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第十二話 ふたりは殺人鬼 デート作戦・その四

 説明しよう。この物語はフィクションであり、登場する地名や人物、団体名は、実在するものと一切関係がない。ただ筆者が神奈川県大好きだからこうなっただけである。あと、この定型文を一度使ってみたかった。


「この時間を、終わりにしたくない」

 有料放送の恋愛ドキュメンタリーだったら、クライマックスのひと言になっていたかもしれない。ジュニアの言葉は、あくまでも彼女を拘束、監視する任務にいた那珂畑にとってかなり衝撃的だった。

 しかし、秋の日は釣瓶落としということわざにもあるように、日はみるみるうちに沈んでいき、海風も次第に冷たさを増していく。この暗さと冷たさが、ジュニアをネガトロンに引き戻した。

「でも、終わりにしなくちゃね」

 ジュニアは残っていたコーヒーを一気に飲み干し、少し咳き込んでから立ち上がった。

「やっぱり、君と僕は敵同士だ。仲良くしちゃいけない。今日は本当に楽しかったけど、それはきっと今日で最後だ」

「お前、何を……」

「話をしよう」

 その言葉、落ち着きながらも静かに漂う殺気。ジュニアは那珂畑と初めて会ったあの日を、もう一度繰り返そうとしていた。

 那珂畑はその直後、無意識に立ち上がり、後ろ跳びでジュニアから距離をとった。話をするとは言ったが、話の後に戦いが始まってもおかしくない口ぶり。ショートブーツを預かったのは判断ミスだったかもしれない。ジュニアの擬態能力なら、どんな靴よりも裸足の方が動きやすい。まだ動かない右腕で彼女に太刀打ちできるかはわからないが、彼は心構えだけは済ませることにした。

「ありがとう。君が僕の思った通りの敵でいてくれて、安心したよ」

 那珂畑の反応を先読みしていたのか、ジュニアは少しだけ笑って見せる。

「でも、本当に話だけだよ。考えてもみなよ、僕は今日、君たちの作戦通り何も食べてない。君の腕と同じように、お互いハンデがあっては戦いにもならないでしょ?」

「だったら、お前は何がしたいんだ」

 那珂畑の問いに、ジュニアはしばらく考えた。これまで常に彼の一挙手一投足を先取りしていた百戦錬磨のネガトロンが、たったそれだけの問いに悩んでいた。

「……わからないんだ」

 初めてだった。三森沙紗を通じて人間を理解し、多くのゼツボーグとの戦いに勝ち残り、今なお那珂畑を上回っていたはずのジュニアが、何もできずにいた。

 だから彼女は、自分で整理するように、考えられることから話すことにした。

「きっと、沙紗だけだったら君に出会えなかった。ジュニアだけだったら君に殺されてた。どっちでもあって、どっちでもない。僕だから君とここまで来れたんだ。どうしたらいいんだろ。今の気持ちを終わりにしたくないって思っちゃってね。今は、君を殺したくない。変だよね、僕は君の敵なのに」

 ジュニアの告白に、那珂畑は何も言い返せなかった。いや、彼自身もどこかで彼女の想いに気付いていたのかもしれない。その上で敵同士であり続けるため、意図的に距離を置こうとしていたのかもしれない。

「でも、君が僕の敵でいてくれるなら、僕もちゃんと戦える気がする。だから、これから僕は頑張って君を敵に回すための話をするよ」

 それは、彼女だけが実行できた情報操作。そして、彼女だけが知り得た、宇宙開発局の秘密だった。

「まず、今日の水族館の話。実はこのチケット、僕のじゃないんだ」

 ジュニアがポケットから出して見せた、ペアチケットの片割れ。その裏面には、購入者の名前が書いてあった。それは三森沙紗でも那珂畑逸でもない、知らない男の名前。ペアチケットは一枚で印刷され、片方にしか名前を書くスペースがなかったため、那珂畑の方にはその名前は書かれていなかった。

 そして、その名前の人物が、ジュニアに殺された人間であると、那珂畑はすぐに察しがついた。

「これだけでだいたい気づいてると思うけど、本来ここに来るのは僕たちじゃない、他のカップルだった。僕はその彼氏からこのチケットを盗んだ。つまり君は、僕のせいで彼のチケットを不正利用して、今日一日をエンジョイしたってわけだ」

 あくまでも三森沙紗の姿なので、直接的な表現はしない。しかし、彼女の発言は明らかにその人物の殺害を示唆していた。男を殺してチケットを奪ったと、彼女はそう言ったのだ。

 いちおう、彼女が見せたチケットの名前はしっかりとドローンに撮影されている。しかし、そこから元の持ち主やその殺害現場を特定できたとして、変幻自在のジュニアを犯人と断定することは難しいだろう。彼女自身もそのことを理解した上で、ただ那珂畑たち、ジュニアの存在を知る者だけがわかるように巧みに言葉を選んでいた。

「だから、このチケットの存在は僕の友達には喋っていない。一緒に行こうとか言われたり、彼氏ができたのか問い詰められても困るしね」

 これが、物販コーナーを通過した理由となる。ジュニアはパフェに付いていた那珂畑とお揃いのメタルチャームだけで満足だった。と言うより、それ以外に何も買う必要がなかったのだ。

 これだけでも、那珂畑にはじゅうぶんにジュニアと戦う動機になる。しかし、ジュニアはまだ言い足りないのか、さらに続けた。

「それと、君はもう誰も守らなくていい。僕だけを見て、僕と戦ってほしい」

 距離を置いた那珂畑に向けられた目線は、まるで彼の向こう側にいる何かを見据えているようだった。

「こないだ見かけた時は僕もびっくりしたんだけどさ。加山大悟は元気にしてるかな?」

 那珂畑はジュニアの口からその名前が出てきたことに驚きを隠せなかった。彼女が最近加山を見かけたとしたら、それはおそらく那珂畑がゼツボーグになる直前のシロヤマ地区での戦い。あの集団感染にジュニアが関係しているかは謎だが、さらに謎なのは、彼女が加山の名前まで知っているという点だった。

 身元が知れているとなれば隠す必要はない。那珂畑は黙って一度だけ首を縦に振った。

「そっか。じゃあきっとタチカワのネガテリウム戦にもいたのかな。まあそれはいいや。僕の知る限り、彼はとても活動歴の長い大ベテラン。もうとっくに引退しててもおかしくない。そんな彼が、なぜまだ戦っているか、そもそもなぜゼツボーグになったか、どうして君が彼を守らなくていいのか、教えてあげるよ」

『逸ちゃん! それ以上は……』

 羽崎が突然大声で制止しようとする。同時に、どこからか隠れていたドローンが一斉に姿を現した。その数実に20台近く。そのうち半分は、事前に那珂畑が聞かされた通りであれば、強力な鎮静剤が仕込まれている。まあそれがネガトロンに効くかどうかは別だが。

 しかし、インカムから伝わる音声は、複数の声が入り乱れて聞き取れない状態になっていた。ドローンも、ジュニアに鎮静剤が当てられる射程の外で操作を中断されたようにホバリングしている。

 突然の出来事に、那珂畑は状況を理解できずにいた。彼の混乱、ドローンの異常、そしておそらくその原因となっている局の異変。そのすべてを知っているのはジュニアだけだった。


「よせ羽崎君! まだ攻撃は許可できない!」

「でも、このままじゃ逸ちゃんが!」

 司令本部。ドローンの攻撃司令コマンドを実行する直前で、羽崎は小堀にその手を掴まれ止められた。

「いいから落ち着くんだ! 加山君のことは、いずれどこかで彼の耳に入るはずだった! むしろ今まで気づかれなかったのが幸運なくらいだ!」

「だからって……!」

「おい」

 ふたりを同時に止めたのは、加山本人の声だった。

「俺のために喧嘩してんじゃねえよ」

 その顔は照れ隠しのような苦笑いだったが、どこか覚悟を決めるように奥歯を強く噛んでいるのが頬に浮いて見えた。

 加山の顔を見て、羽崎は膝から崩れ落ちる。彼女の顔は床に向いたまま誰からも見えなかったが、震える肩とすすり泣くような声だけが、彼女の悲痛な感情を物語っていた。

「全部、私のせいなのか。大悟ちゃん……」

 羽崎は白衣の袖で目元を拭いながら、震えた声で言う。

「お前だけじゃねえ。誰もが、自分の正しいと信じたことをやった結果だ。それに、ここからは俺じゃなくて坊主の問題だ。あいつがこれからどうするか、しっかり見届けるのが俺たちの仕事だ」

 加山が羽崎を立ち上がらせようと手を伸ばしたが、羽崎はその手をとった直後、彼の体を強く抱きしめた。

「だったら私は、君を最後まで見届ける。それくらいの責任はとらせてよ」

「……ああ」

 加山は一瞬驚いて固まったが、その後羽崎の肩を優しく撫でた。

 静まり返った司令本部でただ一人、鳴島だけがすべての人に背を向け、自分のディスプレイに向かっていた。


「君は加山大悟って名前で、何かぴんと来るものはなかったのかい? まあなくても当然か。何せもう5年近く前の話だもんね」

 ドローンの動きが止まったのを確認してから、ジュニアは話を再開する。そして彼女はバッグからスマホを取り出し、しばらく捜査してから那珂畑にその画面を見せた。

 画面に表示されていたのは、とあるニュースサイトの記事。彼女の言う通り、今から4年以上前の事件を取り上げたものだった。ジュニアが那珂畑にそれを読ませるようにゆっくりと画面をスクロールさせると、那珂畑はその内容に思わず手で口を塞いだ。

 記事の内容は、僅か数分で17人を殺害した通り魔事件。記事には警察に取り押さえられる犯人の写真、そして写真の下には犯人の名前がフルネーム年齢付きで添えられていた。

 殺人犯、加山大悟。当時24歳。記事は事件からしばらく後に書かれたもののようで、彼の裁判についても書かれていた。

 判決、死刑。

 那珂畑が必要なところまで読んだことをリアクションから確認すると、スマホをバッグに戻した。

「色々おかしいよね。死刑判決を受けたはずの人間が、どうして表社会で普通に生きてるのか。どうして通り魔がヒーローになっているのか。答えは簡単。彼にゼツボーグの素質があったから。君の先輩が、彼を死刑から助けちゃったんだ。人を攻撃することに躊躇いがなく、死刑が確定したことで法律から姿を消した人。その上ゼツボーグの素質持ち。これほどヒーローとして都合のいい人はいない。それが君たち宇宙開発局のやったことさ。君も彼から色々教わったんだろう? そして僕や他のネガリアンと戦うことに躊躇った君は、まず試しに彼を守ることを戦う動機にした。違うかな?」

 ジュニアの発言はまさに那珂畑の図星を突いていた。おそらく数回会った中で、彼女は那珂畑のわずかな変化を見逃さなかったのだろう。そして他にどれだけヒーローがいるとも知れない状況で、加山が生きているというきっかけから、彼女は加山と那珂畑の間柄を正確に推測したのだ。

「でも、彼はジュニアと同じ殺人鬼。僕と戦うなら、君は彼を守るなんて考えない方がいい。僕はジュニア、何にでも化けられる天才変装家。君に守るものがなくても、ちゃんと君の敵を演じて見せるからさ。君にも、ちゃんと僕を見て戦ってほしいんだ」

 ネガトロン・ジュニア。対人において無敵にも近い擬態という力を持った彼女の本質は、どこまでも人間的な強欲だった。

豆知識 三森沙紗の父親は競馬ファン。推し馬はストーリーマニア。

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