6。なにが起こったんだろう
次の日、僕は朝早く学校へ登校した。改めて初めて学校で自力で通うので、一応のためだ。後、今日は大事な日だからだ。僕にとって。
外は、閑静そのものだ。少しまだ肌寒い気温、それにまだほんのりと暗い。それに追い打ちをかけるように、空は曇天模様、雨が降り出してもおかしくないほどだ。
そんな暗い今この街に、どこか不安を感じざるを得ない。
それでも、僕はその道を進んだ。
少し肌寒い風が僕の体を遠慮なく吹き付ける。けれど、昨日のあの美しい姿と出来事を思い出しただけで、底力が湧くような感覚に襲われる。彼女のことを想像している時のあの浮遊感に襲われている時なら、僕はなんだってできる気がする。
なんとかバス停にまでつき、無事赤井にまで到着することができた。周りには誰一人いない。学校に来る途中誰とも出会わなければ、人は不安になるものだ。それに、今回に関しては、初日の登校ということも相まって、さらに不安を感じる。この天候、状況、しかし、僕はあの決意だけは、全く変わっていない。
僕は、再び、昨日とはまるで印象が異なる校門へ足を踏み入れた。
玄関は空いていたものの、先生すら見かけない。外は恐ろしいほどの曇天で、廊下は今までにないほど暗い。どこか物寂しいさをやはり感じてしまう。
僕は、昨日の記憶を頼りに、教室へと向かう。どんよりとした空気が心を締め付け、息苦しく感じた。しかし、ここで再び迷子になんてなるわけにはいかない。昨日に続き、今回も迷子になったとしたら、僕はそれこそ男としての威厳が全て失われてしまうのだから。
二階へと上がり、一年B組と書かれた教室を見つけることができた。昨日の記憶のままだ。
もちろん、教室の中には誰一人おらず、暗い水色のような淡くて陰湿な光がそこにはあった。廊下以上に教室内は暗く、どこか不気味さを感じた。しかし、僕は自分の席へとついた。
カバンを端に置き、ゆっくりと昨日のことを回想する。
やっぱり、一日経っても昨日のことが本当のことなのかと、気持ちの整理ができない。僕は、今まで・・・想ってきた彼女と再会し、話すこともできた。本当に信じられない。
昨日は一日を通して散々な目にあったことに変わりはないが、結果的には幸運そのものだったのかもしれない。
僕はそのだれた体を机に伏し、頭を腕の上に置いて、ただただその窓から侵入する陰湿な光を見ていた。
その時。
僕は違和感を覚えた。
具体的に言えば、僕の「肩」に違和感を覚えた。
それは、僕の肩に何かがあったかのような感覚が走ったのだ。それも、二回、ポンポン、と。
僕は、まさかと思った。
ここには僕一人しかいなかったはず。いや、でもそれは決めつけか。今僕は窓の方向を向いている。ということは、誰かが登校したということもあり得る。
僕は、中々その反対の方向を見れずにいたが、ゆっくりと、体を起こして後ろを見る。
そこには・・・
この暗い光すらも凌駕する、印象的な鮮やかな、赤い髪を持った、少女がいた。
茶色にも一瞬見えたが、やはり赤ということに変わりはない。
その赤毛の髪を持つ少女が、そこにはいた。
顔立ちについても、驚かざるをえなかった。スッとした鼻、くっきりとした目、それにその瞳は、少し青いかのように見えた。もしかしたら、これは光による錯覚なのかもしれない。しかしそれでも、それが余分ということは決してなかった。
僕と同じ制服を着ていることから、この学校の生徒であることは間違いない。
足は長く、そのスカートから伸びる足は、とても綺麗だ。僕は足フェチなのだが、この細すぎないけれど太すぎない程よく肉のある足は、もう完璧なものだ。
一言で言うのならば・・・美人
まさにモデル級・・こんな美少女が、どうしてここに・・・
「なに?どうしてそんなに驚いているの?ただ肩を軽く叩いただけじゃない・・・」
「い、いや・・その・・」
彼女がそう口火を切った。澄んだ声だった。僕は返事をうまく返すことができなかった。
やばい・・声が出ない・・
これじゃあまるであの時と同じだ。しかし、こんなにも美しい人がいれば・・・こうなるのは当たり前だ。童貞の僕には刺激が強すぎる!
「驚かせちゃったかな・・?」
そう、少し彼女がその瞳を下に下げる。
そんなことされたら、答えざるを得なくなるじゃないか。
「そ、そんなことない・・よ・・・」
すると、再びその瞳を前にむけ、明るく答えた。
「よかった」
ああ、ついにわからなくなってきたぞ。
こ、これは一体どういう状況・・・?
そもそも、君は誰だ?なぜここにいるんだ?同じ一年なのか。
「まだ、かなり学校が始まるまで時間があるわね・・こんなに早くきてるってことは、何か用事でも・・・?」
「・・・・・・・・」
そ、それはこっちのセリフだ・・
「あっ、ごめん。知らない人に急に一方的に話しかけても困るわよね?」
僕は、ただ下を見て何も答えない。
改めて、彼女の顔を見てみて、思ったことは・・・美人だった。
「私の方から名乗るべきね。私、ちょうど昨日の夜ここについたばかりの同じ新入生の、片木ミアっていうの・・・よろしく・・」
そういうと、彼女は僕に手を差し伸べる。色白い手を。
えー!
ちょっと待て、この子僕と同じ一年なのか・・!
これは嬉しい。嬉しいぞ。こんなにも可愛いこと一緒にいれるかもしれないとは。まだ同じクラスかどうかはわからないけれど、それでも、可能性がある。
僕は、つい緩くなったかもしれない口元を再びきつくして、恐る恐る、彼女と握手した。
温かった。
温もりがそこにはあった。
やはり、片木・・さんはハーフなのかもしれない。昨日の夜ここについたとさっき言った。ということはそれまでどこかにいたということだ。
僕は再び、恐る恐る彼女に質問をした。
「あ、あの・・」
「うん?」
「昨日ここについたって言ってたけど・・・それまではどこに・・?」
すると、いかにも良くぞいったと言わんばかりの顔で答える。
「それが・・もう気づいていたかもしれないけど、私アメリカ人とのハーフで・・つい先日までアメリカにいたの・・」
「へ、へえ・・」
やはりハーフであったか。
「だから、昨日日本に着いたといってもいいわね。それに、厳密に言えば新入生ではなくて、外国から来た転入生、が正しい」
これで説明はついた。この顔で純粋日本人というものは無理がある。
それに待てよ。確か、昨日ここBクラスでは一人休んでいた。それが誰だったかは知らないが、もしかしたら・・この片木さんの可能性がある。だって、よくよく考えろよ。僕の隣の席、つまり一番右端の席は昨日誰もいなかった。ということは・・・
「あと言い忘れていたけど、あなたと同じB組だから、なおさらよろしく」
そういうと、笑顔で僕に返事をした。
おお、これはきたぞ。やっと僕の青春時代がきたかもしれないぞ。
僕にとって、今日は大切な日になる。そんな中でこうして綺麗な子とおしゃべりができた。よし、これは幸先いい・・!
僕が心の中で喜んでいた、その時、またもやイレギュラーが起きた。
本当に、ここ最近は考えられないことが立て続けに起きている。
「えっ・・・」
瞬きをした直後、顔に風圧のようなものがかかり、前髪が揺れる。
再び、目の前を見ると・・・視界いっぱいに・・・片木さんの顔があったのだ。
片木さんが、急に僕の目の前に顔を近づけた。
僕と至近距離で目があう。
その瞳は・・・青かった。
綺麗な肌だった。
「⁉︎」
なんだ、なんだこれは・・・!どうして急に・・・!
僕は、ほとんどパニック状態になっていた。頭が真っ白になっていくのを感じることができるほどに。
この状況はもちろん今までにない。よく恋愛は突然にと聞いたことがある。これもそういうことなのか。わからない。
彼女の鼻息が僕の顔ではっきりと感じられるほど近くにある。ほのかなピンクの唇がすぐ目の前にある。ああ、顔が近い!
僕にはどう考えても刺激が強いぞ・・・!
今さら冷静でいられるのは無理だ。
片木さんは、その瞳で僕の目をじっと見ている。
ドクドクドクドクドクドクドク・・・
ああ。
僕の頬に一筋の汗が垂れる。
その時、彼女は ゆっくりとその口を動かした。
そして、僕を見ながらただこう言ったのだ。
「ねえ、あなたキスって・・・したことある?」