Episode1 追放された女医
霧の深い早朝、アルミラ中央駅の鐘が、重たく七度鳴った。
黒川詩織は駅のベンチに腰掛けたまま、古びた地図を開いた。制服の上に着た黒のコートには、ところどころ医療用のインク染みが残っている。眼鏡の奥の目は疲れていたが、その奥に宿る意志だけは、まだ消えていなかった。
「……ここが、“小公女”の店……で、合ってるのよね?」
半信半疑で立ち上がり、濡れた石畳を歩き出す。街はまだ眠っている。早朝のアルミラは、煙と魔導気の混ざった空気がどこか重く、知らない街に来た者には少し怖い。
詩織は地図を頼りに、小さな路地へと足を踏み入れた。
そして、ひときわ古めかしい建物の前で足を止める。
そこには、真鍮の扉と鉄製の看板。くすんだ文字で、こう書かれていた。
『骨董店・小公女』
―記憶、再生、不可思議なご相談 承ります―
詩織が扉に手をかけた、そのときだった。
「おや……これはこれは。新しいお客さまですか?」
ギィ、と扉が開き、中から出てきたのは、驚くほど小柄な少女だった。
くすんだ金の髪に、黒いレースのワンピース。まるで絵本の挿絵のような見た目。だがその目だけは異様に深く、まるで過去をすべて見透かしているかのようだった。
「はじめまして。わたしがこの店の主、レンです」
「……あの、あなたが……? 本当に?」
詩織は思わず問い返す。レンはにこりと笑い、頷いた。
「はい。見た目ほど子どもじゃありませんから、ご安心を」
そう言ったレンの隣には、長身の男――いや、男のような何かが立っていた。
首のつなぎ目が歯車で固定され、手足の関節からはオイルが滲んでいる。顔色は死人のように青白く、左腕は肩から外れかけていた。
「レオナルドです。お嬢さまの執事を務めております」
「……ゾンビ?」
「はい。ですが礼儀は心得ておりますので、ご安心を」
返ってきたのは、やけに丁寧な応答だった。
詩織は混乱しつつも、店の中へと招き入れられた。