第四十一話 サファー・フロム・サルファー! クロスボーグ・その六
ツクモは、心のどこかで羽崎に憧れていた。まだ出会ってからそう時間も経っていないが、彼女の身の上話を聞く前から、ツクモは何となくそう思っていた。
自分と似た方向の性格でありながら、感情を隠すことなく堂々としたその姿は、短いやり取りの中でツクモにとって理想の人物像となっていた。
だから、羽崎のことをもっと知りたい。温泉旅行の話が出る前、特に考えもせずツクモが聞いたことにはそういった理由もあったのだと、ツクモ自身、後から考えてそう思った。
そして、羽崎が小堀を支えるために副指令になったと聞いて、いつか本で読んだ、守るものがある人は強いという話を思い出す。しかし、命を捨てて名前も変えて、さらには故郷も失った今、彼女はもう守るものがないと思っていた。
だが、失ってから気づくこともある。それが発展途上の子供ならなおさら、喪失を重ねることで多くを学んでいく。仮に、失うものが取り返しのつかないものだったとしても。
ポジトロンには、機能維持とパイロット保護のために様々な機能が内蔵されている。基本的には外傷に対する処置が主だが、例えば内出血や骨折など、体内で発生した異常に対しても、有効なものがある。
パイロットの苦痛を和らげるため、脳や神経系に作用してリラックスを促したり、痛覚を麻痺させる機能。それらは、常に苦痛を伴うゼツボーグと非常に相性がよく、また同時に最悪の組み合わせでもあった。
那珂畑は、クロスボーグの性質がゼツボーグとポジトロンを半分ずつ使うものだとイメージしていた。少なくとも、鳴島の体質ではゼツボーグを制御できたとして半分が限度だと。しかし、その考えが甘かった。
ポジトロンの保護機能がゼツボーグ、さらに落涙態の苦痛を和らげ、その力を限界まで引き出させる。そして自由になったゼツボーグはナノマシンに侵入し、ポジトロンを柔軟に動かす。高度な技術で作られたポジトロンと言えど、所詮は機械。電気信号のオンとオフの切り替えだけで簡単に操作できてしまう。だが、それを人為的に行うには、スーパーコンピューター以上の計算を無意識下で維持しなければならない。おそらく鳴島はその精密な工程を、感覚的に理解することで省略したのだ。
結果、強制的に自己複製させられ定着したナノマシンが、あの巨大な両腕の形になった。
しかしそれは、決して半分の力ではない。ポジトロンによって引き出されたゼツボーグ、ゼツボーグが引き出したポジトロン。どちらも全開。人間の体が耐えうる力の限度を10としたら、那珂畑の想定していたクロスボーグはゼツボーグ5とポジトロン5の力。一方で現在の鳴島は、10の器に10と10を押し込んでいる。そんなことをすれば当然、器は決壊する。それが現在の彼女。溢れた力が肉体を越えて精神に作用し、感情を制御できなくなっている。クロスボーグの落涙態というところだろうか。
今でこそゼツボーグとポジトロンが支え合うことで形を維持しているが、この状態が長く続けば、本体の鳴島がもたない。中身を粉々に砕きながら、外見だけを維持して動いているようなものだ。同時に、捕まったツクモを救出してこの状況を打破しなければならない。そしてそれ以前に、那珂畑の鎧が熱とガスで限界に達しつつある。
やることは多いが、那珂畑がまずするべきことは、どうにかして鳴島を止めること。火事場の馬鹿力というものだろうか。この極限の状況が、逆に彼の脳を活性化させ、思考を加速させた。
都合のいいことにこの時、ロマン砲の最後に那珂畑が放り投げたドローンが彼のもとへ到着した。しかし、まだインカムからは雑音しか聞こえない。ジュニア戦のように、通信補助としての役割は期待できそうにない。しかし、ドローン単体でも周囲の録画や解析には事足りる。那珂畑はドローンを守るように位置取りつつ、右手をドリルの形に変化させた。
【ネガティヴ・スパイラル】逆回転。相手のエネルギーを放出させるこの技であれば、とりあえず鳴島を無力化することはできる。しかし、問題はこれをどう当てるか。クロスボーグによって、さらに五巻が研ぎ澄まされているであろう鳴島に下手に近寄れば、先ほどのように薙ぎ払われるのがおちだろう。狙うべきは不意打ち。鳴島の意識がツクモか何かに集中した一瞬で、急接近しなければならない。おそらくチャンスは一度きり。失敗すれば、鳴島はさらに那珂畑への警戒を強めることになる。いや、彼女が何かする前に、那珂畑のタイムリミットが先だろうか。
時間はない。しかし、タイミングを誤れば、次はない。那珂畑は吐き気を伴うほどの緊張を心の奥底に押し込めて、身を潜め続けた。ツクモの悲鳴が聞こえても、彼女が叩きつけられる振動が伝わっても、彼は歯を食いしばって耐え続けた。
鳴島の拷問が、急に止まった。彼女はどこかで満足したのか諦めたのか、しばらく何も言わなくなった。次第に、ツクモを掴む手の力も弱くなっていく。これによって、ツクモはどうにか通常の呼吸ができる程度の余裕を取り戻した。
通常の呼吸と言っても、息を吸えば入ってくるものは大量の硫黄ガス。呼吸器官への被害は尋常ではない。よって、彼女は呼吸を整えつつ、他の箇所よりも喉の再生を優先した。
もう、ツクモは反撃することを考えなかった。この火山地帯で一方的な戦いを続けた相手に、レーザー糸の攻撃が通じるとは、とても考えにくい。それに、彼女のゼツボーグは糸の放出と体の再生を同時に行えない。喉の再生で手いっぱいな今、彼女ができることはせいぜい人並みの徒手空拳。そんなものが、今まさに自分を拘束している相手に通用するはずがない。
だから彼女は、せめて答えを言った。
「あるわけないでしょ……」
絞り出すように出たツクモの声に、鳴島は俯いていた顔を上げる。その隙に、ツクモは思い切り息を吸い込んだ。
「さっきから黙って聞いてりゃべらべらとキモいこと言いやがって! そんなんガールズトークでもなんでもねえよ! あたしはあたし、ナルシマはナルシマだ! 全部同じ経験なんかしてるわけねえだろ! いちいち共感求めやがって、いい歳こいてJCに甘えたところから後悔しやがれバーカ!」
わかりやすい挑発、罵倒、口撃。鳴島の言った体験というキーワードからツクモが導き出した、精いっぱいの行動。それは、彼女自身が何度も受けてきた言葉の暴力だった。
普段の鳴島であれば、その程度の反論は聞き流せただろう。しかし、感情の制御を失った今、ツクモの実体験を伴った心からの罵倒こそが、彼女にはよく効いた。
鳴島は先ほどツクモを叩きつけた時のように激昂した表情で、腕を大きく振り上げる。先ほどよりも力の入った姿勢。ガールズトークのために加減していた力を解放し、全力で叩き潰すということだろう。
「……やっぱ、バカだわ」
ナルシマの腕を大きく動かす。それこそが、ツクモの狙いだった。直後、彼女の笑い声と同時に、成島の姿勢が大きく崩れる。まるで足元に縄でも引っかけられたかのように、鳴島の体は地面に背を向けて宙に浮いた。
ツクモの経験則から派生した行動、何度も言われ続けたことで完成した台本。彼女にとって先ほどの罵倒は、ただそれを読み上げるだけの作業だった。ゆえに、彼女は同時に他のことをする余裕があった。
実は、ツクモは話している間、体の再生を止めていた。息を吸ったのは大声を出すためでもあるが、同時にガスを吸わないためでもある。そして彼女は喋りながら、足先からレーザー糸を放出。むしろ喋ること以上に集中して、鳴島の足に巻き付けた。
ツクモの予想通り、ポジトロンに守られている鳴島の足が焼き切れることはなく、また怒り狂う鳴島が糸の存在に気づくこともない。そして、ツクモは自分が振り回されることで、同じ方向に鳴島の足を引っ張ることに成功した。
予想外の反撃、そしてツクモの挑発が功を奏したのか、この一瞬、鳴島の警戒が途切れた。
「なんとかしろ、ナカハターーッ!!」
ツクモが呼びかけたことで鳴島が冷静さを取り戻した時。落下する彼女の背中にはすでに那珂畑のドリルが待ち構えていた。
「【ネガティヴ・スパイラル】逆回転!」
ドリルの先端が鳴島に触れると同時に、那珂畑は回転を始める。
「ああああああああああああっ!!」
エネルギーの拡散によって、巨大な腕が先端から崩れ始めた。ツクモは解放され、鳴島は本来の痛覚を取り戻していく。だが、この状態も長く続いては鳴島に修復不可能な傷を残しかねない。より効率的に逆回転の効果を発揮するためには、彼女の意識を、エネルギーを那珂畑に向けさせる必要がある。
だから、那珂畑は呼びかけた。
「鳴島、ごめん。これは俺のせいだ! 俺の思いつきでお前をこんな目にあわせちまった! お前が正しかったんだ。ナノマシンの使い道も、お前の作った噴射機でここまで来れた。だから、俺はお前を信じる! お前が教えてくれたこの使い方で、お前を助ける!」
そう、ただ自らの腕を破壊して目の前の敵を吹き飛ばすだけだった、那珂畑の【ネガティヴ・スパイラル】。その別の使い道を提案したのは、鳴島だった。彼女から教わった逆回転によって、那珂畑はマンションとの戦いに勝利し、右腕もねじ切れることなく今に至る。那珂畑と鳴島、ふたりの考えが同じものに集中した時、正しいのはいつも鳴島の方だった。
「だから、さっさと目ぇ覚ませ! ニコオオオオオォォ!!!」
那珂畑の口から出たのは、呪われた名前。鳴島が最も嫌う言葉だった。那珂畑に悪意があったわけではない。ただ、鳴島の注意を引き付けるために、今まで自分がしなかったこと、その中でも彼女の心を大きく揺さぶることを、知りうる情報の中から選び取っただけである。だがそれこそが、彼女の心を支配する絶望の言葉こそが、一瞬で彼女の意識すべてを那珂畑に向けさせた。
そして、とっくに本来の限界を超えていた鳴島は、その場で意識を失い、同時にクロスボーグが解除された。
那珂畑はドリルを掲げた姿勢のまま動かない。だが、その理由はマンション戦を知らないツクモにもひと目でわかった。彼の右腕が、元の形すらわからないほどにねじれている。彼は鳴島を救う代償に、自らの右腕を犠牲にした。その苦痛と疲労をすぐに察したツクモは、落下する鳴島の体をキャッチし、少し離れた場所にいた敵本体を引きずって移動を始めた。もはや無防備になった鳴島は最優先で救出するとして、ガスの薄い場所なら、仮に敵が暴れだしてもレーザー糸で応戦できる。
ツクモの判断は、正しかった。この場で最も避難優先度が低いのは、右腕の負傷だけで済んだ那珂畑である。ゼツボーグによって多少筋力が増しているとは言っても、ツクモの力では一度に運べるのはふたりが限度。今の彼女には、那珂畑に肩を貸す余裕はなかった。
状況がひと区切りついて緊張の糸が切れたのか、右腕の激痛に耐えかねてか、あるいは純粋な時間切れか、それは那珂畑自身にもわからない。ただ、彼は遠ざかるツクモの背中を見ながら、少しずつ意識が薄れていくのを感じていた。
おそらく、すべての限界を超えて動き続けたつけが回ってきたのだろう。那珂畑を包んでいた黒い鎧が、液状になって彼の体から剥がれ落ちていく。落涙態ではない、高熱と硫黄ガスの吸いすぎによる意識レベルの低下。それが彼の脳に影響し、ゼツボーグの制御を手放すに至った。
ツクモが異変に気づいたのは、那珂畑を自動追跡するドローンのモーター音が予想以上の速さで彼女から離れた少し後だった。すでに彼の姿はガスに阻まれて見えない。しかし、何か重いものが斜面を転がり落ちていく音を耳にしたことで、彼女は最悪の事態を想像した。
風向きの影響か、小堀の待つ土産物店周辺はいくらかガスが晴れていた。その影響で通信がある程度回復。小堀と司令本部、そして下山した局員たちの通信が再開していた。
ツクモが小堀のもとへ到着する頃には、那珂畑のドローンにも微弱ながら電波が届いていた。途切れ途切れだが、彼の現在位置やゼツボーグの状況などが小堀のもとへ送られてくる。
ツクモは小堀と合流すると、すぐさま事の顛末を説明した。鳴島がクロスボーグに変身したところまでは小堀も見ていたため、説明は短く済んだ。そして小堀は、鳴島の荷物からネガリアンの活動測定機を取り出し、簡易的にではあるが敵本体を検査した。今のところ、ネガテリウムが活動を再開する様子はない。
その情報を聞いた直後、ツクモは再び硫黄泉の方へ走り出した。言うまでもないが、那珂畑を助けるためである。強い再生能力を持つ彼女に対して、那珂畑は耐性こそあるものの蓄積したダメージは回復しない。それに加えて、凄惨なまでに自壊した右腕。最悪の事態でなくとも、自力でここまで登るには時間がかかる。彼女はドローンが最後に送った位置情報を頼りに、那珂畑の姿を探した。
ネガテリウムのいた縦穴、鳴島がツクモを捕まえた場所は、すでに崩落によって埋まっていた。そして、ドローンの位置は斜面のさらに下。仮にこの坂を滑り落ちて気絶したとしても、ガスの濃い場所は通過しているようだ。
だが、ツクモがドローンを見つけた時、その近くに那珂畑の姿はなかった。視界は先ほどに比べてかなり開けているため、見落とした可能性は低い。おそらく、斜面のどこかに倒れているのだろう。彼女は返事がこないことを考えながらも、大声で呼びかけた。
「ナカハター! コボリがもう大丈夫だって言ってたから! 聞こえたら返事してー!」
予想通りだが、やはり返事はない。少し熱い地熱と薄いガスの中、少女の声が響くだけだった。
ツクモにとってはこれが今するべき最善の行動だったのだが、インカムを通して彼女の声を聞いた小堀や羽崎には、それだけで状況の深刻さが想像できた。
『ツクモちゃん、ドローンは見つけたんだよね?』
先に声をかけたのは、羽崎の方だった。まだノイズ混じりだが、その声はツクモの耳にしっかりと届いている。
「うん。でも、ナカハタが見つからない。もうちょっと下の方まで探してみるよ」
ツクモもそれなりに必死な様子だったが、羽崎の声は彼女以上に、底知れない恐怖に震えていた。
ゼツボーグを自動追跡するドローンは、よほど深刻な障害でもない限り、対象を見失うことはない。今回の戦いで鳴島を見失ったのは、激しいガスの噴出に阻まれたからであって、今那珂畑を見失っている状況とは一致しない。
だが、見失う以外にドローンが立ち往生する条件がもうひとつある。それは、ゼツボーグを使っている者が、それを解除しないまま死亡した場合。本体の生命活動が停止した時点、あるいはその直後にゼツボーグも停止する。ドローンはあくまでもゼツボーグの反応を追跡するため、使用者から反応が出なければ、それ以上の追跡はできない。使用者が意図的にゼツボーグを解除した場合は、ドローンもそれに反応して解除した場所の近くで自動的に折り畳まれる。
斜面の途中でドローンだけが起動している状態。それはすなわち、その場所で那珂畑が死亡したことを表していた。
ツクモが那珂畑を見つけたのは、ドローンからさらに数十メートル先の小さな火山観測施設。簡易的に設置されたプレハブ小屋で、その中には現場観測者用の防護服やロープなどが置いてある。那珂畑はその壁を突き破った状態で、資材の中に倒れていた。
意識はない。おそらく最初に別れた場所からここまで転がり落ちてきたのだろう。右腕はともかく、体中が傷と出血で赤黒く染められ、その出血も床に小さな血溜まりを作ったところで止まっていた。
那珂畑が今どのような状態にあるか、ツクモにはわからない。しかし、彼女は今、那珂畑を小堀のもとまで連れて行くことだけを考えていた。行きたくもない学校行事のキャンプで学んだロープの結び方を思い出し、那珂畑の体を背中に固定する。
その時、那珂畑の胸とツクモの背中が密着した時、ツクモは初めて那珂畑の心臓が止まっていることに気づいた。
いや、すでに何度も予想はしていた。限界まで戦い続けたこと、ドローンの音が斜面の下へ遠ざかっていたこと、そのドローンが空中で置き去りにされていたこと。そして、目を背けたくなるほどの傷と出血。ただ、ツクモは考えたくなかった。那珂畑の死を考えることを、放棄していた。
「ナカハタ……?」
返事はない。代わりに、インカム越しに小堀の声が聞こえた。
『ツクモ君、那珂畑君のドローンで君たちの場所は特定した。あとは専門の人たちに任せるから、君は……』
「うるせえ黙ってろ!!」
叩きつけるようなツクモの怒号がハウリングして、会話を完全に止めた。
「ナカハタは絶対に連れて帰る。こいつは全部自分が悪いみたいなこと言ってたけど、そんなの嘘だ」
斜面を登りながら話すツクモの声は、疲労か激情からか、かなり息が荒れていた。
「こいつこそ今回のMVPでしょ。ナカハタがいなかったら、ロマン砲は使えなかった。ナルシマを止められたのも、こいつのおかげじゃん。そもそも見えない敵を倒したのも、元はと言えばナカハタのアイデアだし」
その言葉に、もう小堀も羽崎も言い返すことはなかった。
「そんなスーパーヒーローが大怪我したからって、こんな所に置いてくとか、もうバカじゃん。絶対一緒に帰るから、コボリは包帯とか絆創膏でも用意してなよ。けっこう、血が、出てるからさ……」
途中まで強がっていたツクモも、その言葉の最後にはついに涙を堪えきれなくなった。
『ツクモちゃん。わかってるだろうけど、逸ちゃんは、もう……』
聞かない、信じない、考えない。奇跡的に手に入れた新しい居場所で、故郷も仲間も失うなど。
この時点で、ヒーローとしてのツクモの心は完全に折れていた。自分が第二の人生と引き換えに手に入れたと思っていた場所は、名前も外見も別人になってやり直せる楽園ではない。死後の世界にも等しい地獄だった。
ツクモは、心のどこかで羽崎に憧れていた。彼女のように、誰かを支えられる存在になりたいと考えていた。そして、鳴島との戦いを通して、ツクモは自らの思いに気づく。少なくともこの戦いにおいて、自分は那珂畑を支える役割にあった。攻撃と再生のスピードに優れる自分と、圧倒的な耐久力を誇る那珂畑。これからどんなヒーローが現れるかわからないが、できることなら、これからもふたりで支え合って戦いたいと思っていた。
だが、その思いにツクモ自身が気づくのは、那珂畑を失った後のことである。戦いに必死なこともあったが、失ったことで彼への思いは表面化し、ツクモの心を激しく揺さぶることになった。
ネガテリウムとの戦いには勝利した。科学衛生局の出る幕もなかった。ゼツボーグたちの協力で、多くの人々を守ることができた。しかしその代償に、ツクモは縋っていたすべてを失った。
あらためて説明しておこう。この物語は、那珂畑逸がヒーローとなり、死地を求めて魑魅魍魎渦巻く戦場に飛び込む物語である。そして彼の物語は、ここでひとつの幕切れを迎えることとなる。
那珂畑にとってこの結末は望み通りではあったものの、当初の想定よりかなり遅く、そして当時の想像に比べるとあまりにも早すぎた。
しかし、ネガリアンと人類の戦いは終わらない。姿を消した志村、恐るべき力を手に入れた鳴島、そしてすべてを失ったツクモ。那珂畑の死を越えて、残された者たちは何を思い、どこへ向かうのか。ここまでが第二章。人が本当に死ぬのは、その存在が誰の心からも消えた時である。




