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Episode1 「触れた指先、交わる心」
夕暮れの「小公女」。
レンは店の奥の書斎で、一枚の古い書簡を手にしていた。紙は薄く、擦り切れているが、そこに記された数式は魔法の理論を紡ぎ出していた。
「詩織、これが何か分かる?」
窓辺に立つ詩織が静かに近づく。夕陽の光が彼女の横顔を淡く照らし、長い睫毛が影を落とす。
「これは……失われた魔術の一種。数式によって魔力の流れを制御し、時間の流れすら変えることができる可能性があるわ」
レンはその声に少しだけ心が乱れたのを感じたが、すぐに瞳を逸らした。二人の距離は自然と縮まっている気がして、幼い体に秘められた何千年の孤独が、ほんの少しだけ柔らかく溶けていくようだった。
「…昔から、誰にも話せなかったことを、あなたには話せる気がするの」
詩織は静かに頷き、レンの手をそっと握った。
「私も、レンさんにだけは見せたい本当の私がいる」
その瞬間、店の外から機械仕掛けの時計塔が響き、重い歯車の音が辺境の街に鳴り渡った。静寂を破るその音は、二人の運命が新たな局面へと動き出す予兆でもあった。