Episode2 蒸気街の風
夕暮れ前の蒸気街は、静かなざわめきに包まれていた。
古びた石畳の道は雨上がりの湿気を含み、淡い光を反射している。街灯の灯りが灯り始め、銅製のパイプから漏れる蒸気がゆっくりと宙に溶けてゆく。
レンは重たい工具箱を片手に歩いていた。小さな身体に不釣り合いなほど大きく見えるその箱には、細かな歯車や修理に必要な道具がぎっしり詰まっている。
彼女の黒髪は風に少し揺れ、薄い紺色のドレスは時代を感じさせるレトロなデザインだ。彼女の瞳は幼いながらもどこか長い時を生きてきた深さを湛えている。
街の音は機械の音と人々の話し声、そしてどこか遠くで響く蒸気機関車の汽笛が混ざっていた。
レンは時折立ち止まり、露店の錆びた時計部品や魔導書の断片を眺める。機械と魔法が交錯するこの街は、辺境でありながら独特の文化を育んでいた。
ふと、レンの視線の先に一人の少女が立っていた。
少女は薄いグレーのコートを羽織り、黒いブーツで石畳を踏みしめている。
その目は何かを見透かすような鋭さを持っていたが、レンに気づくとすぐに視線を逸らした。
レンは小さく唇を引き結び、歩みを進める。
そのとき、背後から静かな声が聞こえた。
「レン様」
振り返ると、ポンコツ執事がパーツが外れかけた腕を必死に抑えながらこちらに駆け寄ってくる。
「お嬢様、店にお客様がお見えです!」
レンは微かな笑みを浮かべ、重い工具箱を抱え直した。
「そう……戻りましょう」
夕暮れの蒸気街の風が、レンの黒い髪を優しく撫でていった。