第十七話 加山大悟の執行 ハチオウジ決戦・その三
今日も都に風が吹く。(最初ですが桜吹雪的なやつお願いします)
反吐に穢れた風が吹く。(照明、少しずつ強めに)
神か悪魔か問われたならば、(中央にスポット当ててください)
ご唱和ください彼の名を。(ここだけ暗転)
大変長らくお待たせいたしました。正義の通り魔、加山大悟の登場で御座います。(はいここで緞帳上げてド派手なお囃子を!)
15時30分。那珂畑とジュニアの戦いは、持久戦にもつれ込んでいた。だが、先にエネルギーを蓄えて戦場を整えていた分、状況は確実にジュニアの優勢に傾いていた。
ジュニアは擬態で姿を隠しながら、壁や天井を壊しては武器にする。あるいは地中を掘り進んで落とし穴なども作れる。言ってしまえば、透明化した巨大スライム型モンスターが、縦横無尽に暴れまわっているようなものだ。
対して那珂畑は防戦一方。いくら高度な防御力を持っていても、体の芯に響くダメージは確実に蓄積されていた。このまま気絶まで消耗されなくとも、脳震盪などによる一時的な失神でもゼツボーグは解除されてしまう。そうなれば即敗北。彼はもはや反撃の糸口を見失っていた。
古今東西、姿の見えない敵の攻略法と言えば、音や匂い、昼間なら影を探すことが有効とされている。しかしジュニアに限っては、それすらも無意味。音も匂いも無尽蔵にダミーを再現でき、影は地面の色を変えることで消している。そうでなくとも、絶え間ない大破壊による砂埃で、視界から得られる情報はないに等しい。そして何より、校舎を破壊し続けるほどの巨躯。ネガトロンには中枢部と呼べる場所がなく、倒すにはその大きさに対して再生不可能なほどの傷を負わせなければならない。彼女が何らかの油断や挑発で人間の姿にでもならない限り、那珂畑の【ネガティヴ・スパイラル】さえも有効打にはなり得ない。
ジュニアの初撃から、この状況が20分以上。那珂畑は局との通信を切られたまま、孤独な戦いを強いられていた。その間、彼は戦局には関係ないが、ある違和感を覚えていた。
ジュニアが、ひと言も喋っていない。彼女の殺し方は那珂畑が最初に体験したように、言葉巧みに相手の恐怖を煽るもの。戦闘以外においても、彼女は対話やコミュニケーションを重視する傾向があった。にもかかわらず、戦闘開始から彼女の声が、恍惚の笑い声すら聞こえない。本当に他のネガトロンがいる可能性も捨てきれないが、もしこれが彼女の暴走なのだとしたら。過度の暴食によるエネルギーの暴発なのだとしたら。彼女の本心に何か影響を与えることで状況を変えられるかもしれない。
しかし、今の状況がジュニアの暴走であるという時点で、それは那珂畑の仮説に過ぎない。もし暴走だったとして、彼女がこれほどの力を維持したまま冷静さを取り戻せば、さらなる状況の悪化を招きかねない。結局、那珂畑の思い付きはその場において無意味であった。
だが、このまま一方的に負けるよりは、少しでも打開の可能性に賭けた方がいい。話をしよう。彼女の声に耳を傾けよう。那珂畑がそう決心し、大きく息を吸った時。この場にふさわしくない声がした。
『……以上が、今回の出走馬および騎手の紹介になります。キョウト競馬場は快晴、芝の状態も良好。全馬間もなくゲートインです』
ややノイズがかった、小型ラジオの音声。他のサイレンや崩壊音に消されないよう音量を上げているのか、少し音割れしていた。
聞き覚えのある解説音声に、那珂畑は思わずその方向を見る。ジュニアにとっても想定外だったのか、いつの間にか攻撃は止まり、瓦礫の上に制服姿が現れた。
「待たせたな、坊主。……それに、嬢ちゃん」
那珂畑の背後、校門から砂塵をかき分けて現れたのは、加山だった。
「……まさか、あんたが来るとはね。初めまして、正義の通り魔さん」
ジュニアが確実に油断している。そう見た那珂畑は右手にドリルを構えて攻撃態勢に入るが、加山がその一歩前に出て止めた。
「バカ野郎、防御自慢が防御に徹してんじゃねえよ。それに、俺もこいつにちと用があるんだ。少し下がってな」
加山とジュニア。互いの様子から見るに、どうやらふたりは4年という古株同士でありながら初対面のようだ。では、なぜ小堀はジュニア討伐に加山を出さなかったか。それはおそらく、彼なら何のためらいもなく、三森沙紗を殺せるからだろう。そうすれば加山の罪が多少重くなる以上に、宇宙開発局にとって大きなダメージになりかねない。だが、通信途絶という異常事態となって、ようやく彼が繰り出されたということだろうか。
「悪いな嬢ちゃん。あいにくこっちも人手不足でな、ついに俺の出番が来ちまったってわけだ。若いのふたりに水を差すようでなんだが、まあ殺人鬼同士、正々堂々やりあおうや」
明らかな挑発。これも戦闘経験によるものだろうか、加山は口を動かしながらも、両手にはゼツボーグのナイフを生成し、すぐに飛びかかれるようこっそりと足元を整えていた。
20分以上に渡る連撃による興奮か、加山の挑発が効いたのか。ジュニアの表情は怒りに震えているようにも見えた。
「……一緒にするなよ。僕は、あんたみたいに殺しを後悔しない!」
ジュニアも両手にナイフを生成し、加山に突進する。それは一見すると挑発に乗せられた単調な攻撃だったが、彼女はその実冷静だった。正面からの攻撃に両手で防御態勢をとる加山の背後から、透明化した体の一部が瓦礫を持ち上げ攻撃しようとしていた。
「加山さん!」
那珂畑が身代わりになるべく駆け出すが、すでに遅い。瓦礫は最小限の動きで加山の背中目がけて投げられた。しかし加山は、それを見もせず右腕を引いて肘で叩き落とす。そのまま右ストレートのようにナイフを突き出し、正面からの攻撃もいなして見せた。
「ひと桁号、なめんじゃねえぞ。嬢ちゃんの姿が全部じゃねえことくらい、気配でわかる」
長年の戦闘による勘と言うのだろうか。加山はその後も全方位からの瓦礫攻撃を正確にいなしつつ、細かいながらも確実にジュニアに傷を入れていた。思えば、シロヤマでの戦いにおいても彼は、ネガリアンの軍勢に自ら飛び込み、たったひとりでそのすべてを捌ききった。この人手不足を生き抜いてきたゼツボーグにとって、包囲攻撃などものの数ではないということである。
そして、戦いながらも加山は口を動かし続けた。
「あと嬢ちゃん、悪いがこの戦いは絶賛生放送中だ。放送できねえもん晒すなよ!」
その言葉に、那珂畑はあらためて加山の周囲を見渡す。すると、彼の頭上にはいつもの小型ドローン。そして同じものが20メートルほどの間隔で、校門の外まで列を成していた。おそらく、通信途絶を受けた局の対策だろう。このドローン群を中継して外のネットワークにつなげれば、数台破壊されても通信が途切れることはない。加山のラジオが正常に動いているのも、その恩恵だろう。むしろラジオの音声が、通信状況を示す役割を果たしていると言っても過言ではない。
那珂畑は早速インカムの電源を入れ直し、ドローンへの再接続を試みた。
『……よかった。聞こえるかい那珂畑君。加山君の方は羽崎君に任せている。ここからはまた、私が作戦指示を出そう』
通信回復と同時に、少し安心したような小堀の声がした。しかしやはり精神的に追い詰められているのか、少し息切れのような音も聞こえる。
15時40分。投げつける瓦礫を使い果たしたのか、ジュニアの攻撃が止まった。
『全馬ゲートイン完了。まもなくスタートです』
妙な静寂の中で、ラジオの音声だけが明瞭に聞こえる。
「さて、坊主。こういうでかい敵の倒し方は憶えてるよな」
「っ、はい。とにかく大部分を攻撃しろ、と」
那珂畑は突然の質問に一瞬言葉に詰まりながらも、教わった通りに答え、加山も正解と言わんばかりに頷いて見せる。しかし今のジュニアを相手に那珂畑のドリルはもちろん、加山のナイフも有効打とは言い難い大きさだった。
「そこでだ。ここらでひとつ、俺のとっておきを見せてやろうと思うんだがな。その前にこいつを持っててほしいんだ」
加山が渡したのは、それまで彼の腰にぶら下げていた小型ラジオ。通信確認の役割を察した那珂畑は、それを何も操作せずそのまま受け取った。
那珂畑がしっかりと受け取ったのを確認すると、加山は彼の頭をぽんぽんと優しく叩き、続けてズボンのポケットから一枚の紙を取り出して見せる。それは、今日の第11レース、造花賞の馬券。内容はタワーオブブルーの単勝だけだった。
「それって……」
ラジオはともかく、加山がこんな状況に馬券を持ち込み、わざわざ見せつける意味が那珂畑には理解できなかった。だが加山は彼が困惑することも想定していたようで、馬券をそのままポケットに戻す。
「こいつあ渡し賃だ。少なくとも六文銭よりはいい値がつくだろうからな」
渡し賃、六文銭。その言葉が何を意味するのか、那珂畑はすぐにはわからなかった。しかしその様子をモニター越しに見ていた羽崎が先に理解したように、加山の次の行動が、すべての答えを表すこととなる。
「……ゼツボーグ7号、最終奥義」
加山が顔の前で祈るように手を合わせ、そしてゆっくりと手を離す。その手の間には、かつて誰も見たことのない、長い刃物が生成されつつあった。そしてそのまま両腕をいくらか広げ終えたところで、彼はその柄を手に取る。彼が生成した刃物はいつもの青白い光を放ちながら、刃渡り実に90センチ。柄を含めた全長110センチにも及ぶ日本刀の形をしていた。
「【アトロシティ・サムライ】」
『大悟ちゃん! それは……!』
那珂畑のインカムにも聞こえる羽崎の叫び声。しかしそれを意に介することなく、加山は突進攻撃に踏み切った。
加山の踏み込みとほぼ同時。ラジオからは、出走ゲートの開くガコンという音がした。
『各馬一斉にスタート。秋のGⅠ造花賞の幕が上がりました』
ゼツボーグとは、アンチネガリアンが生成する合金。それは強く大きく使うほど体に負担をかけ、アンチネガリアンを消耗させる。
【アトロシティ・サムライ】。それは、加山が持つアンチネガリアンを総動員して作った、ゼツボーグ7号の最大にして最強の武器。しかしそれは同時に、彼のゼツボーグとしての終わりを示していた。
血液から白血球が不足するように、アンチネガリアンを失えば、その体はネガリアンに対する抵抗力を失う。つまり現状、加山は攻撃と防御のすべてをその刀一本に託している。
他のゼツボーグならば、アンチネガリアンが多少不足したところですぐに再生産できる。しかし加山は違う。血清の継続投与により彼の免疫系は甚大なダメージを受け、アンチネガリアンの自己生成力が限りなく落ちていた。そして度重なる消耗と血清の効果が次第に薄まっていくことによって、彼の体はもはやネガトロンと相対するには到底ふさわしくないほどに衰えていた。
加山のデータを誰よりも知る羽崎からすれば、【アトロシティ・サムライ】の発動自体が、もはや奇跡と呼べるほどだった。
むろん、加山自身もそのことは理解していた。ゆえに、彼は緊急出動を決めた時からここを最後の戦場に定めていた。
相手の変化、抗体の気配が体から感じられない。ジュニアは好機とまでは言わないが、加山に合わせて素早く戦術を変えた。
那珂畑に仕掛けた、壁や瓦礫を使う攻撃ではない。擬態で姿を消した体を使った直接攻撃。今の力なら、加山本体に一撃でも入ればほぼ即死の重傷を負わせられる。ジュニアはがれきの下や地中に潜ませていた部分を地上に露出させ、一斉に攻撃を仕掛けた。
角度も、本体への接触タイミングも計算しつくされた、ほぼ同時の飽和攻撃。しかし、それらはただの一度として加山の体に触れることはなかった。加山はジュニアに近づきながら、まるで舞踊のように刀を振り回し、迫り来る攻撃をすべて捌いたのだ。
攻撃こそ最大の防御とは言うが、これこそが【アトロシティ・サムライ】の真価。ゼツボーグで作られた刀は、その攻撃力に対して非常に軽く、また峰打ちでもネガリアンを退けるにはじゅうぶんなダメージを与えられる。
瞬く間に、加山はジュニアの目の前まで接近し、その胴体を右肩から左脇腹にかけて一閃。切り裂くことに成功した。しかしやはり、一太刀では致命傷とならない。ジュニアは切られた体を擬態で消し、また別の場所に同じ姿を再現した。
わざわざ姿を晒さず、全身を隠していればこの一撃も避けられたかもしれない。しかし、ジュニアは無意識にそれをしなかった。全身を消すことはできなかった。常にどこかで三森沙紗の形を保っていた。何度切られても、まるでモグラ叩きのように別の場所に姿を現した。
ジュニアがこのような行動に出る理由に、加山は初対面ながら心当たりがあった。最初の挑発に対して「一緒にするな」の発言。そしてこれまでの那珂畑との会話、加山の本性を大々的にカミングアウトしたこと。これらのことから加山が導き出した答えは、知識欲。ジュニアは相手のことを知りたがっている。そのために死闘の中でありながらも姿を晒し、無意識に対話を求めている。彼はこの答えにたどり着いた直後、にやりと笑いながら挑発を再開した。
「嬢ちゃん! お前は俺と違って殺しを後悔しないって言ったな。確かに俺は後悔したさ。死刑宣告に何も言い返さなかったくらいにはな!」
次々と現れる三森沙紗の体は、そのすべてが本体でありながら、どれを切っても致命傷とはならない。しかし加山は人間として、彼女の目を見て話し続けた。
「俺のしたことは、誰にも許されねえ。だが、誰かがやらなきゃいけねえと思ったんだ。このクソみてえな世界で悲しむ奴をひとりでも多く減らしたい! あの日だってそうだった。切り減らすんだよ俺は!!」
話している間にも、20回は切っただろうか。加山が言い終えたところで、ジュニアの動きが止まった。偽物とは言え、人間の体に刀を振るうことに加山は一切の躊躇がなかった。違うとは言ったが、この点に限ってジュニアと加山は共通していた。ただ、動機と反省が違うだけだった。
「嬢ちゃん、お前の言う通りだ。俺とお前は違う。俺には役割がある!」
その時、ジュニアの攻撃が止んだ。同時に透明擬態での接近もやめたのか、加山も攻撃をやめてひと息つく。
『最初のコーナーを抜けて、先頭争いはストームスライダーとインディクリスタル。少し離れて中団にはソアリングスカイ、それを見るようにレイジングソウルとやや外をついてストーリーマニア。タワーオブブルーは後方の位置にいます。マニアとタワー、共に早仕掛けを得意とする二頭ですが、どこで勝負を仕掛けるか、注目です』
しばらくの静寂に、ラジオの音声だけが響き渡る。そこからは、ジュニアの戦法が変わった。ついに姿を現さず、全身擬態で加山を攻撃し始めた。しかし、加山が傷を入れ続けた成果か、擬態の精度はわずかに下がっていた。ほんの少しだが、向こう側の景色が歪んで見える程度には、彼女の姿が見え始めた。
「……期待されちまったものは、しっかり応えてから終わらねえとな」
挑発ではない、小声のひと言。加山のそれは、どこか遠くへ祈るようにも聞こえた。




