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第二十四話 志村正規は絶望しない

 説明しよう。ポジトロンとは、科学衛生局が数年の研究の末完成させた、高性能医療器具である。しかし、大量のナノマシンをすべてひとりでコントロールすることは、たとえ事前にプログラミングされた手順があっても至難の業である。

 そこで、ポジトロンはパイロットの脳波から直接ナノマシンに信号を送ることで、まるで自分の体の延長のように各部分を動かせるよう設計した。しかし、問題はこの脳波だった。ほとんどの人間では正確に脳波を送ることができず、ポジトロンを全身に装着することさえままならない。これによってポジトロンの計画が止まっていることは、宇宙開発局側もよく知っていた。

 脳波が届かない原因はすぐに判明した。対策もすぐに判明した。あとはただ、その条件を満たすパイロット候補を探すのみ。こうして科学衛生局は、ゼツボーグの戦いの裏で、新たなヒーローになりうる人材を探し続けた。

 そしてポジトロンの完成からおよそ3年半。ついに彼は現れた。その名は志村正規、高校2年生である。


 始まりは、ある葬儀だった。志村家の遠い親戚。志村正規が名前しか知らないような細い付き合いの存在。しかし葬式と言う場はどうしても死者に近しい者が集まり、悲哀や後悔の感情がとめどなく湧き上がってくる。要するに、そこはネガリアンにとって恰好の餌場だった。

 ネガリアン騒動が始まって以来、ロックダウン内ではなるべく大人数ではなく、近親者のみでの小さい葬儀が主流となっていた。しかしその時だけは、遺族の意向もあって多くの親戚が集まってしまった。そして、多くの参列者が危惧していた通り、そこで集団感染が始まった。参列者たちは悲しみの感情のまま次々とステージ2へ進行し、斎場はパニック状態となっていた。

 その中でただひとり、志村正規だけが何も怯えることなくただ立っていた。彼はヒーローが助けに来るのを待ったが、ヒーローはなかなか現れず、やがて彼はしびれを切らした。親戚のほとんどが、自らの両親でさえもパニックに飲み込まれる中、ただひとり、お焼香の順番が回ってきたかのように、彼はゆっくりと歩いて斎場を出た。

 ヒーローが現場に到着したのは、志村が自力で救急隊のもとまでたどり着き、中の状況を説明したしばらく後のことである。この時戦ったのがゼツボーグ7号、加山大悟なのだが、すでに救急隊に保護されていた志村と彼が顔を合わせることは、最後までなかった。

 集団感染から無傷で抜け出したとあって、救急隊は志村をゼツボーグ候補者と判断し、精密検査に踏み切る。しかし、彼の体からアンチネガリアンは検出されなかった。それどころか、ほとんどの人間が経度の感染状態にあるこのご時世において、あの集団感染の直後にも関わらず、驚くべきことにネガリアンのひと欠片さえ見つからなかったのである。

 救急隊は、ゼツボーグ候補者とは別に、科学衛生局からもうひとつ、違う条件の者を探すよう指示されていた。そして、その条件に、志村は見事一致した。

 ネガリアンの餌となる負の感情、それはポジトロンを動かす脳波の伝達を阻害する。正確に脳波を発信できる清い人間、それこそが志村正規だったのである。

 マンション戦の後、羽崎が加山を居酒屋に呼び出した時のやり取りを憶えているだろうか。あの時、志村の情報が羽崎に漏れていた。何を隠そう、志村家の集団感染は、時系列的に第一話、那珂畑が加山と出会う少し前の事件なのだから。

 しかし、まだ当時は候補者の段階、言わばパイロットの育成期間。加山も羽崎も、実を言うとそれが途中で頓挫することを願っていた。


 そして、時は流れる。ついに、ポジトロン実戦投入の一報が小堀に届いた。それはまさに、ジュニア討伐作戦の当日。しかも加山が緊急出動した直後のことであった。当時、司令本部はほぼすべてのシステムを討伐作戦に向けてあり、外部からの通信が困難だったため、科学衛生局からの連絡は小堀のスマホに届けられた。

 作戦に集中する小堀は、まだその連絡に気づいていない。そんな中、ひとつの通報が届く。

「トシマ地区I区域より、集団感染の通報です!」

 ブザー音と共に、悲鳴にも似た声が司令本部に響き渡る。

 もう待機中のゼツボーグはいない。ならば移動中の加山をそちらに向かわせるか。いや、那珂畑の生死もわからない状況で加山を別の場所に向かわせれば、那珂畑が敗北した場合の被害拡大は免れない。すでに作戦は破綻している。トシマかハチオウジ、どちらかを切らなければならない。小堀を含めた誰もが、そう考えた。

「……加山君のルートはそのまま。現在地から遠いトシマ地区より、ハチオウジ市の方を優先する」

 苦渋の決断。小堀は歯を食いしばって、人々を見捨てろと指示したのである。

 いずれ、このような時が来ることは誰もがわかっていた。これまでなかったのが奇跡的だったのだ。加山への連絡準備をしていた局員も、通話開始のボタンを押そうとしていた指を震わせながら離していく。

「誠ちゃん……」

 どちらかを選ばなければならないから、どちらかを選んだ。当然の行動だが、その決断は、その重さは計り知れない。救えたはずの命など後からいくらでも数えられるとは言ったが、その数が増える瞬間というのは、多くの惨状を見てきた小堀ですら耐えがたい。羽崎は彼を心配しながらも、ただその姿を眺めることしかできなかった。

 そしてその直後、どうにかトシマの方を人力で食い止められないか科学衛生局に連絡しようとした小堀が、自分のスマホに表示された通知に気づく。

 希望が、現れた。

「大丈夫だよ、羽崎君」

 小堀は震えながらも、諦めない強い眼差しを羽崎に向けた。

「ヒーローは、まだいる」

 そのひと言で、羽崎はすべてを理解した。

 ポジトロンは実戦投入許可が出た直後、トシマ地区に急行。初戦にして素早く集団感染を解決して見せた。

 当然だが、ポジトロンへの指示権限は科学衛生局が持っている。当時の宇宙開発局は、彼の動向を知る術もない。ただ、トシマ地区の感染反応が弱まっていること、同じエリアから何らかの飛行物体がハチオウジ市に向かっていることから、何人かの局員はその存在に気がついた。

 かくして、ポジトロンの初陣は集団感染1件の解決、ネガトロンへの致命的ダメージという華々しい戦績で飾られることとなった。


 ポジトロンの機能紹介の後、水上は実際の戦闘の様子をモニターに映し出す。その映像は、ゼツボーグの戦いを多く見てきた局員たちも唾を飲むほど、的確で美しい立ち回りだった。

 しかし、水上は険しい表情のまま次の話題に移る。

「……以上がポジトロンと志村の紹介になります。が、先日のネガトロン・ジュニアによる大量殺人と大破壊。人々の心にはまたひとつネガリアンの爪痕が深く残り、ヒーローへの評価は下がる一方です」

 資料の束、ポジトロン紹介ページの次には、討伐作戦当日の惨状を書いたネットニュースや新聞の切り抜きが印刷されていた。いずれも大きな脅威に打ち勝ったヒーローを賞賛するものではなく、視点や書き方は違えど、皆同様に被害を防げなかったヒーローへの批判的な意見に満ちている。

 君はもっと積極的に認められるべきなんだ。那珂畑は沙紗の言葉を思い出す。誰もが正しいと思うことをしたと、鳴島も言っていた。それでも、世論は反撃能力を持たぬもの、秘密を抱えるもの、少しでも落ち度のある身近な存在に容赦なく石を投げる。そこにどんな思いや前提条件があっても関係ない。ひとりでも集団でも、人が死んだという結果がすべてなのだから。

 ヒーローが世論を気にするものか、という意見もある。確かに大富豪や発明家が自ら作った武装や設備で戦うのなら、そんな必要はないだろう。しかし、2局の上にあるのは政府。研究開発費や土地など多くの財、そして監視システムやドローン利用など多くの権限は、政府から降りる形になっている。つまり、世論がヒーロー批判に傾けば、政府は安定のため、それらの供給をカットせざるを得なくなる。ゼツボーグもポジトロンも、世論には敵わないのだ。

 沈みかける空気を打ち破るように、小堀が水上に並ぶ形で立ち上がった。

「私たちはネガリアンとの戦いを通して、ヒーローの信頼を回復させなければならない。そこで早速だが、次の作戦に出る」

 再びモニターの映像が切り替わり、いつもの地図。さらに小堀はそれを操作し、カナガワ県内を拡大する。そして拡大された中心には、ネガトロンを示す大きな反応がひとつあった。

「指定監視ネガトロン。今度こそ私たちが先手で倒す」

 小堀の声はいたって冷静。しかし、そこには羽崎さえ震え上がらせるほどの気迫が込められていた。

「討伐対象と作戦の詳細は、後ほど参加者に説明する。ただ、他の皆にも憶えておいてほしい。これからは、両局が力を合わせて戦い、人々の信頼と安全を取り戻す。少なくともその姿勢を人々に見てもらう。そのため今後は共同作戦が中心になる。お互いそれなりに思うところはあるかもしれないけど、そこだけは忘れないようにね」

 小堀の言葉はあくまでも両局に対する忠告だったが、その視線は羽崎ら身内側を見ているようにも感じられた。


 そして、会議は後半、次の指定監視ネガトロン討伐作戦に向けて動き出す。作戦に参加しない局員はそれぞれの日課に戻り、羽崎、鳴島ら宇宙開発局の主要メンバー、那珂畑、そして科学衛生局のふたりが残った。

 モニターには変わらずカナガワ県内の拡大地図が表示されたまま、ネガトロンの詳細情報などは表示されていない。

 那珂畑がモニター近くの席に移動したところで、小堀は会議を再開する。

「……さて。次に私たちが狙う相手は、ここ、アツギ市内広域で活動しているネガトロン。個体名はシネマだ」

 ネガトロン・シネマ。モニターには監視カメラが捉えたと思わしきぼやけた画像と、その全体をイメージしたようなイラストが表示される。

「あの、もっと細かい写真とかないんですか? 指定監視なら、これまでに戦ったゼツボーグの記録とか」

 那珂畑はまずそう聞いたが、この質問を口にした時点で、彼はなんとなくそれらがないということ、そしてその理由に察しがついていた。

 だが、小堀は待ってましたと言わんばかりの表情で答える。

「ああ、那珂畑君の言う通りだ。このネガトロンが確認されたのは1年以上前。それから私たちは何度もゼツボーグを送り込んできた。しかし、彼らは皆戦った様子もなく、無傷で帰ってきた。ドローンも無事だった」

 羽崎は事情を知っているように黙り込むが、彼女以外は思考をめぐらせるようにざわついた。ジュニアのように、身を隠すことに特化した相手なのか。あるいは戦う必要もないほど弱いから見逃されていたのか。いや、反応の大きさからして弱い相手ということはあり得ない。そんな卑怯ひと筋の相手をわざわざ協力して倒すことで、何のアピールができるのだろうか。

 那珂畑たちの考えをよそに、小堀は深刻な表情を見せる。

「シネマは発見した。発見したはずなんだ。でも、帰還者の記憶もあやふや。ドローンにも記録が残っていないどころか、バッテリーの消耗すら少なかった。まるで、初めから何もなかったみたいにね」

 初めから何もなかった。最後のひと言だけ、小堀は力を込めて伝えた。そこで、参加者の多くがその真相に気づく。が、彼らの発言を遮るように羽崎が立ち上がった。

「時間だ」

 そう、シネマの能力は時間。おそらく何らかの方法で、ドローンを出撃前の状態に戻して帰還させたのだろう。ゼツボーグが無傷で記憶があやふやなのも、戦いの痕跡を残さないため、攻略法を見出させないための工作。しかしあくまでもネガリアンの能力なので、アンチネガリアンを持つゼツボーグはわずかに抵抗し、外見のイメージだけでもイラストに残せたのだろう。

 証拠がないという証拠。たったそれだけのことで、シネマの恐るべき能力の片鱗が垣間見えた。

 どこか焦る様子の羽崎をなだめるように、小堀は彼女を座らせてから話に戻る。

「羽崎君の言う通り、あくまでも私たちの予想でしかないが、シネマの能力は特定の人や物体に対する時間操作。ひとつの証拠として、これを見てほしい」

 そう言って小堀はモニターの映像を切り替える。そこには現地の監視カメラの映像がふたつ映し出された。画面端の表示では、別の日の同じ14時。小堀がこのふたつを同時に再生すると、その映像は、男がひとり通過するというまったく同じ内容だった。同じ時間というだけで別の日なのに、歩く人の服装や歩き方、風に飛ばされる塵の形まで一致している。

「見ての通り、奴は監視カメラにも巻き戻し能力を使って、同じ日の映像を見せ続けている。しかも、まだ巻き戻しができるとわかっているだけで、早送りや停止もできないとも限らない。そこで、那珂畑君と志村君だ。シネマに挑むにはまず複数人で相互監視することが前提となる。どちらかが巻き戻しの方法に気づけば、そこから突破口は開ける。そして、防御力の高いふたりなら、今まで以上に奴の能力に抵抗できると判断した」

 那珂畑はまだ志村のことをよく知らないが、少なくとも自分が今までのゼツボーグ以上の防御力を持つことは自負している。そして、落涙態になるほどのアンチネガリアン生成。これがあれば、今まで以上にシネマの情報を多く持ち帰ることができる。彼の予想通り、小堀の判断に異を唱える者はいなかった。

 だが、ここで那珂畑は別の異常に気づく。シネマの活動範囲内に、他のネガリアンの反応がほとんどない。ジュニアの時は自宅付近で集団感染が起こるほど蔓延していたウイルスの反応が、シネマの周囲だけ異常と言えるほど薄いのである。仮に町中に配置された感知器をシネマが巻き戻していたとしても、感知器は常に最新の情報を送り続ける。いくらネガトロンとは言え、そのすべてを手中に収めることは難しい。何より、シネマ自身の反応を消せていないことから、シネマは感知器に干渉していないことが推察できる。

 過去のゼツボーグたちは、巻き戻しに対抗して連戦を挑まなかったのだろうか。何か他にそれができない理由があったのだろうか。増え続ける謎に、那珂畑の脳内は恐怖で支配されつつあった。

「作戦会議と言うにはあまりに情報不足だけど、これが現状だ。君たちふたりには、まずシネマの情報を持ち帰ることに尽力してほしい。相手の能力が未知である以上、討伐を見据えての直接戦闘は危険だ。水上さん、それでいいですね?」

 小堀が水上の方を見ると、水上は目を合わせることこそなかったが、頷いて答えた。

「ええ。何せ我々にはあなた方と違って戦闘経験がない。ポジトロン及び志村への指揮権も、戦闘においては宇宙開発局の方を優先するという取り決めですから。ただし、こちらも微調整など時間が必要です。作戦決行日等は、また追って連絡させていただきたい」

「うん。調整については私も同意見だ。お互いできるだけ万全の状態でいこう」

 ジュニア戦で実用性が証明されたポジトロンはともかく、那珂畑の落涙態はまだ調査研究の余地がある。シネマと戦う前にやるべきことは少なくない。

「……といったところで、確認事項は以上だ。まだ時間は残っているから、まあお互いの親睦を深めるためにも、自由時間としておこう。とりあえず解散!」

 小堀は最後まで元気よく振舞ってはいたが、やはり体力不足が響いているのか、言い終えると同時に息を切らして椅子に倒れ込むように座った。

 謎は多い。やることも多い。しかし那珂畑は忘れてはいなかった。あの白スーツ、ポジトロンに再び出会うことがあったら、絶対にひと言言ってやる。那珂畑はあの日から、彼に対するやり場のない感情を心の奥底に抱え続けていた。そして、その相手が今まさに目の前にいる。これ以上のチャンスはない。

「すみません、ちょっと志村君借りますね」

 あくまでもヒーロー同士の作戦会議。那珂畑が志村をどこへ連れ去ろうと、誰もがそう考えるだろう。那珂畑の予想通り、彼が志村の腕を強引に引っ張ってその場を立ち去っても、誰も止めはしなかった。


 司令本部の脇、備品倉庫への通路。基本的に人の通らないその場所に、那珂畑は志村を連れ込んだ。そして彼の人生で初めて、年下の少年を壁際に追い詰める。

 初めて話す相手。しかし一方的にただならぬ因縁を持つ相手を前にして、那珂畑はまず深呼吸をした。

「……小堀さんが言ったように、これからは団体行動。良い関係を持つことが大事だ。志村って呼んでもいいか?」

 言葉とは裏腹に、明らかな怒気をはらんだ発言。当然、志村もそれに気づかないはずがなく、いわれのない対応にやや不満の顔で答えた。

「いいよ。ボクもキミとはフランクに付き合いたいと思ってたんだ。緊急連絡もわざわざ敬語使ったりするの面倒だし。でも、キミの態度はどう見ても良い関係を作ろうって感じじゃないよね。それにこの場所。ボクに何か恨みでもあるのかい?」

 あくまでも笑顔。しかし志村のそれこそが那珂畑の逆鱗に触れた。志村は会議中も笑顔を崩すことはあれど、不安や恐怖といった感情を一切顔に出さなかった。ポジトロンパイロットの素質からして、そもそもそういった感情を感じにくい性格なのだろう。

 しかし、だからこそ那珂畑は思う。あの日、沙紗を半ば不意打ちで切り殺した時、志村はバイザーの向こうで同じ顔をしていたに違いない。いや、ネガトロン退治という大仕事をやってのけたのだ。むしろ笑って当然だろう。その当然が、那珂畑は許せなかった。

「志村、お前と初めて会った時、あいつの背中を切った時、何か思わなかったのか」

「何かって言われても……。うーん、強敵を倒して、やった。って感じとか?」

 当然の反応。人々を守るヒーローとして模範的な思考。間違っているのは自分の方だ。那珂畑はそれを理解していても、自らの衝動を抑えきれなかった。

「あのな、ネガトロンだってもとは人間。感情があるんだ。やりたいことがあるんだ。仲間がいるんだ。あまり考えなしに殺すもんじゃない」

 那珂畑の発言に、志村は初めて口をへの字に曲げて不満をあらわにした。

「先輩こそ、あっ先輩って呼ばせてもらうね。先輩、あのネガトロンに感情移入でもしてたの? それこそヒーローがやっちゃいけないことでしょ」

 正論。何の隙もない正論。ネガリアンは人類の敵。しかし那珂畑はジュニアに、沙紗にただならぬ感情を抱いてしまった。だが、ここで志村に同意すれば沙紗の想いをないがしろにすることになってしまう。それだけは、どうしてもできなかった。

「ああ。確かに俺は感情移入してたさ。だからあの時、お前を恐れた。殺戮マシーンに見えた」

 志村を強く睨む那珂畑の目は、怒りか悲しみか、真っ赤に充血していた。

「俺はお前を、ヒーローとは認めない」

 那珂畑は吐き捨てるように言い放ってから、その場を去ろうとした。しかし、志村はあくまでも正義と希望のヒーロー。こんな理不尽な相手に屈する人間ではない。彼は那珂畑の背中に向かって言い返す。

「ボクだって、先輩がそんなんじゃ同じヒーローだなんて思いたくないね。少なくとも今度の戦い、邪魔だけはしないでよ」

 宇宙開発局と科学衛生局の関係は、まだ悪いものではなかった。しかし、当のヒーローふたりはこの場で決定的に割れていた。

 協力だの良い関係だの綺麗ごとを並べても、いつかはヒーローの座を奪い合うことになる関係。いや、おそらくゼツボーグはポジトロンにその座を奪われる。そこに個人の感情が入り込めば、ゼツボーグの立場はさらに危うくなる一方だろう。たったひとり、那珂畑のただならぬ様子を見て後をつけた羽崎は、かつて加山に話した悲観的な未来が実現に近づいていると感じた。

 だが希望は、絶望はまだ残っている。那珂畑の落涙態、この研究が進み鳴島の復帰が叶えば、少なくともポジトロンと同等の立場にはなれる。羽崎はその可能性を信じ、ひとり研究室に向かった。

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