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第二十七話 メモリの中のユートピア シネマトグラフ・その三

 説明しよう。ネガトロン・シネマの能力は録画。右肩の機材で録画し、左手のカチンコを鳴らすことで録画したものの再生や巻き戻し、停止ができる。

 録画内容に関して、一度録画した内容は変えられないというのが基本だが、それはあくまでも物理的な問題。精神面についてはシネマの意思である程度の編集ができる。シネマは街の住人たちの精神を保ったまま同じ日を繰り返させることで栄養を補給し、また外からの侵入者に対しては、やるべきことをやり終えたという満足感を植え付けて外へ帰す。

 これを町全体、気の遠くなるような作業量をたったひとりでやり続けることで、彼は表面だけの平和を完成させた。今でこそアツギ市内の一部という範囲のみだが、管理さえ行き届いてしまえば、世界征服すら叶いかねない恐るべき能力である。

 ネガリアンはある意味肉食的な微生物だが、そのすべてが自らのために他者を襲い続けるわけではない。平和を望む人間に関わったことで、人間的に穏便に変化したネガリアン。それがネガトロンの特徴とも言える。


 ゼツボーグは、アンチネガリアンを持つ者は、シネマの時間操作に少しだけ抗うことができる。だが、落涙態を乗り越え、そしてなお怒り任せにアンチネガリアンを増やし続ける那珂畑は、もはやシネマの手に負える状態ではなかった。

 那珂畑は離れていた【スーサイド・バイスタンダー】を戻し、ゆっくりと歩き出す。シネマにとっても初めての出来事だったのか、鬼の形相で迫り来る那珂畑に対しシネマはただ恐怖の顔で、必死に左手の再生を進めていた。

「くらいやがれ……!」

 まだ完全に時間停止を克服したわけではない、あくまでもスローモーション。それでも一歩ずつ、確実に近づいた那珂畑は、ついにシネマを攻撃範囲内に入れるまで接近した。そのまま右手をドリルに変形させ、大きく振り上げる。

「【ネガティヴ・スパ……」

 カァン!

 間一髪、那珂畑の右手が命中するより先に、シネマの左手が再生した。そしてクロスカウンターのように、那珂畑に向けてカチンコを鳴らす。しかし、右肩のアームはいまだに志村を捕らえたまま変化がなく、カメラを使った時間停止ではなかった。

 仮にもう一度時間停止を受けたとしても、また脱出すればいい。那珂畑がそう考えて攻撃に集中し直した時、完全にノーガードになっていた彼の左半身に強い衝撃が襲いかかる。

 ハチオウジの戦いで、ジュニアが看破したゼツボーグ98号唯一の弱点。大質量による物理攻撃。知ってか知らずか、シネマの仕掛けた攻撃はそれを的確になぞり、那珂畑の体を容易に真横へと吹き飛ばした。

 吹き飛ばされる滞空時間さえスローモーション。しかし、那珂畑はほぼ完全に開放された目で衝撃の来た方向がはっきりと見えた。そこにあったのは、白い大型トラック。先ほどまで迫り来る気配も、遠くからのエンジン音すら聞こえなかったそれが、突然現れて彼を撥ね飛ばしたのである。

「ぎりぎりセーフ。本当にヒヤッとしたよ」

 シネマは心底焦っていたようで、再生したばかりの左手首で額の汗を拭い取る。

 録画というシネマの能力を聞いた時点で、こうなることは那珂畑と志村にも想定できた。しかし、怒りに突き動かされていた那珂畑は、攻撃の瞬間だけその可能性を見失っていた。町全体を支配する能力に加え、さらに自ら巡回して侵入者を直接排除する徹底ぶり。直接攻撃に向かない能力を持つシネマが、ポジトロンや落涙態といった強い侵入者に何の対策もとっていないはずがなかったのだ。

 那珂畑を撥ね飛ばしたトラックは、そのまま数メートル直進したところで突然消えた。

「てめえ、録画してやがったか……」

 シネマはまだ呼吸が整わないのか返事こそしなかったが、その顔をわずかに笑わせることで、その通りだと伝えた。

 先ほどのトラックは、言わば侵入者対策に任意のタイミングで発動できるよう録画したトラップ。受けた衝撃からして、たいして道幅の広くない商店街ではありえないほどのスピードだった。おそらく別の大通りで録画したものを、この土壇場で再生したのだろう。となれば、おそらく攻撃用の録画はこれだけではない。今最も警戒すべき相手はシネマのカチンコではなく、そこから繰り出される未知の攻撃だった。

 カァン!

 再びカチンコの音。次の攻撃が来る。那珂畑はまだ宙に浮いたままだが、上半身だけでも防御の構えをとった。

「先輩! 上だ!」

 離れた場所に拘束された志村には、それが現れた瞬間が見えた。2メートル以上はあろう大きな鉄骨。それが那珂畑の真上に現れ、まるで建設現場の事故のように落下してきた。

 衝突の瞬間、上半身が先に当たったことで那珂畑の体は少しだけ移動できたが、それでも命中自体は避けられなかった。鉄骨はそのまま、那珂畑の右足を押しつぶしながら地面に落下した。

「んぐあぁっ!」

 足に引っ張られ、胸を激しく地面に打ち付ける。衝撃で肺が押しつぶされ、体内の空気が一気に口から吹き出た。ポジトロンであれば、スローモーション中でも空中で加速して避けられたかもしれない。いや、そもそもネガリアンを真っ向から跳ねのける志村なら、時間操作そのものを受けなかったかもしれない。那珂畑は地面に叩きつけられながら、そんなことを考えていた。

 片足でも地面に固定させてしまえば、あとは落涙態も防御力も関係ない。余裕をもって始末できる。そのことを示すように、シネマは那珂畑の目の前まで歩み寄り、彼を真上から見下した。

「ヒーローで、死にたがりで、俺の能力が効かない奴。俺がこの町の皆から嫌われてるのはわかってるけどさ、俺もお前が大嫌いだよ。今まで会ってきた相手で、誰よりも大嫌いだ。だから、俺こそお前を倒してやる。ただしお前の願いが叶わないよう、死ぬ前にちゃんと録画しといてやるよ」

 それは、那珂畑が最も嫌う無限ループの予告。彼はシネマの時間操作を乗り越えたと感じていたが、一度でも状況が逆転してしまえば、天敵とも言える存在だった。そして彼は絶望した。だが、それによってゼツボーグが強化されることはもうなかった。

 こうして、戦況はシネマ対ポジトロンの一騎打ちに持ち込まれた。

「……さて。お前はけっこういいスピードで飛び回るから、録画するのが大変そうだ」

 シネマはもう那珂畑を気にするそぶりも見せず、拘束したままの志村に振り向く。しかし志村はシネマではなく、その足元に伏せる那珂畑を見ていた

「へえ。それは嬉しいね」

 志村はあらためてシネマと目を合わせ、苦笑いで答える。確かに、志村はこれまで一度もシネマの時間操作を受けていない。だが、完全に動きを封じ左手も再生された今、あとは録画さえすれば、那珂畑よりも簡単に攻撃されてしまうだろう。シネマは確実に攻撃を当てるべく、志村を拘束するアームの束から一機だけカメラを作り、レンズを向けた。

「先にことわっておこう。たとえお前が脱出できたとしても、俺はお前の周囲すべての方向から攻撃を仕掛ける準備ができている。録画した過去は変えられない。たとえ左右からトラックで挟んでも、傷つくのはお前だけだ。もう俺は油断しないぞ!」

 ひと通り言い終えてから、シネマは左手をゆっくりと、まるでピストルの照準を合わせるように志村に向ける。

 結局、志村のナノマシン操作は間に合わなかった。すぐに移動できるよう噴射機を起動し、攻撃用に剣を加熱し続けながらでは、そもそもそれ以上の細かい操作などできるはずもない。

 だが、こんな絶体絶命の状況でも決して諦めないのが、希望のヒーローである。

「……後ろだ」

「は?」

 志村の小声を、シネマは聞き逃さなかった。

「後ろに注意しろって言ったんだ。油断しないなら、後ろの先輩もちゃんと見張っておくことを勧めておくよ」

 この無駄にも思えるやり取りが、それ以前にシネマの長ったらしい宣言が、必要な時間を作った。

「後ろって、あいつはもう……」

 シネマが念のためと那珂畑の方に振り向いた一瞬、シネマの首筋に激しい衝撃が襲いかかる。物理攻撃ではない、ゼツボーグによるウイルス破壊。シネマは攻撃の正体こそ見えなかったが、受けた感覚からそう確信した。

「嘘だ……」

 人間であれば意識を失うほどのクリーンヒット。さすがのシネマも一瞬視界が揺らいだのを感じた。しかし、その状態でもはっきりと見えたのは、先ほど落とした鉄骨。そして、その下に那珂畑がいない光景だった。

「だから言ったんだ。後ろだってね」

 志村はシネマの注意が自分に戻った時、すでに気がついていた。これが那珂畑の作戦であると。そう、シネマの首を攻撃したのは、那珂畑の右足。鉄骨につぶされ地面に固定されたはずの右足で、彼はハイキックを繰り出したのだ。

「やっと元に戻ったぜ。油断しやがってこの野郎」

 意識を揺さぶられ、姿勢を崩しかけるシネマの横には、完全に時間停止から抜け出した那珂畑は立っていた。

「どうして、あの時お前は確かに……」

「そういう攻撃は何度も経験済みなんだよ。俺の大好きな鬼教官からな!」

 シネマが仕掛けた物理攻撃、それは那珂畑の弱点であると同時に、かつてジュニアが仕掛けてきたものと酷似していた。その経験から、那珂畑は対策を講じていた。

 広範囲の物理攻撃は、鎧で直接受け止めれば本体にもダメージが通ってしまう。ならば、落涙態を使える今、鎧だけを先にぶつけて、本体のダメージを減らせばいい。というのが最初の発想だった。

 だが、鉄骨と地面に挟まれた状態では、直撃は免れない、そこで那珂畑は、逆のことをした。右足の鎧を先に地面に突き刺し、そのまま本体で鉄骨を受けたのである。

 カルシウムが集まって骨になるように、鉛筆と同じ炭素を固めてダイヤモンドが作られるように、ゼツボーグも集めれば強靭な金属。スローモーション中でもかかる力は変わらず、右足の鎧は鉄骨よりも先に地面にわずかな窪みを作った。そしてそのまま落ちることで本体の足はその窪みに入り、鉄骨の衝突こそ受けたものの、地面に挟まれることはなかった。

 結果として、那珂畑は鉄骨で右足を固定されてはいなかった。ただ、地面に叩きつけられた衝撃でしばらく体に力が入らない状態になっていた。志村はその様子を見て、彼がやられたふりをしているとすぐに気づいた。そして、体勢を整えるまでの時間稼ぎとしてわざとシネマに忠告したのだ。

 的確な延髄蹴りを受けたシネマは、意識が遠のきかけた影響でアームにかけていた力をわずかに緩めた。志村はその一瞬を見逃さず、全力の噴射でアームから脱出。じゅうぶんに赤熱した剣を両手に持ち、アームの束を切断した。

「今だ! ドローン、全機展開! そんで志村、まず腕だ!」

「はいっ!」

 ネガトロンは、致命傷を与えてもしばらくは動ける。ジュニア戦の経験から、那珂畑はまずシネマの能力を封じることを選択した。志村はそのままの勢いでアームを切りつつシネマに急接近し右肩を腕ごと、すでに至近距離にいた那珂畑は、【ネガティヴ・スパイラル】で左腕を切り落とした。そして、那珂畑のリュックサックを突き破るようにして現れた大量のドローンが、その様子をしっかりと録画した。

 勢い余ってふたりはシネマの後方数メートルまで行ってしまったが、それだけの威力と余裕がふたりにはあった。

 首元を蹴られた上に両腕欠損という、すでに致命にも近い傷を負ったシネマだが、町一帯を支配するほどのエネルギーを持つせいか、ふらつきながらもまだ両足で地面に立っていた。

「まだだ……」

 もはや消えそうなかすれ声の直後、それまでにないほどの速さでシネマの右肩が再生。大量のアームが瞬時に伸びた。

「諦めて、たまるかああああっ!」

 アームはクモの足のようにシネマ本体を宙に支え、最初と同じ高速移動を始める。その圧倒的な再生速度に、志村さえ追いつくことはできなかった。

 火事場の馬鹿力と言うのだろうか。左腕が再生されないあたり、逃走のための右腕に集中した再生。だが、それにしても早すぎる。シネマは最初よりも速いスピードで、ふたりから離れていった。

 第一回シネマ討伐作戦。それはヒーロー側の優勢でありながら、最終的にシネマの圧倒的なエネルギーを見せつけられる形で終わろうとしていた。

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