおいて、激戦や接戦という状況はそう多くない。どちらもネガリアンに対して一方的な耐性を持つため、ネガトロンなど特殊な能力を持つ相手でなければ簡単に勝利できる。そのため、彼らにとって実戦を通しての成長という機会は非常に少なかった。しかし、幼い子供が大人より柔軟な学習能力を持つように、経験不足という現状こそが、この戦いで両者を大きく成長させることとなる。

 志村は序盤の弱連打から那珂畑への有効打へと素早く切り替え、彼の立ち回りや体の変化から瞬時に対策を導き出した。

 対して、那珂畑も目的から遠のいたが、この窮地においてひとつの発想に至った。

 初見殺しとは言え、二段構えの防御は通用した。ならば次は、二段構えの攻撃はどうだろうか。


 落涙態を安定して使えるようになってからというもの、那珂畑はひとり孤独にその使い方を考え続けた。もう加山のような実戦のプロもいない。彼が頼れるのは、過去のゼツボーグたちの戦闘記録だけだった。

 当初、那珂畑は落涙態の使用を控えるよう小堀に忠告を受けていた。そこに便乗する形で彼は、過去に似たような能力を持ったゼツボーグがいなかったか、落涙態を制御するために調べる許可を得た。

 那珂畑が検索のキーワードにしていたものは、分身。それも影分身のような幻ではなく、本体とは別の実体を持った何かを繰り出す能力。結果から言えば、那珂畑の望む情報は手に入らなかった。誰かと組むことで真価を発揮するゼツボーグは何人もいたが、それは両者に別々の能力があってのこと。那珂畑ひとりでできることではない。

 しかし、刻一刻と変化する戦場の中で、那珂畑は捨てた情報の中からひとつの答えを見つけ出す。

 ゼツボーグ72号。その能力は、自分の体に追加の手足を生やすというものである。ただし、一度に増やせるのは合計4本まで。さらに、新たに生やした手足からは追加して生やすことができないため、攻撃範囲は普通の人間とほぼ同じだった。

 彼は強敵との戦闘にこそ不向きだったが、軽症者の集団感染や崩壊した建物での救助活動など、細かいサポートで活躍を残している。そのため、戦闘面での活用法を探す那珂畑は彼にあまり注目していなかった。

 しかし、そんな72号にも、いざという時のための必殺技がひとつだけあった。その名も【ダブルショック・コンビネーション】。手足を使う攻撃の際、直撃と同時に追加の手や足を生やすことで、威力を増したり敵との距離を広げるというもの。元からある手足からなら追加できる、彼の性質を活かした必殺技である。

 那珂畑は自分の【スーサイド・バイスタンダー】を、分離したもうひとりの自分として数えていた。しかし、発動には必ず鎧を脱ぐという過程がある。その間、本体に触れている部分は液状に変化しつつ、他の部分は鎧としての性質を保っている。つまり、ゲームの座標バグのように、本体と鎧の位置を一部重複させたままずらすことは可能。この座標ずらしを攻撃に応用すれば、【ダブルショック・コンビネーション】を再現することができる。本体の延長として鎧を利用するため、連撃には適さないが、本体と鎧を別々に動かすという那珂畑の苦手項目はクリアしている。

 名付けるなら【スーサイド・ダブルショック】。那珂畑はまず、志村に接近するための踏み出しにそれを利用した。地面を蹴った足からさらに鎧をずらして、もう一度地面を蹴る。一瞬の内で二度の踏み込み。アスファルトの地面に浅い足跡を残すほどの力によって、那珂畑の体はかつてない勢いで加速。反撃の隙さえ見せず志村の懐に潜り込んだ。

 さらに、踏み出した勢いをそのままに、那珂畑は鎧を戻しつつ体を反転。後ろ回し蹴りの構えに入る。そして足が志村の腹に命中すると同時に、彼を押し出すように鎧をずらす。

 那珂畑の加速に対し、志村は反撃ではなく空中への回避を選択した。未知の攻撃への対応としては、正しい選択と言える。しかし、一瞬だけ判断が鈍ったことによりそれこそが悪手となった。中途半端に宙に浮いた体は地面の支えを失い、2回の蹴りをそのまま食らうことになった。【スーサイド・ダブルショック】による2倍の加速と、2倍の攻撃。合計4倍の威力は、彼をはるか後方、互いの射程範囲外まで容易に突き飛ばした。

 この時、那珂畑はまだ気づいていないが、この繊細な操作をぶっつけ本番で成功させたことには、特別な理由がある。もちろん、彼が普段の訓練によって技術を向上させたことも含まれるが、それ以上に彼は体の半分をゼツボーグに置き換えたことで、ゼツボーグとの親和性が格段に上がっていた。

 だが、とっさの判断による新必殺技と、想定以上の威力。それがある意味で那珂畑にとっての失敗だった。志村を突き放したということは、彼が飛ばされる先は元いた方向。つまりイヴの部屋。志村はさらなる隠し玉に驚きこそしたが、すぐにジェット噴射で姿勢を安定させ、自ら突き破った窓へと避難した。

 ここまで互いの状況が変わってしまえば、志村はさらなる不意打ちを防ぐため安全策をとるだろう。那珂畑の予想では、志村がとり得る最大の安全策は、イヴと共闘すること。そうなれば、ノートの回収は困難を極める。志村に持ち逃げさせる次善策も、彼の背後にイヴが残っていては不可能に等しい。

 那珂畑は志村とイヴの合流を防ぐため、再び【スーサイド・ダブルショック】での加速を試みた。しかし、全身を動かしつつ両足を交互にずらす操作はかなり難しい。結局、それが成功したのは最初の一歩だけ。その後はほぼ常人並のスピードでアパートへと走った。


 志村が窓から処置室に転がり込んだ時、玄関の方ではイヴが壁にもたれたまま戦っていた。特殊部隊の波状攻撃に対処することに必死で、頭部の再生が間に合っていない。しかし、人間を殺したくないという彼女の意思は残っていたのか、最初の3人以外は気絶させているようだった。

 イヴは処置室に飛び込む音に驚いて振り向いたが、それが志村だと気づいた時、彼女は息を切らしながら声をかける。

「志村、君……」

「イヴ!」

 志村は倒れ込むような姿勢のままイヴに近づこうとするが、ポジトロンのジェット噴射が思うように機能しない。先ほどの那珂畑の攻撃で、腹部を中心に広範囲のナノマシンが損傷していた。

 一方で、イヴは防戦一方ではあるものの、追加の攻撃は受けていない様子だった。彼女は玄関の方に手をかざし続け、その先で何人もの隊員が動きを止めている。

 志村はポジトロンの損傷部分から内側に手を突っ込み、上着にしまったノートを取り出す。今のうちに少しでも情報を見ておこうという目的を、イヴもすぐに理解した。

「2年目の、24ページあたり。気圧操作のネガトロンよ」

 言われた通り、志村はノートの2冊目を開く。

 ネガトロン・仮個体名エアー。その能力は気圧操作。自分を中心に半径5メートル程度の範囲内だけ、自由に気圧を操作できる。ノートには見開き全体を使って、能力の及ぶ範囲や想定される応用法などが書かれていた。

 志村はエアーのページを見つけた時、イヴがその能力をかなり重要視していたことに気づく。それは、他のページよりも圧倒的に書き込み量が多いからである。空気というほぼ無限の存在を攻防に利用できる能力。危険性という意味でも、彼女がそれを見逃さないことに異論の入る余地はなかった。

 そして、志村がイヴと対峙してから経験した現象のほとんどが、この気圧操作によるもの。防御面では、対象周辺の気圧を上げることで空気の壁を作り、対象の動きを封じる。志村が最初に動けなくなったり、今多くの隊員が阻まれているのが、この利用法である。攻撃面では、対象の内側や至近距離の気圧を急上昇させることで、その部分に小さな爆発を起こすことができる。最初に突入した3人の隊員は、これを頭部に受けてほぼ即死となった。

 5年間の累積があるにもかかわらず、イヴはこの能力ひとつで戦場を支配している。もしも彼女が敵意をもってこの能力を振り回し、さらに他の能力と掛け合わせでもしたら、それはどれほどの脅威になるだろうか。志村はあらためて、彼女の力に底知れない恐怖を感じた。

 その時、イヴは志村に起こりつつある新たな異変に気づく。

「もしかしてだけど、君、感染した……?」

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