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第三十六話 温泉行こうぜ温泉 クロスボーグ・その一

 説明しよう。日本人は、どういうわけか入浴に命をかけている。身体の清潔を保つためか、血流や筋肉の不調を改善するためか。優先される理由はそれぞれだが、とにかく日本人はその発展において、入浴に命をかけてきた。

 そもそもが高熱や炎を嫌う恒温動物でありながら、ともすれば火傷しかねない高温の湯に。あるいは人体に害をもたらすガスの中に。時には大災害を呼び起こす活火山にさえ、彼らは入浴のため文字通り足を踏み入れてきた。

 そういった歴史があるからか、今でも多くの日本人は温泉を求める。命を洗うことに、命をかけて。

 そう、今回からは温泉回、すなわちサービス回である。滅私合金ゼツボーグにも、たまにはそんな回があっていいではないか。これは、決して作者が迷走した結果ではない。


 対特区計画によってアツギ市の一部が破壊されてから数日。宇宙開発局は着実に以前の落ち着きを取り戻しつつあった。

 まだ各自に思うところはあるのだろうが、ほぼ当事者であるツクモが周囲の想定よりも落ち込んでいないことが主な理由だろう。

 那珂畑の感想だが、ツクモは羽崎に似て馴れ馴れしい。と言うか誰に対しても呼び捨てにするあたり、分け隔てなく上から目線な節がある。が、そういった積極的な振る舞いが、かえって周囲を元気づけているのも事実である。あの橋から飛び降りる前の彼女がどのような人物だったのか知る者はいないが、おそらく彼女なりに文字通りのセカンドライフを楽しもうとしているのだろう。

 それに、ツクモが加わってから、局員同士での会話が増えたようにも感じられる。これまでは羽崎だけが暴走列車のように明るく当たり散らしていたが、方向性の似たツクモがそばにいることで、暴走具合は変わらずとも、周囲との温度差が解消されつつあった。

 とにかく、宇宙開発局は絶望のヒーローが巣食う地下施設でありながら、どこか居心地のいい場所になっていた。

 ガガアアアン!!

 そう、うるさいほどに。

「あぁっけましてえぇーっ!」

「おおめでとぅおおーーっ!」

 元日。エレベーターの扉を強引にこじ開けて現れたのが、まさにそのお騒がせコンビ、羽崎とツクモである。ちなみに局内のエレベーターは、非常時のために人力でも扉が開くようになっている。ただ、少なくともこのような使い方は想定されていなかっただろう。

 ふたりはエレベーター内で準備していたのか、煙の中からバズーカ砲のようなクラッカーを盛大に放って現れた。さらにその外見も奇天烈。服装こそ普段通りだが、ツクモは門松の形をした被り物をしている。羽崎に至っては、なぜかサンタクロースの帽子を被って、大きなプレゼント袋を背負っていた。クリスマスはもう一週間前に終わっているし、門松は少なくとも被るものではない。派手な登場のインパクトも相まって、司令本部にいた全員が反応に困っていた。

「や、やあ。おめでとう。ふたりとも、いつにも増して元気だね」

 更なる混乱が起こる前に、小堀がふたりに歩み寄った。が、その足取りは普段より重い。対特区計画以降、局内でたったひとり事後処理に追われていた彼は、ぎりぎり年内でその役目を終え、ようやく穏やかな寝正月を迎えようとしていた。その矢先にこのサプライズは、少々体に悪い。

 もはや何をどこからつっこめばいいのかわからない状況だったが、とにかく小堀はふたりが何かしでかす前に、それぞれの席に向かうよう促した。

 ツクモはひと仕事終えたような笑みで被り物を外し、髪をツインテールに結び直す。そして羽崎は、ちょうど片付いた小堀のデスクを占領するように、大きなプレゼント袋を置いた。まさにこれから小堀がその場所に突っ伏して寝ようとしていたところである。

「こ、これは何かな……?」

 小堀は今にも気を失いそうな力のない手で、その袋を指さす。羽崎は「去年使わなかったからね」などと言いながら、袋を開封し、中身を周囲に並べ始めた。

 おそらく羽崎は、去年のクリスマスにこのようなサプライズを用意していたのだろう。それがちょうど対特区計画と重なったことで、とてもそれどころではないという雰囲気で中止になってしまった。だからと言ってそれを正月に持ち込む無茶苦茶さが、むしろ彼女らしいと言うべきだろうか。

 外面はクリスマスだったが、中身はしっかりと正月飾り。鏡餅やおせちの重箱などが、ちょうど局員の食事に合うくらいの規模で用意されていた。その様子を察して、那珂畑を含む何人かが羽崎の周りに集まりだす。

「実はね、去年のうちにツクモちゃんと鳴島ちゃんとで作ったんだ~」

 羽崎が得意げな表情で重箱の蓋を開けながら言う。中身は百貨店の広告に載っていても遜色ないほど、綺麗に詰められていた。しかし、まさかの鳴島も共犯とは。那珂畑は彼女のいる方を見たが、当の本人は他人のふりをするように背を向け続けていた。

 結局、その場は羽崎に流されるまま、小さな宴会が始まった。昼食には少し早い時間だったが、せっかくだからと誰かが床にレジャーシートを広げ、そこに各自の食べ物を並べる。もちろん仕事中なのでアルコールは禁止。

 いつ出動要請がかかるとも知れないヒーローに、正月も休みもない。しかし、そんな彼らが休んではいけないという道理もない。羽崎は、そんなひと時のイベントを大事に考えていた。戦ってばかりでは、人は簡単に壊れてしまう。そのことをよく知る彼女だからこその行動かもしれない。だが、少なくとも静かな休みを妨害されて壊れかけている男がひとりいることを、彼女はまったく気にしていなかった。

 ネガリアンとの戦いがいつ終わるのか、自分がいつ死ねるのかわからない。それでも那珂畑は、また来年の正月も、同じように過ごせたらと考えてしまった。そして、すぐにその願いが自らの夢や役割と矛盾していることに気づく。彼はその考えを頭から追い払うように、駆け足で鳴島を誘いに行った。


「そう言えば、ハザキってさあ」

 いつの間にか鳴島を巻き込んでひとつのグループを成していた3人。その中で、ツクモが急に話を切り出す。

「あぇ? どしたぁ?」

 一方で羽崎はその場の空気に酔ったのか、赤くなった顔と虚ろな目で答えた。明らかに酔っている。呑んではいない、はずである。が、ツクモは気にせず続ける。

「宇宙なんたらって名前の仕事で副指令してる割には、理系っぽくないよね」

 それは、これまでほとんどの局員がどこかで感じながらも口にしなかった疑問だった。理由は単純、その疑問にたどり着いた直後、それを直接聞くのは失礼ではないかと誰もが考えたからである。結果、羽崎の過去に誰も触れることはなく、今の今まで局内のミステリーとして残り続けていた。

 だが、羽崎が理系らしくない、と言うか、副指令という立場に疑問を感じさせるような振る舞いをしていたことは事実である。基本的な仕事は他局との交渉や情報収集。ゼツボーグへの指示も彼女の担当だが、データや数値に基づいた精密な部分は歴代の解析官に任せきりである。ネガリアン対策の重役でありながら、その実態はまるで化学系企業に紛れ込んだ文系の営業マン。専門知識をもって宇宙開発局に就職した他の局員とそりが合わないのも、自然なことである。

 羽崎の正体を知らない者たちの間では、時に妙な考察が飛び交っていた。小堀の妻という説、人類に味方するネガトロンという説、ついにはネガリアン対策のために作られた人造人間という説まであがっていた。

 そしてついに突き付けられたその疑問に、羽崎の表情は酔いが冷めたように元に戻った。

「そっか、皆は知らないんだったね」

 この時彼女が言った「皆」が誰を指すのか、まだわからない。しかしこの後始まる羽崎の昔話に、小堀以外の全員が耳を傾けた。


 元ゼツボーグ2号、羽崎京華。ついぞ誰にも聞かれることがなかったので、彼女がゼツボーグであったことさえ小堀以外に知る者はいない。

 小堀がゼツボーグとして活動していた時、これほど長期で大規模な戦いは想定されていなかった。そのため、宇宙開発局にネガリアン対策用の施設もなかった。しかし、小堀が自らの力不足を感じていた時、彼は群衆の中から自分と同じ体質を持つ者を発見した。すなわち、ネガリアンに耐性を持つ人間。それこそが羽崎だったのである。

 ほぼ同時期に発見された3号と共に、羽崎はゼツボーグとなった。それから間もなくして、小堀は自らゼツボーグを引退。ゼツボーグの研究とふたりのサポートに回ることを決めた。

 だが、羽崎は小堀の体が弱いことを気にしていた。彼女は7号、加山大悟の発見と入れ替わるようにしてゼツボーグを引退。小堀を支えると共に、大局的な戦いを見据えたネガリアン対策本部の設立を提案した。

 そう、彼女が宇宙開発局に関わり始めたのは、ネガリアン対策本部ができる前の話。そして生物学などの専門家を集めて設立された対策本部で、羽崎は小堀を支えたいというだけの理由から副指令官に就任した。

 「私たちの戦闘記録を見る誠ちゃんの背中が、酷く寂しそうに見えた」。羽崎は当時の小堀についてそう振り返る。政府を動かすほどのウイルスを世に放ってしまった張本人で、それをたったひとりで解決しようと奔走し、疲れ果てた姿。羽崎にはそれが見るに堪えなかった。ネガリアン流出事故、その当事者で唯一の生き残りであるがゆえに、当時は世間の批判も小堀ひとりに集中していた。

 悲しいかな、正義のヒーローというものは、得てして悪の存在をきっかけに誕生する。マッチポンプなど世の常などと、外野からはいくらでも静観できる。しかし、ヒーローも所詮はひとりの人間。この現実に耐えきれなくなる時が、いつかはやってくる。羽崎と出会った時、小堀はすでに限界を迎えていたのだろう。

 小堀はゼツボーグを引退した理由を話したがらないが、羽崎からは彼がそのように見えた。だから、政府の要人でもなく、宇宙や科学の専門家でもなく、少しでも同じヒーローの立場を経験した自分が彼を支えなければならない。対策本部設立時、彼女はその理由だけを武器に、全力で駄々をこね続けた。その結果、彼女は今なお副指令という立場で小堀の隣に居続けているのである。


 羽崎が話し終える頃には、小堀はその場で睡魔に完全敗北していた。だが、羽崎が彼のもとに行くまで、誰もその体に触れようとはしなかった。気絶したように眠る小堀の体を持ち上げ、彼の椅子まで運ぶ。それが、羽崎の望んだ仕事だと誰もが理解したからである。

 それまで誰も口にしなかったことを無神経に聞いたツクモでさえ、この時ばかりは声を失っていた。

 だが、羽崎の性格上、自分のことで場の空気が落ち込むのは我慢ならないらしく、小堀を椅子に降ろした彼女は笑顔で振り返った。

「ちなみに、ゼツボーグになった時の私は二十歳! なんとびっくり逸ちゃんと同い年だったんだ。まああの頃の私はどっちかって言うと体育会系だったけど」

 体育会系というカミングアウトに、局員たちはどこか納得しながらもざわつき始める。予想外の反応だったのか、羽崎はさらに続けた。

「あれ、聞いたことないかな? ほら、ガヤ高テニス部のさ、通称コート上の即死魔法・ガヤ高のザキ!」

 即死魔法ザキ。どこか権利的に危ないような気がする名前は別にして、その通り名に誰も心当たりがないのも無理はない。なぜならその場に彼女と同年代の体育会系出身などひとりもいないのだから。これぞ理系分野の集合体、宇宙開発局である。

 さすがの羽崎も数の暴力には勝てないらしく、彼女は少し引きつった表情で話を続ける。

「いやあ思い出すなあ。年末年始も年越し合宿とかで温泉宿にさあ……」

 その時、歪な空気の突破口を感じた羽崎の表情が一気に晴れた。

「そうだ温泉! 温泉行こうよ! くじ引きとかで何人か留守番させれば、皆で出かけても問題ないでしょ? ねえ誠ちゃ……」

 羽崎は許可を求めるように小堀の方を向いたが、その視線の先には船をこぐ総司令官の姿があるだけだった。

 こうして、宇宙開発局では異例の、年明け温泉ツアー計画が始まったのである。

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