第三十四話 便利で不思議なプレゼント
説明しよう。ゼツボーグ99号、ツクモ。その能力はレーザー糸の放出と自己再生。基本的にはレーザー糸による自傷部位を治す能力だが、そうでない外傷でも瞬時に回復が可能という優れものである。しかし、使い方を間違えれば周囲の建造物を破壊しかねない危険な能力。彼女が訓練で会得すべき最優先事項は、糸の繊細な操作であった。
その日、鳴島、ツクモ、那珂畑はそれぞれ別の任務についていた。鳴島は小堀と共に、例のナノマシンの使い道を考えること。ツクモは糸を狙った場所に放てるよう、訓練所に複数の的を設置しての訓練。そして那珂畑は、自宅待機である。
気がつけば、もうすぐクリスマス。F区域では、駅や大通り沿いのショッピングセンターなど、各所にイルミネーションが設置されていた。
那珂畑はサンタクロースの存在を否定するタイプだが、今年に限ってはプレゼントを受け取ったような気がしていた。それは、優秀な後輩。自分のような防御力がなくとも、触れれば焼けるあの糸は振り回すだけで強靭無比な武器となる。経緯は未だ謎だが、あの時ツクモの自殺を止められなかったからこそ、今がある。政府がパニックを防ぐため大規模検査を制限している今、ゼツボーグの素質があっても、検出されずに眠っている候補者がいる。ツクモもまた、あの飛び降りによって病院に送られたからこそ、検査を受けることができたのだ。まさに偶然の産物、運命からの贈り物。時期から考えても、じゅうぶんにサンタクロースの仕業と言える。
那珂畑がそんなメルヘンチックな妄想に浸ろうとしていた時、地響きを伴うほどの轟音がそれを遮った。彼は一瞬スマホを手に身構えたが、ネガテリウム発生などの出動案件であれば、轟音の直後かそれ以前に感知器が反応して、宇宙開発局から連絡が来る。それがないということは、どこか近くで取り壊し工事でもやっているのだろうと、彼は再びのんびりモードに戻った。
そして、また余計なことを考え始める。クリスマスと言えば、ほぼ同日に行われる有田記念。タワーオブブルーがどれほど票を集めたか、那珂畑はネットニュースのアプリを開いた。
最近のものはだいたい似たようなシステムだが、ニュースの表示順には規則性がある。利用者の見た履歴や検索ワードなどから好みの傾向を割り出し、それに関する記事を上位に表示する。また、時折世間の関心が高いニュースも間に挟まれることがある。
もちろん、那珂畑のアプリには上位項目としてネガリアンか競馬のニュースが取り上げられるのだが、その時は関係のない速報記事がトップに現れていた。そしてその内容を見た直後、那珂畑は大慌てで小堀に電話をかけた。
たった数回のコール音が、数分にも長く続いたような気がした。それほどに、那珂畑は焦っていた。そして、小堀の相変わらず気の抜けた挨拶を遮るように、通話開始直後から那珂畑が畳みかける。
「小堀さん! ニュース見ろニュース! あと羽崎さんたちも集めて! 俺もそっち行くから! 今すぐ!!」
それだけ叫ぶように伝えて、那珂畑は一方的に通話を切った。そして、かつてない速さで部屋着から出動準備の服に着替え、家を飛び出す。
普段、小堀ら年上の相手には敬語を使う那珂畑が敬語を忘れ、それどころか激しいまでの命令口調。それほどに、彼の見たニュースは衝撃的なものだった。宇宙開発局からの連絡がなかったということは、ネガリアンとは関係ないのかもしれない。それでも、動かずにはいられないほどの緊急事態だった。
時は少し遡り、司令本部。鳴島は小堀にある資料を持ち込んだ。それは、例のナノマシン実用化に向けての試作案である。
彼女が提示した用途は、ポジトロンと同じジェット噴射機。ポジトロンにあって、ゼツボーグが持たないスピードの差を少しでも埋めるべくとの考案だそうだ。ただし、大量のナノマシンを操るポジトロンと違い、小型で動力源も少ない。空中飛行まで考えると、バランス維持などでかなりの演算が必要となる。そのため、噴射は一点集中にして動力源もすべて消費させる一回使い切り方式。これが鳴島の案である。
「なるほど。サポートアイテムとしては理にかなっているね。ただ、できれば2回は使えるようにしたいかな。危険な現場への急行と離脱用に」
小堀は彼女の提案を受け入れつつ、プログラムの項目に分割使用を書き足した。その時、彼はパソコンの端に貼っておいた小さな付箋が目に入る。
「そう言えば、那珂畑君のアイデアで、君のゼツボーグをナノマシンで補完できないかって話があったんだけど、どうかな?」
鳴島はしばらく黙り込んで考えた後、まず頭を下げて答えた。
「ごめんなさい。現状では実現性がわからないため、何とも言えません。実験しようにも、私の体が耐えられるかどうか……」
やはり、小堀が予想した通りの返事だった。要するに、那珂畑の案は却下ということである。
「いいんだ。君が謝ることはないよ。那珂畑君から話が来た時、私もだめもとな気がしてたからね。とりあえず、君の噴射機の線で進めてみよう」
すべてが都合よく進めば、鳴島が戦場に復帰する最短の近道だったのだが、そううまくはいかないものである。
ひと通りのやり取りを終え、鳴島が自分の席に戻ろうとした時、小堀のスマホから着信音が鳴り出した。那珂畑からである。
司令本部は地下深くにあるため、直前の轟音には聴覚の鋭い鳴島も気づかなかった。
那珂畑が司令本部に到着したころには、小堀や羽崎、鳴島を中心にツクモを含めた複数の局員が中央に集められていた。那珂畑はその集団に走る間、壁の大画面を見る。そこではアツギ市の一部、例のシネマ活動範囲から一切の反応が消えていた。
「情報収集を最優先に、通信を聞き逃すな!」
「被害状況、いまだ不明。もう甚大としか……」
「ネガリアン通報なし。ていうか感知器が機能していません!」
他からも、数々の報告が飛び交っている。異様な光景。危機を示す赤や黄色の照明もなく、ブザーもアラームも鳴っていないなかで、ただ全員が謎の危機感に駆り立てられている。まさに異様な光景だった。
「遅れてすみません! 小堀さ……」
バアン!!
那珂畑が小堀の背中に近づこうとした時、拳で机を叩きつける音が、全員の動きを一瞬だけ止めた。
「くそっ。何なんだよ! 何なんだこれは!」
「誠ちゃん、落ち着いて。あっ逸ちゃんもこっちに」
音の主、小堀はかつてない怒りをあらわにしていた。興奮したように肩で息をする彼の背中を支えながら、羽崎が那珂畑を通す。
「状況は?」
「まだ速報以上の情報は来ていません。現在、科学衛生局とも連絡をとっているところで、水上さんがこちらに向かっているとのことです」
羽崎の代わりに、鳴島が答える。
この大混乱の理由、想定外の速報。那珂畑が点けたままのスマホの画面には、その見出しが表示されていた。
アツギ市内で複数の爆発。死者、行方不明者多数か。
先ほど那珂畑が耳にした轟音。おそらくそれは、アツギで起こった爆発の音だった。
あまりの情報不足に司令本部が硬直しかけた時、小堀のスマホに新たな着信がひとつ。水上からである。小堀はすぐさまそれに応答すると同時に、周囲にも通話を聞かせるためスピーカーを繋げるよう羽崎に目で指示した。
『もしもし、水上です。まもなくそちらに到着するので、連絡を……』
水上の声は相変わらず冷静で、落ち着き払っていた。本来であれば、こういった災害に対してどこよりも迅速に対応するはずの科学衛生局。いや、その備えがあったがゆえの落ち着きだろうか。少なくとも、その態度が小堀の神経を逆なでした。
「何をそんなに落ち着いて……!」
『こういう時こそ、冷静に仕事をするのが私たちでしょう。その様子だと、まだ速報しかご覧になられていないようですね。いま、テレビかネットで生放送を見られる状況ですか?』
「なんの話だ?」
小堀が聞き返す間に、羽崎は小堀のパソコンから動画サイトを開き、トップに表示されていた科学衛生局の会見生放送をクリック。壁の大画面に表示させる。
『私からも、詳しい話をしようと思いまして。では失礼』
生放送の音声がマイク越しに水上にも伝わったのだろうか。状況の変化を察したように彼は一方的に通話を切った。
そして、司令本部内全員の視線が大画面の一点に集められる。すでに会見はある程度まで進行しているらしく、画面端にはそれまでの内容をまとめたようなテロップが表示されていた。
『あたらめてお伝えします。アツギ市で発生した爆発は、大型ネガリアン、個体名ボマーによるものとさきほど科学衛生局から発表がありました。また、ボマーは同局の管理するヒーローとSIMsによってすでに討伐されたとの報告もあります。なお、同局には被害を未然に防ぐことができたのではとの批判も集中しており……』
アナウンサーの言葉から察するに、会見の内容はネガテリウムによる破壊活動を報告するもの。そして、ゼツボーグが出る間もなく、志村らポジトロンが討伐したというもの。
だが、司令本部からその映像を見た全員が同じ疑問を抱えた。ネガテリウムが発生したなら、感知器が反応していたはずであると。気配をさとらせない新種のネガリアンではないかという意見がどこかから出たが、今何を考えても、それは憶測の域を出ない。
結局は、水上の到着を待つしかない。この現状を悔やむように、小堀は再び机を叩いてから倒れ込むように椅子に座る。その後は、会見の映像を流したまま、誰も何も言わなかった。
エレベーターの到着音が鳴った直後、小堀が走り出した。普通は誰が来たかを確認するのが先だが、この状況での来客はひとりしか考えられない。水上である。
水上がエレベーターから一歩出るのとほぼ同時に、小堀が倒れ込むように、しかしこの上ない怒りを込めて両手で彼の胸ぐらを掴み上げた。
「……ずいぶんな、ご挨拶ですね」
多少驚いた様子だが、水上の声は冷静さを失っていない。
「ちゃんと、説明してくれるんだろうね」
小堀は震え声で問うが、水上は彼の手を軽く振り払い、局員たちが集まっている方へと足を進めた。そして、床に鞄を置く。
「私からも話すことがあるのですが、皆さんから言いたいことの方が多いでしょう。まずは質問から受け付けましょう」
このひと言が、局員たちの大混乱を引き起こした。無秩序に投げつけられる質問の数々は、もはや聖徳太子でも手に負えないレベルで殺到している。しかし、その中からひとりだけ、様子の違う声があがった。
「ジュリオは……」
涙声の主は、ツクモだった。
「ジュリオは、無事なの……?」
「ああ、そう言えばあなたはアツギ市出身でしたね」
ツクモの飛び降りからアンチネガリアン検出まで、水上がまったくかかわっていないはずもなく、彼はツクモの顔を見てすぐに質問の意味を理解した。
「ご家族かご友人でしょうか? 被害者の状況は、個人情報でもあるので私からは伝えられません。私が話すのは、何が起こったか。そして私たちが何をしたか、それだけです」
冷酷。まさにその二文字を体現したかのような態度を目の当たりにして、ツクモは力が抜けたように膝から崩れ落ちる。偶然そばにいた鳴島が彼女の体を支えるが、ふたりの目は揃って水上を睨み上げていた。
「……やはり、私から話した方が早そうですね」
水上はふたりを無視するかのように、鞄から紙束を取り出す。しかし、それを皆に見せようとした手を、小堀が掴んで止めた。
「いや。私から話すよ。その方が、皆も納得してくれるかもしれないからね」
「誠ちゃん!?」
まるで初めから何かを知っていたような小堀の口調に、羽崎が驚きの声をあげた。彼女の反応を見るに、宇宙開発局でも小堀しか知らない極秘の何かがあるのだろう。
小堀は水上から紙束を取り上げ、自分のパソコンの横に置いた。そして生放送の音量をゼロにしてから、再び口を開く。
「何せ重要機密だからね。身内への口外はもちろん、電子媒体での共有も禁止されていたんだ。私としては、本当に実行する奴がいるとは思わなかったけどね」
最後のひと言と同時に、小堀は水上を刺すように睨みつける。その眼差しは、ネガリアンの反応図を見る時のそれよりも怒りに満ちていた。
置かれた紙束の表紙には、赤い判子で最重要機密事項と押された下に、『ネガリアン対策特別区開発計画』と題名が付けられていた。
「いちおう確認するけど、これが出てくるってことは、君たちの仕業だと思っていいんだね?」
「はい。その点は間違いありません」
水上の返事を聞いてから、小堀は自らの激情を抑え込むように深く息を吐いた。
「略して対特区計画。政府と科学衛生局、そして私の三者で考案したものだ」
小堀の言葉に、もう誰も疑問の声をあげることはなかった。




