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運命論者の悪戯 第一幕 獣の影〜ジェボンダーの呪い〜  作者: 安野恵


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3/4

夜明けの相談者②

あらすじと内容が違うと思われるかもしれませんが、まだまだ物語の導入部分なのでもう少しだけでもお付き合いいただけたらと思います。

美希から「後輩の相談に乗ってほしい」と頼まれ、迎え入れる準備を始めてからおよそ10分後、相談者は店に現れた。


小芝紫──21歳になったばかりの大学3年生。

香川の出身で、大学進学を機に上京してきたという。実家は裕福ではなく、仕送りもないため、生活費と学費を稼ぐためにキャバクラでアルバイトを始めたそうだ。


当初は人見知りでなかなか成果が出なかったが、美希のアドバイスを素直に実践したことで、今では店のNo.4にまで上り詰めた。

幼さの残るあどけない顔立ちに、話し方から滲む知性──男性客の多くが惹かれるのも頷ける。


そんな紫の生活に影が差したのは、およそ2週間前のことだった。

冬休みに友人と免許合宿へ行き、帰宅したときのこと。玄関ポストに、可愛らしい柄の便箋が何通も差し込まれているのを見つけた。

中を確認すると、手紙は全部で10通ほど。差出人に心当たりはなく、気味が悪いとは思ったが、その日は疲れていたため放置して眠ってしまった。


翌日は1限からの授業があり、慌ただしく家を出たため手紙のことはすっかり忘れていた。

しかし深夜、バイトから帰宅すると、ポストには再び同じ便箋が差し込まれていたのだ。昨日の取り忘れだろうと気にも留めなかったが、翌日も、さらにその翌日も──手紙は毎晩届き続けた。


さすがに不気味に思い、意を決して開封すると、そこには赤黒くにじんだインクで支離滅裂な文字がびっしりと書き殴られていた。

隣人のいたずらかと疑い、隣人にも確認したが心当たりはないという。警察にも相談したが、実害がない以上、ただの悪戯として処理され、動いてはもらえなかった。


──相変わらずこういう時に限って腰が重い。

晶は、いつもながらの警察の対応に顔を顰めた。


手紙の存在にも慣れ始めたある日。

珍しく授業が休講になり、バイトも休みだったため、久しぶりに昼間から部屋で寝て過ごしていた紫は、夕方に目を覚ました。

その直後──インターホンが鳴った。


「……荷物なんて、頼んでないのに」


そう思いながら起き上がろうとした瞬間、ピンポーン、ピンポーンと立て続けに鳴り響くチャイム。

さらに、ドンドンとドアを激しく叩く音。紫は声を失い、布団の中で固まった。

次の瞬間、ガチャガチャとドアノブが乱暴に回される。


恐怖で体が動かず、紫は毛布を頭から被り、息を殺して時間が過ぎるのを待った。

やがて音は止み、恐る恐る玄関を確認すると、誰の姿もない。だがポストには、いつもの手紙が差し込まれていた。


紫はすぐに警察へ相談し、これまでの手紙も提出した。

しかし「明確な証拠がなければ対応は難しい」と、パトロールの強化を約束されただけだった。


以降、同じ時間帯に同じことが何度も繰り返され、紫は次第に眠れなくなり、大学の授業にも身が入らなくなった。

ニュースでホステスへの傷害事件を見たとき、思わず「自分のお客さんではないか」と怯えるほど、精神的に追い詰められていった。


日に日にやつれていく紫を見かねた美希が、事情を聞き出し、晶を紹介するに至った──というのが今回の経緯だった。


話が終わり店内は、妙な静けさに包まれた。

夜の世界を生きる人間たちは、こういう話に敏感だ。誰もが、他人事とは思えない。


話を終えた紫は、安堵したのかぽろぽろと涙を零した。

晶は、言葉を探すように一瞬視線を落としてから、黙ってハンカチを差し出す。他の客たちもそれぞれ優しく声をかけた。


紫が落ち着いた頃合いを見計らい、晶はほんの少し言葉に詰まりながら口を開いた。


「……今まで、本当によく耐えてきたね。つらいことを思い出させて悪いけど──手紙の内容を、教えてもらえる?」


紫は震える手で、バッグからビニール袋に入れていた手紙の束を取り出した。



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