第九話 必殺の一手 デート作戦・その一
説明しよう。ゼツボーグ98号こと那珂畑逸は、ネガテリウム・マンションとの戦いにおいて目標としていたゼツボーグの形状変化、攻撃運用に成功した。
加山は彼のドリル形態を必殺技の完成形と判断し、その性質から【ネガティヴ・スパイラル】と名付けた。【アトロシティ・スパイク】の時といい、何とも歯の浮く痛々しい名前だ。そもそもドリルの形は見ればわかるのに、なぜ技名が必要なのか。そこにはしっかりとした理由があった。
マンション戦のような複雑な戦いにおいて、ひとりでは正しい判断ができないことがあり、同行者やドローンを介した司令本部とのコミュニケーションが不可欠となる。そのような時に他者から必殺技の使用を指示する場合、ドリルやナイフを使えといった普通の表現では、それが必殺技の指示だと受け取りづらいことがある。そこで、戦局に大きく影響する必殺技には、日常語に含まれない固有名詞としての技名が必要となるのだ。
とまあ長ったらしくそれらしい理由を書き並べたが、結局はヒーローものに痛々しい技名はつきものということである。
ゼツボーグの性質が変化しにくいように、一度脳に刻まれたイメージを書き換えることは難しい。那珂畑はもう少し中距離で戦える長物を望んでいたのだが、形が完成してしまったものは仕方ない。よって彼の戦闘方式は、圧倒的な防御力で敵の懐に潜り込み、【ネガティヴ・スパイラル】を叩き込む接近戦。ということで一旦の決定となった。
敵の攻撃を避けつつ無数の刃物で流れるように戦う加山と、自らの体を盾として右手一本で硬派に戦う那珂畑。なんともヒーローものらしいコンビとは言えないだろうか。
マンション戦の後も、加山による那珂畑の必殺技訓練は続いた。と言っても那珂畑は現在右腕が使えないため、変身とドリルへの変形、脚や左腕を使った防御の訓練がメインとなるのだが。
しかしこの状況は、那珂畑にとってある意味好都合だった。【ネガティヴ・スパイラル】の回転が本体の腕に負担をかけるなら、手首の一部だけゼツボーグを解除して先端のみを回転させればいい。彼は加山にそう提案し、加山もすぐに同意した。つまり、これを口実に那珂畑はゼツボーグの部分使用習得に一歩近づいたことになる。これが使いこなせれば、あの面倒な自動防御を外してジュニアに殺されることも叶う。ゆっくりと、一歩ずつだが、条件は着実に揃いつつあった。
一方その頃ジュニアはと言うと、三森沙紗としてごく普通の生活をおくっていた。土曜の昼食。三森家は沙紗と両親の3人暮らしだが、父が土曜出勤なので、昼食は沙紗と母のふたりで食べるのが習慣となっている。
しかし、骨折した那珂畑に会って以降、ジュニアは家族の前でも浮かない顔をすることが多くなった。その日の昼食は母が作ったベーコンエッグだったのだが、ジュニアは何か考え込むようにしばらく卵の黄身を崩しては必要以上にかきまぜていた。
もちろん、母が娘の異変に気付かないはずもなく。
「どしたの沙紗、卵冷めちゃうよ。最近なんか変じゃない? なんかぼーっとしてたり」
その言葉で、ジュニアは我に返る。
「あっ、ああ何でもないよママ! ただその、ちょっと考えごとしててね……」
「なになに? よかったらママに教えてちょうだい。パパには内緒にしといてあげるから」
母は笑顔で聞くが、まさかここで「逸君の殺し方が思いつかない」などとは口が裂けても言えない。ジュニアはとっさに言い訳を考える方にシフトした。
そして彼女の口から出たのは、結果から言えば限りなく余計なひと言だった。
「ちょっと、気になる子ができてさ」
ガタッ!
突然、母があらぬ方向に倒れそうになる。ジュニアはただ那珂畑のことをできる限りオブラートに包んで伝えたのだが、どうやらあらぬ勘違いを引き起こしてしまったらしい。
「えっ、もしかして男の子? やだもー沙紗もお年頃なのね~」
母はまるで自分が恥ずかしいかのように紅潮した顔を手で仰ぎながら言う。いやまあ気にしている相手が男性であることには違いないのだが、確実に、決定的に話がずれている。思わぬ勢いで脱線する母に、さすがのジュニアも戸惑いを隠せなかった。
「そういえば沙紗、最近よく運動部の見学とか行ってるもんね。もしかしてそこで出会っちゃった? 赤い糸見つけちゃった? あーやだ言わないでー!」
なぜか一方的に興奮する母に、ジュニアは呆れて逆に冷静になった。今となっては母の卵の方が冷め始めている。
「いや、別にそういうんじゃないし……」
あくまでも事実のみでごまかそうとするが、三森沙紗の思考ルーティンを模倣した結果か、ジュニアの反応は誰が見ても恋する乙女のそれだった。
しかし、それを見て今度は母が静かに座り直した。そして最初よりも優しく問いかける。
「でも、その子のこともっと知りたいって思うんでしょ?」
「……うん。まあ、そう」
間違いではない。あくまでも事実。
「それって、その子のことが好きってことなんじゃない?」
その言葉に、ジュニアは思わず手を止める。それまで家族にも友人にも完璧に対応してきた彼女だったが、母のこのひと言だけが理解できなかった。
ジュニアの反応を見て、母は確信したかのように柔らかな笑みを浮かべる。その表情はまさに、親の愛に満ちたものだった。まさか今目の前にいるのが殺人鬼のネガトロンだなどとは微塵も疑っていない。
「いいのよ空振りでも。女は度胸。昔の人も、愛とは知を求めることだって言ってたしね。知りたいなら知りたいなりに、どーんとぶつかってみなさい」
愛などとストレートに言われてしまうと、まるで本当に自分が那珂畑に惚れているような感覚になってしまう。ジュニアは思い切り頭を横に振り、無理やり冷静さを取り戻す。今の自分は女子高生、三森沙紗。甘い恋に落ちてもおかしくない。それが家族にばれてもおかしくない。
しかし、それでもジュニアには母の言うことが理解できなかった。沙紗の人格をもってしても、ここまで未知の領域が家族に残されていたのは意外だった。
「どうして……」
好奇心旺盛なジュニアの性質か、三森沙紗の性格か、その疑問は無意識に彼女の口からはっきりと言葉に現れた。
「どうしてママは、そこまで言ってくれるの?」
それに対する母のきょとんとした反応もまた、ジュニアには意外なものだった。
「あら、親が娘の恋を応援するのは当然のことじゃない。私は沙紗のママだもん」
ジュニアは少し考えて、ようやく部分的に理解できた。これが人間、これが親子。負の感情のみを強く求めるネガリアンにはほぼ到達できない領域に、ジュニアはすでに何歩も踏み込んでいた。
「そう、だね。うん。ありがとう、ママ」
あくまでも母の勘違い。結局那珂畑の殺し方はわからないまま。運動部へ見学に行くのも、体術のヒントを得るため。しかしそれでも、ジュニアは母の真剣な親心に応えられずにはいられなかった。
話がひと区切りついたところで、ふたりはもう半分くらい冷めてしまったベーコンエッグを頬張る。その中で、母は独り言のように、あるいは自分に言い聞かせるように、静かに話す。
「親バカかもしれないけど、ママ思うんだ。沙紗のやりたいこと、全部うまくいくんじゃないかって。失敗だってきっと自分のものにして前に進める。そんな気がするのよね。ほら、4年くらい前だったかしら。沙紗、ずっと熱出して寝込んでた時期あったじゃない? あれからなんだか沙紗がすごく強くなったように感じるの」
4年前。それは三森沙紗がネガリアンに感染し、ネガトロンになり替わった時期。栄養補給のために殺人を始めた時期。ゼツボーグと戦い始めた時期である。ジュニアはネガトロンになる前から狡猾だった。わざと激しい症状を起こして沙紗を周囲の人間から隔離し、その隙にステージ2を突破してネガトロンまで成長したのだから。
母の言葉にジュニアはわずかに不穏な反応を示したが、あくまでも我が子を信頼して優しく話す母の姿を見て、その疑念は払われた。
「……ていうか、今日午後から部活見学行くんじゃなかったの? ほら早く食べて」
「あっ、やばい急がないと」
ジュニアは味のしないベーコンエッグを慌ててかき込む。こうして、三森沙紗の生活はごく普通に、穏やかに過ぎていくのであった。
ハチオウジ市M区域、三森沙紗の通う高校は繁華街から少し歩いた位置にある。その日は週末なので通常授業はないのだが、週末も練習に来る運動部を見学するため、ジュニアは制服姿で登校した。擬態ではない、黒いブレザーにチェック柄のプリーツスカート、ハイソックスにローファーと、誰が見ても普通の女子高生である。
「あっ、ミモリンやっほー」
「やっほー。今日も来たよ」
柔道着の女子に声をかけられ、ジュニアは明るく返事をする。彼女は学内でミモリンとあだ名で呼ばれていた。
那珂畑にも話した通り、三森沙紗には友人が多い。もともと引っ込み思案な彼女だったが、ネガトロンになり替わった後、高校に進学したタイミングで、まるで高校デビューでもしたかのように積極的な性格になった。今となっては中学時代からは考えられない変わりようだが、そういう年頃の少年少女にはありふれた変化なので、誰も本当に人が変わったなどとは疑わなかった。すべては人間として、多くの信頼を得るため。あわよくばそれを裏切り友人をも餌にすることもできるが、それはあまり安全とは言えないので、ジュニアは学校関係の人間には手を出さないでいた。
そしてもちろん、この日見学に来た女子柔道部にも友人がいる。そのつてを利用して、この日彼女は学内の道場に見学に来ていた。
距離の取り方、掴み方、組み方、投げ方。まだ道着も持たない見学生のジュニアは、それらを道場の端に正座して見ることしか許されない。しかし、彼女にはそれでじゅうぶんだった。もとより、彼女は本当に入部するつもりで見学希望を出したわけではないのだから。
ジュニアの得意分野はあくまでも擬態。しかしそれは外見のみならず体の使い方に関しても強い能力を持つ。那珂畑の顔を瞬時に真似たように、難しい投げ技や乱取りの動きでも、数回見てしまえば簡単に再現できる。学生としてはこの上ないチート能力なので、これを使うのはジュニアとして活動する時に限定しているのだが。
だが、逆に言えば知らない、見たことのないものは再現が難しい。そこでジュニアは殺人の際、あらゆる人の動きや特徴をばらばらに組み合わせて再現することで、存在しない人間に擬態している。そういった意味では、多くの人間が出入りし、様々な知識や技術が飛び交う学校という環境は、彼女の擬態能力を伸ばすためにとても都合の良い環境だった。
ひと通りの見学を終え、ジュニアは他の部員と同じように道場を掃除し、解散した。
「じゃ、あたし彼氏と待ち合わせしてるから。またね~」
「うん。また」
どうやらこの柔道部員、彼氏持ちらしい。羨ましい限りである。
ともかく、部活終了は18時。ジュニアが道場を出るころには、すでにかなり日が傾いていた。この後特にやることもないので、夕食の時間までには帰れるだろうか。そんなことを考えていると、彼女は少し空腹を感じた。
夕食の時間だ。
ジュニアはスマホから母に「ちょっと寄り道して帰る」とだけメッセージを送り、普段の帰り道とは別方向、繁華街へと歩き出した。
時間帯としてはまだ夕方だが、土曜の繁華街は人が多い。ジュニアはこの大勢の中から、特に美味しそうな相手を探すことにした。と言っても、学校指定の制服姿であまり派手なことはできないので、今日は路地裏などを狙うしかないのだが。
ジュニアにとってより良い栄養となるのは、中途半端に幸福や目標を掴みかけている人間。あと一歩でそれが叶うという希望が絶たれる瞬間、新鮮な絶望が脳内にあふれ出し、それはネガリアンにとって絶好の栄養源となる。
そして、繁華街にはそういった人間が少なからずいる。例えば、現在ジュニアが狙いを定めた金髪の男。背丈や服装からして大学生だろうか。歩きスマホで誰かと話しながら、人の少ない方へと向かっていく。ネガリアンは負の感情以外を察知できないが、ジュニアが狙う人間からは「今の幸せがなくなるかもしれない」という強い不安が気配となって漏れている。そのため、雑踏の中でもそういった人間は見つけやすい。
男は通話のために静かな場所を探しているのか、次第に人の少ない場所へと移動していく。そして周囲に誰もいない狭い路地に入ったところで、蓋付きのごみ箱に腰かけ、通話を続ける。誰か親しい相手と話しているのか、なんとも楽しそうな様子だ。
その隙を、ジュニアは見逃さなかった。
「やっ、おにーさん」
通話中でも聞こえるように少し大きな声で、三森沙紗の姿のまま気さくに声をかける。
「あ? 誰だお前」
楽しい通話を邪魔されたからか、男の表情は一瞬で不機嫌そうに変わり、ジュニアを睨みつける。
『ヨシ君どうかした?』
男のスマホから、通話先と思わしき女性の声が漏れて聞こえる。彼の本名はわからないが、どうやらヨシ君と呼ばれているらしい。
「ああいや、何でもないよ。ただちょっと、知らねーガキに絡まれて、なっ!」
男は話しながら、スマホを耳元に添えたまま右足を大きく振り上げる。彼のよく手入れされた革靴なら、腕で防御しても骨折は免れないだろう。ジュニアはあくまでも人間として、一歩下がって男の蹴りを避けた。
「てめえっ!」
続けて、左の中段蹴り。と言っても、体格差でジュニアの胸くらいの高さに振られた脚を、ジュニアはしゃがんで避ける。そして振りぬいた後隙を見逃さず、彼女は男の袖と襟を掴んだ。
「ちょっと、試させてもらうよ」
男が危機を察知し、左足を戻した時にはもう手遅れだった。彼女の背中に腰を浮かされ、戻そうとした左足を後ろ蹴りで強く返される。直後、男の体が上下逆さまの状態で壁に叩きつけられた。
先ほど道場で見たオオソトガリだか、セオイナゲだか、たしかそんな名前の投げ技。初挑戦にしてはそれなりにうまくいったとジュニアは自己評価したが、力加減を失敗したのか、男を投げつけた壁には大きくひびが入ってしまった。
「あっ、ごめん。生きてる? おーい」
状況が理解できないのか打ちどころが悪かったのか、茫然とする男をジュニアはゆっくりと座らせ、呼び起こす。
「……てめえ、いったい何を」
男の意識が完全に戻った時、彼は目の前の光景に言葉を失った。なぜなら、先ほどまで見知らぬ少女がいたはずの場所に、自分とそっくりの男がいたのだから。
もちろん、これはジュニアの擬態だ。着替える時間はなかったので、服装は制服の上からウイルスで覆うことで再現している。
再び茫然とする男から、ジュニアはスマホを取り上げ、通話機能を解除してそばに置いた。そして制服の中に持っていたナイフを取り出し、刃を下向きにしてまっすぐ男の下腹部に突き刺す。
人間の体というのは、下向きの衝撃に強くできている。なぜなら多くの障害は重力によって上からやってくるのだから。そしてそれは刺し傷や内臓に関しても同じことが言える。要するに、ジュニアはわざと即死しないよう急所を外し、取り返しのつかない激痛のみを与える形で男を刺したのだ。
「お前、何なんだ……」
苦しみながらも、男は歯を食いしばり抵抗の意思を見せる。しかしジュニアは、まったく同じ顔を笑って見せた。
「俺は、お前だよ」
まったく同じ声。理解できない状況が、男の思考を必要以上に加速させ、恐怖と不安を増幅させる。
ジュニアは、自分の体が満たされていくのを嚙みしめるようにゆっくりとナイフを動かす。そして刃が上を向いたと同時に、勢いよく引き切るように、みぞおち近くまで切り上げた。これが致命傷となり、男は即死した。
この間にも、ジュニアは膨大な量の栄養を男から補給していた。
読者諸君は、走馬灯がどのようなものかご存知だろうか。とある説によると走馬灯とは、生命にかかわらず危機的状況において脳が大量のアドレナリンを分泌し、自分の記憶すべてから解決法を探し出す現象を指すと言われている。そのため、命の危機でなくとも走馬灯のようなものを体験したという例は少なからず報告されている。
しかし、確実な死に対してはこの走馬灯も無意味である。むしろ呼び起こした記憶すべてが無意味であると認識させられる過程は、さらなる絶望を呼ぶきっかけとなる。つまり、ジュニアにとっては走馬灯すら大きな栄養源となるのだ。その様は人間の感覚に当てはめて例えるなら、大量のイクラを頬張って、嚙みつぶした時に口の中いっぱいにうま味があふれ出てくるといったところだろうか。
人間が炎や核融合から電力を得るように、太陽が自らを燃やしながら遠くの星を照らすように、破壊というものは元の質量よりも多くのエネルギーを産む。ジュニアが不必要な殺人をやめられなくなったのは、この摂理に気付いてしまったからかもしれない。
ジュニアがひと通りの食事を終えてその場を去ろうとした時、男のそばに置いたスマホの画面が点灯しているのが目に入った。そこにはおびただしい数のメッセージと不在着信の通知が表示されている。おそらくは先ほどまで通話していた女のものだろう。ジュニアが男の指紋を再現してスマホのロックを解除すると、メッセージの内容と送り主の名前が表示された。
ミー子。
その名前は、ロック画面に表示された写真にも同じものが書かれていた。プリクラのように派手な加工を施したツーショットに、ヨシ君とミー子の文字。そしてふたりの間に「うんめーの出会い」と手書き文字が飾られていた。
何気なく選んだ相手だったが、ジュニアはここからこのヨシ君という男に少し興味を持った。彼女はスマホを起動したまま置き、男のズボンの尻ポケットから長財布を取り出す。殺人以外の罪を犯しているようで彼女は少し気の引ける思いがしたが、それでもこの時は好奇心の方が勝っていた。
財布の中にも、現金やカードに紛れてミー子との写真が何枚か入っていた。そしてそれらをしばらく眺めた後、ジュニアはようやく気がついた。
「……そうか。君は、彼女のことが好きだったんだね」
ジュニアは母の言葉を思い出す。このヨシ君という男が本当にミー子のことを知りたがっていたのか、詳しいことはわからないが、仲睦まじく肩を寄せ合うふたりの姿に、ジュニアは自分と那珂畑を重ねた。いや、関係性はまったく違うはずなのだが、もしかしたら、三森沙紗と那珂畑逸がこうなっていたかもしれない。彼女はそう考えずにはいられなかった。
ふと、ジュニアはヨシ君のスマホに目をやる。いまだに通知欄はミー子からの心配で埋め尽くされている。ジュニアはごく自然にそのメッセージアプリを開き、「大丈夫だ。心配かけたな」とだけ返信した。すると、そのメッセージに既読表示がついてから新しいメッセージが来なくなった。
ジュニアはなぜ返信が来ないのか考えた。そして、ミー子が再びヨシ君に会えると思ったからだと結論付けた。彼女はなぜ自分がヨシ君の代わりにメッセージを送ったのか、よくわからなかった。ただ、もしこの男が那珂畑逸だとしたら、彼を殺すことに成功したら、次に自分は何を求めて生きていけばいいのだろうか。母の言った通り、今の自分は那珂畑を求めることで成立しているのかもしれない。彼のような相手に二度と出会えないかもしれないという不安を、ジュニアはヨシ君の生存を偽装することで紛らわせていた。
そしてジュニアはふたりの写真を含めていくつかの紙切れを財布から抜き取り、その場を去った。
路地裏から繁華街に戻ってきたのは、誰かの顔をして誰かの服を着た、誰かの声と誰かの匂いがする、ヨシ君でも三森沙紗でもない、誰かの姿をしたこの世に存在しない誰かだった。
「ガールズバー、いかがですか~」
通りを歩くと、客引きらしきコスプレ姿の女性が話しかける。突然の声掛けにその誰かは思わず立ち止まり、少し考える。
そして、たったひと言。
「君には、僕が人間に見えるんだね」
そう言った時には、客引きは別の誰かのもとへ行ってしまった。




